「提督、ここに船渠待ちの艦娘表を置いておくよ。これで次の作戦を立てやすくなると思うよ」
日暮れ色が差し込む窓、少々肌寒くなっている季節にはその色を見るだけでも暖かさを感じる。
「ああ、ありがとよ時雨」
提督になり一年が経つ。だが深海棲艦の猛攻は全く弱まる気配が無い、まるで絶え間なく巣から出て来る蟻を延々と踏みつぶしているかの様だ。
「どうかしたのかい?」
時雨は心配そうな眼差しを俺に向ける。
「いや……何でもない」
「……不安事があるのかな? 提督はよく頭をかいているね」
時雨の観察眼には驚かされる。確かに俺には不安やや悩み事がある時に頭をかく癖がある。これは天龍から教えてもらったことだ。
「隠しても無駄か……」
俺は諦めて時雨に悩みを打ち明ける。
◆
「……『公開演習』ねぇ、もうそんな時期なんだね」
「ああ、以前は戦艦どもが派手にやってくれたせいで大変だった」
以前の公開演習では戦艦達(主に低速艦)の全力砲撃により、資材が島風の如く消費された件がある。
「アレはアレで人気だったじゃないか」
「皆怯えていたがな……」
ぶっちゃけ人気になったのは警備係の駆逐艦達だけである、演習後の握手会では戦艦のコーナーには人が居なかった。
「……という訳で、一体どうすれば安全で倹約な公開演習を行えるのかを考えてくれないか」
「えっと……普通に戦艦クラスの娘達にお願いすれば良いんじゃないかなぁ……と思うんだけど」
「時雨。お前さんはあの馬鹿どものやる気を見ただろう?」
あの一件から戦艦クラスの奴らは「鍛え方が足りなかった」と言って常に演習している。
「あー……確かに無理そうだね」
「同情してくれて何よりだよ」
あの戦艦達に意見は通用しない、力説という言葉が似合うほどの奴らばかりなので鎮守府に居る奴の大半は諦めている。
「ふむ……ならば一対一で演習行わせたらどうかな?」
「どういう事だ?」
「まあ簡単に言えば一対一なら資材の消費計算や被害範囲も容易に考えられるし、制限時間を設ければルールを破る事もなくかつ安全に戦艦同士の演習を終わらせる事が出来る……という事だよ」
「なるほどな……良い考えだ」
時雨の名案に思わず敬意を払ってしまう。
「それは良かったよ、じゃあ早速今回の書類を作ってしまおうか?」
「ちょっと気分転換を……」
「駄目だよ提督、まだ仕事が山ほどあるんだよ?」
そう言いつつサインの必要な書類の束を持ってくる。一体どこにそんな力があるのだろうか……。
「提督はいつも仕事をしたがらないね。出撃や遠征、補給に船渠管理はきっちり行うのにどうして書類整理はしないんだろうね、そんなんじゃ他の娘達に示しがつかないよ。大体提督は……」
「あー……お小言はもう一杯だ、時雨」
俺は耳を塞ぎながら時雨に反発する。
「なら仕事をしようね提督」
「あー……戦術的撤退って言葉があるんだけどなぁ……」
「確かにあるけど今の業務には不必要だよ。終わったらお茶にしようか提督、僕も手伝うからさ」
「……分かったよ」
時雨は俺に向かって軽く微笑んだ。ずるいよなぁ……飴と鞭が良く出来ている、あの顔で言われちゃあ敵わない。
「大体お前は公開演習には出ないのか?」
「今更僕が出るような時期じゃない、僕はただ見てるだけでお腹一杯さ。それに僕が出ても……」
時雨が少々渋い声で話す。
「出ても……?」
「……皆に勝っちゃうからね」
さっきの表情とは裏腹に満面の笑みで返す。
「ほう、いくら俺の艦隊の中で一番練度が高いとはいえど、戦艦の居ない艦隊だからと言って六対一は流石にきついと思うんだが」
俺は揶揄う様に時雨に言った。
「ほう、信用できないと言うんだね。なら自身の名誉の為に今日の演習で見せてあげようか?」
時雨の目は冷たく笑うように輝いていた。
「珍しくやる気じゃないか? 何がそこまでやる気にさせた?」
「嫌だな提督。これは単なる野心だよ」
俺たちは淡々と話ながら書類を片付ける。
「野心だなんて何時ぶりだ?」
「フフッ……嫌だな提督。野心はいつも心の奥底にあるものだよ、それが何時何処で湧き上がるかは自身でも分からないものさ」
◆
ある時期の鎮守府……
「時雨、そちらの戦況はどうだ?」
「そうだね、勝利は確実かな」
「そうか……撤退は必要か?」
「いや、このまま殲滅するよ、悪は沈むべきだ……」
「……そうか。続行しろ、状況に応じて撤退するんだ」
「了解」
◆
時雨の野心はとても色濃い、だがそれはとっくの昔に分かり切っている事だ。
「あー……止めておこう、時雨が強いのは分かっているからな」
「あいつらもお前ぐらい強くなればなぁ……」
俺は書類をまとめて提出用の箱に入れる。
「僕みたくならなくていい。むしろ昔の僕は忘れてくれないか?」
「……何を酔狂な事を言い出す。昔のお前はお前、今のお前は昔のお前がいるから成り立ってんだ」
俺は時雨の頭をわしゃわしゃと撫でながら喋る。
「提督は優しいんだね……」
「阿保、『悪は滅する』なんて新兵にはよくある考え方だ」
「それでも僕を正してくれたよね……」
時雨の目には悲しげな滴が見える。
「それは俺を慕ってくれた人の思想を真似ただけだ……」
そうだ、俺には思想がある。その為には周りを変えなければならないと俺は思う。
「……久々に提督の夢を聞きたいんだけど良いかな?」
「ああ。俺の夢は『深海棲艦との和解』だ!」
「……カッコいいな」
「もったいないぜ、敵にもあんな可愛い娘が居るんだ……」
「ん……?」
「あんな娘と仲良くしなくてどうするよ?」
「…………」
「和解こそが素晴らしい夢だと思うんだよ!」
俺は高らかに吠える。
「やっぱり提督は提督だね……」
「男は欲望に忠実なだけだよ……」
この物語は提督と個性のやたら強い艦娘との日常を淡々と書いていく物語である。
(了)
今回はpixivとの同時更新で書かせていただきました。
PS・初月がドロップしました。