睨み合うルーラーとセイバー。
互いを包む空気が見る間に張り詰め、彼等英霊の放つ闘気、魔力が渦を巻く。雑居ビル内に身を潜ませ、事態の推移を見守るルーラーのマスター、イル・バナードにとっては、熱波が押し寄せている様な錯覚があった。
沈黙は僅かに数秒。
しかし、彼等互いの神経は研ぎ澄まされ、永遠とも言える一瞬を対峙していた。
その均衡も、やがて崩れる。
「ハァアア!!」
咆哮と共にルーラーの棍が唸りを上げた。
先手を取ったのは間合いに勝るルーラーであった。一歩踏み込んで対手との距離を詰め、その全身のバネによって繰り出される神速の刺突を放つ。その動作、起こりが在ったと見えた刹那には、空気の爆ぜる炸裂音と共に突き出された棍が空を切ってセイバーへと打ち込まれている。その突きは正に銃弾の如し。
しかし、対するは剣の英霊。真っ直ぐに向かい来る棍先を、セイバーは身体を半身に開きつつ仰け反る形で回避した。鼻先数センチの距離を棍が通過し、ぱっと宙にセイバーの銀髪が舞った。それをイルが視認した時には、既にセイバーへと次なる刺突が打ち込まれている。
迫り来る、息をも吐かせぬ六連突き。宛ら回転拳銃から吐き出される弾丸である。否、威力はそれの何十倍か。
その時、恐るべき光景をイルは見た。
突きに反応し、セイバーの身体が左右に揺れた。突き出された棍先が真っ直ぐにセイバーの頭の在った位置を貫くも、そこに在るのはセイバーの回避動作に遅れて従うその銀髪のみ。次の瞬間、セイバーの身体が沈み込む。
突き出される棍を紙一重で回避せしめたセイバーは、その棍が引き戻されるに合わせて前に出たのだ。その姿は風に揺れる柳の如く、ルーラーの繰り出す死の鏃の隙間を縫って間合いを詰めていく。攻め立てていた筈の、ルーラーの六連突きが終わった時には、セイバーはルーラーの眼前に立っていた。既にルーラーの間合いの利は消失している。
これには対するルーラーさえも息を呑み、そして笑う。
同時にルーラーが一歩踏み込む。その棍先が跳ね上がり、石突がセイバーの胸板へと打ち込まれた。その衝撃にセイバーの身体が後方へと浮き上がる。
否、セイバーはその恐るべき超人的反応に拠って石突が打ち込まれる瞬間に、左手で柄を受け自ら後方に跳ぶ事で、攻撃を受け流している。
「それで避けたつもりですか?」
言葉と同時に、ルーラーはセイバーの着地の瞬間を狙ってその腹へと突きを繰り出す。セイバーが咄嗟に空中で身を捩り、同時に突き出された棍の先端がうねりを上げて弧を描いた。
牽制動作。腹狙いと見せ掛け回避を誘い、無防備になった頭を狙う。愚直で真面目一辺倒な性格とは裏腹に、戦闘でのルーラーは中々に実戦的らしい。否、非力な女性の身でありながら英霊に至るまでの彼女の人生の道程で、叩き上げられざるを得なかったのであろう。
しかし、セイバーを捉えるには至らない。下方より弧を描いて側頭部へと迫る一撃とセイバーの腕が交差する。正に刹那の瞬間に、セイバーは頭を下げつつ、迫り来る棍の柄を掌底で押し上げたのだ。側頭部に打ち込まれる筈だった一撃は跳ね上げられ、セイバーの頭上を通過する。
直後、セイバーは着地と同時に地を蹴り前に出た。
跳び込んだセイバーに合わせて、ルーラーは棍を振り下ろす。だが、遅い。容易いとばかりにセイバーが身をかわして振り下ろしの一撃を避けた。と同時に、ルーラーはその棍の柄を蹴り上げる。予想だにしないタイミングで棍の軌道が振り下ろしから逆袈裟に変化し、金属の打ち鳴らされる音と共にセイバーの足が止まる。
「見事だ。僕に剣を抜かせたな」
セイバーが微笑む。彼は腰の鞘から剣を引き上げ、刀身にて迫り来る棍を受け止めていた。鞘から僅かに覗かせた刀身が不可思議な煌きを放ち、彼は鞘を引き抜いて棍を跳ね上げる。
ルーラーが一歩跳び退き、彼等は互いに睨み合った。
「何故、剣を抜かないのです?」
怪訝な顔をしてルーラーが問う。
「真名を明かさぬ様振舞っているだけだ。文句があるなら、その棍にて言うと良い」
微笑むセイバー。これを侮辱と受け取ったか、ルーラーは眉を顰め、空に掲げた棍を手の中で回転させた。轟と風を切る音が響く。
「良いでしょう。いつまで凌げるか、試して見ると良い!!」
言うが早いか、ルーラーが地を蹴り跳ぶ。間合いを詰めると同時に、回転の勢いをそのままに頭部狙いの横薙ぎの一撃。これをセイバーが身を屈め避けると、彼女はその勢いのまま独楽の様に回転し、足払いを仕掛ける。
セイバーは一歩跳び退きこれを避ける。ルーラーはそのまま回転しつつ、棍を振り上げ、前方へ身を躍らせると同時に大上段からの一撃を放つ。セイバーは更に一歩退く形で回避し、その鼻先を通過した棍が思い切り地面へと打ち付けられた。その威力に足元のコンクリートが砕け、棍先が地面に埋没する。
その瞬間、ルーラーが笑った。
そのまま彼女は棍を捻りながら、その柄を蹴り上げたのだ。
棍先が跳ね上がると同時にコンクリートが爆散し、セイバーへと礫の雨が降り掛かる。ショットガンの如き飛礫も、セイバーに手傷を負わせる為の物ではない。全てはその視界を塞ぐ為。
即座にルーラーは棍を振り下ろす。
その一撃を、セイバーの引き抜いた一刀が打ち払った。
その剣の異容にルーラーは目を瞠る。抜き放たれた一刀の放つ、その神々しき輝きは正しく御伽噺に語られる聖剣に違いあるまい。しかし、その剣の何と不可思議な事か。刀身が陽炎の様に揺らめいて、その輪郭すら杳として知れぬのである。
否、ルーラーがその剣に見惚れたのはそんな事では無かった。そんな事は全く問題にもならない事だった。余人には知る由も無いが、彼女はこの瞬間に天啓を得たのだ。
それは魔力を介して繋がった主であるイルにも届く程の強烈な歓喜であった。
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「何をしてる……」
イルは思わず呻いた。
棒立ちのルーラーに、セイバーが剣を鞘に収めて歩み寄る。
雑居ビルの中に潜み、闘争の様子を窺っていたイルだったが、彼は戦闘の開始と同時に動き出していた。もしもの時に、敵のマスターを殺せるだけの手筈を整えた上で、交渉する為だ。
以降、彼は魔術の波動と式神と使い魔の視覚を介して事態を確認していたのだった。最早一刻の猶予も無い事を悟ったイルは階段を駆け上がりながら令呪を使用すべく右手を上げる。
「魔術師イル・バナードが令呪を以って我が傀儡に――」
その時である。その魔力の揺らぎ故、だろう。
彼が踊り場を通過しようとした瞬間に、横手の窓から滑り込んだ銀糸がイルの右手に絡み付いた。
「なッ、これは――ぐグァアァアアアァ!!」
発見された。イルが失態を悟った時にはもう遅い、右手に絡み付いた銀糸がその腕を絞め潰す勢いで締上げたのだ。
「残念、掴まえた」
声と共に影が窓から滑り込み、彼等は対峙する。
イルは眼前の絶対強者、アルファと向き合った瞬間に自らの敗北を悟った。
しかし、そんな事は彼にとってはどうでも良かった。
彼の腕に巻きついている銀糸がラドクリフの錬金術による金属操作である事の方が重要だ。
「は、は、丁度良かった。私達を買ってくれませんか?」
イルは荒い息を吐きながら、笑顔を見せる。
これより彼の戦いが始まった。
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同刻、自らのマスターの危機を悟った事で、我に返ったルーラーは迫り来るセイバーを前に逡巡の表情を見せる。彼女は咄嗟に動けなかった。そこに先程までの苛烈で凛とした美しき戦乙女の姿は無い。迷い、躊躇う姿は目に涙を溜めた見た目相応の少女のそれだ。その表情に気付いたセイバーが自然と足を緩めた。
「ッ、く……御免ッ!!」
迷いを振り切る様に、否、振り切る為に、ぎゅっと目を瞑り、ルーラーが吼える。
踏み込むと同時に頭部狙いの横薙ぎから石突に繋げた連撃。
しかし、彼女の迷い故か、又しても先の攻防の繰り返し、とはいかなかった。
「それはもう見たよ」
セイバーが笑い、今度はルーラーの身体が後方へと吹き飛んだ。
頭部狙いの一撃に対し、セイバーは一歩踏み込み身体を沈める事で避け、その腰の剣を抜き放つ。その神速の踏み込みから放たれる抜刀術は同じく神速。彼はその速度を乗せた剣の柄頭による一撃をルーラーの石突に合わせたのだ。
打ち込んだ筈のルーラーが自らの力に拠って後方に跳ね飛ばされる。
彼女の身体は放物線を描いて飛び、ビル屋上の欄干へと背中から向う。錆付き腐って杭の如く立ち並ぶ欄干へとその無防備な背中から突っ込んでいく。しかし、激突の瞬間ルーラーは身を捻り、欄干を掴んで自らの身体を空中へと投げ出した。先は地上二十メートルの上空である。
この時、ルーラーの身体が貫かれる凄惨な情景を脳裏に浮かべた者はただの一人として存在しなかった。イルとアルファはそれどころでは無かったし、セイバーは彼女が死ぬはずが無いと確信していた。
ルーラーの身体が自由落下を始め、地上に向けて落ちていく。彼女は猫の様に空中にて体勢を立て直し、次の展開へと思考を巡らすと、イルのいる隣の雑居ビルに目を奔らせる。
身体が宙にある間のみのインターバル。その間、凡そ二秒。
それは致命的な隙だった。
ルーラーが空中に身を投げるのと、全く同時にセイバーは動いていた。飛び越えた欄干を蹴って跳び、対面のビルの壁面を蹴って反転する。ビルの壁面を使った三角跳び。
一瞬で、セイバーはルーラーに迫り、剣を抜く。
在り得ぬ強襲。一瞬の油断に、ルーラーの反応が遅れる。
直後、瞬いた光がルーラーを貫いた。
売りは戦闘シーンです(キリッ)
キャラ立てをもうちょい先にやれば良かったと思わなくもないorz