「問おう。貴様が余を招きしマスターか?」
マドカの眼前に出現した男、ライダーはそう問いかける。赤い巻き毛に赤いマントを羽織い、赤銅色の鎧を着込んだ天を突く巨体。ライダーの発する気迫と恐るべき魔力の余波とが相まって、ある種神懸り的な威圧感を放っている。
マドカはサーヴァントを召喚した透視の能力を使うまでもなく、自らが目当ての英霊を召喚せしめた事を確信する。その威風は正に伝え聞いた通りだ。彼女は感動で言葉が出なかった。
大英雄、『征服王イスカンダル』。
彼は齢二十歳にしてマケドニアの王位を継ぐや否や古代ギリシアを統率してペルシアへの侵攻に踏み切り、以降エジプト、西インドまでをも席巻する東方遠征の偉業をわずか十年足らずで成し遂げた大英雄である。その偉業から逸話、影響も広範に存在し、イスラム教においては預言者、ヒンドゥー教においては軍神としての霊格を持つ。
こくこくと頷くマドカに、ライダーは小首を傾げ微笑を向ける。
「ふむ、感動で言葉も出ぬか。まぁ、この征服王の威風を目の当たりにすれば、それも仕方のない事であろう」
ライダーは辺りをぐるりと見回すと、夜風を肺へと一杯に押し込み、目を瞑る。そうして、暫く振りの肉体を一頻り楽しむと、マドカへと視線を向ける。
「さて、娘よ。早速だが、書庫に案内してもらおうか」
「書庫? ああ、イリアスね?」
マドカの持っている鞄には分厚いハードカバーの装飾の一冊、ホメロスの詩集が入っている。彼女はそれを取り出すとライダーへと渡した。
彼らがいる場所は九条北東の山間部の麓にある雑木林の中の空き地だ。魔力溜まりとなっているそこでマドカはサーヴァントの召喚を試みた。彼女は以前のウェイバーに倣って近くの民家に押入り……、いや、潜伏している。彼女は召喚に必要な道具に触媒、そして、召喚した後の為にホメロスの詩集を用意していたのだった。
「ふむ、随分と用意が良いではないか。どうやら、余を召喚すべくして、召喚した様だが。一つ聞いておく事がある」
ライダーはその大きな手でマドカから詩集を摘み上げると、視線を険しくする。
「娘、お前は聖杯を――」
「そんな事より、ライダー。貴方、前回こちらに召喚された時の記憶はあるの!?」
びっ、とライダーに人差し指を突きつけ、マドカが問う。ライダーは鼻白み、
「いや、今、大事な――」
「ええ、大事な事よ。ライダー、答えなさい!!」
「いや、だからな……」
退く様子の無いマドカの剣幕に、ライダーは手の甲を頭にぐりぐりと押し当てる。
「えーい、まぁ、良いわい。前回冬木で行われた聖杯戦争の記憶なら持っておるが、それがどうした?」
その瞬間、マドカの顔にぱっと満面の笑みが浮かんだ。
「やった!! ありがとう、ライダー!! 最高の結果だわ!!」
言うが早いか、ライダーに抱きつくマドカ。話の通じぬマスターとはいえ振り払うわけにもいかず、ライダーは空を見上げて、頭を掻いた。前回の聖杯戦争と聞いて、彼が思い出すのは以前の聖杯戦争でのマスターとの出会い。
あの小僧は、最初余に会った時、腰を抜かしていたっけか、と彼は空を見上げて懐かしむのだった。
本来、彼等聖杯に招かれた英霊に前回の聖杯戦争の記憶という物は存在しない。しかし、そんな事は露知らぬマドカは、その異常に、その意味する処に、気付く事は無かったのである。
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「ほぉ、ではあの坊主が今や教鞭を取っておるのか」
「ええ、時計塔のウェイバー・ベルベットと言えば結構な有名人なんだから」
事情を説明し終えたマドカは我が事の様に無い胸を張って言う。
「そうか。ふむ、そうか。アイツがなぁ」
ライダーは思い出に浸る様に空を見て微笑みを浮かべる。その表情はマドカの胸をチクリと刺した。彼等の間のある種の信頼関係が垣間見えたからだ。サーヴァントとマスターという令呪による主従関係を超えた信頼。彼は自分の知らないウェイバーを知っていて、私は知らない。
彼等と自分との間に存在する超えられない隔たり。
思い浮かんだそうしたモヤモヤを吹き飛ばすべく、マドカはライダーを指差し吠える。
「ライダー!! 貴方の力を見せなさい!!」
「何だ、藪から棒に」
「さっき話したでしょ。私はウェイバー先生が来るまで絶対に負けられないの。だから、貴方の強さを見せて頂戴!!」
「余の力が見たい、か。成る程、確かに師弟。似た様な事を言いよるわ」
ライダーはそう言うと不敵に笑う。途端、その存在感が数倍に増した様にマドカには感じられた。先程までの砕けた態度とは打って変わって剣呑な空気を纏ったライダーは、その巨体が数倍に膨れ上がった様に見える。
ライダーが矢庭に腰の宝剣を抜き放ち、虚空を見据えた。
その気迫、その威風にマドカは息を呑んで立ち尽くす。これが英霊。人智を超えし者。完全に圧倒されながらも、その一挙一動に惹き付けられ目が離せない。
「征服王イスカンダルがこの一斬に覇権を問う!!」
ライダーが虚空に吼える。次の踏み込みでアスファルトが砕け、まるで落雷の様な轟音と振動が辺りを揺るがす。彼は虚空を切った。その刃が虚空を、月夜に浮かぶ中天を切り裂いた。
マドカは言葉を失った。
天を見よ。ライダーによって割れた空がぱっくりと口を開けて裏返り、そこから途方も無く強壮なモノが出現する、その様を。
マドカは理屈でなく本能で理解する。
まだ彼女が英霊というモノを侮っていたという事を。
「こうやって轅の綱を切り落とし、余はこれを手に入れた」
空中から現れたそれは唸り声を上げると、蹄と雷鳴を中空に刻みながらライダーの隣へと駆け下る。超常の魔力を迸らせるそれは、二頭の神牛が牽く戦車であった。
宝具――逸話、象徴が形となった彼等英霊各々が隠し持つ切り札。ライダーの見せた宝具は正に、騎乗兵の英霊と呼ぶに相応しい物だった。
「ゴルディアス王がゼウス神に捧げた供物でな。見ての通り空中すらも走破出来る代物よ」
ライダーはそう嘯くと、雄牛の首筋に腕を回して撫でてやる。その顔に浮かんだ誇らしげな笑みは、彼が絶大な信頼を寄せてそれを愛用してきたことの証であろう。
「前回の聖杯戦争では、坊主とこれに乗って連夜空を駆けたものだ」
マドカはそれを聞いて、ライダーと共に戦場を駆ける勇ましき姿のウェイバーを幻視する。恐るべき敵サーヴァントを雄々しく見据え、時にライダーに指示を出し、時にその魔術、月霊髄液を操りライダーの背中を護る。と、そこまで想像したマドカの幻想を、続くライダーの言葉がぶち殺した。
「最初に乗った時だったか、坊主は泡を噴いて気絶しとったなぁ」
いや……確かに、先生が運動している所は見た事が無いし、唯一の趣味はゲームだし、そもそも彼は研究者肌の講師だから仕方ないのかも知れないんだけども、とマドカは額に指を当てて一頻り考えてから、ライダーを指差す。
「良いわ、ライダー。私も乗せて頂戴!!」
ライダーは豪快に笑うと、戦車に乗り込み、マドカへと片手を差し出した。
「成る程、女だてらに勇壮なその気風、誠に重畳。この征服王のマスターたる者、そうでなくてはならん」
マドカは少ししてから差し出された手の意味を悟り、その大きな手を取った。ライダーはマドカの身体を軽々と車上へと引き上げると、雄牛の手綱を握る。
「では征くぞ。先ずは、一帯の地理を把握する所からだ」
ライダーが手綱を一打ち揺らすと同時に、二頭の神牛は唸りを上げて走り出す。蹄が稲光を生んで空気を踏締め、戦車は次第に速度を上げて空中へと駆け上がる。見る間に森の木々が遥か眼下に過ぎ去り、彼方には九条繁華街の夜の煌きが浮かび上がる。
「凄い凄い!!」
はしゃぐマドカにライダーは笑みを返し、遥か先に見える街明りへと目を向ける。
「彼方にこそ栄えあれ。しっかり掴まっておれ」
戦車は速度を上げて空を行く。マドカは強くライダーの外套を握り締め、その疾走していく眼下の景色に魅入っていた。これがウェイバー先生の見た景色なのだ。その感動に打ち震えながら、マドカは遥か彼方に煌く街の明りを見詰めた。
この街に敵はいる。あの明りの下に、いずれ劣らぬ英霊を従えた強力な魔術師達が潜んでいるのだ。恐らく、あの天才オーギュストもいるのだろう。
しかし、彼女に不安は無かった。隣に立って手綱を握るこの強壮な英霊の存在故だ。彼ならば再びウェイバーを護ってくれるに違いなかった。そう信じる事が出来た。
「ライダー、勝つわよ!!」
「フン、当然であろう!!」
マドカは一層強くライダーの外套を握り締めた。
良く考えたらライダーが主人公で、ウェイバーはヒロインだよね。