時間は少し遡り、商店街アーケード上の死闘。
主を背に護る形で進み出た少女はそのまま敵と睨み合う。槍を構え銀髪を風に靡かせる長身痩躯の美丈夫、ランサーと相対するは両手に大鉈を持つ小柄な少女、バーサーカーである。彼らの間に存在する空気が張り詰め、互いの闘気、魔力が渦巻く。それは一陣の魔風となって彼らの頬を撫でた。
バーサーカーの頬に一筋の汗が伝う。
ランサーの纏う空気が一変していた。先程までの小競り合いとは違う。本気で殺りに来るという訳だ。彼女にはある種の予感があった。
勝てない――。
バーサーカーにとって聖杯戦争のシステムは非常に都合の悪い物だ。彼女の持つクラス適性は二つ、即ち、バーサーカーとキャスターである。そのどちらで召喚されても彼女の特性は死ぬ。バーサーカーになれば理性と魔術能力を失い、キャスターになれば戦闘能力を失う。
まして相手は怪物殺しの逸話を持つケルトの英雄、フィン・マックール。
相性も悪い。元より、ステータスもランサーには遥かに及ばない。
このままでは勝てな――
「おい、バーサーカー。出過ぎるな。次は同時に仕掛ける」
背後からバーサーカーの主である武丸の声が掛かった。彼女はそちらにちらと視線を向ける。
「馬鹿言ってないで休んでなさい」
「馬鹿を言うな。そんな勿体無い事が出来るか。それにありゃあ一人じゃ無理だ。なに、俺は血の気が多くてな。丁度良い位と言う物よ」
武丸は言い放つ。
強がりだ。一瞥するまでも無く分かる。サーヴァントであるバーサーカーとマスターである武丸は魔力によって繋がっている。彼女は武丸の状態が良く分かっていた。そもバーサーカーの治癒魔術は傷を癒しただけに過ぎない。失った血と魔力はどうしようもない。
彼の額には脂汗が浮かんでいるし、顔色も悪い。
「さっきまでフラフラだった癖に何言って――」
言葉の途中、彼等は同時に動いた。
ランサーが突進し槍を突き出す。その踏み込みに先んじて、出鼻を挫くべくバーサーカーが鉈を振り上げ投擲体勢に入る。しかし、先手はランサーだった。詰まる所、その踏み込みの速度が、放たれる一突きが、バーサーカーの想像を超えていた。
対峙した十メートルの間合いを一歩で詰め、ランサーの槍がバーサーカーへと真っ直ぐに奔る。同時に、世界が反転し、彼女の眼前を突き出された槍が過ぎった。大きな影が視界を覆い、突き進んだ槍は、刀と打ち合わされて火花を散らす。
背後から主である武丸に引き倒されたのだ。そう彼女が気付いた時には、三合四合と槍と刃が打ち交され、金属が打ち鳴らされる甲高い音と共に血霧が舞う。それは刃の悲鳴であった。
打ち合う度に、ランサーの槍に抉り取られて飛んだ刃の破片によって、武丸の頬が、腕が、肩が裂けて血が吹き出ているのだ。刃の死の残響音と共に、武丸の口から苦悶の呻きが洩れる。
護られているのだ。
バーサーカーはカッと目頭が熱くなった。
「マスターから、離れろッ!!」
言葉と同時に、右手の大鉈を投擲する。ランサーはさっと槍を引き戻すと石突を引き上げて飛来する鉈を打ち払い、次なる一撃に先んじて距離を取る。
「バーサーカー、無事か?」
武丸は聞きながら、手にした太刀を放り捨てる。刃毀れ処ではない。その刃と言わず峰と言わず抉り取られて湾曲し、ただの一度の手合わせで最早刀としては使い物にならぬ有様であった。
「ええ、ありがとう」
バーサーカーは武丸の方を見なかった。
その背に武丸は手を回す。
「悪いな。刀を借りるぞ」
彼はバーサーカーの背に差してあった太刀を掴むと、バーサーカーの前へと進み出る。それはバーサーカーを召喚する際に触媒として使用した家伝の宝刀であった。
まだ気力は折れていないらしい。
「ふふ、そろそろ、本気で殺りに行かせてもらおうか」
ランサーが親指を一舐めし、槍をくるりと回す。すると立ち上った魔力が一陣の風になり、槍の穂先が蒼い光を放つ。宝具の解放。次は全力で来る。全速の全力で。
それ故だろう。武丸は厳しい面持ちで、バーサーカーへと言った。
「先に仕掛ける。奴の槍は傷を、血を狙う。俺が囮になる。槍が止まった瞬間に、斬れ」
バーサーカーは武丸の顔を見なかった。
見たくなかった。そこにあるのは覚悟を以って死に臨む顔に違いなかった。
彼等と同じ様に、あの時と同じ様に。
それが彼女には耐えられなかった。
ランサーが宝具を解放した以上、その槍が受け切れない事は武丸が最も良く分かっている筈だった。であれば槍が止まるというのは、その身体が貫かれた時だ。血を吸う魔槍は必ず武丸の命まで吸い尽くすだろう。そも白鮭の叡智で作戦が筒抜けとあっては成功する筈も無い。
だから、バーサーカーは言い放つ。
「嫌だ」
そして、彼女は頭に付けた真赤な鬼面を顔へと回した。
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同刻、バーサーカーとそのマスターに対するランサー、の遥か三百メートル後方のデパートの屋上にて、ランサーのマスター、狗城直衛は双眼鏡を片手に立っていた。事の顛末を見届けるには絶好の位置である。ここならば戦闘に巻き込まれる事はまずあるまい。
「全く、何て馬鹿馬鹿しさだ……」
狗城は誰にともなく呟く。彼はその背に冷たい物を感じずにはいられなかった。
双眼鏡を通して眼前に映し出されるそれは正に神代の御伽噺。人ならざる超常の存在が繰り広げる戦闘譚だ。しかし、狗城が驚愕せざるを得なかったのは、その渦中に魔術師であるバーサーカーのマスターがいる事だ。信じ難い事に、あの怪物共とバーサーカーのマスターは真っ向から渡り合っているのである。
勿論、彼のランサーはまだ本気ではない。奥の手も隠している。
その気になれば、敵を瞬殺する事も十分可能だろう。
しかし、それでも、あれは人が踏み込める領域ではない。否、踏み込んで良い領域では無いのだ。狗城とて聖杯戦争に参加した魔術師である。数々の魔術を修め、秘伝の気功術と傭兵時代に習得した様々な格闘術によって戦う、銃火器の扱いにも長じた傑物である。
その狗城をして、サーヴァントと闘おうとは夢にも思わぬ。彼等英霊との近接戦闘とは、即ち死に等しいと分かっているからだ。
とは言え、敵が如何な怪物であろうとも仕留めねばならぬ事に変わりは無い。
バーサーカーのマスターの殺害は急務と言えた。ランサーは緒戦にて宝具を使用するも凌がれ、その真名までも看破されたのだ。対策を練られる前に、他の魔術師に情報が拡散する前に、是が非でも仕留めねばなるまい。
否、それよりもランサーの真意は何だ?
狗城は腕を組み、暫し思案する。例え、二対一。敵が怪物の如き戦闘能力とは言え、斯くも容易く手の内を晒す程、『賢人王』は、フィン・マックールはヌルくない。彼はその宝具に拠って全てが見えているのだ。如何様にでも手が打てた筈である。
どうにも狗城にはランサーの思考が読み取れない。これは今に始まった事では無かった。彼は普段は黙して何を語ることも無く、呆と何処か遠くを見ている。しかし、時折、不意にその目は知性の輝きを見せ、その行動が違えた事は一度も無いのだ。
狗城は主を囮にキャスターの生成した怪生物を難なく仕留めたランサーの姿を思い出す。白鮭の叡智を持つ彼の思考は、狗城の如き凡人には到底理解出来ない物なのだろう。
それならば、それで良い。ただ、すべき事を成すのみである。
それにしても、あのバーサーカーは何だ?
狗城は双眼鏡を覗き込む。
マスターに与えられる透視の能力は敵のステータスだけでなく、敵の使用しているスキルや宝具の能力まで把握出来る物であるが、敵のサーヴァント、バーサーカーのステータスは惨々たる物だった。ランサーとでは比べるべくもない。しかし、それは問題ではない。
元々、バーサーカーとは強力な英霊を喚べない魔術師が、弱い英霊を狂化によって多量の魔力と引き換えに強化して使役するクラスだ。弱いのは別に良い。
しかし、狂化のスキルを持たぬとはどういう訳だ。
クラス特性として狂化のスキルを持つが故の狂戦士。しかし、あのバーサーカーは狂化のスキルを持っていないのだ。常時発動の狂化スキルが狗城に見て取れぬ訳は無い。何より、ランサーを前にマスターと会話し、連携を取るその姿は、バーサーカーのそれでは無い。
そこまで考えた時だった。
「ア――アァ――アアア――アァアア――!!」
バーサーカーがその頭に付けた真っ赤な鬼面を顔へと回し、吼えた。
突如として奔流となって嵐の如く逆巻く魔力。
「何だ、アレは!?」
髪を振り乱し、天へと吼えるバーサーカー。変貌はその様子だけでは無かった。狗城は我が目を疑う。バーサーカーのステータスが上昇していた。ランサーとも並び立つ程である。それだけではない。狂化のスキルが発動しているのだ。今正に、バーサーカーはバーサーカーへと成ったのだ。
「アァ――アアア――!!」
バーサーカーがランサーへと飛び掛った。
大鉈による一撃を一歩退いて軽やかにかわし、ランサーは槍を担いだまま横に走る。大鉈がアーケードの骨組みを切り裂き、勢いのまま身を伏せたバーサーカーの顔がランサーを追って上がる。鬼面の奥、血走った目がランサーの陰を追って奔り、同時にその指がアーケードの骨組みに喰い込んだ。
「アァ――アアァ――!!」
バーサーカーの左腕が奔る。放り投げられた大鉈が宙を舞い、その行く手を遮る形でランサーへと飛来する。ランサーは咄嗟に立ち止まり、仰け反る形でそれを避けた。と、同時にバーサーカーが腕を引く。綱が張り詰め、大鉈が舞い戻る。それに合わせて、バーサーカーは跳んだ。
地を蹴ると同時に、アーケードの骨組みを掴んだ右腕の力で以って自らを放り投げる。バーサーカーの小柄な身体が宙を舞い、ランサーを跳び越えると同時に引き戻された大鉈を掴み取る。そのままバーサーカーは空中にてくるりと反転し、掴み取った大鉈を即座にランサーに向けて投擲した。
恐るべき速度で旋回しながら向い来る大鉈を、ランサーは咄嗟に横に跳んで避ける。しかし、そこは既に死地である。一瞬遅れてバーサーカーを追っていた縄がランサーを中心に輪を描き、投げられた大鉈が離れるに従ってその輪を閉じたのだ。
大鉈はランサーの遥か後方のコンクリートの壁に埋まって止まり、もう一本はバーサーカーの手の中に。彼女がその怪力で以って縄を引き、張り詰めた縄がランサーの首を締上げる。
ランサーも縄に手やっているが、今のバーサーカーの膂力は彼を遥かに凌いでいた。直に縄はランサーの首に喰い込み、窒息、否、その頸を圧し折るだろう。
最早、一刻の猶予も無い。
こちらはこちらの戦争を開始する。
狗城はランサーが張った人払いの結界の外にて、自身を隠遁の魔術で隠して待機している。しかし、それは別に臆病風に吹かれたからでも、ランサーの力を妄信しているからでもない。
ただ、敵を狙い撃つ為にだ。
狗城直衛という人間の行動に伊達や酔狂の入り込む余地は無い。
彼が構えるは完全消音狙撃銃と謳われたロシア製狙撃銃VSS。その特徴は弾丸を重くした事に拠って威力を確保しつつも、超音速弾に付き物の炸裂音を消してのけた点にある。
その威力はただでさえ400m以内ならば敵防弾チョッキを容易に貫通し、狗城の狙撃能力と相まって百発百中の精度を誇る。更に、この銃と気功術師である狗城との相性は最高だ。魔力の乗らぬ鉛球と言えど、軽気功によって質量を増加させる事など訳は無い。これによって消音性能はそのままに銃弾の威力は数倍に跳ね上がる。
自身の殺気は弾丸に込めた。気功術師である狗城の殺気を読んでの回避は不可能である。
スコープを覗き込む狗城はバーサーカーのマスターを狙おうとして、目を剥いた。
絶体絶命の状況にあって、彼のサーヴァントは、ランサーはこちらに笑いかけたのだ。
「あ、あの馬鹿野郎!! 何のつもりだッ!?」
狗城は怒りを顕わにする。視線で敵に潜伏先がバレる。それは狙撃手にとって死活問題だ。増して、それは自らを救おうとしている主なのだ。コンクリートの壁面に這わせた指が怒りで我知らず閉じられる。指の中でコンクリートが砕けた。
そんな主の怒りも露知らず、とばかりに全知を誇る彼のサーヴァント、ランサーはバーサーカーに向き直ると再び笑みを見せる。
「ふ……ふっ、やるね。少し名残惜しいよ」
「アァ――アアア――!!」
それを挑発と受け取ったのか、バーサーカーが吼えると同時に、大鉈を逆手に構え、縄を引きながらランサーへと突進する。一瞬縄に掛かる力が増し、次の瞬間、突進の加速に拠って縄が緩んだ。合わせてランサーは槍の刃先を地に突き立て、梃子の要領で柄を押し込む。彼は縄が首に掛かる瞬間に、咄嗟に槍の柄を挟み込んでいたのである。
ランサーの身体が沈み込み、その首が輪から抜ける。即座に、ランサーは槍の柄を蹴り上げ、宙に浮いた槍を掴むと、突っ込んでくるバーサーカーへ横薙ぎの一撃を合わせる。
大鉈と槍が交錯し、金属が打ち合わされる大音量が周囲に響き渡る。軍配は力で勝るバーサーカーに上がった。押し負けたランサーは後方へ逃れ、アーケード上から落下する。
笑みを浮かべ落下するランサー。その姿が中空にて掻き消えた。霊体化だ。
「では、また、いずれ」
それだけ言い残すと、ランサーは闇の中へと完全に消え去った。
「な、何だとッ!? 真名を知られた相手を見逃すというのか!?」
ありえない。
狗城は余りの事に愕然としたが、直ぐに違うという事に気付く。
ランサーは自分に仕留めろと言っているのだ。
ランサーのこちらに向けた笑みの理由に気付くと、狗城は気を取り直し、戦闘終了直後の弛みを突くべく銃を構える。幸い、バーサーカーのマスターはランサーの視線の意図に気付かなかったらしい。彼はこちらに背を向けたまま、片膝を着いた。どうやら、回復魔術を受けたとは言え、ランサーの宝具を受けた影響は大きい様だ。
そして、バーサーカーは狂化中。今ならば、邪魔は入らない。苦も無く葬れる。
狗城はほくそ笑み、引き金に指をかけた。
その時である。
突如、空中より人形、頭部に髑髏を据えられた骸骨人形が降り注いだのだ。
最初の一体がその手のナイフを構えて、着地と同時に狗城へと走る。その距離凡そ二メートル。狗城はスコープから目を離し、迫る人形へと向き直る。同時に、その視界に影が落ちた。その頭上に降り注いだ次なる一体がその手の斧を振り被り、真っ直ぐに振り下ろしたのである。
斧の鈍い輝きと黒い影が一瞬交錯し、頭蓋の砕ける音と、コンクリートの破砕音が重なり、響く。果たして、地面に叩き付けられた斧がコンクリートを砕き、その腕と交差した狗城の足が、人形の頭蓋を蹴り砕いていた。
間髪入れずにナイフを構えた一体が体勢の崩れた狗城に迫る。狗城は一瞬身を起こそうとして、止めた。次の瞬間、ナイフの煌きが狗城の首筋へと奔り、突如方向を変える。人形のナイフを突き出したその腕が間接部で圧し折れていた。交差の瞬間、人形の突き出したナイフを持つ手に狗城の腕が絡み付き、一瞬で捻り折ったのである。
しかし、人形は止まらない。片腕が圧し折れた事などまるで意に介さず、猶も逆手のナイフを振り被る。
「チッ」
舌打ちと共に狗城は身を起こしつつ、折れた人形の腕を掴んだ手を下へと引き落とす。すると人形の膝が折れ、ナイフを振るう腕が泳いだ。合気で言う所の崩しである。そのまま人形を引き寄せ、その頭蓋へと膝蹴りを叩き込む。衝撃に髑髏が砕け、人形の身体が跳ね上がる。と、狗城はもう一度腕を引き、人形を引き寄せた。
同時に火花と共に銃声が鳴って、狗城が盾にした人形の背に次々と弾丸が突き刺さり、代わりにライフル弾を吐き出した。空中から舞い降りた次なる人形が狗城へと発砲し、狗城は引き寄せた人形を盾に、その腹越しに狙撃銃VSSをぶっ放したのである。
ライフル弾は人形の腹を易々と貫通し、拳銃を持った人形の頭蓋を貫く。
狗城は掴んでいた人形を足元に放り投げ、その頭蓋を踏み砕くと、最後の一体へと向き直った。残るは槍を構えた人形が一匹。狗城は銃を構える。
襲撃者が何者かは分からぬが恐れるに足らず。
狗城がそう考えた矢先、言葉と共にその眼前に少女が、そして、赤銅の巨人が降って来た。
「戦士の戦いに、無粋な横槍は止して貰おうか」
ドン、という重低音と共に着地の衝撃でコンクリートの床が砕け、粉塵が巻き上がる。腕の一振りと共に赤いマントがはためき、天を突く巨体の主が顔を出す。
舞い降りた巨躯のサーヴァント、ライダーは獰猛な獣を想わせる笑みを浮かべて言った。
「さぁ、魔術師よ、サーヴァントを呼ぶが良い」
真打登場。
ちょっと次の投稿は時間空きます。