彼女のデレる所が見たい!
でもナイチンゲールが誰かにデレたら、それはナイチンゲールじゃ無いじゃないか!(怒
という面倒くさいナイチンゲールファンの皆様に送る短編。
因みに私はナイチンゲールは持ってません(血涙)
青白い光に潰された視界が、少しずつ回復する。
ぐだ男は暗闇に目が慣れてきたところでゆっくりと瞼を開ける。
その目には、もはや見慣れた幾何学模様の壁、中央に鎮座する大きな地球儀の様なものが映る。
人理保証機関、カルデア。ぐだ男は今日も無事レイシフト訓練を終えて帰還したところだった。
体に僅かなけだるさを感じつつも、コフィンから身を起こし、伸びをするぐだ男の元に、パタパタと駆け寄ってくる影がある。
「先輩、今日も無事レイシフト訓練終了しました。お疲れ様です」
戦装束のまま、ぐだ男のコフィンまで小走りで近づいて来たのは、マシユ・キリエライト。ぐだ男のパートナーと言える存在だ。
「ああ、お疲れマシュ、今日も大変だったね。あれ、今日はロマンは居ないんだね」
マシュに手を引かれながらコフィンから出ると、ぐだ男はいつもより人が少ない事に気付き、マシュに尋ねる。現在止むを得ずカルデアの統括を担っている、ロマ二・アーキマンが見えないのだ。
「はい、何やらダ・ヴィンチちゃん工房の方で、不可思議な爆発があったそうで、先ほど悲鳴をあげながら、管制室から出ていったそうです」
「なんだ、いつもの事か、世はなべて事もなしってね」
いや世界は滅んじゃってるんだけどね、などと軽口とも言えない軽口を叩きながら、ぐだ男は軽くストレッチをする。
「ええ、あの二人の騒ぎは、今に始まった事でもないですから」
そう言って戦闘服からカルデアの制服に換装する辺り、マシュも小慣れたものである。
「ではこの後の先輩のケアは、私の方から。先輩、体は疲れてませんか?節々が痛むようでしたら、先輩の部屋でマッサージをしましょう。その後に、エミヤ先輩にこの前用意していただいたハーブティーを飲めば、疲れも取れるかと思われます」
「過保護だね、マシュ。大丈夫、今日はそんなに疲れてないから。それより部屋で軽く話しでもしようよ、今日の訓練で使った連携につい…て…へ、へくしっ!」
「せ、先輩!?」
バァン!と大きな音を立てて医務室の扉が開かれる。
「失礼します、Dr.ロマン!大変です、急患です、先輩が、先輩が大きなくしゃみを!」
現れたのは、慌てるあまり戦闘服に着替え直したマシュと、そのマシュに無理やりおんぶされたぐだ男である。
ぐだ男がくしゃみをして体調不良を感じ取ったマシュは、有無を言わさずぐだ男をおぶってここまで走って来たのだが、そんな彼女の勢いを引き裂くように、冷たい口調が返ってくる。
「医務室では静かに、マシュ・キリエライト。それと、Dr.ロマ二は現在医務室を外しています」
返した声の主は、ナイチンゲール。強靭にして、苛烈。全ての人を救わんという己が信念に順次続けたバーサーカーである。
「というか、さっきマシュが自分でロマンは居ないって…」
後ろでおぶらされて、ぐったりとしているぐだ男の指摘に、マシュの頰がパッと赤く染まる。
「そ、そうでした、先輩の一大事とあって気が動転してしまって…」
「一大事って大袈裟だよ、ちょっと風邪っぽいだけで、このくらい一晩寝れば…」
取り敢えず、マシュの背中から降りようと説得を試みるぐだ男に、マシュの抗議よりも早く、ナイチンゲールが言葉を挟んだ。
「いえ、病態の判断を下すのは患者ではありません、私たち医療に携わる者たちです。マシュ・キリエライト、マスターをこの椅子に座らせて。健診を行います」
「あ、はい」
ナイチンゲールのピリッとした物言いに、気勢を削がれたマシュとぐだ男は、大人しく彼女の言葉に従う。
「では、健診を行います。体温は…36.9度、よろしい。目を開けて。口を開いて、舌を出して。上着を胸元をあげなさい、心音を計ります…よろしい、下げて。」
一つ一つカルテに書き込みをしていくナイチンゲールを、マシュがぐだ男の少し後ろでそわそわと見ている。邪魔をしてはいけないという理性と、先輩の調子が心配で仕方ないという心情の狭間で、葛藤しているのだ。
ぐだ男も、この静謐な雰囲気に押され、口を閉じている。
やがて、カルテに書き込みを終えたナイチンゲールが顔をあげて、ぐだ男たちの方を見る。
「なんという事は有りません、風邪の初期症状です。Dr.ロマ二の用意した風邪薬を服用し、今日1日寝ていれば、完治します。」
「ああ、良かった、重い病気では無いんですね!」
「だから大丈夫だって言ったろう、心配症なんだマシュは。ほら、後はロマンの薬さえ飲めば、一人でも大丈夫だから、」
「いえ、それはなりません」
「「え」」
取り敢えず心配症な後輩を引き剥がそうとした、ぐだ男の言葉を、何故かナイチンゲールが否定する。
「それはなりません、マスター。頑張ろうとする貴方の事ですから、どうせ薬を服用するだけで、寝ずに活動するつもりでしょう」
「先輩!?」
「うぐっ、ばれてる」
マシュは驚いた様子で、ぐだ男は図星を突かれた事で、それぞれ顔を顰める。
「ですから、マスターが寝付くまで私が見張りをしましょう。Dr.ロマ二の薬は魔術などとのわけのわからないものが混入していますが、効果は確かです。しかし、患者が治ろうとしない限り、病気は一生治りません」
そう言って睨めつけてくるナイチンゲールに、ぐだ男はやや気圧されながらも、反抗を試みる。
「そ、そう言ったって、体が若干怠いだけで…」
「それは初期症状がでる前だからです。これ以上つべこべ言うなら、無理やりにでも眠って頂きますが」
「は、はい!大人しく眠ります!」
「よろしい」
諸手を挙げて降参の意を示すぐだ男に、ナイチンゲールは頷くと、薬を持ってぐだ男の部屋に行くように指示する。
「え…あ、あの私は何か出来ることはありませんか?」
どうやらおいてきぼりを食らったらしいと気づいたマシュは、慌ててそう尋ねるが、返って来たのは、そっけない言葉だ。
「いえ、特にありません。病人の傍に何人も居られると、落ち着きませんので、私一人で結構です」
ぐうの音も出ない正論で、そう、ですか…とだけ返して、マシュはうなだれるしかない。
だが、そんなマシュの様子に流石に思う所があったのか、ナイチンゲールは言葉を続ける。
「であれば、一つだけよろしいでしょうか」
「はい、何でも申しつけください、マシュ・キリエライト。全力で頑張ります!」
ぐだ男とナイチンゲールが、ぐだ男の部屋に入り30分ほどした頃だろうか。廊下をひたひたと歩く一人の可憐な少女がいた。
その少女は、目的地以外の物はどうでもいいといった様子で、熱に浮かされた様に歩いていた。だがそんな少女も、流石に足を止めざるを得なかった。
目的の部屋の前に戦闘服に身を包み、大きな盾を持った少女がでんと待ち構えていたからだ。
「いらっしゃいましたね、清姫さん」
「あらあら、ますたあが床に伏せってる気配がしたので来てみれば。どうしてますたあの部屋の前に立っているのですか、マシュさん?」
可憐な少女、もとい清姫は、あくまで笑顔のまま、マシュに問いかける。
「ナイチンゲール女史の要請により、清姫さん。貴女をマスターの部屋には入れさせません」
マシュの言葉に、事の顛末を理解した清姫は、マシュに動揺を掛ける。
「へえ、そういう事。マシュさんは、それでよろしいのですか?看護と銘打って、二人きりになろうとしているとは、考え無かったのですか?」
しかし、清姫の言葉にマシュは動じる様子はない。
「ナイチンゲールさんであれば、そのような事はないと思います。それに、例えそうだったとしても、マスターの為になるのであれば私は構いません。」
マシュを崩せないとわかった清姫は、笑みを消し、ふうっと一つ息を吐く。
「そうですか。であれば一つ、灸を据えすしか無いようですねぇ」
「…っ!標的、来ます!宝具、開帳。私は災厄の席にたつ。私に力を、マスター!ここから先は、一歩も通しません!」
「なんか、部屋の外から爆発音が聞こえるんですけど…」
「気のせいです。それより、掛け布団は首元まで掛けなさい」
ぐだ男の言葉に取り合わず、ベッドのそばの椅子に腰掛けていたナイチンゲールは、掛け布団をぐだ男の首元まで上げる。
現在、自室に戻りくすりを飲んだぐだ男は、夕飯まで眠る様に言われ、床についていた。
とは言っても、年頃の男の子のそばに、(常に険しい顔をしているとは言え)妙齢の美人な女性が座り、此方を凝視しているのだ。この状態で眠れるはずもない。
「あの、ナイチンゲール?僕の方は大丈夫だから…」
「なりません、何かあった時に私が傍にいないと応対できません。」
「そうは言ってもさ…」
ぐだ男は、ナイチンゲールが傍にいると、如何に寝辛いかを説明する。
すると、ナイチンゲールは、
「仕方ありませんね」
と言って、片方の手をベットに潜り込ませると、ぐだ男の手を握った。
「ちょっ、ちょっとナイチンゲール!?」
「安眠療法です。貴方は呼吸を整える事だけに専念して」
そう言いながら、ナイチンゲールは空いてる方の手を、掛け布団の上の、ぐだ男の胸元の位置まで持っていく。そして、一定のテンポで、優しくポンポンとぐだ男の胸を、布団の上から叩く。
「人に手を握られる事は、精神的に安心感を与えます。また、体に一定のリズムを刻む事で、体はリラックスします。呼吸を整えて、眠る事だけを考えて下さい」
あくまで真顔で、医療行為の一環として、ナイチンゲールはぐだ男の胸元を叩く。
ぐだ男も暫くの間はドギマギしていたが、やがて、少しずつ体がリラックスしていくのを感じていた。
「ああ、これは確かに、気持ちいいな」
「…それなら、眠りなさい。時間になったら起こしましょう」
そこからぐだ男の意識が落ちるまで、数分とかからなかった。
ナイチンゲールはぐだ男が眠ったのを確認すると、胸元にやっていた方の手も、布団の中にいれ、両の手でぐだ男の手を握った。
そのまま、ぐだ男の手の甲をさすりながら、ポツリと言葉を溢す。
「私は、何をやっているのでしょうね」
その顔は、先ほどまでの口元を引き締めた真顔では無く、困惑と動揺に歪んでいた。
「マシュ・キリエライトも清姫も、マスターを好いています。であれば、私から適切な処置さえ指示すれば、彼女ら二人に看護を任せる事も出来たでしょう」
言葉は誰に告げるものでもない、ただ自分一人に向けたものだ。
「二人にマスターの看護を任せれば、私は医務室に戻り、Dr.ロマ二と話を詰め、再び医務室に待機する事が出来る。それがこの場の最適解。より多くの人を救える可能性です。」
ナイチンゲールの顔が再び歪む、しかしそれは苦悶によるものだ。
「なのに私は、マスターが病気に罹った時、私が居なくてはと思った。いえ、違うわね。マスターが病気の時、傍にいるのは私でありたいと、そう思った。」
それは、いらぬ感傷だ。
ーー多くの地獄を、見たのだ。人が次々と死んでいく、この世における地獄の具現。
私はその場にたったとき、凡ての人を救おうと決めたのだ。その為には、何よりも、誰よりも冷酷で無ければならない。
万人に愛を注ぎながら、誰よりもロジカルで動かなければならなかったのだ。その信念と強迫観念のみで貫いた一生であったし、その過程で二人の同胞を過労死させてしまった。
その生前の行いを間違えだとは思わないし、例えもう一度生きたとしても、同じようにするだろう。
ーーああ、だと言うのに、この胸を焦がす思いは何なのか。嫉妬、独占欲、私はあの時、確かに彼を独り占めしたいと感じたのだ。
「……彼が死ぬということは、人理が消滅するという事」
絞り出すように、ナイチンゲールは言葉を呟く。
「であれば、万人を救うため、彼の治療を最優先とする事は、ごく当然の事」
あくまで平常心(のつもり)でナイチンゲールは言葉を紡ぐ。だか、その顔が今度は、泣きそうにクシャッと歪んでいる事には気づけない。
ーー誤魔化そうとしている胸の痛みを、
ーーそっとふたをした個人への愛を、直視するわけにはいかないのだ。
「そうよ、フローレンス。私は変わらず理性的で、合理的よ。今、彼の専属としてつくことは、万人を救う為に必要なこと。」
彼女の煩悶とした言葉は誰に響くこともなく、ただ虚空に消えていくばかりだ。