轟、と風が逆巻き、稲光と共に空気の炸裂音が響き渡る。剣戟の音と共に空中に火花が散って、影と影が交差する。彼等は戦いながら大通りを南下していた。
「フン、どうした、ランサー!? 逃げておるばかりでは槍の英霊の名が泣くぞッ!!」
ライダーが吼えると同時に、彼の駆る二頭の神牛が戦慄き、『神威の車輪』は更に勢いを増して疾走する。ランサーを追った戦車は正に一筋の剛雷と成って、大通りを真っ直ぐに貫いた。
稲妻が周囲に奔り、戦車の突進の衝撃に巻き上げられた街路樹が宙を舞う。
しかし、
「Eolh――Nyd――Rad」
ライダー等の駆る戦車の背後、中空に浮かび上がるは原初の三文字。跳ね上げられた街路樹を盾に、その影に潜む形で跳び上がったランサーのルーン魔術である。
突如戦車の軌道上に出現した不可視の壁と、その足にタールの如く絡み付く靄。
「ぬるいッ!! そう同じ手が通じると思ったかッ!?」
ライダーが吼えると同時に、その剣が翻る。正に一刀両断に、右方の魔術障壁を切り破り、更なる魔術から逃れるべく戦車の軌道が弧を描く。その無茶な旋回故に、戦車はビルの壁面へとぶち当たり、その速度を落としながらもビル壁を抉りながら空中へと舞い上がる。
その刹那、車上に一つの影が落ちた。
「隙有りだ。俺の相手もしてくれよ」
空中より飛び掛ったバーサーカーのマスター、金剛地武丸である。大上段に構えた刃を渾身の力で以って振り下ろす。落下の速度を乗せたその一刀に対するは、神牛を御しながら片腕で放つ逆袈裟の一斬。交叉の刹那、武丸は自らの勝利を確信する。
そも熟練の剛剣は受けの動作を許さない。
受けた相手の刃毎、敵を両断する一刀こそが剛剣の極意なれば故である。
増してバーサーカーの宝具に拠って超人と化した武丸の一刀は、容易く鋼鉄をも斬り裂く魔剣とも呼ぶべき物。武丸が本気で放った振り下ろしを受けれる人間など存在し得まい。
刃と剣とが交叉し、鉄と鉄が打ち合わされる甲高い音と共に一際大きな火花が散って、
彼等は鍔迫り合って拮抗した。
確かに人はその一刀に抗し得ぬだろう。しかし、相手は人ではない。
英霊、ライダーの膂力は、武丸の確信を遥か超えた域にある。
正に恐るべき膂力と宝具の強度という他あるまい。しかし、その拮抗も一瞬。武丸の着地の衝撃で大きく戦車が揺れ、同時に鍔迫り合ったまま武丸の指がライダーの剣を握る手を取った。
「指絡み、綟摺」
瞬く間に武丸の手がライダーの右手薬指と小指を包み、その間接の可動域を超えて捩じ上げる。同時に、武丸の腹を蹴り上げる事で脱しようとしたライダーの顔に緊迫が走った。ライダーの足が翻るより早く、武丸の踵がそれを止めている。
「ほぉう、やるでは――」
「どいて、ライダーッ!!」
獰猛な笑みを浮べるライダーの巨躯の影から飛び出たマドカがその手を武丸へと向ける。同時にその指先に青白い炎の塊が浮かび上がった。掌大の青い火球。マドカの招魂術に拠って形成された鬼火と呼ばれる亡者の炎であった。
「我流招霊術の三、焔魂ッ!!」
マドカが叫ぶと同時に鬼火は空を切って武丸へと奔る。武丸がそちらへちらと視線を切る。その瞬きの間に満たぬ刹那、指二本と引き換えにその首を獲らんとライダーの銅剣が跳ね上がる。
「ぐッ、ハッ、やる!! だが――」
武丸は即座にライダーの指を離し、刃を傾けて迫り来る銅剣を往なしつつ、背後へと跳躍した。刃は薄皮一枚を裂くに留まり、宙返りを打ちながら武丸は戦車から空中へと身を投げ出した。その前髪を撫で、眼前を放たれた鬼火が擦過し、不意に弾けた。
武丸の影に隠れる形で飛来した不可視の魔弾が炎を裂いてマドカへと迫ったのである。
ランサーのマスター、狗城直衛の気弾であった。
死角より出現したそれは炎を貫き、吸い込まれる様にマドカへと突き進む。
「あ――」
世界が静止する感覚があった。全ての時間はゆっくりと流れ、死が近付いてくる感覚である。マドカの脳裏を千の言葉が駆け巡ったが、その身体は全く動かなかった。
直後、彼女の視界は赤く染まった。
「無事か、嬢ちゃん」
ライダーの赤銅の外套がそこに在った。
マドカの危機を救ったのは彼女の英霊、ライダーであった。彼はマドカを迫り来る気弾から庇うべく、我が身を盾としたのだった。咄嗟にマドカが叫ぶ。
「ライダーッ!?」
ライダーの身を案じるマドカの姿は些か滑稽に映ったに違いない。
彼女を護るそれは即ち金剛の盾である。豆鉄砲に抜かれる道理は無い。
気弾がライダーに突き刺さったと見えた刹那、その対魔力で以って雲散霧消し、ただの微風へと変わる。ライダーは獰猛な笑みを浮べた。
「少し飛ばす。振り落とされるでないぞ」
「ライダ――」
マドカの言葉が途中で途切れる。彼等の乗る戦車が不意の急制動と共にその軌道を変え、弧を描きながら空中へと舞い上がったからだ。それから彼はちらと周囲に目をやった。
その舞い上がる機影を見上げ、狗城は舌打ちを一つすると、ビルの壁面を蹴って大通りへと飛び降りる。同時に飛来した大鉈が、狗城のいた空間を抜けてビルの壁面へと突き刺さった。
大通りを挟んだ対面のビル上から、バーサーカーがその手の大鉈を投擲したのだ。
狗城が空中で身を捻り、拳銃を抜き放つと同時に、バーサーカーは跳躍した。轟音と共に飛来する弾丸が眼下を通過し、バーサーカーは壁面へと着地すると同時に、壁に埋まった大鉈を引き抜くと、狗城を追って壁面を駆け下りる。
更なる轟音と共に銃弾がバーサーカーへと奔り、大鉈に薙がれて虚空に消えた。
「遅いわね。殺った――」
「残念。遅い」
背筋に奔った悪寒に従い、バーサーカーは振り被った大鉈を直感的に自らに引き寄せる。直後、咄嗟に顔を庇った大鉈の分厚い腹に、横合いから迫った蒼槍が突き刺さった。その衝撃に彼女の小柄な身体が回転し、落下の勢いそのままにアスファルト上を転がった。
バーサーカーが受身を取って顔を上げた時には、眼前に槍が在る。
「ッう!?」
突き出された槍に対し、弾かれた様に彼女は大きく仰け反る。否、確かに弾かれたのだ。瞬いた蒼月はバーサーカーの回避動作に先んじた。しかし、槍の穂先がバーサーカーの側頭部に掛けた鬼面にその軌道を逸らされたのである。
ランサーの魔槍を弾くとは正に恐るべき硬度と言えよう。しかし、殴られた様な衝撃にバーサーカーは踏鞴を踏んで後退し、ランサーがその隙を逃す理由は無い。
即座に槍が回転し、後退するバーサーカーの腹に石突が突き刺さる。
「うッ、あ゛ァ……」
バーサーカーの口から嗚咽を漏れた。
「これで終わりだ」
ランサーが笑みを浮かべ、親指を舐めると同時にその手の中でくるりと槍が回転する。蒼く明滅する穂先がバーサーカーへと向けられると同時に、恐るべき速さでその石突が、
後方より迫る武丸へと打ち出された。
「残念だったねェ。狂戦士」
背後よりランサーを強襲した武丸を迎え撃つ石突は正に神速。対するは、同じく神速の連突きである。ぎり、と骨の軋む音がした。片手で握り込んだ刀を小脇に構え、跳び込みと共にただ突き出す。それは正に引き絞られ放たれる直前の弓である。
武丸の背なから腕の筋肉が膨張し、骨と共に刀の柄が握り込むその握力に軋みを上げる。
「連突き、篠山濤」
直後、三つの火花が散った。
七分の力で突きを放つ。槍と刀が打ち合わされ、互いに逸らし合うと同時に、次なる突きを。腕を引き寄せる動作を突きより速く、更なる捻りを加え引き絞られた力をただ一刀の突きとして解き放つ。槍と刀が打ち合わされる度に衝撃で握力が死んでいき、槍が擦過する度に血風が舞う。それでも彼は止まらない。しかし、
「残念だと言った。突き技で槍兵に勝てるとでも思ったのか?」
ランサーが笑みを消す。繰り出される突きを捌きながら反転、直後に放たれた突きを槍の柄で跳ね上げ、その勢いのまま横薙ぎの一撃を放つ。その一撃に武丸は反応が出来なかった。槍が吸い込まれる様に武丸の側頭部に迫る。
「危ないッ!!」
その死の旋風が武丸の頭部を削ぎ落とす直前、正に間一髪のタイミングで、バーサーカーが横合いから武丸に飛び掛った。その勢いのまま抱き付く形で武丸を押し倒し、槍は武丸の米神を掠めただけで空を切る。
しかし、彼等は窮地を脱した訳では無い。
ランサーは即座に倒れ込んだ相手に追撃を掛けようとして、しかし、後方へと跳躍した。
直後、敵を轢き潰さんと彼等の間に割り込む形で神威の車輪が落下する。
アスファルトが爆砕し、周囲に稲妻が奔り、戦車はその車輪を止めて停止した。
倒れ込むバーサーカーと武丸、距離を取ったランサーと狗城、彼等は互いに戦車上のライダーの動きを伺い息を呑む。暫し、沈黙があった。
車上のライダーが言う。
「まぁ、待て、貴様ら。ここは武器を収めるが良い。これ以上、敵に手の内を晒してまで、勝負を急く事もあるまいよ」
ライダーはそう言うと、大通り沿いのビルの一つを見据えて吼えた。
そのビルの壁面を横一文字に抉る傷跡と大穴。それは先程ルーラーとの戦闘においてセイバーが付けた物であった。
「いつまで見とる気だ? 貴様が真に聖杯に呼ばれた英雄英傑だと言うのなら、姿を現すが良い!!」
ライダーの言葉に遅れ、ビル内から拍手を打ち鳴らす音が響いた。次いで壁面に開いた大穴から一騎の英霊が顔を出す。
「悪いね。余りに見事な演舞に、つい見入ってしまった」
男はそう言うと拍手を鳴らす手を止めて、大通りへと飛び降りた。
銀の鎧と風に棚引く銀髪と肩掛けの衣。白銀の英霊、セイバーである。
「ほう、演舞と来たか。悪いが余の舞はちと荒々しいぞ。その腰に差した剣が飾りでは無いと云うならば受けてみるか?」
ライダーは剣を持ち上げ、獰猛な笑みを見せる。対するセイバーは肩を竦め、ライダーの背後に立つマドカに目をやった。
「へぇ、面白い。と言いたい所だが、日を改めようか。まさか、君が怪我したマスターを庇いながら戦えると思っているならば別だがね」
むぅ、と押し黙るライダーを見て取ると、セイバーは周囲へと視線を巡らせる。
「それに皆消耗が激しそうだ。まだまだ戦えそうなのは、君とランサーくらいかな?」
悠々と構えるセイバーを尻目に、片膝を付いて血を拭う武丸と、起き上がりその手当てに勤しむバーサーカー。武丸はしてやられたという忸怩たる思いに奥歯を噛締め、バーサーカーはこの場から離脱すべく周囲に視線を配る。
「大丈夫?」
「ああ、まだやれる。そっちは無事か、バーサーカー?」
「ええ、私は大丈夫だけど、この状況ちょっと拙いわ。離脱するわよ」
「逃げろってのか!?」
「声がデカいわよッ!!」
売り言葉に買い言葉。勿論、周囲には丸聞こえであった。武丸はあくまで納得が行かぬ風であったが、はたと気付く。バーサーカーが目をやっているのは、先程から戦っているライダーでもランサーでも無く、新たに乱入したセイバーでも無い。
彼女は焦りとも脅えとも見える表情で、虚空に目をやっているのだ。
それはバーサーカーだけでは無かった。
「ランサー、退くぞ。これ以上は付き合いきれん」
「何を言ってるんだ、マスター? 続行だよ。これからが本番なんだから」
狗城に笑みを返し、ランサーもまた虚空を見据える。
彼等は互いに別の方向を見ていた。
「嬢ちゃん、治癒は――」
「折れた方の手は直ぐには無理。他はもう済んだわ。それよりライダー、気付いてる?」
ライダーに答えるマドカの目に青い炎が宿っていた。彼女は一層強くライダーの外套の端を握り締める。ライダーは背後のマドカに頷いて見せると、天に吼えた。
「フン、まだ闇に紛れて覗き見しとる連中がいるようだのう。おいこら!! 情けないとは思わんのか!? 誇るべき真名を持ち合わせておきながら、コソコソと覗き見に徹するというなら、腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなぁ。んん!?」
そうしてライダーは魔空を仰ぎ、周囲の闇をぐるりと見渡すと、不敵な笑みを浮かべる。
「聖杯に招かれし英霊は、今、ここに集うが良い!! 猶も顔見せを怖じるような臆病者は、この征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!」
周囲一円に響き渡る程の大音声。
ライダーが自らの真名を高らかに名乗り上げた事に対する反応は三者三様。ランサー、セイバー、武丸は心底楽しそうに笑い、狗城、バーサーカーは虚を突かれ唖然とし、マドカはただ一人真剣な表情で虚空を見詰めていた。
「ライダー……来る!!」
マドカの言葉と同時に、その視線の先に黄金の輝きがあった。
その目映さを、ライダーは知っている。
果たして黄金の輝きは大通り沿いに立ち並ぶ街灯の一本の上に、神々しく輝く黄金の甲冑の立ち姿と成って現界した。太陽の如き金色の鎧に髪。金色の英霊、アーチャーである。
その妖しく光る血色の目が、その場の全員を見下ろしていた。
「相変わらずだな、征服王。お前の声は良く響く」