魔法の杖 made of 西行妖   作:縁々

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 昨日にも一話あげてます。


魔法の入口(中)

 ヒリヒリとした熱を持つ頭を回して、霖之助は記憶を掘り起こす。

 ここ二日間の記憶が曖昧だ。

 

 確か、一昨日に本を拾って、それで、お札が・・・お札が・・・・・はっっ!

 

「仕事だっっっ!!!」

 

 ワーカーホリック疾患者は飛び起きた。

 

 そして、また、額を打った。今度はさっきより六割増しで強烈である。

 痛みの捌け口を探してごろごろしつつ、それでも霖之助は歓喜する。決して、痛みに快楽を見出だしたからではない。頭を打った拍子に、記憶を取り戻してのことである。

 

───嗚呼、もう仕事は終わったのだった。そうだ。僕はあの地獄を抜け出したのだ。

 それもこれも全部、あの本が悪い。本怖い。ホンコワイ。

 

「りんのすけー。廊下に凄いレアそうな本が転がってましたよー。酷いじゃないですか、親友(わたし)に黙って、貴重品を独り占めするだなんて。」

「いやああぁぁぁ!」

 

 突然叫ばれた妖花は、ビクッと身体を震わせた。

 彼女が手に持つ本こそ、霖之助をデスマーチに突き落とした元凶であるからして、彼の絶叫も最もの事である。けれども、それを知らない妖花からすれば、親友の情緒不安定を疑わずにはいられない。

 

 とはいえ、ギリギリの縁のところでまだ理性を保っている霖之助である。頼りがいのある友人に、事の次第を声を震わせながらであるが、説明した。

 

 事の起こりは一昨日のちょうど今頃。今代の博麗の巫女より注文を受けていた五百枚のお札(大口の依頼なのだからと半ば恫喝されて、四割引)を博麗神社に配達しに行く道中に起こった。

 霖之助の嗅覚が、所謂レアモノの臭いを嗅ぎ付けたのだ。

 あそこで寄り道しなければ、不幸になるのは霖之助以外の誰かだったろうと思うと、涙がちょちょぎれる想いであるが、やってしまったものは仕方がない。霖乃助は熟練の警察犬のように、匂いの元を素早く嗅ぎ付けてしまったのである。

 

 その本は色使いの趣味こそ悪いものの、目の肥えた霖之助でさえ目を見張るほどの素晴らしい装丁が為されていた。

 

 怪しい魔力に惹かれたのが運の尽き。

 紅い本に手を伸ばした霖之助の、動きを止める者があった。

 者というか、物だった。

 というか、正に、その本だった。

 

 本を手に取ろうとしたら、その本に噛み付かれたとき、人はどんな行動を取るだろう。霖之助の場合は、停止した。思考と動きが。

 

 そう!本が!!噛みついたのである!!!

 

「それで、手首から先を持っていかれそうになったから、手に持ってたお札を一心不乱に張り付けて・・・」

「封印できたは良いものの、在庫不足を補充するためにデスマーチ、ですか」

 

 妖花が本をゆらゆら揺らすと、風に揺られてお札もファサファサ揺れた。二百枚は張り付いているだろうか、よくこれだけ貼ったものだと思うと同時に、自分もよくこれで本だと判別できたものだ、と自画自賛した。

 ぱっと見、モップである。

 かなり分厚いように思えて、どれくらいページがあるのか確認しようと、並み居る札を捲って、後悔した。

 そこには紙の層ではなく、無駄に清潔感のある白(一ヶ所だけ赤色が付着している。十中八九霖之助の血痕。)に磨き上げられた、鋭い歯があった。

 吸血鬼のそれでも、ここまで鋭くはなかろうと思われた。

 

 タイトルを読もうとしても、お札が邪魔で叶わない。

 ・・・・・二百枚もあるのだから、一枚くらい減っても大丈夫だろう。

 

 ぺりっ。

 

 ビクッ。

 

 一枚剥がすと、霖之助が震えた。どんだけビビっているのだか。

 しかし、まだまだ読めない。

 

 ぺりっ。

 

 ビクッ。

 

 ぺりっ。

 

 ビクッ。

 

 ぺりぺりっ。

 

 ビクビクッ。

 

 ぺりっ、ぺりぺりぺりぺりぺりっっ!!!、

 

 ガタガタガタガタガタガタ。

 

 おっと、面白がって剥がしすぎたようだ。けれども、これでタイトルを読めるようになったのだから、結果オーライ。

 さてさて、タイトルは────

 

「・・・・読めません。」

 

 そう、妖花には馴染みの無い言語で書かれていたため、読めなかったのだ。霖之助は怯えさせられ損である。

 恐る恐る霖之助も表紙を覗き込んできて、眉間に皺を寄せる。悩んだ時の癖なのか、眼鏡をくいっと上げた。

 

「アルファベット、だよな。」

「ですです。蘭学は修めてますから、それは解るのですけど、蘭語とはどうも並びが違うようで、さっぱり読めません。」

「ふむ・・・・名称、『悪魔的な悪の魔導書』。」

「えっ、読めるのですか霖之助。」

「え?ああ、いや、能力でタイトルだけなら判るんだ。ほら、『道具の名前と用途が判るようになる程度の能力』で。」

 

 霖之助の能力はその名の通りである。その通りの事だけが、判るのだ。

 痒いところに手が届くようでいて、その実掠めるだけで掻けないという、何とももどかしい効力であった。

 

 二人は額を突き合わせて、タイトルの分析を始める。

 

「んー、多分、この単語が『悪魔的』の意味を表しているのだと思う。」

「では、こちらが『書』でこっちは『魔導』・・・・いやぁ逆かもですね。というか、タイトルのセンスが悪すぎませんか」

「悪魔的なのは納得いったけどね。」

 

 むしろ、『悪魔』だけがタイトルでも良いのではないだろうか。そちらの方が注意勧告的な面で秀逸である。

 

 暫く調べて、霖之助は合点がいったように手を打った。

 

「これは、恐らくだけど、英語だね。」

「英語・・・・というと、メリケンの言葉でしたか、確か。」

「いや、エゲレスだった気がするけど。まあいいか。昔拾った英和辞典が有った筈だから、持ってくるよ」

 

 心なし駆け足で、霖之助は書斎(という(てい)すら為せていない倉庫)に向かった。

 

 待ちの間、妖花は悪魔的な悪の魔導書(笑)を観察することにした。

 表紙は血が滴ったような深紅で、背表紙には銀細工。大きなルビーが装飾されているようで、妖花は目を見張ったが、この本の眼球だと気がついて、記憶から抹消した。よく見ると、僅かに表紙が上下動している。

 

 まさか、呼吸しているのか?

 

 風もないのに、一部のお札が規則的に揺れている。その辺りに手を翳すと、生暖かい吐息を感じた。

 悪寒がした。

 

 霖之助の能力は、一部の生物にも有効だったのだなぁ、と的はずれなことを考えた。

 

 少し魔導書から距離をとって、ちゃぶ台に退避。お茶を湯飲みに注ぐと、とてつもなく濃くなっていた。

 そういえば、淹れ直したお茶をちゃぶ台に置いた記憶が無いが、半霊が代わりにやってくれていたのだろうか。

 

 コーヒと通ずるものがあって、これも(いき)(おもむき)

 妖花がまた二、三杯ほど干して、お腹がたぷたぷになった頃に、霖乃助が戻ってきた。

 

「やあ、そっちは何か進展有ったか?」

 

 霖之助は少し息を乱している。

 モヤシか。

 

「むしろ後退してしまった気がします。何なんですか、これ!生きてますよ!ちょっと鼻息粗めですよ!」

「・・・・・妖花が考え無しにお札をひっぺがすから、封印が弱まったせいだ。剥がす前は、息なんてしていなかっただろうに。」

「じゃあ、新しいの貼「僕にまたデスマーチに戻れと?」・・・・とりあえず、こいつの鼻には蜜柑の皮でも詰めておきましょうか。」

 

 粘膜を蹂躙する柑橘汁の苦しみを、特と味わうがよい。

 

 とりあえず、辞典片手に作者の名前から解読してみる。いきなり固有名詞から始めたのは無謀だったのか、それがあまりに大変で、段々面倒くさくなってきた二人である。

 もうこの不気味な本を破り捨ててしまった方が懸命ではないか、という思考が鎌首をもたげるが、趣味が悪くても貴重なものは貴重である。そうしてしまうのは、少々忍びなかった。

 

 妖花はふと思ったことを口に出した。

 

「そういえば、私たちは英語を知らないのに、デスマーチという単語は知っているのですね。」

「不思議だー。」

 

 何だか触れてはならない類いの話題と思われたので、二人は話すのを止めて、翻訳活動にいそしんだ。

 そして────

 

「でっきましたぁー!まさか、単文一つの翻訳にこうも時間を取られるものだとはっ。」

「十五分か。初めて触れる言語なら、妥当なところだろうさ。」

 

 さて、十五分を費やして得た成果にしては、些か以上に少ないが、読み上げようじゃないか。

 

「『以下二名の連名を持って、この書を記すものとする。レミリア・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ』」

「「・・・・・。」」

 

 何故だか知らないが、妖花と霖之助は直感した。

 

─────絶対、この本のセンスの無い色使いは、スカーレットさんの趣味だ。

 

 と。

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