『天の鎖(エルキドゥ)』、メソポタミア神話において豊穣神によって放たれた地上を滅ぼす神獣を捕縛した逸品である。冬木での聖杯戦争において、向かい来るライダーを止め、彼にトドメを刺したのもこの宝具であった。
アーチャーに向って跳び掛かったアベンジャー。
二人の影が交差する一瞬に、空中、八方から出現した鎖はアベンジャーが駆る大型二輪毎、その身体に巻き付き、空中に縫い止めてしまった。
「ぐ、クッ――」
アベンジャーのくぐもった声と共に、鎖の擦れる音とその身体の軋む音がする。巻き付いた鎖が恐るべき力で締上げているのだ。そして、それに抗おうとするアベンジャーの肉と骨が悲鳴を上げているのである。その力にバイクのフレームが湾曲し、サスペンションが圧し折れる。『天の鎖』はアベンジャーの自由を完全に奪い去っていた。
「アーチャー、何て出鱈目な強さだ……。それにアベンジャー、イレギュラークラスだと!?」
戦いを見守っていた狗城が思わず呻いた。
奇襲からビル群を盾にその速度を活かしてアーチャーに迫ったアベンジャーの行動にミスは無い。否、弓の英霊と見紛う程のその狙撃能力と、槍の英霊すら凌駕しようかと云う速度、騎乗兵の英霊に引けを取らぬ操縦技巧までをも見せたあのアベンジャーは明らかに異常である。
しかし、敵わぬ。
恐るべきはそれすら退けてのけたこのアーチャー、英雄王ギルガメッシュであろう。
「ククッ、野良犬の躾には過ぎた代物だ。死の瞬間まで、存分に味わうが良い」
残酷な笑みを浮かべ、アーチャーは片手を上げる。同時にその背後の空間が歪み何本もの宝剣魔剣が顔を出す。
そこで、アーチャーの眼前へとアベンジャーの腕がすっと伸びた。即座にその腕にアベンジャーの背後の空間より出現した鎖が絡み付き、その指はアーチャーに届く事無く、その眼前数センチで停止する。
「フン、狂犬めが、無駄な足掻きを。その鎖は貴様如きに切る事は敵わぬ。その腕は永劫我に届く事は無い。む、新たに我が宝物を取り出すまでも無かったか。ほれ、貴様の死が帰って来たぞ」
嘲る様にアーチャーが言う。その視線の先には、空中を旋回し速度を上げながら舞い戻るクトネシリカの姿があった。曲刀はまるで意思を持つかの様に真っ直ぐにアベンジャーへと飛来する。同時に、アベンジャーへと巻き付いている鎖の締め付けが一層激しくなった。アベンジャーはバイクを抱きかかえる形で縛り上げられ、その胸部に割れたバイクのカウルが突き刺さる。
「が、カッ、ぐ――」
くぐもった声となってアベンジャーの肺から空気が洩れる。
最早勝負は決したと見る他あるまい。『天の鎖』がその身体を絞め潰すが早いか、舞い戻ったクトネシリカがその身体を両断するが早いか。二つに一つ。しかし、アベンジャーは猶も屈さぬと渾身の力を振り絞ってアーチャーへと顔を上げ、
果たして、そこに浮かんだのは醜悪なる笑みであった。
「が、ぐ、カッ、クッ、く、クハハ、ヒャハハハハハハハハハ!!」
呵々大笑と共にアベンジャーの身体が炎上し、その身体を拘束している鎖へと炎が燃え広がる。それはただの炎では無い。否、炎ですら無かった。途方も無き怨嗟の螺旋、憎悪の坩堝。ドス黒いそれ等が絡み合い、寄り集まった悍ましい何かが炎の形を成しているのだ。アベンジャーから噴出したそれは全てを混ぜ合わせた黒、全てを塗り潰す黒の炎に見えるのである。
そして、触れた物を侵食し、燃やし、熔かし、塗り潰す、その性質もまた炎に同じ。
黒炎が纏わり付いたと同時に、彼を縛り上げていた『天の鎖』の拘束が緩んだ。否、炎による侵蝕を防ぐ為にアーチャーが自ら緩めたのだ。即座に『天の鎖』が空間の歪みへと引き戻されていく。
自由になった上体を捻り、アベンジャーが背後を向いた。それと同時にアーチャーの背後に展開されていた宝具が飛翔ぶ。それは金色の尾を引く彗星となって真っ直ぐにアベンジャーへと奔り、その勢いをそのままに左右に軌道を逸らされ、彼の横を擦過して左右のビルへと着弾した。
先程の情景を逆様に、背後より飛来したクトネシリカを受け止めたアベンジャーが、横薙ぎの一刀で以って、アーチャーの撃ち出した宝剣魔剣を切り払ったのである。
その手のクトネシリカが燃えていた。
「むゥ、あの鎖の拘束を抜けるか……」
「嘘、何……アレ……」
ライダーとマドカが呻く様に言った。
英雄王の唯一無二の親友の名を持つ宝具『天の鎖』。ライダーはその身を以ってその力を知っている。前回の聖杯戦争時、彼は『天の鎖』に寄って自由を奪われた所を、アーチャーにその胸を貫かれて敗退したのだ。
だからこそ、彼は知っている。
アレは力で如何こう出来る様な代物ではない。
そして、それに英雄王は、アーチャーは絶対の信頼を置いている。
だからこそ、ライダーはあの宝具を攻略するのは自分だと思っていた。腰に差した破戒の宝剣によって、今度こそあの宝具を断ち斬り、アーチャーを打倒するのだと。
知らず彼は奥歯を噛締める。その口角から血が流れた。
悔しさと、更なる強敵に対する高揚が綯交ぜとなって、その瞳は燃えていた。
今はアーチャーと一騎打ちの体を成しているが、元々アベンジャーは全員に攻撃して参戦した乱入者である。それを討ち果たす事に何の問題があろうか。しかし、直ぐにも手綱を引き、駆け出そうとする衝動をライダーが止めたのは、彼のマスターの存在に他ならなかった。
ライダーの外套を掴み、震える彼女の手がライダーを止めていた。
マドカは信じられなかった。
降霊術に寄って悪霊、魍魎の炎を宿して戦う彼女だからこそ、アベンジャーが纏っているモノの異質さがはっきりと理解出来た。否、理解出来ない事が理解出来たと言うべきか。
結論から言えば、マドカの炎とアベンジャーのソレは全く違う物だ。
雨粒と嵐が同質で無い様に、水滴と海が同体で無い様に、小石と月が同価値で無い様に、アベンジャーの纏った炎はこの世に非ざる代物である。
「貴様、よりにもよってこの我の宝物に触れるとは、そこまで死に急ぐかッ、狗ッ!!」
「ククッ、麒麟も老いては駑馬に劣る。随分と目が悪くなった様だな。俺が狗に見えたか、英雄王? 俺は貴様の咽笛を噛み切る狼よ。そら、牙が届くぞ」
怒声を上げ、更なる宝具を展開するアーチャーに、アベンジャーは臆する事無く全速力で突っ込んだ。アベンジャーがグリップを握り込むと同時に、彼が駆るバイクは唸りを上げて加速する。
二発の宝具が飛んだ。アベンジャーは車体を傾け、タイヤを滑らせながらその手の曲刀を地面と水平に構えた。突き進んだ機影が飛来する宝具を潜り抜けると同時に、黒炎が瞬く。
下段から跳ね上がった曲刀が、咄嗟に跳び退いたアーチャーの脇腹を掠めた。金属同士が打ち鳴らされる甲高い音を立て、アーチャーは衝撃に弾かれ姿勢を崩す。刃を受け止めた金色の鎧に一文字の線が見えた。溶解痕である。刃の掠めた部分が溶けているのだ。
続けてアベンジャーは返す刀で、クトネシリカを投擲する。
「チッ、おのれ――」
「鈍い、終わりだ」
アーチャーが宝具を撃ち出すよりも、それは疾かった。
クトネシリカが炎を取り込みながら加速し、アーチャーの横で今正に撃ち出されんとしている宝剣を打ち払った。宝具同士の衝突に一際大きな火花が散って、同時に発生した衝撃波が周囲を叩く。
その刹那、彼等は同時に剣を取った。
共にアーチャーが射出すべく展開した宝剣と魔剣である。アベンジャーはアーチャーに向かいながら空中に展開された剣を掴んだ。同時にその手から迸った炎が宝剣を侵蝕し、その刀身が妖しく揺らめく。それをちらと一瞥すると、アベンジャーは更に速度を上げて真っ直ぐにアーチャーへと向かって疾走する。対するアーチャーも背後に浮かんだ魔剣を抜き放って構えると、真っ向から迎え撃った。
先ず、アーチャーの姿が揺らめいた。熱だ。アーチャーの手にした魔剣が啜った繰り手の魔力を、その刀身から光と共に凄まじい炎熱に変えて放出しているのである。
それなるは最強の魔剣と謳われる太陽剣グラム。持ち手の魔力を収束し、擬似的にムスペルヘイムの炎へと変えて撃ち出すその一斬は、敵を焼く等と云う生易しい物ではない。その刀身から撃ち出される火炎が射線上全ての物を薙ぎ払い、蒸発せしめる死の魔剣である。
対するアベンジャーの姿が歪んだ。否、彼が手にした宝剣がその周辺の空間すら歪めているのである。螺旋剣カラドボルグ。突き出されたその一刀は周囲の空間ごと全てを喰らい、歪め、捻り、切断しながら突き進む。
「オオオオオオオオオオオッ!!」
魔剣の剣先から放たれた滅びの火炎の大波が死の螺旋とぶつかり合って拮抗し、千の炎と成って周囲へと弾け飛ぶ。千切れた炎はアスファルトを溶かし、ビルを貫通し、着弾と共に爆炎と成って、闇夜に真っ赤な大輪の華を咲かせた。次いで衝撃と熱波が辺りを襲う。
「きゃ――」
短い悲鳴を上げるマドカをライダーの巨大な身体が庇った。
ランサーは己が主を、セイバーは敵であるバーサーカー達を同様にその背後へと庇った。各々の対魔力が襲い掛かる地獄の熱波を荒れ狂う暴風に変え、背後に護る存在を救った。
「ッ、何て威力だ……。こりゃあ、助かっ――」
武丸が暴風に顔を顰めながら、前に立つセイバーに声を掛けようとして言葉に詰まる。
ぞわり、と背なから全身に怖気が奔った。
腹から血飛沫が上がり、臓物が地面に毀れる。いつ斬られたのか、武丸の超人的反射神経を以てして、全く判然としなかった。咄嗟に彼は自ら熱波の中に逃れようとして、ギリギリで踏み止まった。そして、自らの胴に触れ、それがまだ繋がっている事を確認する。
反応出来ぬは当然である。
彼は斬られてなどいなかった。
その獣染みた死への嗅覚に寄って、ハッキリと彼は自らの死を幻視したのである。
その事実に武丸は愕然とする他無かった。それは彼の人生の中で体験した事のない衝撃だった。
傍らのバーサーカーがそれに気付いた様子は無い。
武丸の咽が鳴った。冷汗が額を伝うのを彼は感じた。震えが止まらなかった。
バーサーカー達を護る様に前に立っていて、武丸からはセイバーの表情を窺う事は出来なかった。しかし、分かる事がある。アーチャーとアベンジャー、あの恐るべき英霊のどちらが勝っていたとしても、残った方も生きては帰れまい。
武丸は呼吸を正し、炎の奥へと目を凝らした。
彼の顔は我知らず凄絶な笑みによって歪んでいた。
一帯が昼よりも明るく、地獄の様に熱かった。
アーチャーとアベンジャー、二騎の英霊が切り結んだその周囲は正に爆心地の如き様層である。最新式の焼痍榴弾を複数大通りで爆裂させれば、凡そ似た様な惨状が再現出来るに違いない。彼らがその宝剣魔剣を打ち合った際の衝撃に、足元のアスファルトが爆散するも、そこに飛散した筈の瓦礫は無かった。
同時に発生した余りの熱量に、その周囲数メートルに渡ってアスファルトは瞬間的に気化し、更にその周囲は放出された炎熱によって広範囲に渡って焼け爛れ、アスファルトや街灯、電柱までもが液状化してしまっている。
更に広範囲に撒き散らされた炎に寄って一帯が赤々と燃えていた。
その炎の中心に二つの影があった。
果たして、黄金と蒼黒の英霊は、この恐るべきアーチャーとアベンジャーは、炎の中で、地獄の中心で、真っ直ぐに向かい合い、対峙していたのである。
「ククッ、やる。殺ったかと思ったが、あの距離、あのタイミングでまさか無傷とはな。その鎧、増々以て欲しくなったぞ、英雄王」
「フン、狂犬めが。あと、一刹那で焼き払えていたものを小癪な真似を」
「それはこちらの台詞だ。そっ首落とせるかと思ったが、存外にカンが良い」
怒り心頭といった様子で吐き捨てるアーチャーに対し、アベンジャーは禍々しい笑みを返す。
轟々と燃え盛る炎の中、空気を歪めているのが果たして炎の熱に拠るものだけであったかどうか。恐るべき破壊跡に、彼ら二騎のサーヴァントの放つ重圧渦巻く光景は見る者の心をへし折るに十分過ぎる物であった。否、真に凄まじきは、黄金と蒼黒、向かい合ったこの両英霊の衝突。その余波で以て、周囲にこれほどの大破壊を齎して猶、彼ら自身には然したる負傷が見受けられない点である。
彼らは互いに殺気を放ち、前哨戦は終わりとばかりに更なる魔技、宝具の限りを尽くして直ぐにも戦いを続行するだろう。一帯を炎の海に変えながら、更なる地獄
の様な闘争を。
「よくも汚らしいその手で、我が宝物に触れたものだな。その不敬、万死に値するぞ」
「ククッ、剣の真価は振るってこそ、斬ってこそよ。戦場にて振るわれるが本懐であろう。無論、これ程の一品を無碍にするつもりは無い。俺が存分に振るってやるさ。さぁ、次を出せ」
そう言うとアベンジャーはその手の曲刀を持ち上げ、その刃筋を舌で舐る。同時にそれを見たアーチャーの米神にビキリ、と青筋が浮かび上がった。
アーチャーはアベンジャーの手にした曲刀を睨む。その手には先程投擲した筈のクトネシリカが握られていた。その宝剣こそが、アーチャーとアベンジャー、この二騎の英霊の勝負の行方を分けた代物である。
しかし、多くの英霊が見守る中激突した先の一合、その刹那の瞬間を見届けたのは、アーチャーとアベンジャー、彼等両名を除いて他に無かった。アーチャーは怒りに身体を震わせながら、アベンジャーは不敵な笑みを浮かべ、彼らはその一瞬を思い返す。
凡そ一分前。螺旋剣カラドボルグを手に突進するアベンジャーと魔剣グラムを振るい迎撃するアーチャー。その交差の瞬間、魔剣グラムの切っ先から放たれた炎熱の塊が眼前全てを覆い尽くす灼熱の壁と成ってアベンジャーの前へと立塞がった。しかし、アベンジャーは臆する事無く自らの駆るバイクのアクセルを握り込み、更に加速しながら真っ直ぐに炎へと突っ込んで行く。
そこに一切の躊躇は無い。結果、その即断が彼を救った。仮に一瞬でもアベンジャーが迷い、遅れていれば、魔剣の炎は彼を呑み込み、燃やし尽くしていただろう。
そして、アベンジャーはその手の螺旋剣カラドボルグを更なる速度で以て炎へと、その奥に立つアーチャーへと突き出した。アベンジャーの炎に侵された宝剣はその周囲の空間ごとムスペルヘイムの火炎を喰らい、歪め、捻じり、抉りながら突き進む。
二つの宝具の激突の衝撃が暴風となり、カラドボルグに抉られ弾かれたグラムの炎が周囲へと飛散する。しかし、その拮抗も一瞬であった。
数ある宝具の中でも随一を誇る螺旋剣カラドボルグの貫通力が空間ごと炎を抉り、その炎の奥、魔剣グラムを握るアーチャーへと迫った。空気が軋みを上げ、螺旋を描いた斬撃が剣を振るうアーチャーの腕へと奔り、
「フン、残念だったな。我の勝ちだ」
アーチャーは残忍な笑みを浮かべた。
ムスペルヘイムの炎を突破したカラドボルグの死の螺旋も、更にアーチャーを包む不朽の宝甲を貫くには至らない。そして、先手必勝の一点突破が防がれたならば、この勝負、出力で勝る太陽剣グラムが敗北する理由は無い。
アーチャーは更なる魔力を込め、魔剣グラムを振り抜いた。それと同時に一層刀身から放たれる炎は勢いを増し、カラドボルグから放たれる死の螺旋も次第に炎に没していく。
アーチャーは自らの勝利を確信した。
その確信、その慢心がアーチャーの反応を遅らせたに違いない。
突如、先程アーチャーの宝具を弾き、そのまま宙を舞っていた曲刀クトネシリカが背後からアーチャーへと迫ったのである。
憑依刀クトネシリカ。その刀身に雷神、狼神を憑神として宿した宝剣。その能力は、繰手の危機に自動的に反応して鞘を飛び出し、降り掛かる災禍を切り払い、敵を斬り殺すと云う代物である。
その刀身は今、アベンジャーの炎を纏っている。
アーチャーが飛来するクトネシリカに気付いた時、その刃は既にその眼前にあった。
「何ッ!?」
アーチャーは咄嗟に身体を反らしながら後方へと跳躍する。
ほんの一瞬、あと僅か間が在ったなら、魔剣グラムの炎はアベンジャーを焼き尽くしていただろう。しかし、アーチャーが迫り来るクトネシリカを咄嗟に回避するには、魔剣グラムによる攻撃を中断せざるを得なかったのである。そして、その眼前数センチの距離を回転するクトネシリカが通過し、魔剣グラムの放った炎を裂いて、アベンジャーへと奔った。
アベンジャーは螺旋剣を空へと跳ね上げ、絡み付く炎を振り払うと、空いた方の手で飛来するクトネシリカを掴み取る。
かくして、炎の中、彼等二騎の英霊は向かい合い、睨み合ったのである。
その一瞬の攻防の過半は、宝剣魔剣が打ち合わされた瞬間四散した炎に隠され、彼らの戦いを見守っていた英霊達には見えなかった。故に彼等には競り負ける筈だったアベンジャーが何故健在でいるのかが分からなかった。
否、ライダー達が疑問に思う事はそれだけではない。
アベンジャーが敵の宝具を奪って扱える事も、アベンジャーの駆るバイクが先程から破損する度一瞬で復元している事も、不可思議ではあるが、それがアベンジャーのスキルか宝具かに拠る現象だと思えば納得は出来る。
しかし、先程アーチャーの背後から矢による狙撃を行い、彼の展開していた宝具を射落した者の存在については、彼らがどれ程頭を捻ろうとも如何な解らぬのであった。
数百メートルの距離を隔てて空中に展開するアーチャーの宝具を瞬く間に撃ち落す。
それは正に人間業では無い。間違いなく英霊の仕業であろう。
しかし、そう考える一方で、先程脱落したアサシンを含め、既にこの場には七騎の英霊が出揃っているでは無いか。
ならば魔弾の主は一体何者か?
その疑問が、場に割って入らんとするライダーに思考の間を与え、その足を止めた。
そして、アーチャーは更なる宝具を展開する。
「次を出せ? フン、良いだろう。その小癪な手癖の悪さと逃げ足で以て、何処まで凌げるか試してみるが良い」
アーチャーが言う。同時に周囲に光が満ちた。炎の切れ間から十方へと差す光芒が、辺りを眩く照らし出す。その何と幻想的で、絶望的な光景である事か。
地上一メートルから三十メートルまで、アベンジャーを取り囲む形でその四方の中空が波打ち、そこから数十の剣が、槍が、斧が槌が鉈が矢が戦輪が、無数の宝具が出現する。そのどれもが金色に光り輝き、その刃は魔力を迸らせながら獲物を貫く時を待っている。アーチャーが一度号令を発すれば、この金色の宝具群は一陣の暴風と成ってあらゆる敵を蹂躙せしめるだろう。
「死角皆無の全方位射撃だ。さぁ、踊れ雑――」
「それは失策だったぞ、英雄王」
しかし、アーチャーの言葉を遮り、アベンジャーが浮かべたのは醜悪なる笑みであった。
同時にその身体に纏わり付いていた黒炎が膨れ上がった。この世の負の一切を凝縮させたかの様な炎。その怨念は一層猛り狂い、その呪詛は目に見えて密度を増すと、周囲へと侵攻を開始する。膨れ上がった炎がアベンジャーの身体に収まり切らず、周囲へと拡がり始めたのである。
アベンジャーが目を剥いて吼え、
「我、勝てり――」
同時に彼の言葉を裂いて瞬いた光刃が、その首へと真っ直ぐに迫った。
アベンジャーの背後から跳び掛かったセイバーの一刀であった。裂帛の咆哮と共に振るわれたそれは宛ら死の颶風。横薙ぎの一刀は陽炎の如く揺らめく刀身、その刃筋に映える幾重もの残光を残してアベンジャーの首へと吸い込まれる様に奔った。
意識の外より迫る神速の一刀。その前には死あるのみ。アベンジャーが振り抜かれた一刀の影を見た時には、その首は宙を舞っている事だろう。
しかし、唯一の誤算は、その絶対の確信の外に在る、宝具の存在。
セイバーの振るった刃がアベンジャーの首に喰い込む寸前に、アベンジャーの握ったクトネシリカが咆哮し、跳ね上がった。憑依刀クトネシリカの自動防御である。
間一髪に、跳ね上がった曲刀よって迫り来る刃を知る。アベンジャーは迷う事無く曲刀の動くに合わせて腕を振ろうとして、衝撃に弾かれた。
「グ、ぐぅう!?」
打ち込まれたクトネシリカの峰がアベンジャーの肩を砕いていた。恐るべきはその一刀。セイバーの振るった斬撃は、曲刀と打ち合わされ火花を散らしながらも、止まる事無くアベンジャーへと迫ったのである。
その威力に圧されたクトネシリカの峰がアベンジャーの肩に喰い込み、その骨を砕いたのだ。そして、それでも刃は止まらない。衝撃にアベンジャーの乗るバイクのフレームが圧し折れ、限界まで潰れたタイヤが地面を勢い良く滑って、大きく跳ねた。それと同時に、アベンジャーはフットレストを蹴って刃から逃れるべく跳躍する。否、しようとした。
同時にバイクを蹴り倒したセイバーが、刃を握る腕に一層の力を込めて、猶も敵へと迫ったのである。一瞬宙に浮いたアベンジャーの身体が刃に押し込まれる形で着地し、崩れた。セイバーは太刀合いの勢いに任せてクトネシリカ毎、アベンジャーを両断する腹である。
否、その筈であった。
「く、ククッ、良いぞ。素晴らしい。では見せてやろう。我が侵――」
窮地にある筈のアベンジャーが悍ましい笑みを浮かべる。そして、それと同時にその腕から黒炎が噴き上がったと見えるや否や、セイバーは剣を引き、後方に跳躍する形で距離を取った。
その時である。
ガラスの破砕音が響くと同時に、セイバーの後方にある雑居ビル、その三階の窓からガラスを突き破った人影が夜の中天へと投げ出された。
「な、何だとッ!?」
咄嗟に振り返ったセイバーが驚愕の呻きを上げる。
その目に入ったのは、宙を舞う紫鎧に包まれた華奢な矮躯。落下に従い、その美しき金の髪と朱い血が空中に尾を引いた。
ビルから投げ出され力無く落下するは、雑居ビルでマスターを守りながら事態の推移を見守っていた筈のサーヴァント、ルーラーその人であった。
話に全く関係ない事ですが、著者にリョナ趣味はありません(棒)
この連休中にもう一度更新出来たら良いなぁ。