仕事中だったため一度警視庁に戻った魚住は就業後に改めて石黒と連絡を取った。すると石黒は、006はひとりで警視庁に向かったと言う。
とたんに魚住は眉をひそめて歩く速度を速めた。
「ひとりで出歩けるのか?」
あんな何もできなさそうな無反応の状態で電車に乗ることができるのか。そんな疑問を向けると石黒は可能だと返してきた。
『会話はできませんが、文字の認識はできるようですから電車に乗ることはできます』
「そうか。今回は文字が読めるんだな」
『記憶も感情プログラムも003の物なんですよ。あなたが教えたものはすべて006に引き継がれています。ですから……以前の続きのように接しても、問題はないと思います。どう接していたのかは知りませんが』
石黒はたまに挑発的な態度を取るが、基本的な部分で親切な男だった。こちらが情報を出し惜しみしている時ですら、石黒は怒らず助言してくれている。だからこそ魚住も石黒を少なからず頼りに思っていた。
警視庁の一階ロビーに行くと一年前にも見た姿がそこにあった。魚住が近付くと眼鏡をかけた006が顔を向けてくる。彼が無表情なのは持ち主がいないためだろう。かつて光秀も魚住が持ち主になるまで表情が乏しかった。
そんな事を思い出しながら、魚住は006に声をかける。
「ここまでひとりで来られたんだな」
魚住の問いかけに006はうなずき返しはしたがすぐに顔を背けてしまった。ただなぜか006は何かを探るように周囲に視線を走らせている。
「何か気になるものでもあるのか?」
そのため問いかけたが006は首を横に振って返す。それだけのやり取りで、言葉を認識できていることはわかった。言語機能は働いているが、しゃべることはしないということなのか。詳しいことまでは魚住もわからない。
そんな006を連れて帰宅した魚住は玄関を開けて006を通した。戸惑うこともなく靴を脱いで廊下を進んだ006はリビングで足を止める。
魚住は荷物を置いてコートを脱いだ。その足でキッチンに入るとカウンターごしに006を見る。
「そこらへんに座ってろ。コーヒーは飲めるよな」
声をかけながらお湯を沸かすとカップをふたつ取り出す。食器も小物も何もかも、魚住は一年前のまま捨てずに置いていた。むしろ何も捨てられなかったと言ったほうが正しいだろう。
コーヒーを入れてリビングに戻ると006は立ったまま室内を眺めていた。魚住はカップをテーブルに置いてソファの前に座る。すると006は紫色の瞳を魚住へ向けた。コーヒーを飲む魚住を眺め、テーブルに置かれたもうひとつのカップを見る。
そして魚住のそばに座ると改めてコーヒーを飲む魚住を見た。さらに真似をするようにコーヒーを飲み始める。
そんな006の行動を横目に見てしまった魚住は涙があふれるのを全力で阻止した。