【ここまでのあらすじ】
希は社長令嬢。料理ができないかもしれない。
ノゾミはキッチンで作業中。
俺が頼んだ「玉ねぎのみじん切り」をしている。
父親との通話が終わり、キッチンの方向に目を向けた。
そこには、こちらを向いて困った顔をして佇んでいる彼女の姿が。
表情から、俺に助けを求めているのは、明白だった。
左手には、黄緑色の玉ねぎを持っている。
「ユウー……」
「どうした?」
「玉ねぎの皮がむけないですわ……」
なんですとー!
「ツルツルして、どこから皮をむけばいいか、わからないですわ……」
あきらかに表情が沈んでいる。先ほどの自信はどこ行った。
彼女の手元の玉ねぎを観察する。
頭はとんがっている。茶色い乾いた薄皮は、すでにむいているようだ。
下には根っこ部分が付いたまま。
「……皮はむけてるよな」
俺は彼女から玉ねぎを受け取り、包丁で上下部分を真っ直ぐに落とす。
「ほえー」
彼女は、その様子を左側から覗き込んでいる。
俺は彼女に、包丁を手渡そうとする。しかし、彼女は受け取らない。
仕方がないので、作業を続ける。
玉ねぎを半分に切る。5ミリ幅くらいに切り込みを入れる。
切り込みの直角に包丁を当てて、切り刻む。
包丁の刃先を左手で固定して、柄を上下に動かし、より細かく刻んでいく。
刻み終わったものをボウルに移す。
「目が、目が痛いですわ……」
振り向くと、目をこすって悶絶している彼女が見えた。
玉ねぎはあと半分ある。
再度包丁の柄を持って、彼女に手渡す。
彼女は包丁を受け取り、玉ねぎに向かった。
縦に切る。4分の1になる。それをさらに切る。
順調に小さくは、なっている。
みじん切りというより、くし切りになるのか。
手元はぎこちないが、形にはなっている。
包丁は使えるようだ。
俺は後ろから様子を見ながら、胸を撫で下ろす。
先程の「冷凍食品」発言を聞いて、包丁は使ったことがないのではないかと疑っていたからだ。
ある程度小さく切ってからは、俺がしたように、包丁の刃先を押さえつけて、柄を器用に上下させて切り刻んでいる。
「さっきはなぜ、とまどっていたのかい?」
ここまで包丁を使うことができるなら、手伝う必要はなかったように思う。
「玉ねぎの上と下を切ることを忘れていたのですわ」
マジですか。切らなくても、半分にしてしまえば、作業を進めることができると思うのだが。
「何か、作業が抜けている気がしたのですわ……」
彼女は、ボウルにみじん切りした玉ねぎを移しながら、言葉を続ける。
「みじん切りは、機械を使ってやっていましたので、その方法は初めてでしたわ……」
だから横で、食いつくように観察していたのか。
「では、玉ねぎのみじん切りを使う、ノゾミの作れる料理は?」
そんな質問をしてみる。
「冷凍食品命」みたいな発言をしていたので、期待はしていなかった。
「焼き飯ですわ」
まっとうな答えが返ってきたので、驚く。
「作れるのかい?」
思わず、そんな失礼な質問をしてしまう。
「もちろんですわ」
予想外に、しっかりした答えが返ってきた。
「だったら、作ってくれるかい?」
「ユウのためなら、喜んでつくりますわ」
そう言って彼女は、冷蔵庫と冷凍庫、キッチン棚の中身を確認する。
先程の「冷凍食品がないと料理ができない」発言は何だったのか。
ご飯は炊飯器の中にあることを伝えると、彼女は、テキパキと料理を進めていった。
★★★
テーブルの上に料理が並んでいる。
焼き飯。
冷凍庫に入っていた鶏のむね肉と、先程の玉ねぎ、冷蔵庫に入っていたニンジンが入っている。
一般的に目にするものが、間違いなくそこにあった。
普段、機械を使っているという、みじん切りをするときの動きは、見ていてハラハラした。
しかし、他の包丁を使う作業や、鍋に入れる順番などは、安心して見守ることができた。
それに加えて、ノゾミはサラダも作ったようだ。
キャベツをちぎったものの上に、ゆで卵の輪切りが乗っている。
さらに、マヨネーズに酢を混ぜて作られた、ドレッシングが別皿に用意されていた。
サラダに、お好みでかけるということなのだろう。
飲み物は、冷蔵庫にあった麦茶をコップに注いで用意してあった。
テーブルを挟んで、向かい合うように座り込み、食事を始める。
焼き飯をスプーンですくい、口の中に放り込む。
さらに、サラダにドレッシングをかけて、かぶりつく。
「お口に合いますでしょうか?」
ノゾミが不安そうに聞いてくる。
「美味しいよ、驚いた」
どちらも文句なく美味しい。
それを見た彼女は、安心したのか、笑顔を浮かべる。
「あと、トマトがあったら彩りが……キャベツではなく、レタス、が欲しかったですわ……」
そんな独り言が聞こえてくる。
「彩りなんて、いいだろう」
「いいえ!彩りは大切ですわ」
独り言に対して、軽い気持ちで返すと、強く否定される。
2つの瞳で睨まれる。穴が開きそうな、そんな気分になる。
しかし、悪い気はしない。美人の睨んでいる顔は、ご褒美に近い。
「豊かな食卓、盛り付け、そして、彩り。それは気持ちを明るくしますわ!」
言い切られた。そういえば、「盛り付けは得意」と、言っていたような気がする。
地雷を踏んでしまったのか。これは気を付けないと。
「それにしても、美味しいな」
俺がそう言えば、先程の強い睨みが解除されて、ニヤニヤし始める。
先程の睨んだ顔もいいが、こちらのニヤニヤして、ふやけてる笑顔もまた、ご褒美である。
「褒められると、嬉しいですわ」
ここまできて、ふと疑問に思う。
「そういえば、『冷凍食品がないと、できることがない』と言っていたけど、なぜ?」
そう。焼き飯やサラダが用意できて、盛り付けもできる。
彼女はなぜ、そんなことを言ったのか。ものすごく不思議である。
「……えっ?そんなこと、言ったかしら?」
そう言っているノゾミは、目線を合わせてこない。
「ユウの気のせい、ですわ……」
そうか、気のせいか。気のせい……んなわけないだろう。
「そんなわけないだ……」
「気のせいですわ」
「いや、でも」
「気のせい、ですわ」
「えっ?……でもさ」
「ユウ
わざわざ「ユウ兄様」呼びして強引に押し通そうとしている。
そして、睨まれる。その睨み顔、俺には通用しない。ご褒美なのだ。
これは、答えそうにないな。
会話を止めて、食事に集中する。食事を平らげる。
「で、冷凍食品は、良いものなのかい?」
時間を空けて、違う方向から切り込んでみる。
「良いものですわ」
彼女は、サラダを食べながら答えてくる。
「毎度の食事や弁当で楽ができますわ」
そうだよな、間違っていない。
「冷凍食品があれば、料理ができることを隠せますわ」
ん?何をおっしゃってるのかなーノゾミさん。
「料理ができないと思われましたら、私、料理しなくて済みますわ」
ほほう。これ以上聞いていてもいいのだろうか。それでも彼女は続ける。
「料理って、いろいろ面倒ですわ。私ではなく、ユウ兄様が毎日やってくれると、楽ですわ……」
彼女は、悪いことを考えているような顔をしている。
考えているような、ではないな、間違いなく考えているな。
「ほほう。料理をしたくないと……。ふーん、そうかー」
今、俺は意地悪な表情をしているだろう。
彼女の方は、口に右手を当てて、慌てた表情を浮かべている。
「まあ、俺としては、どちらでもいいけどね」
「え?あ?あのう……」
「学生は忙しいだろうから、いいよ」
「……」
「焼き飯美味しかったし、俺としては毎日食べれたら、嬉しかったけど、残念だなー」
未練たらたらだな、俺。自分でもどうかと思う。
でもさ、彼女が隠れて策を練っているようで、少し気に入らなかったのだから、仕方ない。
少しいじけたふりをした。これくらいは許されてもいいのではないだろうか。
「……ユウ……」
ノゾミは、沈んだ声で俺の名前を呼ぶ。落ち込んでいるのか。
先程の慌てた様子ではない。目線は下を向いている。
自分の悪だくみを知られてしまって、気まずいのかもしれない。自業自得だと思うが。
「お金を頂戴。生活費の管理、私がする」
彼女はいきなり、そんなことを言い出した。
目を見開いた俺に、目線を合わせて、ニコリと笑った。
次の話は、明日15時に投稿します。
【カリブラコア】
ナス科カリブラコア属のカリブラコア(学名:Calibrachoa)は、別名ミリオンベルと呼ばれている。
漏斗状の小輪花(ペチュニアを小さくした感じ)を、長期間咲かせる。
1990年に、ペチュニア(ツクバネアサガオ)属から分割してできたことから、歴史は浅いものの、短期間のうちに品種改良が進んでいる。
ペチュニアに比べて、多年草としての性質が強く、さい芽で小苗を作って、冬越しさせれば何年でも楽しめるが、次第にウイルスに侵されて症状が出てくるので、一年草として扱った方が良いかもしれない。
別名の「ミリオンベル」は、サントリーフラワーズの登録商標名「ミリオンベル・シリーズ」から来ている。
当時、園芸化されていなかったカリブラコア属の原種を、数種交配させて改良、容易に育成可能な園芸品種として生み出し、1990年に発表されている。
開花時期:4月~11月
花色:ピンク色、青色、黄色、白色、オレンジ色、茶色、赤色、紫色、複色
原産地:南アメリカ