今更ながら、この話を上げるのは、「まだカープカープ言ってるのかよ」と思われそうですが、この逸話も合わせてあげます。
本来の時間軸よりも5ヶ月後ですが、こういう視点もたまには。
私、佐々木 希は、夕ご飯の支度をするため、キッチンに立っていた。
ユウ兄は、もう少しで仕事から帰ってくるはず。
今のところ、何の連絡もない。残業2時間以内決定。
終業時間の17時からプラス2時間の19時。
これより遅くなる場合は、メールをする、そう決まっている。
18時。
バタンと玄関のドアが開く音がする。
「ただいまー」
愛する夫の声がした。
「おじゃましまーす」
「こんちわー」
私が返す間もなく、男女2人の声が続く。
確か、ユウ兄の同僚の方々だったような……。
「あっ!いきなり押しかけて来てすみません」
セミロングの女性が、すまなそうに私に会釈する。
「
佐伯 由美さん、ユウ兄の補佐をしている方と聞いている。
「……ご丁寧にどうも。私は佐々木の妻の希と言います。よろしくお願いします」
まだ結婚していないのに、「妻」ということを強調する。
彼の仕事現場で近くにいる
「よ、よろしくお願い……ね……」
私の睨みが効いたのか、彼女が一瞬驚いた顔をする。
その後、口角を上げて、にやけた。頭を撫でられる。
「部長ー、奥様1日借りてもいいですか!いや、持って帰っていいですかー?」
「ダメだー、ノゾミは俺のだ。お引き取り願う!」
「えーっ!こんなかわいい
洋室にいるユウ兄の声がした。それを非難する佐伯さん。
彼が「俺のだ」と主張してくれているところに、胸が熱くなる。
佐伯さんは、文句を言いながら、洋室に入っていった。
「お?この
私と佐伯さんが声を交わしているところを見て、ユウ兄のもう1人の連れ合いの目線が向く。
「優、お前、
そういえば、私、学生服のままだったなぁ。
「……犯罪って、お前なぁ……」
ユウ兄が恥ずかしそうにしている。そんな彼は、テレビのリモコンを手に操作中だ。
「いつも、女子高生の制服姿を、後ろ姿を眺めてんのか……うらやましいなぁ、おい」
彼は、ノリノリで私の夫を
「それよりも、今日は、これだろ!早く来い、次郎」
「ハイハイ」
ユウ兄に呼ばれて、仕方なく揶揄うのを止めたようだ。
「あ、俺は、
手を上げて、ウインクしてくる。
そんな彼の風貌は、短髪。本人は格好良く決めたつもりなんだろうけど、決まらない。
南方 次郎さん。
ユウ兄と同じ年で同期。非常に仲が良く、なんでも相談しているらしい。
洋室に入り、ユウ兄、佐伯さん、次郎さんの3人は、テレビの前に陣取った。
テレビ画面では、赤い帽子を被った、白いユニフォームの男たちが映っている。
帽子の真ん中には白文字のCが映えている。白いユニフォームには赤字の「CARP」。
そう、ここ広島の地元野球チーム、広島東洋カープの試合を観戦しているようだ。
「今日は野村かー、相手はジョーダン。打てるかな?」
「ワタシの
「……巨人が負けてくれんと、今日、決まんないからな……」
佐伯さん、野村クン好きなのかー、そしてこれって「カープ女子」というヤツだろうか。
次郎さんが言う「巨人が負けないことには決まらない」、そうか、優勝が今日決まるかどうか。
だから、この時間にいい大人が3人、仕事を早く終わらせて、野球観戦をしているのか……。
そういえば、学校でも何人か授業が上の空のひと、多かったような……。
生徒だけでなく、先生も。
一部生徒は昼で早退してた。和美なんかは、学校に応援グッズ持ち込んでいたっけ。
25年ぶりのリーグ優勝。前回の優勝は、ユウ兄でさえ、記憶に残っていないらしい。
広島カープファンにとっては、それだけ大変なことなのだろう。
他の球団のファンの私には、わかりようがないのかもしれない。
よく優勝しているし、強くて当たり前とされている球団……。
今日は9月8日。
広島東洋カープの所属するプロ野球セ・リーグ。
今年においては、カープがほぼ1位を守ってきた。
残り試合数が少なくなってきた今、今日の試合にカープが勝って、2位の読売ジャイアンツ(通称:巨人)が負けると、カープの優勝が決まる。
詳しいところはわからないけど、「マジック」という数値が0になると、優勝が決まるとのこと。
数値が変動する条件としては、カープが勝つと1、巨人が負けると1ずつ減っていくらしい。
ちなみに、私はジャイアンツのファン。坂本選手を贔屓にしている。
と、いうのは、お父様に着いて行って、大きなパーティーに出席したときのこと。
そのパーティーに坂本選手もなぜか出席していて、顔を合わせる機会があった。
その時の彼のオーラと笑顔に魅せられて、プロ野球に興味を持つようになる。
そこから、東京ドームに野球観戦に行くようになり、オレンジのタオルを回すのも上手くなった。
しかし、ユウ兄の住む広島にもプロ野球チームがあるということに、なぜか気づかなかった。
一緒のリーグで、ジャイアンツとも対戦し、しかも略称が「広島」。
なぜ、気づかないかな。過去の私に文句が言いたい。
今のところ、ユウ兄には、私がジャイアンツファンだということは、伝えていない。
若い選手限定ながら、ジャイアンツ以外の選手も、それなりに知っているということも。
今年は、ヨシノブ新監督で戦ったものの、2位に甘んじている。
そんなジャイアンツが負けたら、この3人は喜ぶ……。複雑だ。周りは皆、敵に見えてくる。
テレビの前では、3人で盛り上がっていた。勝ち越し点が入ったらしい。
そして、さらに点を入れて引き離す。
6対1。序盤で大量リード。
3人は、肩を叩きあって、ボルテージは、早くも最高潮。近所迷惑にならないのか。
ふとスマホに着信ランプが灯っていることに気づく。
確認すると、
・アパート中、広島の応援で盛り上がっている。心配なし。
・死ね、バカープファン
小夜……。
「お?阪神、勝ってるぞ」
「え?マジで、マジなの?」
「……1対0だけどな」
ジャイアンツの途中経過を確認した次郎さんの声に、目を大きくする2人。
「ノゾミー、冷蔵庫から缶ビール、お願い」
その途中経過に気を良くしたのか、ユウ兄は、私にお願いしてくる。
「え?お前だけずるい、俺のは?」
「ぶちょー、いけずー」
「仕方ないなぁ……。ノゾミ、2人の分も頼む」
2人からのブーイングに、しぶしぶ言い直すユウ兄。
そうなるだろうと思っていた私は、すでに3人分、用意していたりします。
……これは、このまま、酒の席になるのかな……。
夕ご飯は軽くつまめるものにしましょうか。
そして、軽く、ラーメン、かなぁ……。
冷凍庫から、冷凍食品の「枝豆」と「フライドポテト」を取り出す。
素早く解凍、フライドポテトを少量の油で揚げる。
枝豆は、電子レンジで解凍、塩を少量振る。
テーブルにこの2品を用意した頃、追い上げられているものの状況の変化はなかった。
3人とも、すでに缶の半分までを飲んでしまったようで、次を催促してくる。
カープが勝ちそうで、ジャイアンツが負けそう。
カープの優勝今日決まる。
それが決定事項のような、そんな雰囲気が漂っている。
「あ?巨人、チャンスになっとる」
そんな雰囲気を打ち破るような、悲壮感漂う次郎さんの声。
「8回表、1アウト1、2塁。代打坂本。ヤバい、抑えてくれ」
坂本さん、代打かぁ……。怪我、大丈夫なんだろうか……。
「ピッチャーは?」
「先発の
今季ジャイアンツからの甲子園初勝利がかかっている1戦。
阪神タイガースも容易には負けられない。
でも、1アウトで坂本さん。これは同点は避けられないかな……。
カープファンの3人にわからないように、気を付けながら、微笑む。
もう優勝の可能性はほぼ無い。これくらいは、許してくれるよね。
「いや、違った、
「藤川か……。うーん」
次郎さんの報告に、ユウ兄は考え込む。
「抑えてくれるといいのだが……」
テレビ画面では、順調に試合が進んでいく。6対3.3点差まで追い上げられていた。
「あーーーーーっ!!」
突然、次郎さんが叫ぶ。
「あーあ、今日の胴上げはないわ……」
力なく肩を落とす次郎さん。
「同点?」
「逆転。坂本に逆転3ラン打たれた……」
「やったー!坂本さん、打ったんだー!」
次郎さんの報告に、思わず叫んでしまった私。
「……えっ?ノゾミ?」
「……希ちゃん?」
「……どういうことなの、若妻ちゃん……?」
3人に睨まれている。これは、不味い雰囲気だなぁ……。
目をそらし気味にテレビ画面を見ると、大変なことが起きていた。
「あっ!菊池選手が!倒れてる!」
3人は一斉にテレビ画面の方に振り向き、無言になった。
ベンチに引っ込んだものの、すぐに出てきた菊池選手。大丈夫らしい。
安堵する。
「……で、ノゾミ、さっきはどういうことかな……?」
ユウ兄が迫ってくる。その笑顔が怖い。
「……えっ?ナンノコトデショウカ」
「やったー!!って、どういうことかね?」
「次郎さんまで……」
「希ちゃん、もしかしてカープ女子ではないとか?」
次郎さんや佐伯さんまで、ガンを飛ばしてくる。ウエーン。
★★★
やれやれ、バカープファンに囲まれるとは。
希様、かわいそうに……、自業自得ですね。
影はニヤリとする。
今年はバカープに譲るが、来年は必ず由伸監督が栄冠を……!
いや、クライマックス、待っておれよ!
心の中で叫びながら、影はいつも通りの仕事を遂行する。
無理矢理、赤い帽子を被せられた割には、喜んでいる若妻を眺めながら。
なぜか、坂本逆転3ランのマジック1になった日の出来事。
優勝日を書くと、広島は不夜城になったので、書ききれない……(笑)
東京組は、ジャイアンツファンです。
小夜は、希との観戦に付き合っているうちに染まってしまった。
言動が危ない。
しかしまあ、「バカープファン」
誰が考えたのでしょう。ネーミングセンスがいいね!