楽しめて頂けたら、幸いです。
「暇ね〜」
荒廃した、秩序のない地下都市。
その崩れ掛けの塔の上で、女性が一人、呟く。
上空に渦巻く緩やかな風が、女性の光を飲み込む様な漆黒の髪を撫でる。
眼下には、ボロボロな街並みと、そこに住む人間の子供たち。それと、時々吸血鬼。
世界が崩壊して、数年。
謎のウイルスが蔓延し、人間の大人たちは一部を除き死に絶えた。
だが、子供たち生き残った。
ウイルスは、子供には感染しなかったのだ。
感染しなかった子供たちは、保護と言う名目で、ウイルスに感染しなかった、人型の血を吸うバケモノ――吸血鬼に家畜として管理されていた。
だが、塔の上で座る女性は、それが酷く詰まらないと感じる。
確かに、このまま人間を放って置くと、またこの様な事態に陥るかもしれない。いや、その可能性が高い。
しかし、人間はそれだけでは無い事も知っている。特にアニメ。続きが見れない事がとても残念だ。
その様な、くだらない事を考えていると、とある施設から出てくる見知った顔を見つけた。
黒髪と、金髪の少年だ。
彼らは、吸血鬼の管理する家畜の一部に過ぎない。だが、彼ら――特に黒髪の少年は、見ていて面白い。
何せ、絶対的な力の差を理解していながら、吸血鬼を倒してこの地下都市、サングィネムを出て行くというのだ。
金髪の少年は、それほど興味は無い。だが、同じ吸血鬼の貴族である――階級は違うが――フェリド・バートリーのお気に入りである。
あの変態が気に入っている人間だ。興味が無いわけでは無い――が、所詮は吸血鬼に媚びを売る人間だ。
確かに、アレに直接血を吸わせると、生活を援助して貰える。ここで生き抜く為の行為としては、とても賢いものではある。
しかし、吸血鬼に抗う黒髪の少年の方が余程面白い。
「あぁ、そうか、血を吸われてたのね」
いつも家の中で他の子供たちの面倒を見ている二人がどうしてこの様な所にいるのか疑問だったが、そう言えば血抜きの時間だったな、思い出し、立ち上がる。そしてそのまま塔から飛び降り、女性は暇潰しのためにその少年たちの元へ向かう。
少年たちまでの距離は、少なく見積もっても、2、3㎞はあった。だが、女性はその距離をほんの数秒で駆け抜ける。
そして、少年たちの前へ、優雅に着地する。
「あ!レティア、見つけたぞ!今日こそはぶっとばしてやるからな!」
黒髪の少年がこちらに気づき、いきなりケンカを吹っかける。
いつも通りの威勢の良さに、ふふ、と口元を緩ませる。
「おやぁ〜、キミも来たのかい、レティアちゃん」
と、間延びした、軽薄そうな、神経を逆撫でされる声色で話しかけられる。
声がした方へ振り向くと、長い銀髪を一つ縛りにした、吸血鬼の青年が立っている。
その吸血鬼は、左右へ侍らせている吸血鬼と違い、中世の貴族の様な、豪華な衣装に身を包んでいた。
彼はこちらを見て、へらへらと笑いながら手を振ってくる。
「あら、フェリド君。アナタも何か用があったの? それより、アナタの声はなんかムカつくから話しかけないで欲しいんだけどなぁ〜」
「えぇ〜、それは酷いよ〜」
心底悲しい、そんな表情と仕草をするフェリド。
それを見て、いつも通りだな、とレティアは思う。
「ふふ、いつも通りの様ね、フェリド君」
「いつも通りじゃないさ。レティアちゃんに
酷いこと言われたから僕の心は傷ついているよ〜」
「あら、そう?私はアナタの心が傷つくところなんて想像できないわ」
「そうかい?」
「えぇ」
そこまで話すと、フェリドはクルリと後ろを向き、そのまま自分の館へと歩き出す。
そこから少し歩いた所で、突然振り向き、
「じゃあ、またね、レティアちゃん。 ミカ君は、また後でね」
そう言い、手を振って今度こそ振り返らず、悠々と歩いて行った。
また後でね、という事はこの金髪の少年は後でフェリドの屋敷へ行き、血を吸って貰うのだろう。
フェリドが見えなくなると、黒髪の少年がレティアの側へ近寄り、ビッ!と指をさす。
「おい、レティア!今日もいつもの場所でやるぞ!ぜってーに今日はぶっとばしてやるからな!」
普通の吸血鬼にそんなことを言えば即座に縊り殺されるだろう。家畜が一匹減った所で誰も気にする者などいない。
それで言えば、レティアは少々普通の吸血鬼とは異質である。
吸血鬼というのは、総じてプライドが高い。人間を見下し、侮る。
まあ、それは仕方のないことなのかもしれない。何せ、人間と吸血鬼では身体能力の格が違う。一般の吸血鬼でさえ、身体能力は人間の何倍もある。貴族であれば、それ以上だ。吸血鬼が人間よりも優れている事は覆しようの無い事実だ。それゆえに、吸血鬼は人間を見下し、家畜と罵る。
それを思えば、レティアは人間を見下さないし、何より、ほぼ対等に扱う。
それが分かっているから黒髪の少年も容赦なく言うのだ。多分。
レティアは、黒髪の少年の毎日恒例であるぶっとばす宣言を微笑ましい笑顔で受け入れる。
「あら。じゃあ、ちょと期待してるわよ、優」
♢ ♢ ♢
「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー」
黒髪の少年――優が、ロクに整備もされていないデコボコした地面へ横たわっている。
大量の汗をかき、胸を上下させている。
一方、レティアは優のすぐ側で汗ひとつかかずに微笑みながら立っている。
金髪の少年は、優へ少々呆れた視線を向けている。
あの後、いつも通りの場所へ移動した三者。優とレティアが相対し、優が勢いよく殴りかかることで勝負が始まる。
だが、所詮は人間、それも子供の拳が身体能力が何倍もある吸血鬼に当たるはずも無く。ひらりひらりと余裕で躱され、ついには優の体力が限界を迎え、今こうして地面に倒れている。
「も〜、優ちゃん、吸血鬼の、それも貴族に僕ら子供が勝てる訳ないじゃん」
「ぜー、ぜー、うる、せぇよ、ミカ。俺は絶対に吸血鬼どもを皆殺しにするんだ」
という言葉に、ミカと呼ばれた少年は苦笑するしかない。
吸血鬼の力関係は絶対的だ。人間がいくら鍛えようと、勝てる訳が無い。それも、ただの子供だ。なおさら勝てない。
ここサングィネムでは、秩序などというものは何も無い。
そのためにミカは、家族を守るため、吸血鬼に取り入った。優のいう事などはっきり言ってただの子供の戯言なのだ。だが、ミカを含む彼らの家族は、その優の言葉に勇気を与えられている。
「えっと、それ、吸血鬼の前で言う? まあ、いいわ。――それより、優。アナタの攻撃、前より速くなってたわよ」
凄い凄い、と優の頭を撫でるレティア。
それを優は手で払いのけ、真っ赤な顔で喚く。
「やめろ、撫でんな! 今日は血を抜かれたばっかだから力が出なかったんだ!」
「それ、昨日も聞いたわよ」
「うぐっ……」
優は、痛いところを突かれ、言葉を詰まらせる。レティアはそれを見て、微笑む。
その光景を苦笑しながら見て、ミカは前から疑問に思っていた事をレティアにぶつける。
「ねえ、レティア」
「何かしら?ミカエラ」
「前から思ってたんだけど、なんでレティアは僕らに良くしてくれるのかなって思って」
そう言うと、レティアは手を顎に当て、今までの微笑みを消し、真剣な顔で考え始める。
数秒考え込み、顎から手を離し、真っ直ぐミカを見る。
ミカは、彼女の目を見て、場違いと分かっていながらも、綺麗だな、と思う。フェリドや他の吸血鬼と同じ色のはずだが、何故かそのときは、レティアの瞳が綺麗だと感じた。
「そうね……やっぱり、面白いから……かしらね。 見ていて飽きないの。優は」
と、薄く微笑みながらレティアは言う。
その顔は、愛しの我が子に向ける様な、慈愛に満ちたものであった。
ミカは一瞬、その美しい顔に見惚れてしまい、顔を赤く染める。
たまたまそれを見ていた優が、いつも馬鹿にされている仕返しにからかう。
「あー!ミカの顔赤くなってる!」
「う、うるさいよ、優ちゃん!」
優に指摘され、さらに顔を赤くさせる。
レティアは、その光景を微笑ましく見つめていると、そう言えば、と気まぐれで二人に話しかける。
「そう言えば、二人は吸血鬼がどうしたら死ぬか知っているかしら?」
その質問に、優が即座に反応する。
「頭 破壊すりゃ死ぬんだろ?」
その回答に、レティアは首を横に振る。
「まあ、それも手段の一つではあるから、間違ってはいないのだけれど……確実に殺すならば」
と言いながら、腕にはめられたリングを指差す。
「このリングを外して、首を飛ばして日光に当てる。それが確実ね」
「えぇー、すげー面倒くせぇじゃねぇか」
「いや優ちゃん、面倒くさいとかそういう問題じゃ無いから。無理だから」
「ってか、何でレティアは俺たちにこんな話したんだ? お前が殺されるかもしれ無いんだぞ?」
その優の言葉に、レティアは手を口に当て、笑う。
「ふふ、お間抜けさんな優が私を殺せる訳が無いじゃ無い。優、アナタ、芸人に向いてるんじゃないの?」
そう言うと、優はまた顔を真っ赤にして喚き立てる。
「何だとテメー! 馬鹿にしたな!ぜってーに後悔させてやるからな!」
「ふふ、期待しているわ」
怒る優をミカが宥めていると、何か聞き覚えのある声が聞こえ、耳を澄ますと自分の名を呼んでいる様だった。
「優、ミカ」
二人の名を呼ぶと、優は静かになり、ミカはこちらを向く。
「今日はここまで。用事があるから、また明日ね」
と言い、家の屋根に跳躍する。そして声の元まで走ると、見知った顔がそこにあった。
濃い紫の髪を腰まで伸ばした、レティアには及ばぬものの、充分な美少女がそこにおり、レティアに向けて口を開く。
「レティア様! どちらへ行っていらしたのですか!」
プンプン、と擬音が聞こえてきそうな可愛らしい怒り方で、少女はレティアを説教する。
「ふふ、ゴメンね、優たちの所にちょっと行ってたのよ」
その言葉に、はぁ、と溜息を吐く、紫髪の少女。
「まったく、私は明日に名古屋に帰りますが……ゲオルグがいるとはいえレティア様が大丈夫か心配です。それに………………少しは、私にも構って欲しいです……」
上目遣いで、レティアを見る少女。その破壊力は抜群である。
レティアは、鼻血が出るのを抑えながら紫髪の少女の頭を撫でる。
少女は、レティアに頭を撫でられ、機嫌が直り、嬉しそうに目を細めている。
ちなみに、ゲオルグというのはカノンの眷属だ。なんでもドイツ騎士団の一人だったらしい。実力はかなりのものだ。
「さて、じゃあ、帰りましょうか、カノン。私たちの家へ」
「……はい!」
レティアは撫でるのをやめ、自分の屋敷へと歩き出す。
紫髪の少女――カノンは、撫でるのをやめられた事に少々不満そうではあったが、すぐに気持ちを切り替えレティアの後を追う。
レティアは、屋敷へ向かいながら、今日も面白い一日だったなぁ、と今日の事を振り返る。
明日も優とミカの二人で遊べるだろう。そう、明日の事を頭の中で想像し、楽しみにしながら微笑む。
――――そんな日は、もう二度と訪れないとは知らずに。
♢ ♢ ♢
優が逃げた。
その報告をレティアが聞いたのは、次の日の早朝であった。
それと、ここ、サングィネムの女王であるクルル・ツェペシがミカエラを吸血鬼化させたという情報も耳に入ってきた。
この案件は、絶対にフェリドが関わっている筈だ。何せ、あんなにミカエラにご執心だったのだ。関係無い筈が無い。
事の全て聞くため、カノンを見送ってから、レティアはフェリドの屋敷へと足を運んだ。
「優……」
その呟きは、誰に聞かれる事もなく、虚空へ消えていった。それがどのような意味を持ったものだったのか、彼女にしか分からない。
♢ ♢ ♢
パラパラと、本をめくる音が響く。
フェリドは、いつもと同じく図書館で静かに本を読んでいた。
また、この図書館は人間の子供たちにも開放している。ここを子供が出入りできるようにしたのは、フェリドである。
子供たちが新しい知識を得て、希望のようなものを見つけて前に進もうとするのを見知ていると、ぞくぞくする。
ゆえにフェリドは、図書館を解放する事に決めた。
そして、それは正解だった。
子供たちがどの様な本を読み、欲望がいったいどの方向へ向かうのかに、面白みを感じていた。
本を読んでいると、コツ、と誰かが歩いて来る音がする。音が近づいてくるので、歩いている人物は自分に用があるのだろう。
フェリドが図書館にいるときは、子供たちはここに近づかない。
そして、自分のところに来る者など限られている。
特に、今日に限っては誰が来るか簡単に予想できた。
「フェリド君」
と、声が掛かる。澄んだ女性の声だ。そちらを見ると、貴族の令嬢が着るようなドレスと、戦乙女が着用する装備を足して二で割ったような黒い服を着た、超然とした美少女が立っていた。
「やあ、おはよう、レティアちゃん。今日は絶対に来ると思ってたよ〜」
「あら。絶対に来ると思ってた、という事は私がわざわざアナタの屋敷へ足を運ぶまでの事をした、という自覚はあるのかしら」
その問いに、フェリドは答えた。
「そうだね〜、優ちゃんとミカちゃんの事かな?」
レティアがギロリと視線を送ってくる。
「……何をしたの?」
「あはぁ、そうだね〜、遊んだだけさ」
「アナタは遊びで人間を殺し、逃がしたの?」
「そうかもねぇ? で、どうする? 君の楽しみを奪った僕を殺すかい?」
「そうね……じゃあ、殺すわ」
と言い、腰に差してある刀を抜きながら一瞬でフェリドの元まで踏み込み、刀を彼の首筋に当てる。
――――やはり、速い。
フェリドは、殺されないと分かっていたが、それでもその驚異的な速さに密かに冷や汗を流す。
フェリドには、レティアがいきなり自分の前に現れ、それと同時に首筋に刃を当てられていたように見えたのだ。彼の能力では、レティアの影すら追えなかった。
「あれぇ? 僕を殺すんじゃなかったのかなぁ〜?」
そう軽口を叩いてみても、彼女は自分に鋭い目を向け続けている。
しばらくそれが続いたが、レティアは溜息を吐き、刀をしまう。
「どうせ、それもアナタの計画のひとつなんでしょう? それに、アナタを殺しちゃうともっとつまらなくなるし、見逃してあげるわ」
フェリドは、ホッと息を吐く。
なにせ、彼女は女王よりも強いのだ。十位という地位についてはいるが、それはフェイク。本当の彼女の位階は、第二位。
それを知っているのは、自分と、カノン、ゲオルグ、そしてフェリドの眷属という事になっているクローリー・ユースフォードだけだ。
フェリドは昨日、女王にボコボコにされたばかりなのだ。昨日の今日で、またボコボコにされるのは、流石のフェリドでも御免だった。
「それは良かったよ、レティアちゃん」
だが、レティアはそのフェリドの言葉を気にせず、それに、と言葉を続ける。
「これからもっと面白くなるんでしょう?
気持ち悪いくらいに頭がいいアナタは、何の意味もなく優を、人間を外に逃がしたりしないでしょう? なら、それを待つだけよ。
――――期待してるわ、フェリド君」
そう言い、レティアは図書館から出て行く。
なんだかんだ文句を言っても、レティアは基本的にはフェリドのやる事を信じてくれる。それは、フェリドのやる事がいつも面白く、退屈しないからなのだ。
フェリドは、レティアがこれから誰のところへ行くかを想像し、彼女の背へ声をかける。
「ミカちゃんなら、多分クルルのところにいると思うよ」
その言葉を聞くと、レティアは歩みを止める。そして、こちらを向きもせず、
「そう。あとで行くわ」
と言い、出て行った。
「ふふ、すぐに行くくせに〜」
素直じゃないなぁ、とフェリドは思いながらも再び本を読みはじめる。
だが、それもすぐに飽きてしまう。
パタン、と本を閉じ、これから起こることを想像してフェリドはニヤリ、と妖艶に笑う。
「ふふ、楽しみだなぁ。これからの事を考えると――――――本当に、楽しみだ」