「ふむ、アレは一戦やらかすか?」
「本気かしら? 私達にとっては都合は良いけど」
走り出すサーヴァントとそのマスターの姿を見つめる二つの影。バーサーカーとそのマスター、金剛地武丸である。彼らは商店街の外れのアーケードの上に陣取っていた。標的であるセイバー達とはおよそ二百メートル程の距離である。
彼等の行く先にはサーヴァントがいる筈だ。先の気当に反応した魔力の揺らぎは二つ。あの英霊は見逃すまい。そして、この状況、上手く先んじて敵を発見出来た、と言うよりは、釣られたと見る方が正しかろう。
あの英霊はわざと気配を断たず、敵を誘っていた。
発見された奴等や、武丸達がその気配に釣られて集まってくるのを待っていたのだ。
そしてこの人払いの結界。武丸は息を呑む。
「いや、先程の闘気は本物だった。バーサーカー、酔いはどれ程で醒める?」
「まだ、ちょっと掛かるわよ。って、まさか……」
バーサーカーは信じがたい物を見る様な目で、自らのマスターを睨む。武丸は気にした風でもなく、快活に笑う。
「おう、闘らぬ理由はなかろうよ」
「ちょっと、待ちなさい。勝手に潰し合ってくれるのよ。静観するのが当然でしょ!?」
「そんなつまらん事を言うなよ。奴はどこからでも来いと言っておる。挑まぬは恥だ。それにな、早くこの酒の効果の程を試したいのだ」
武丸はそう言って紅い紐で縛られた瓢箪を揺らした。恐るべき魔力を秘めたそれは召喚時にバーサーカーが持っていた品、バーサーカーの宝具である。この御神酒こそがバーサーカー、狂戦士が理性を持つと言う矛盾、そのカラクリの種であった。
「アンタねぇ、ちょっとは――」
「いや、どうやらそう考えているのは我々だけでは無い様だぞ」
バーサーカーの言葉を遮り、武丸が言う。その不敵な笑みは、前方、行く手を塞ぐようにアーケードの上に立つ一人の男に向いていた。
風に靡く銀髪に蒼の鎧、純白の肌に手にした長槍。そして、その人ならざる気配と魔力。
槍の英霊、ランサーと見て間違いあるまい。
「あの得物、ランサーか」
「三騎士の一角か。退くわよ、マスター」
武丸の横でバーサーカーが言った。
三騎士。聖杯戦争に呼ばれる七騎の英霊の中でも耐魔力スキルを持ち、直接戦闘能力に長けるセイバー、アーチャー、そしてランサーの三騎。中でもランサーはその敏捷性の高さから最速のサーヴァントと呼ばれる存在だ。
「いや、押し通る。相手が変わっただけの事。是非もない展開だ」
武丸は親指で腰の太刀の鍔を押し上げる。
「それに、奴からは逃げ切れまいよ」
武丸は周囲に目をやった。中空に浮かぶルーン文字。既にランサーの隠匿のルーン魔術によって、ここは何が起ころうと周囲から認識出来ぬ状況になっている。
向こうも闘る気とあれば最早、是非も無い。武丸の魔術回路が瞬時に活性化し、強化の魔術が唱えられる。と同時に、武丸は瓢箪の酒を一口煽った。およそ数秒、彼は完全な臨戦態勢に入る。
「お前が人払いの主か。俺の名は、金剛地武丸。異国の英霊よ、いざ、尋常に勝負!!」
名乗りを上げたマスターを無視して、バーサーカーはその前へと歩み出る。
「何やってる、バーサーカー」
「クラス名を敵の前で呼ぶなと……。もう良いわ。馬鹿に何言っても無駄だもの。二人掛かりでやるから合わせなさい」
呆れ顔のバーサーカーは一つ大きく溜息を吐き、ランサーへと向き直った。
「何を言ってる。二人掛かりなど」
「何言ってんのよ。コイツ、並みの英霊じゃないわ」
バーサーカーは顎をしゃくって言い、それから、武丸を睨む。武丸の顔にはありありと不満が滲み出ていた。否、彼は不満だった。女子供だからだろうか。自らのサーヴァントが作法は元より、ここまで機微の分からぬ野暮天だとは。彼は一度大きく息を吸い――
「ふふ、来ないなら、こちらから行くぞ」
その言葉はその槍より遅れて届く。ランサーは悠々と、武丸とバーサーカー、二人の死線を踏み越えた。その踏み込みは、強化と酒により数倍に鋭敏化した武丸の眼を置き去りに、バーサーカーにすら反応を許さない。
「えっ」
バーサーカーの頓狂な声と同時に、ランサーが背に回した槍の石突がバーサーカーの腹に打ち込まれる。バーサーカーの身体が衝撃に宙に舞い、続く音速の踏み込みから放たれる超音速の刺突が武丸へと迫る。
絶死の一撃を前に、上がったのは血風ではなく金属同士の擦過音と火花のみ。武丸は身を引きながら鞘を引き上げ、寸での所でランサーの槍を逸らしていたのである。緊迫する武丸と、笑うランサー。即座にランサーの槍が回転し、その柄が武丸の側頭部へと向って空を切る。
弾ける様な音の後、武丸の身体が大きく傾いだ。裂けた額から血が垂れる。しかし、武丸の眼光に揺らぎは無い。彼は抜き放った太刀の柄頭で柄の一撃を受けていた。その身体が獲物を狙う肉食獣の如く沈み込む。
「へぇ」
と感嘆を漏らすランサーの背後、バーサーカーが地面に着地した。と同時に、その左手が腰に下げた鉈を掴む。二振りの大鉈、その一本は、既に彼女の右手に握られている。彼女もまた、ランサーの初撃を鉈の腹で受け、自ら後方に跳ぶ事で、その衝撃を殺していたのである。
バーサーカーの腕が翻り、左右の宙に鉈が舞う。空中に放られた鉈は、柄に巻かれた縄によって繋がっており、その縄はバーサーカーの手に握られている。
その腕が翻り、風を切る音と共に、鉈が飛んだ。
背後より頭へと迫った大鉈を、ランサーは一瞥もせず、横に跳んで避ける。遠心力と鉈の重みによる凄まじい一撃。獲物に避けられた大鉈は代わりに足場であるアーチの鉄柱を易々と切り裂いてバーサーカーの元へと引き戻される。
その着地の一瞬の隙に、武丸はランサーへと飛び掛かった。鞘から抜くと切るの動作を同時に行う横薙ぎの抜刀術。その斬撃をランサーは槍を立ててその柄で防ぐ。金属同士が打ち合い火花が瞬き、それが消える間に、彼らは三度切り結んだ。
抜刀術を防ぎ、刃を弾くと同時にランサーの槍が縦に回転し、切っ先が武丸の頭上へと降ってくる。それを左手で引き抜いた鞘で受け、武丸は身体を沈ませ前に出た。一瞬の接近。その踏み込みと同時に、右手に握った刀が跳ね上がり、武丸は逆袈裟に切り込んだ。
しかし、届かない。距離を詰めたと見えた刹那の後には、ランサーが一歩、武丸に倍する速度で後方に飛退き、敵の間合いの外へと脱している。
槍の切っ先がランサーの手元に引き戻される。その全身の速度を次なる突きに込めるべく、ランサーは姿勢を落とし――横に跳んだ。
同時に、ランサーの立っていた場所を旋回する大鉈が擦過する。背後から飛び掛かったバーサーカーの一撃である。バーサーカーの繰る旋回する大鉈は正に竜巻の如し。
遠心力によって加速する鎖鎌をはじめとする鎖状武器の先端は目を超える。このバーサーカーの大鉈はそれ所ではない。目に映らず、触れればコンクリートや鉄柱だろうと容易く膾にしていく様は正に手の中の竜巻だ。
体勢を立て直す隙は与えない。間髪入れずにバーサーカーがランサーを追って、その右の大鉈が触れるアーチの鉄柱をバターの様に刻んで行く。ランサーが迫り来るその右手の大鉈を一瞥した瞬間、彼女は回転させていた左の大鉈に繋がる縄を放した。
解き放たれた左の大鉈は旋回しながら大きく弧を描いて飛び、ランサーの視覚の外から蛇の如くうねりを上げて迫る。その瞬間、ランサーの身体が沈み込み、胴を両断する筈だった一撃は肩口を僅かに抉ったのみに止まる。
即座に大鉈を引き戻し追撃を掛けるバーサーカーと身体を起こし跳び退くランサー。
追う者と追われる者、二人の構図は変わらない。
易々と優位を捨てる程、このバーサーカーは甘くない。しかし、ランサーも然る者。最速のサーヴァントと称される槍の英霊である。背後より迫る死の旋風を前に、ただ逃げるのみの彼ではない。ランサーは一歩、二歩と飛退きながら反転し、その勢いのまま槍をバーサーカーへと突き放つ。
「その程度、甘いのよッ!!」
大鉈が槍の穂先を打ち払う。と同時にランサーの手が槍の柄を滑る様に移動し、衝撃を利用し彼の身体が回転する。ランサーの手の中で槍が旋回し、大振りの横薙ぎがバーサーカーの頭へと迫る。
バーサーカーは一歩飛退いてそれを避け、そして、見た。
「俺を無視してくれるなよ」
刀を振り上げランサーの背後から飛び掛る武丸と、親指を一舐めし笑うランサーを。
「勿論、そんなつもりは無い」
咄嗟に背に奔った怖気に従い、バーサーカーが叫ぶ。
「避けて、マスターッ!!」
ランサーの身体が回転し、槍が続く形で旋回する。バーサーカーに放った横薙ぎの勢いをそのままに、槍の穂先は大きく弧を描いて武丸の足へと迫る。正にその一陣の死の風は次の瞬間、武丸の両足を切り落とすだろう。
その一撃を前に、武丸はにやりと笑う。
「そいつは重畳だ」
言うと同時に、武丸は跳んだ。槍は空を切ってその足下を通過し、武丸は上段からの渾身の打ち込みを放つ。ボコリと盛り上がった背なから腕の筋肉が収縮する様はボーガンの弦の如し。しかし、放たれる重さと速度はその比ではない。
殺った!!
そう武丸に確信させるだけの完璧な拍子であった。それは酔いからくる高揚では決してない。返し技としてこれ以上は無いタイミングだった。大振りの隙は致命的な物だ。ランサーは自らの槍の威力故に跳躍し避ける事も、槍を引き戻し受ける事も最早適わぬ。彼が体勢を整えるよりも確実に早く、武丸の刃は彼を断つ。
故に、武丸には理解が出来なかった。
ランサーの槍の穂先が蒼く灰光った。と同時に、武丸の足下を通り過ぎた槍が慣性の法則すら無視して倍速で巻き戻り、跳ね上がる。それは武術に非ず。魔の理に因って物理法則すら無視した軌道を描き、槍の穂先は武丸の額、先程付いた傷に向って突き進む。
「う、うおぉおおおおおおお!!」
金属を打ち合わせる一際大きな音が響いた。
飛び掛った勢いのまま武丸の身体がランサーの脇を抜け、バーサーカーの隣へと着地する。彼は反転し、ランサーに向き合った。およそ一拍の間の後、ぽたりと傷口より零れ出た血が地面を塗らし、武丸の身体が大きくふら付く。
その貌が血に塗れた。槍を受けた額の肉が大きく削ぎ落とされ、そこから一筋二筋と流れた血によって赤く染まった双眸は、しかし、狂気染みた光りを以ってランサーを真っ直ぐに見据えている。まだ彼の意思は萎えていなかった。
してやられた怒りと敵の技量への驚嘆と賛美、一瞬の死の影と快悦、それらが混ざり合って溶け、倒れようとする身体とは裏腹に、彼は奮い立っている。そこに生だの死だのという感情は既に消え、その胸中には戦う意思だけがあった。
その極限状態が故に、武丸は自身を襲った不可思議な現象に気付かなかった。額を切られたにしては出血が少な過ぎる。また、致命傷というには傷が浅いにも関わらず、武丸の身体は深刻な状態にあった。否、確かに彼は大量の血液を失っていた。
「やる。今のを防いだばかりか、まだ立つか」
ランサーが笑いながら賛辞を送る。その槍の穂先が蒼い光りと魔力を放っていた。否、それだけでは無い。その槍の刃先に付着した血が内に吸い込まれて消えていくのだ。何と凄絶な光景か。咽鳴りの音と共に槍は蒼い光りを放つ。その魔槍は武丸の血を呑んでいるのだ。
揺れる視界の中で武丸はそれを見つめる。
物理法則さえ無視した軌道を描き、敵の血を吸う魔槍。
正しく、この槍はランサーの宝具に間違いあるまい。
宝具が発揮する効果は大別して二つ。その真名の解放と同時に一撃必殺の大威力を発揮する物。もう一つは武器がそもそも宝具としての性質を帯びた利器型の物。
過剰分泌された脳内麻薬によって痛みは既になく、血を失った事で却って武丸は冷静になっていた。死の淵にこそある無謬の精神。ランサーの槍は後者と見て間違いなかろう。
「マスターから、離れろッ!!」
バーサーカーが吼え、大鉈が空を切って飛ぶ。ランサーは難なくそれを弾き落とし、一歩飛退いた。するとバーサーカーはそれを追わず、マスターである武丸の方へ寄り。
「傷を見せなさい。少しなら治療魔術も使えるから」
心配そうに武丸を覗き込むバーサーカーの手を、武丸は振り払う。
「良い。やめろ。今は奴から目を切るな。この程度の距離、奴の足と槍ならば一瞬だ。気付いたらあの世になりかねん」
武丸は刀を構え、霞む視界が拭った傍から赤く染まるのを見て、力無く笑った。
「悪い。やっぱり無理だ……。止血してくれ」
「馬鹿。もうアンタは引っ込んでなさい」
バーサーカーが片手を翳し呟くと同時に、武丸の額から流れていた血が止まり、視界の揺れが収まる。失血は止まり、痺れていた指先に力が戻る。
バーサーカーが武丸の治療をする間、およそ数十秒。武丸の苦慮とは裏腹に、ランサーは槍を担ぎ上げ、笑いながら立っていた。
待っていてくれたのか?
回復と同時に、武丸は嬉しくなって常の豪放な笑みをバーサーカーに返す。
「そりゃあ……、無理だ。こんな有名な英霊と闘れるチャンスを逃してたまるか。それに、二人掛かりでこの様だ。一人じゃ勝てんだろう?」
「へぇ、僕の正体に気付いたかい?」
意外だと言う様なランサーに、武丸は自信満々に応じる。
「フン、当然だ。ルーン魔術に通じる槍使い。雪の様に白い肌と銀の髪。そして血を吸う月光の如き蒼槍とくれば、一人しかいるまいよ。迂闊だったな。ケルトの英雄、『フィアナ騎士団長』フィン・マックール」
「えっ」
武丸の言葉に驚きの声を上げたのは、誰あろう彼のサーヴァントであるバーサーカーである。武丸は少々苦々しい顔で、隣に立つ少女を睨めつける。
「何故、お前が驚く」
「あ、いや、その、マスターが色々考えて闘ってるのが、ちょっと意外だったから」
バーサーカーは頬を赤らめ、ばつが悪そうに笑う。
「お前は俺を何だと思って――」
やりとりの途中で、武丸は咄嗟に身構える。その刀を握る手に我知らず力が入っていた。隣に立つバーサーカーも同様だ。
ランサーの纏う空気が変質していた。
緒戦にしてその真名を暴かれたランサーは深い笑みを返す。
「迂闊、迂闊か。ふふ、それ決めるのは君じゃない。死者は剣を取れない、語らない、何も出来ない。だから、真名が分かった所で構わない。にしても、随分と余裕だねぇ。君達今、生死の縁に立ってるという自覚はあるかい?」
ランサーは片手で槍を回し、その切っ先を武丸に向けると、逆手の親指を舐める。
ランサー、フィン・マックール。
ケルト神話における大英雄。数多の英雄英傑が集うフィオナ騎士団の最盛期を築いた騎士団長。その最も有名な逸話としては知恵の鮭からこの世全ての知識を得た彼は、親指を舐める事でその叡智を授かる事が出来るというものだ。先程から、見もせずに難なく武丸やバーサーカーの攻撃を避けた種はこれであろう。彼は見ずとも知っていたのだ。
本気で来る。
武丸とバーサーカーがランサーを前にそう予感した時、彼らの元へ一際大きな魔力の揺らぎが届いた。方位は、ここより東北東。先のサーヴァントの向った方向である。恐るべき魔力の気配は、英霊同士の戦闘が始まった事を示していた。
ランサーが笑う。
「ふふ、向こうも始まった様だ」
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セイバーにとってはここまで全く予想通りの展開だった。使い魔共に監視されている状況、恐らく間桐の屋敷の方も、であるならそもそも秘密裏に接触等出来る筈も無い。先ずは邪魔者共を散らす必要があった。
そして、元より、推測によって動いている部分が多過ぎる、と彼は考えていた。間桐が三騎士の一角を従えているとする仮説も実際の所は分からない。マキリのマスターが若造だと言うのなら、地力の差を埋める為にバーサーカーを召喚する事も考えられる。それに、例え触媒があったとて確実に目当ての英霊を目当てのクラスで召喚出来るとは限らない。そもそも触媒となる聖遺物の入手に手惑えばクラス選択も糞も無い。
間桐の人間が取り合えずの同盟を組むに値するかどうかも不明だ。度し難い危険人物である可能性もある。こちらは相手の人と成りすらも分からないのだから。で、あるならば、相応しい敵を釣り出せば良い、とセイバーは考えた。
自ら動いて敵を待つ。ランサーなりライダーなり、こちらに真っ向から挑める能力のある英霊なら同盟相手として不足は無い。そして、真っ向切って戦いを挑む様なマスターなら、奸智に長けているとは言い難い我がマスターが同盟を組む相手として最適である。多少自信過剰な位が丁度良いと言う物で、それが誇りある相手であるなら最高だ。
漁夫の利狙いの第三者が登場するなら、それを相対したサーヴァントと同盟を結ぶ理由とするまでである。憂慮すべきは敵が即座に逃走するほど圧倒しない事、宝具による一発逆転を狙う程追い詰め過ぎない事。同盟を組むメリットを相手が感じる程度にはこちらの力を見せ付ける事。
そして、不意を突いたアサシンの襲撃があろうともマスターを守り抜く事。
セイバーは自らを追って走るアルファに視線を走らせる。父の為に働く娘。造物主の為に動く傀儡。愚かな子供。哀れな人形。そして、今生の我が主。
聖杯を手に入れる為。かの聖遺物を邪教の者共の手に渡さぬ為、セイバーは参戦した。
それが我が使命だと思っていた。
使命は全てに優先される。
人は何かを成す為に生を受けるのだ。
そう思い、そう信じて、そう生きた。そこにあるのは苛烈なまでの信仰の熱だ。
願いはあった。幾つも、幾らでも。
彼の理想に共感し、それに殉じていった彼の同胞。皆、彼の力が及ばぬばかりに死んでいった。
誰より平和を望んだ彼の人生は、誰より戦火に彩られていた。理想とは誘蛾灯の様な物で、彼のそれは多くの者を惹き付け、そして死に追い遣っていった。神々は彼に祝福を与えたが、現実はどこまでも無慈悲だった。彼の王道とは殉教への道だった。
しかし、人は戦わねばならぬ。
人の権利とは全て戦いによって獲得された物だ。平和とはただ与えられる物ではない。
戦い、戦い、戦い、その果てにこそ神は訪れる。
ならば、全ては是非も無い。死した我が身は剣としてただ在るのみ。
思考に耽るも一瞬に、霊体化したセイバーの視界をその速度故に街並みが駆け抜け。ビルの壁面を駆け上がった彼は、その屋上にて敵と対峙する。
先のセイバーの気当てに反応したのは二人。しかし、そこに立っていたのは一人だけである。紫の鎧と金の髪。凛々しき顔と華奢な矮躯。しかし、その内より滲み出る闘気と魔力は人間のそれでは無い。
彼女は何処までも真っ直ぐにセイバーを見据えていた。
この敵手は単身、セイバーを待ち構えていたのだ。
「逃げ切れぬと悟ったか。いや、そんな目じゃあないな」
セイバーは嘯きながら、相対した敵手に視線を返し、続けて問う。
「その清澄な闘気、騎士の一角と見るが、如何かな?」
向かい合った瞬間に、互いの力量を知る。
マスターがサーヴァントを召喚した事で得た透視能力ではない。彼等英霊の持つ幾多の戦闘経験のみが成し得る戦闘直感である。
「人に名を問う前に、自らが名乗るべきでは? とは言え、この様な戦とあれば、それもままならぬのですね。良いでしょう、私はルーラーのクラスを拠り代に現界した者。そちらの腰に差した剣、セイバーとお見受けしますが、如何です?」
言葉と同時にルーラーの魔力が迸り、その手に彼女の得物が出現する。彼女の背丈よりも長い棒。先端には鋼細工が見受けられるが、刃ではない。槍ではなく棍と見るべき代物である。恐らくルーラーという英霊の正体に関わる代物なのだろう、呪布が巻き付けられている。
ルーラーが苦も無くそれを一薙ぎし、風が舞い、周囲の空気が張り詰める。
東洋に広く伝わる棍術や棒術、杖術の使い手か。その何れともセイバーは対峙した経験は無かったが、その時、セイバーに湧き上がっていたのは全く別の懸念であった。
即ち、ルーラーのマスターの所在。
セイバーの気当てに反応した敵手は二人。つまり、ルーラーは単独行動でなく、マスターと行動していた筈なのだ。その姿が今は無い。
どこぞに潜んでルーラーを魔術によってサポートしつつ事の成り行きを見守るのであれば良し。しかし、マスターを狙っている様であれば、速やかに始末せねばならぬ。
セイバーは真っ向から見据えるルーラーへと笑みを返した。
「その通り。これから闘う相手と、いや、貴方の様な見目麗しい女性に名も名乗れぬとは痛恨の極みだが、これも聖杯戦争の倣いであれば致し方ない事か」
さも口惜しそうに言うセイバーの軽口に、ルーラーの顔が怒りでさっと朱色に染まる。
「戯れ言を。あなたも騎士でありながら、神聖なる決闘を前にその物言い。恥を知りなさい」
怒り心頭と言った様子でルーラーは喝破する。それにセイバーは肩を竦めて見せた。
「ふむ、見解の相違だ。決闘など、僕はするつもりは無い」
相も変わらぬ砕けた口調。しかし、今度はルーラーは何を言うでもなく、無言で棍を構える。セイバーがその腰の剣に手を掛けていたからだ。
セイバーは自然体のまま左手で鞘を掴み、親指で剣の柄を押し上げる。対するルーラーは、身体を半身に開いて腰を落とし、棍の先をセイバーに向けて構えた。
ルーラーの握る棍、その長さ、実に三メートル超、重さに至っては十キロに迫る長大武器である。ルーラーが可憐な少女を思わせる、否、その物である華奢な体躯の主ともあって、長大な棍を構える姿はある種異様な迫力を醸し出していた。
対するセイバーはそれ処では無い。
無造作に構えるその身体から放たれる威圧感は最早化生のそれである。
緊迫した空気が対峙した二人を包んだ。その時である。
「ふざけないで、セイバー。速やかに敵を倒しなさい。結界が解け次第離脱するわ」
追いついたアルファの声が、背後よりセイバーに掛かった。セイバーが振り返ると、十メートル程後方、隣接するビルの屋上にアルファが厳しい顔で立っている。どうやら先走ったセイバーの行動に、相当お冠の様子だ。セイバーは肩を竦め、自らのマスターへと微笑んで見せた。
「了解しました。我が主よ」
アルファに笑顔で答えるセイバーに、ルーラーは鼻を鳴らす。
「敵を前にして、背を見せるとは随分な余裕ですね、セイバー」
冷たい視線を向けるルーラーに向き直ると、セイバーは笑みを返す。
「ああ、全く余裕だ。僕は君が逃げるなら見逃すつもりだった。君は選択を間違えた」
誇り高き相手ではあるが、特殊クラス。同盟を組むには少々弱い。敵魔術師も不明。
さて、如何様にするべきか。
ドドドドドドドドドド!!