師走も終わりに近づいた日曜日、魚住は朝から家の中で働き続けていた。
この一年は仕事詰めで家のことには手をまわしていない。むしろ部屋に帰っても光秀の痕跡を見つけないよう努めてきた。
しかしそうやって目を背けて放置してきたものと、今は戦わなければならない。特にシンクの水垢やコンロの油汚れというものは徹底的に落としていきたい。そう考えた魚住は朝からキッチンで孤軍奮闘を続けていた。
だが愛用している洗剤が切れてしまい作業の手を止める。
この洗剤は対油戦線においてかなりの効果を見せてきた代物である。この武器なしで油汚れと戦っても苦戦を強いられるだけだろう。
買い物に出掛けることを決めた魚住は洗濯機の前にいた006に声をかけた。上着をまとい玄関を出ながらついでに食材も買おうかと頭を巡らせる。
「おまえは何が食べたい?」
マンションを出ながら問いかけるが006は目を向けるだけで何も答えない。
「おまえの好みがわかれば、それにしてやれるんだけどな」
今夜の献立を考えながら買い物に出掛ける。006にはコートとマフラーをつけさせているため寒さはないだろう。そう思っても、言葉を交わすことができなければ相手の気持ちも望みも知ることはできない。
そして魚住は006の目が先日の男たちを見つけている事にも気づけなかった。
薬局で洗剤の新商品を見つけた魚住はつい品物に集中してしまう。そうして気が付いた時には006の姿が見えなくなっていた。
買い物かごを店内に放置して外へ飛び出した魚住は006の姿を探す。同時に携帯を取り出して石黒に電話を掛け006がいなくなった事を説明する。
すると石黒から006の居場所を告げられた。
「どうしてわかるんだ?」
『あんな子供をGPSもつけずに外へ出したりしませんよ』
魚住の問いかけに石黒はいつもと変わらない落ち着いた声で返す。まったく頼りになる男だと思いながら魚住は礼を述べて示された場所に向かった。
商店街を抜けてオフィス街の一角へ向かう。路地へ飛び込んだ魚住は三人の男に組み敷かれた006を見つけた。
「警察だ!」
身分証を見せながら男たちに制止を促す。すると男たちは顔を見合わせ、うちふたりが動き出した。
「そー言えば警視庁にヒューマノイドが来たとか言ってたな」
「どうりでそこらのヒューマノイドよりキレイな顔してるわけだ」
男ふたりは言葉を交わしながら仲間に目を向けた。
「強制コード使って網膜認証しちまえよ。警視庁の最新型ならすげー値段つきそうだ」
「売る前に楽しませろよ」
「わかってるって」
男たちの発言に魚住は自分の耳を疑う。もし彼らがヒューマノイド暴行事件の犯人なら認識していた暴行と意味合いが変わってくる。こんなことならもっと所轄から情報を集めておくべきだったと魚住は顔をしかめた。
ヒューマノイドを性交渉の相手に望む人間がいる事は石黒から教えられていた。しかし魚住はそんなものは自分を含めてごく一部だと思い込んでいた。
そしてさらに言えば、この事件の捜査を上は乗り気ではなかった。ヒューマノイドのために貴重な人員を割くなと、魚住は何度も言われている。
006に覆い被さっている男が眼鏡を取り上げ放り投げる。眼鏡は網膜認証を阻むために徳川が006にかけさせていたはずだ。
そう考えた瞬間、魚住は抵抗しない006の元へ駆け寄ろうとした。
「光秀!」
「おーっと、あんたはおれらと遊ぼうな」
走りだしかけた魚住の胸ぐらをつかんだ男は、そのままの勢いで魚住を壁に叩きつける。あげく楽しげな顔で魚住を眺めた。
「おれ、男ならどっちでもいいんだわ。人間でもヒューマノイドでも。けど人間レイプするとそれなりの罪になるだろ?」
「テメェ……」
罪悪感も遵法精神も持たない男のセリフに魚住は憤然と歯を噛み締めた。