境界線上の死神   作:オウル

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四月中に投稿出来て何より、あれ、2019年じゃなくて2020年……?

申し訳ございませんでした(汗)


六話 中編 壱

右往左往して

 

前進後退して

 

走り回って

 

配点(頭おかしいよ!)

――――――――――――

 

この時を待っていた。

 

待ち望んでいた。待ち侘びていた。待ち焦がれていた。

 

英国で会った直後には少しの失望があった。昔からそうであったが、彼は仲間想い過ぎる。

兄のお節介は異常だ。彼の才能が自分のために使われないことには苛立ちすら覚える。

 

しかし、彼はそんな状況の中、ホライゾン・アリアダストとメアリを救った。

 

武蔵というお荷物を抱えて、その上で全員を救おうとして成し遂げる。その功績には興奮を覚えた。

 

やはりこの人は違う。

自分の様な出来損ないとは格が違う。質が違う。器が違う。

 

そんな人が自分の兄で、そんな人と戦うことが出来る。

 

 

  ああ、これはなんて素晴らしいことなんだろう。

 

 

しかも勝てば六護式仏蘭西にお持ち帰りできる。

多分勝てないとは思うが、兄を武蔵というお荷物から解放でき、お持ち帰り特権を得られるのだから、死んでも勝たなければなるまい。

 

開戦の午後三時まで最早秒読み。興奮で身体が熱い。

興奮がバレなければいいと思いつつ、今どれほど自分が兄を欲しているのかを理解してもらいたい欲求にも駆られる。

 

そして午後三時の時報がなる。

 

広家は時報と共に突撃した。

 

六護式仏蘭西の戦略としては一斉砲撃が開幕の合図なのだが、広家は砲撃よりも高速で動いた。

だが、広家がその速度で動けるのであれば、康景も出来るのは当たり前なのだ。

 

だから、

 

康景はかなり自然な動作で剣を振り上げ、そして広家の頭を勝ち割る勢いで剣を振り下ろす。

あまりに自然過ぎる振り上げのせいで広家は反応が遅れてしまったが、

 

「あっぶねぇえええ!?」

 

間一髪で白刃取り出来た。

 

しかし、こちらの驚きの反面、兄は不思議そうな顔をして、

 

「おかしいな、頭を縦半分に二等分するつもりだったんだけど……」

「いやいやいやいや。殺しちゃったら話聞けないよお兄ちゃん……!?」

「いや、殺す気でやらないと勝てないからな。それにどうせ回復するだろ?」

「え?」

「は?」

「「……」」

 

いや、死ぬ気で勝ちを取りに行く気はあったが、この人はマジで殺す気だ。

 

改めて思う。

 

この人ヤベェ……!

 

*********

 

康景は頭を勝ち割る気満々だった。

どうせちょっとくらい斬っても持ち前の回復力で回復はするんだろうと、その程度に思っていた。

 

だがこの様子だと致命傷は避けているようだ。

 

致命傷なら回復に時間がかかるのか、それとも回復が難しいのか。

いずれにせよ、この馬鹿みたいに回復速度の速い馬鹿を大人しくさせるには、

 

……やっぱり頭かな。

 

*********

 

広家は内心ドキドキだった。

 

あ、あぶねえ!?

 

猛スピードで突進したら上から刃が振り下ろされた。

不用心だったと言えば不用心だったのだが、それが認識に誤差が生まれたのである。

 

調子に乗るとこうなる。

 

何とか白刃取りして攻撃は防いだが、兄は片手で剣を振り下ろしている。

どんな力をしているのか、その片手だけで凄い押し込まれる。こちらは両手が塞がってしまっており、ボディががら空きだ。

この状況からは早く抜け出したいと考えていると、

 

「ぶべらっ!」

 

顔面蹴りが来て、吹っ飛ばされた。

 

*********

 

戦いの火蓋は武蔵、六護式仏蘭西の誇る馬鹿二人の衝突によって切られた。

"死神"・天野康景を六護式仏蘭西・副長補佐の広家が相手をしている。

 

というか、早速広家が天野康景に吹き飛ばされている。

 

人を蹴りだけでぶっ飛ばせるのもどうかと思うが、蹴り飛ばされた広家もケロッと何事もなかったように戦線に復帰する辺り、

 

……化け物だな、どっちも。

 

六護式仏蘭西副長補佐である広家はコネで成り上がった女であるが、それに見合うだけの実力を有しているのは確かだ。

 

……なにせ六護式仏蘭西の武神団三機を相手に無傷で勝つような女だからな。

 

副長補佐も、()()()()()()()()()を持っていると言っても過言ではない(本人は否定しているが)。

だがその副長補佐をも圧倒する"死神"・天野康景は、それ以上の化物である。

 

誰が見てもそう思うだろう。

 

広家といい、副長といい、"死神"といい、世の中には強い奴がごまんと居て嫌になる。

 

嫌になるが、それでも、

 

『行くぞ! ウチの副長補佐が"死神"を抑えてくれている間に進むぞ!』

 

それが元々の作戦であり、時間内に武蔵を押さえることが目的だ。

こちらが突っ込み始めるのと同じく、六護式仏蘭西の砲撃が発射される。

武蔵の砲撃では、角度的にこちらの砲撃には対処できても動きのある武神団の進軍には対処できないはず。

 

 

そのはずだった。

 

 

こちらの砲撃が重力障壁に防がれるのは想定の範囲内だった。

しかし、

 

『足が・・・!?』

 

武神の左膝関節部分が青白い矢のようなもので打ち抜かれていた。

何が起こったのかを理解する前に、

 

『がっ!?』

 

今度は矢杭で胸部を撃ち抜かれた。

 

********

 

茶々は撃った手応えを感じていた。

 

・・・良い感じに嵌りましたね。

 

自分が武神の動きを止め、浅間の巫女が決める。

敵の出鼻を挫くには十分な一撃だったと思う。

 

武蔵の砲撃の狙いが角度的に甘いと踏んで突っ込んできたつもりだろうが、詰めが甘い。

巫女の一撃は武神の行進には効果的だったはずだ。

 

六護式仏蘭西はこれから進軍の際、武神の外装にすら強烈な一撃を与えてしまう"武蔵の主砲"(←康景がそう言ってた)を警戒しなければならない。

そして武神の動きを止める一撃を放てる自分の攻撃も考慮しないといけないため、行進には気を遣はなくてはいけない。

 

この想定外は、彼らの進軍の足枷になる。

 

進軍が遅くなればなるほど武蔵にとって有利な状況だ。

 

「私の矢はまだまだ撃てますから、おかわり自由ですよ?」

 

流体を矢に変えて撃つだけだが、割と燃費が悪い。

だが、たかだか十五分程度なら問題ないだろう。

 

最悪、康景経由で武蔵総長から分け与えの術式で回してもらえるように頼めば延長も出来そうだ。

 

向こうがこちらの矢を警戒すればするほど、矢を避けようとして大きく動こうとするので、

 

『がっ!?』

 

今度は武蔵の輸送通路ハッチから放たれる砲にぶち当たった。

 

「・・・面白いように康景の策が嵌りましたね」

 

******

 

康景に吹っ飛ばされた広家は、先を行く武神たちを見て思った。

 

あちゃ~・・・嵌ったなぁ。

 

敵の策に嵌ってしまった感が半端ない。

何かしてくるとは思っていたが、まさか浅間の巫女と同等クラスの弓兵を出してくるとは思わなかった。

 

しかし、"射抜かれるまで気づかない"射撃とは恐れ入ったが、そういうことが出来る存在に広家は心当たりがある。

 

「(・・・いや、でもまさかねぇ)」

 

だが、考えを巡らせるのに邪魔が入る。

康景の刃だ。

 

「くたばれぇぇぇええええ」

「さっきから酷いよね!?」

 

広家は康景の攻撃を回避するので必死だった。

リーチの長い長剣を籠手で防ぐのは出来る。しかし問題はその一撃の後だ。

もう一つの剣がタイミングを遅らせて襲ってくる。

 

剣が一つ増えるだけで攻撃バリエーションがかなり豊富にってしまうのは厄介だ。

 

剣に体術、攻撃の幅が広すぎる。

 

そして今度は、右と左で鋏を作るように剣を合わせてきて、首をちょん切るように動いてきた。

いきなりの事で身体を後ろに逸らして回避する。

 

「あっぶな!」

 

さっき生かして捕らえるような話をしていたが、殺す気満々である。

 

矛盾していると思うのだが、突っ込む余力はない。

ギリギリで回避はしたがそれで終わるなら苦労はしないのだ。

 

それを思い出した時には既に、

 

「げっ!?」

 

身体を逸らし、上を向いている視界内に康景の靴の裏が移った。

いつの間にとか、速いとか、そんな次元の話ではない。

 

バランスを崩している自分の顔に、康景は容赦なく靴底を放ってくる。

 

「ふげっ」

 

顔を踏まれた。

 

********

 

康景は顔を踏んだ。

踏んだ感覚は確かで、多分鼻の骨は折った。

 

今自分は顔を右足で踏み、左足を貧相な胸の上に置いてバランスを取っている。

 

「うごごごごご」

 

何か言っているようだが、無視して康景は広家の手の内を計っていた。

 

今広家は、仰け反った態勢で自分に顔を踏まれながらも耐えている。

人一人の体重を仰け反った態勢で耐えるなど、常人のそれではない。

 

そもそもこの女の力は、人間のものではない。

塚原卜伝に似た容姿を持っている時点で、あの人と関連した存在であるのならば、

 

……人狼か。

 

広家が人狼であると仮定すれば、広家の回復力にも合点が行く。

人狼特有の回復力を、なんらかの術式で底上げしているのだ。

 

康景は一つの仮定を得て、広家から距離を取った。

 

広家は上から押さえつけられていた重みを失い、バランスを崩し倒れ込んだ。

土煙の中、広家は曲がった鼻を押さえながら、

 

「いててて、酷いなぁ。女子の顔を踏み潰すってどうなのさ兄ちゃん」

 

無理矢理鼻の骨を戻し、涙目でこちらを睨む広家。

 

「首を刎ね飛ばすならまだしも、鼻ならどうせすぐ戻るだろう?」

「だからって足で踏みつぶしていい理由にはならないよ!?」

 

"まぁ治るんだけどもね? 女の子の顔を蹴ったり、踏んだりしていい理由にはならないと思うよお兄ちゃん"。

とでも言いたげな目でこちらを見てくるが、気にしたら負けだ。

 

涙目の広家を尻目に、戦場を見る。

茶々と浅間の射撃(砲撃?)によって進軍は確かに遅れている。

 

しかし、遅れているだけで止まってはいない。

 

流石は大国と言ったところか。

集団で固まり、機体の破片を盾にして進んでいる。

 

「成程・・・撃たれた味方の機体の破片を利用して智の砲撃を防ぎ、集団で固まってアイツの射撃を防ぐか」

「武蔵にやられっぱなしの六護式仏蘭西じゃないよ」

 

浅間砲は確かに強力だが、武神の胴体を貫通することはない。

浅間は巫女だ。人殺しではない。

 

しかし、

 

「確かにそう簡単に落ちるのであれば苦労などしないな・・・だが、いいのか?」

「・・・なにが?」

「纏まって進むのは今回の場合、俺は御勧めしないが」

「は?」

 

進軍している武神の一騎が、盾として使っていた武神の装甲版と共に斬撃を受け吹き飛んだ。

 

********

 

武神の一隊が、後方へ吹き飛んだ。

吹き飛んだ機体だけではなく、残った武神の手足にも傷が出来ていた。

 

いったい何事だと考えている間に、答えが向こうからやってきた。

 

武蔵の陣から一人の女武者が走ってくる。

 

『本多二代か・・・!?』

 

武蔵副長、本多二代による割断攻撃だ。

 

********

 

氏直は一連の流れを多摩から見ていた。

 

これほどとは・・・予想の斜め上でしたね。

 

何というか、昨日は酒に酔って色々盛り上がっていたようだが、今日はなんだか戦うことで盛り上がっているようにも見える。

もちろん、彼とは特に付き合いがあるわけでもないので何とも言い難いのだが。

 

天野康景の身体能力は、人の身で決して不可能なことではない。

不可能なことではないが、彼と同じことを皆が出来るかと言えばそうでもない。

 

彼の能力はおそらく彼の頭脳によるところが大きい。

 

肉弾戦を主軸に戦う副長クラスを軽々しく避けているように見えるが、おそらく彼の頭の中では高度な計算が為されているのだろう。

 

まさしく英雄に相応しいと言える。

並みの特務クラスでは相手にすらなれないだろう。

 

武蔵にとっては大きな戦力である、しかし、その一方で氏直はあることに気づいた。

 

……武蔵にとっての戦力ではありますが、同時に()()でもありますね。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その事実に武蔵側、天野康景本人が気づいているかはわからない。

 

否、本人は気づいているはずだ。

些細な問題でこそあるが、武蔵にはいずれ大きな問題になる。

 

その問題に対し天野康景はどのような選択をするのか個人的に興味はあるが、これを理由に武蔵と敵対するのはリスクが大きいとも言える。

 

里見総長はどうやら知らない間に天野康景と何らかの約束事をしたようだ。

 

抜け目のないことですね……。

 

氏直自身、ノリキの件があるため武蔵とは極力、友好的ではありたい。

天野康景の計画は、多分こちらも武蔵側に立つことが前提だろう。

大変癪だが、()()()()()()()()()()()()も把握していると見て間違いない。

今回は彼の思惑に乗ろうと思い、準備を進めていた時だ。

 

「……天野康景が動きましたね」

 

天野康景が敵陣に突撃した。

敵陣の間隙を縫うように、敵を斬りつけながら進んでいく。目的は殲滅ではない。

三銃士の居る部隊よりもさらに奥。

 

そこは、

 

「戦艦"狩猟館"の前……!」

 

敵本陣のすぐ前だ。

 

*********

 

康景は広家を蹴りながら状況を考えた。

 

武神共は二代によって翻弄されているので問題はないはず。

憂慮すべきは幾ら蹴ってもすぐに治る変態と、じわじわと進軍して来る歩兵の連中だ。

流石に広家のように単身で突っ込んでくるような奴はいないらしい(居たら居たで面倒臭い)が、全軍を正面から武蔵全軍で当たるのは避けた方がいいだろう。

 

武蔵の指揮はネシンバラがいる。

ある程度策に関しては共有しているので、後は彼が臨機応変に指示を出してくれる(はず)。

 

だから、康景は敵を攪乱するために、

 

「せいっ」

「あうっ」

 

広家を蹴り飛ばして、割と本気を出して全力で走った。

走る方向は、敵軍の更に向こうにある"狩猟館"の方だ。

 

元々行く予定ではあったものの、「そうだ、敵本陣に行こう。」的な気分で走る。

 

「ちょっ!?」

 

広家がこちらの意図に気づいて追ってくる。

広家の攻撃を捌きつつ、敵軍ど真ん中を突っ切る。

 

敵は攻撃するが、殺さない程度に斬る。

 

全滅させるより、負傷者を出した方が進軍速度に影響が出る。

と思ったのだが広家が思ったより食らいついてきたので思ったように攻撃できなかった。

 

……流石に速いか。

 

*******

 

六護式仏蘭西陣営は一瞬だが凍り付いた。

気が付いたら天野康景がなんだかわけのわからない動きをしながら味方を切りつけ、自分たちの部隊を抜いていった。

 

起きた出来事は理解できる。

しかし、それを実際に行った天野康景に対してすべき対応を見失う。

 

自動人形隊はまだしも、生身の部隊は特に混乱する。

 

唯一副長補佐が蹴られたりしながらも食らいついて自分たちを庇っているが、あれはあれで異常だ。

 

自分たちも天野康景を止めるために戻るべきか、それとも当初の作戦通りに進むべきか。

 

その迷いの中、明確に行動を示した者がいた。

"死神"こと天野康景に一人で太刀打ちできている者。

 

「進めぇ!野郎共!」

 

まるで一昔前に流行った海賊ものの映画みたいなことを指示するのは、

 

「「副長補佐っ!」」

 

********

 

広家は蹴られて吹き飛ばされて仲間を何人か庇いつつ兄の速度に付いていって、疲れた。

 

なんだかアトラクションにでも乗っているような気分だった。

蹴られたり、蹴られたり、斬られたり、庇ったり。

 

肉体的にはもちろん、精神的にも大分疲れる。

身体に関しては術式と元々の性質によって回復は早い。しかし、精神はすり減る。

 

兄の目的は、おそらく六護式仏蘭西部隊の進軍を混乱させること。

 

実際、六護式仏蘭西の面々も何人かは兄の方に向かいそうになっていたが、何とか留まってくれたようだ。

 

ただでさえ巫女砲撃によって進軍が滞っているのに、兄によってさらに乱されるのは避けたい。

幸い、自分の声で何とかなったからいいものの、生きた心地がしない。

 

「つーかお兄ちゃん」

「なんだ?」

「女の子に対して蹴りを平然と繰り出すというのは男として如何なものかと……」

 

康景は何か考えるような素振りをして、言い放つ。

 

「大丈夫、俺が蹴り転がしたい女はお前だけだ!」

「えっ///」

 

自分だけ。そう言われると少しドキッとしてしまうが、すぐにこの人がイカレたことを言っていることに気づき、

 

「いっ、いやいやそれ嬉しくないよ!?」

 

一瞬ドキッとしてしまった自分が情けないが、凄く理不尽な気持ちになる。

普段周りから常識がないだの自重しろだのとよく言われるが、この人に比べたら割と常識的だと思う。

 

*********

 

康景は広家と対峙しながら、次の一手を考えていた。

 

思ったより攻撃できなかったな……。

 

敵を掻き乱して混乱させるくらいまではやりたかったのだが、敵が思ったように動かないのが腹立たしい。

広家の動きも素早く、対応もいい。思ったよりちゃんと副長補佐をやっているようだ。

 

まぁ、広家を武蔵の皆から引き離せただけでも上出来か……。

 

今のところ広家からまともな攻撃を受けていないが、一撃でも食らえばマズいことになりかねない。

六護式仏蘭西の連中を引き付けられなかったのは悔しいが、広家への警戒だけは怠らないようにしたい。

こっちがどれほど警戒しているかを知ってか知らずか、

 

「お兄ちゃんの思い通りになると思ったら大間違いだよ!」

 

そんなことを言ってきた。

少しイラっとするが、これくらいで怒っていては疲れが増すだけだ。

 

「まぁ、もうちょっと思い通りになってくれれば楽だったんだが」

 

予定とは違うが、今のところ自分以外の武蔵勢に大きな苦戦は見られない。

ならばこのまま進めても問題ないだろう。

ここで広家を圧倒出来れば戦況が一気にこちらに傾くのだが、そう簡単にはいかない。

 

ここまで統制の取れた軍。質の高さを見て、康景的には思うところがあった。

 

「なぁ広家」

「何?」

「お前……頑張ってんだな」

 

相手への素直な気持ちを述べる。別に嫌味とかそういう訳ではなく、知り合いが頑張ってるのを見てなんとなく感動したのだ。

広家がコネで成り上がったとか言っていたので馴染めているのか少し気がかりだったが、ちゃんとやっているようで何よりである。

 

広家は一瞬嬉しそうな笑みを浮かべたかと思えば、今度は悔しそうな顔をする。

だがやっぱり嬉しいのかニヤニヤしそうになり、それを見せないように苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 

面白い百面相だなぁと思いつつ、また剣を構えなおす。

 

「じゃ、続きやるか」

「続きっていうか、私的には中断した気はないんだけど……ま、気分の問題だしいいか」

 

顔つきが変わる。

 

「私はテュレンヌ(ババア)みたいな純正でもないし、塚原卜伝(クソ)みたいな出来損ないですらない、紛い物の模造品。本来の人狼みたいな性質はないの」

「……」

 

やはり人狼であったか。

その辺は想像通りである。しかし、言葉の端々に引っかかるものがあった。

 

()()()という言葉にひどく寒気がする。

 

「でもね、その代わりに私は他の連中とは違ってあることが出来る」

 

それは、

 

「……満月じゃなくともいつでも獣変調出来るんだよね」

 

広家が獣っぽくなった。頭の上に猫耳みたいのが生えて、尻からはウンk、じゃない。尻尾が生えた。

心なしか若干八重歯も伸びたような気もする。

 

「おお……!」

 

そして、構えは四つん這いに近い恰好になり、

 

「この姿になるとさ、あんまり自制が効かなくなっちゃうから気を付けてね」

「……お前それさぁ」

 

四つん這い。獣。それらから導き出される答えは、

 

「な、なに?」

「猫っぽいよ?」

 

人狼なのに猫っぽいのはどういうことなんだろう。

変な疑問が湧いたが、四つん這いっぽい恰好から広家が顔を真っ赤にして吠えた。

 

「るぁ、ああああああああああああ!」

 

そして次の瞬間、広家が突っ込んできた。

 

********

 

一方その頃武蔵の某エロ同人作家。

 

●画『康景……妹……獣……四つん這い……閃いた!』

あさま『後で康景君に報告しておきますね』

 

********

 

武蔵右舷から少し離れたある場所で、アデーレは自軍の活躍を見て思う。

 

……武蔵の主力強すぎませんかね?

 

一機でも大変な武神複数体を二代と、浅間、あとは茶々が三人でほぼほぼ完封。更に茶々はそれと並行して敵砲弾などの攻撃はほとんど撃ち落としている。

流石に全部とはいかないが、逃した砲弾は"武蔵"が重力障壁で防ぐ。今のところ武蔵への大きな実害はないと思われる。

 

そして我らが康景はというと、

 

ほ、本当に一人で行っちゃいましたよあの人……!

 

敵本陣の真ん前で、今は一人敵副長補佐とやり合っている。いきなり康景が敵本陣近くまで行くものだから、皆ドン引きしていた。

まぁドン引きはすれど彼の無茶苦茶はいつも通りなので、問題ないと言えばないのだが。

 

武蔵副長、一般生徒であるはずの浅間、亡命者の茶々、そして天然馬鹿無双の康景による活躍で、敵の行進はかなりの遅れが生じている。

 

しかし、康景の「俺が馬鹿の相手をして、敵を混乱させようと思う。だけどもし、敵が混乱しないようであれば……解るな?」などという意味不明な発言に対し、自分の役割をきちんと考えられてしまう辺り、自分ももう駄目なのかもしれない。

しかし、先程から活躍してる人外魔境連中に比べれば自分はまだまだなんだろうと納得を作りつつ、アデーレは自身の役割を果たすことにした。

 

「行きます!」

 

アデーレは自分とあと数百人近い連中を連れて、六護式仏蘭西の行軍の脇に突撃した。混乱しなかった敵に対して、不意打ちを仕掛ける形で武神隊と同じくらい厄介な自動人形体に突撃する。敵の中腹に突っ込むのは危険だが、いざとなれば英国で使った大ジャンプがあるし、連れて来た武蔵学生は足に自信がある連中で固められている。

なので事実上、機動殻を着込んだ自分が一番遅いため皆が先行することになるのだが、

 

「貰った!」

「はい?」

 

不意に、自身の機動殻内部の上面表示枠に、赤い色の四本の大刀が自分の頭上に来ているのが映る。

確か、六護式仏蘭西のアンリとかいう自動人形の武器だ。いきなり過ぎとか、速すぎとか、なんで前にも居るのに後方の自分が標的になってるのだとか、いろいろなことを刹那的に思っている間に、

 

「あいたぁ!」

 

直撃した。

 

********

 

広家は康景と相対しながら自動人形隊を確認する。

獣変調を使っても攻め切れない辺り、この人は本当に化け物だ。余裕もないし、全体を見ながら戦わなければならない。

戦い自体は大好きだし、兄との時間は最高である。

しかし、人の上に立って指揮することにはいつまで経っても慣れる気がしなかった。

 

だが今はそれよりも、

 

堅ぇなあの機動殻……!

 

アンリの一撃を食らって無傷。更にアルマンがこのIZUMОの地殻を使って攻撃したのに跳んで回避。

成程二次元的に考えれば動きは遅いが、三次元的に考えればあの跳躍回避は不意打ちとして有効だろう。

だが避けられたところで、落下地点を襲ってしまえば意味はない。

 

自分が行けば機動殻をぺちゃんこにしちゃうのは容易だ。

 

だが、

 

「ふんっ!」

「ヌアアあアあァあ……!?」

 

今の自分では他に手を貸せるほど余力はない。現時点で出せる最高速度で兄を攻め立てるも、しかし、兄はただ剣ですべてを叩き落してくる。

 

これでも足りない……!?

 

最初の巫女砲撃で倒れた武神も、そろそろ復帰できる。本多二代の蜻蛉切があるとはいえ、全部はカバーしきれないはず。

自分が行きたいが、上手く部下を使うのも上司仕事と考えるもどかしさを内心で押し殺していると、心でも読めるのか兄が、

 

「"自分がヒャッハーしたいけど部下にもちゃんと仕事を任せないといけない上司のもどかしさ"を感じてる顔してるな」

 

エスパーか何かっ!?

 

というかどんな顔だ。

 

「うちの巫女砲撃と、変態の変態射撃だけだといずれ隙は出来る。そしていくら二代でも全部はカバーしきれまい」

 

そう、兄の言う通り、隙はいずれ出来る。しかし自分から言い出すあたりまだ何か仕込んでるんだろう。

おおよその予想は付くが。

 

武神の方を確認すると、動きが止められていた。

 

六護式仏蘭西の武神を止める一機の武神。

それは武蔵の武神ではなく、

 

今度は里見かぁ……総力戦みたいで疲れるなぁもう!

 

武蔵の手数がやけに多いことに広家は内心辟易した。

 

 




何とか頑張って三巻という長い長いマラソンを終えられるように頑張っていきたいと思います。
ただ私は走るスピードが大変疎らで御座いますので、気長にお待ちいただけると幸いです。



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