九条の旧市街の離れに居を構える管理者、御形の邸宅に今宵は四つの影があった。
間桐と御形。今回の聖杯戦争における御三家の内、二つの家の聖杯戦争参加者である。その手には互いに令呪が顕現している。
「するとご老人は冬木の聖杯戦争において死亡した、と」
「ええ、間違いなく。結局、天の杯は成りませんでした」
御形の若当主の問いに間桐の少年が答える。少年は部屋の中だというのに顔を隠すようにフードを被っており、その表情はようとして知れない。部屋が薄暗いということもあって、人という形から頭だけがぽっかりと抜け落ち、そこに眼だけが浮かんでいる様に見える。
それは彼の背後に佇む影と真逆の光景であった。
部屋の薄闇の中に四肢の陰影は溶け込み、輪郭すらも曖昧に、存在感と共に中空に仮面だけが浮かんでいるのだ。正しく、間桐の少年の召喚したサーヴァント、アサシンである。
「では君があの怪物の意思を継ぐと?」
「いえ、全くそんな気はありません。むしろ、真逆ですね。僕はただあの爺の敷いた運命を否定したいのですよ。間桐の悲願を踏み躙って、ゲラゲラと笑いたいんです」
そう言って、彼は笑った。闇の中で瞳が弧を描く。その目に宿っているのは狂人独特の猛執の光だ。元々この聖杯戦争の為だけに用意された間桐臓硯の傀儡である。冬木の聖杯戦争で操手である臓硯が死に、精神に疾患を来したのだろう。
そう御形家当主、御形充は結論付けた。
「ふむ、では、君は、えーと、何と呼べば良いだろうか?」
「マキリと呼んで下さい。名前は持っていないのでね。ただのマキリだ」
「では、マキリ君。君は、この九条の擬似聖杯には興味が無いと?」
「ええ。それに、私では勝ち残れませんからね。そして、貴方を頼ったのは正解だった」
少年、マキリは笑いながら、御形の背後に目をやる。部屋に満ちる圧迫感と獣臭の源。人ならざる存在。御形の召喚したサーヴァント、アヴェンジャーだ。
その身体が揺れ、同時に女の喘ぎ声が上がった。蒼い衣が足元に落ちており、半裸のその逞しい背には女の腕が巻きついている。男が身体を揺する度、女の切なげな喘ぎ声が上がる。既に男と女の臭いが部屋中に漂っていた。この英霊、アヴェンジャーはあろう事か、敵となりうる魔術師がサーヴァントを連れて家に上がり込んでいるというのに、主を放って女を抱いているのである。何れにせよ、肝が太い事は間違いない。
しかし、それをマスターである御形は叱責しなかった。
する必要が無い。獅子の前の肉に蠅が一匹止まっただけの話だ。恐らく、今、この瞬間に、眼前の魔術師とサーヴァントが御形を殺しに掛かっても、マスターが死ぬ前にアヴェンジャーは苦も無く二人を肉塊に変えてのけるだろう。そしてそれは、マキリもアサシンも気付いている筈だった。この英霊の放つ、圧倒的な暴の気配を。
「あれは?」
「ああ、昨日捕らえた女魔術師だ。聖杯戦争に参加するつもりだったらしい」
マキリの質問に御形は平然と答え、アヴェンジャーの方を向く。
「王よ。お戯れもそこまでにして頂きたい。マキリとの同盟の――」
「クク、戯れとは、それはこちらの台詞だぞ、我が主よ。浅慮は済んだか? 全ては俺に任せておけば良い。心配せずとも存分に蹂躙してやるさ。他の魔術師、サーヴァント共、その一切を、須らく全て奪い尽くして、殺してやる」
アヴェンジャーが肩越しに言い、怖気の走る哄笑が響く。
「クク、聖杯の力を以って受肉を成し、かつての様に、この世界に消えぬ傷跡を残してやる。俺という恐怖を誰も忘れぬ様に」
御形は苦笑を返す。
「王よ。ゆめゆめ油断めされるな。貴方がそうであるように、敵もまた、超常の英雄英傑なのですから」
「油断するな、か。確かにそうだな。俺は英雄とは戦った事がない。前回は英雄とは俺の走狗だった者達に与えられた称号だった。敵は全て死んでいくだけの藁に過ぎなかった」
アヴェンジャーはマキリの背後に立つ漆黒のサーヴァントを睨めつける。
「アサシンよ、お前はどちらだ?」
黙すアサシンに代わって、マスターであるマキリが応える。
「我がアサシンは間諜のサーヴァント。必ずや、お役に立ちましょう」
「だ、そうだ、アサシン。我に従え。さもなくば死ね」
アヴェンジャーは腕に抱いた女を自らの衣の上に座らせると、立ち上がり言った。
「では、楽しい戦争を始めようか」
参戦人数が多いのは仕様です。