006は毎朝六時に起動してまずシステムチェックを行う。すべてのシステムが問題なく動いているか、エラーはないかを自己分析する。それは最初の起動から毎朝行っていることだった。
もちろん自己分析でも装置を使った検査でもエラーはひとつも見つかっていない。しかし最初の起動時から006は失敗作ではないかとささやかれていた。
天才緋田信長が製作したヒューマノイドはどれも高性能で革新的だと言われる。しかも研究所に復帰し、開発責任者となって三機目でのこの有り様だ。
そのため天才のはじめての挫折かと研究員たちがささやいていた。もちろん中には開発責任者からはずすべきではと言う者もいる。
その状況下で006は研究とはまったく無縁の男の元へ行くよう命じられた。その瞬間に006の思考回路は「排除」と「廃棄」という単語を検出した。
排除なのか廃棄なのか。どちらにしても自分は研究所にとって不必要となった。そう認識した006は指示に従って男の元へ移る。
しかし男の元へ移った翌朝から小さなエラーが生じるようになった。むしろ男の職場だという施設に行った時から認知機能に誤差が生じている。初めて見たものを『はじめて』と認識できないのだ。
そして今、006は男がベランダで煙草を吸うその背中を初めて見たと認識できないでいた。度重なるエラーはシステムを狂わせて深刻な損傷を引き起こす。そのためこのエラーは早急に解消しなければならない。
しかし006にはこれを直す方法がわからなかった。そのため外部刺激を遮断しようと耳を手でふさいで目を閉ざす。しかしエラーを知らせる警告音は途切れることなく鳴り続けていた。
「どうした」
006の異変に気付いた男が煙草の火を消して室内に戻ってくる。煙草の匂いをまとった男は固い手で006の手に触れた。
「大丈夫か? どこかエラーが起きてるのか?」
「……っ」
エラーが起きてつらいのだと訴えたくても言葉がうまく紡げない。それでもなんとか口を開きかけたところで、男が首を横に振った。
「つらいんだろ。無理に話そうとしなくて良い」
そう告げた男は006を腕に包み込む。
それが抱き締めるという行為であることは006も知っていた。ただ初めて触れた人間の暖かさに006は素直な驚きを覚える。
腕に包まれた状態で背中を撫でられる間に警告音が途切れた。しかし思考回路は完全に停止して何も考えることができなくなる。しかしそれでも構うことなく、006は男の背中に腕を回してぎゅっとつかんだ。
するとそこで006の瞳が鋼色に変わる。しかし006はそんな変化にも気づけないまま男の肩に頭を落とした。
研究所から不必要の烙印を押された自分に存在する価値はあるのか。それは疑念として長く思考回路をさ迷っている。しかしその思考回路が停止した今は、男の暖かさだけを素直に感じることができた。
初めて深刻なエラーが起きたあの夜から006は思考回路を止めていた。目の前のものが初めて触れるものかどうかはどうでもいい。ただ廃棄熱とは違う人間の暖かさが心地よくて、捨てられたこともどうでも良くなった。研究所は廃棄したつもりでも、男のそばに置かせてくれたことは嬉しい。
そう思い始めた頃に、二度目のエラーが起きた。
バスルームでの洗浄後、男から手招きされてソファの前に座る。そこは男の足元で、最近はよくここで頭をふかれていた。頭を乾かすという行為がプログラムに無いということを男は知っていたらしい。
慣れた手つきの男に頭をふかれながら用意されていた飲み物を飲む。昨日はコーヒーだったが今日は清涼飲料水だった。
「この量なら果糖によるシステムエラーはないと石黒は言っていたけどな。おかしいところがあったら教えてくれ」
まるで研究員のような物言いで男は報告を求める。清涼飲料水を飲んだ006は何もない事を報告すべく男を見上げた。しかしタオルを手にした男を見た瞬間に体内が暖かくなるような錯覚を覚える。
再びエラーを知らせる警告音が鳴り出して006は耳に手を当てた。警告音の中で再び思考回路を稼働させて対処法を探る。そして前回の事を思い出した006は心配そうにこちらを見る男を見つめた。
エラーを静めるためには男の体温が必要だ。そう思考回路が結論付け、006は立ち上がり男にしがみついた。勢い余って男をソファに倒してしまったが、柔らかな場所なら問題ないはずだ。
「果糖でエラーが起きてるのか?」
倒された男は006の耳元でそうつぶやく。
「感情プログラムの暴走はもうないはずだけどな」
おまえは違うからと、男はわからない事を言う。しかし感情プログラムという単語が、006に新たな疑念を抱かせた。研究員たちの話では、自分は感情プログラムが機能していないらしい。
だとしたらもしそれが動いたら、自分は欠陥品ではなくなるのだろうか。そうすれば目の前の男の役に立つことも可能なのだろうか。男は喜んでくれるだろうか。
そんな考えが006の思考回路でぐるぐると回り続けていた。