Fate Zero After ##   作:焼肉大将軍

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二人目と三人目




戦士ふたり

 九条の都市部中心から北西、小高い丘の上には教会があって、街を一望出来る様になっている。

男が教会に現れた時には既に日は落ちて辺りは夕闇に包まれていた。異様な男だった。和服を着流し、草履を履いた長身の男。袖から覗く変形した指先と、服の上からでも分厚い筋肉の鎧、そして何よりその腰に差した日本刀と、ボサボサに伸びた前髪の間から見え隠れする射る様な眼光。

 現代日本という時代には些か不似合いな存在である。

 男は教会の木戸を押し開けると、首を二三度巡らせる。そして、目的の人物を見つけ破顔した。教会最前列の椅子に座り、聖書を捲っていた神父に彼は声を掛けた。

 

「あー、すまん。ここに、代行者なるものが来ていると聞いた」

 

 神父が振り返る。その首に――

 

「お前だな?」

 

 抜き打ち一閃。親指で鍔を弾いたと見えた刹那、男の全身が回転し、腕は倍速で以って反転する。翻った白刃が神父の首へと真っ直ぐに迫る。瞬きの間に、刃は神父の首を飛ばすだろう。しかし、金属を打ち鳴らす音が響き――神父の声が静まり返った教会へと響いた。

 

「いきなり、何をする?」

 

 神父の袖口から滑り出た黒刃が男の放った斬撃を受け止めていたのである。

 必殺の一撃を苦も無く受け止めた神父の驚嘆すべき技量に、しかし、男は愉悦の笑みを溢した。

 

「無作法、相済まぬ。金剛地武丸と言うもんだ。武芸者をやってる。ここに代行者なる恐るべき人間がいると聞いてな。是非、立ち合ってもらいたい」

 

 男、武丸の言葉に、神父は首を振る。

 

「悪いが、ここには任務で来ている。応える義理はない。お引取り願おう」

 

 神父はそう言って、切っ先を払い立ち上がる。

 否、立ち上がろうとした。

 途端、神父の顔に驚愕の色が浮かぶ。男が涼しげな顔で、そして、恐るべき怪力を切っ先に込めているせいで全く身体が動かぬのだ。

 代行者。聖堂教会が誇る戦闘集団。異端討伐の殺人部隊。幾年の訓練と戦闘と神の奇跡の果てに人を超えた超常の戦闘鬼。その自負が、自分が力で押されている、という事実が神父に驚愕を齎した。

 

「武人とは不便な物だな。いざという時、我が身を助けるのは磨いた武芸に他ならん」

 

 武丸の足が翻る。回し蹴りが神父の胸板を蹴り抜く。衝撃で神父は椅子の背をへし折り、後列の座席をなぎ倒して転がる。と、武丸の眼前に座席が舞った。同時に、それを貫き黒刃が迫る。

 黒鍵、と呼ばれる刃渡り一メートル程の投擲武器だ。先の武丸の一撃を防いでのけたのもこれである。武丸は一本目の腹を手の甲で逸らし、地面にべたりと伏せた。その頭上を、二、三、と黒鍵が飛来して、背後の壁面へと突き立っていく。

 

「ほうっ」

 

 喇叭の様なそれは呼吸音だった。武丸が肺に溜めた空気を口腔に仕込んだ針を乗せて吐き出したのだ。飛来する針を避けるべく、座席の合間から神父が転がり出る。

 その隙に、そのタイミングに、武丸は合わせて跳んだ。伏せた身体を逸らし飛び掛るそれは肉食獣のそれである。否、魔術によって強化された彼の速さはその何倍か。

 その瞬間である。武丸の腕に熱が奔った。彼がそちらに目を切る。

 そこで勝負は付いた。神父が先程まで読んでいた聖書が傍らで開いたと見えると、恐るべき勢いで中空にページをばら撒き始めたのである。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 武丸は吠えながら聖書で埋まった視界で刃を振った。刃は空を切り、その伸び切った腕に、神父の指が絡み付く。一瞬で間節を極めた神父は背後を取ると武丸の首に膝を落とし、その顔から地面へと落とす。彼等は飛び掛った速度のまま地面へと着地した。

 

「くっ、糞、何をしたッ!?」

 

 砕けた鼻から滴る血を迸らせながら叫ぶ武丸の腕を逆に捩じ上げながら、神父は膝に力を入れる。神父は黙し、その腕を一度振ると袖口から黒鍵の柄が滑り出た。柄だけだ。それが抜き放たれると同時に刀身を煌かせる。魔力によって刀身を顕現させる暗器。これこそが先程の攻防において神父が惜しげもなく黒鍵を放てた理由である。

 武丸が自由な方の手で小刀を抜き、最期の抵抗を行おうとした時――

 

「そこまでだ!!双方武器を収めよッ!!」

 

 礼拝堂の奥から声が響いた。

 二人の間に割って入ったのは一人の老神父だった。神父は納得がいかぬ調子で言う。

 

「しかし、ですね。こいつは……」

「ならぬ。その手の令呪を見てみよ。そいつは此度の参加者に他ならん。ならば、聖杯戦争が開始する前に、戦い、まして、殺すことはまかりならん」

 

 彼等は暫し睨み合っていたがやがて神父が折れた。彼は黒鍵を収め、武丸を解放する。

 

「一体何だってんだッ?」

 

 怪訝な顔をする武丸に神父が言った。

 

「私の名はサヴィオ。元代行者にして今回の聖杯戦争の元監督役」

「何故殺さない?」

 

 解放され、起き上がった武丸が怪訝そうな顔で問うた。

 

「今はまだ戦う時ではないそうだ。少なくとも、七人の魔術師が揃うまでは」

 

 これも奇縁とでも言うべきか。彼等の手の甲には、互いに三画の朱色の紋様があった。静かに神父、サヴィオは続ける。

 

「今の私は聖杯戦争参加者だ。君もね。心配せずとも、直ぐに戦う事になるだろう。その時こそ、その首を刎ねてやる」

 

 

 

 その後、武丸は教会の奥から出てきた聖杯戦争の監督役だという老神父の口から信じ難い事を耳にする。曰く、この九条の街が聖杯戦争なる闘争儀式の場に選ばれ、偶然ここに来た武丸はそれに巻き込まれたと言うのだ。

 否、聖杯戦争の監督役をやる為に代行者であるサヴィオが来日し、彼と死合う為に武丸はここ九条を訪れた。だとすればこれは必然だ。否、それどころか幸運であったと言える。あの恐るべき代行者を含めた六人もの超常の魔術師と戦えるのだから。そして、何より、英霊の存在。

 武道の極みを求めて魔道の家と袂を分かった己にとって、英霊とは生涯を賭けて至るべき先だ。生涯を賭した求道の果てだ。

 彼等を見たい。そして、適うなら剣を交えたい。

 話を聞いた後、夜風に吹かれていても武丸の中には熱があった。

 そして、更に好都合な事に彼は目当ての英霊を呼び出す触媒となる物を持っていた。腰に差した日本刀、家を出るときに失敬したとある英霊縁の宝剣である。

 出来過ぎている。何者か、この絵を描いた者の存在を武丸は感じずにはいられなかった。そして、それに感謝せずにはいられなかった。

 彼は街外れの廃墟を仮宿と定めると、教会にて受け取った書物を片手にすぐさま儀式の準備に取り掛かった。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者」

 

 うろついていた野犬の血で書上げた練成陣の中心で、老神父に教えてもらった呪文を武丸は読み上げる。

 

「抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ!!」

 

 右手に痛みが奔ると同時に、閃光が辺りを満たし、魔力の本流が一陣の風となって辺りを薙ぐ。閃光に眩んだ目でも十分に、武丸には眼前にいる存在の恐るべき魔力と存在感を感じ取る事が出来た。手が震える。怖れか、武者震いか、武丸にも分からなかった。

 宝剣を触媒とした以上、確実にかの退魔の大英雄を呼び寄せたはずである。

 しかし、果たして白んだ視界に映ったのは、小柄な少女であった。

 武丸が伝え聞いた武勇から想像した勇壮な姿とは似ても似つかぬ少女だ。華奢で小柄な身体に艶やかな黒髪。白と赤の祭服の腰にはいかにも不似合いな大振りの鉈を差していた。若々しい黒瞳と白い素肌、その頬だけが今は赤い。年の頃は十四、五といった所だろうか。

 そして、何よりも目を引いたのは頭に付けた禍々しき魔力を帯びた朱色の鬼面と――

 

「さ、酒くっせぇ」

 

 辺り一面に漂う酒気の大本、その手に持った瓢箪である。

 あまりの酒気に武丸は思わず呻いた。

 

「問うわ。アンタが私を招いたマスター?」

 

 少女は問いかける。その口が動く度に酒気を纏った甘ったるい息が武丸の鼻腔を擽り、それが彼の怒りを誘った。正にフランベ状態だ。

 

「あ、ああ、そうだが。何で酒を、いや、そんな事より、何故だ!? 俺は確かに、かのライコウを呼んだ筈なのだ!! 英霊縁の品、触媒とやらがあれば、その英霊を呼べるのでは無かったのか!?何故、お前の様な女子供が――」

 

 言葉の途中で武丸は一歩飛び退く。少女の放った殺気、その視線に混じった冷たい物に彼の本能が警鐘を鳴らしたのである。少女は紛れも無く、人知を超えた存在、英霊なのだ。

 

「アンタ、何も知らないみたいね。まぁ、そうでもなきゃ、アタシみたいなバーサーカーを呼び出す筈がないか」

 

 少女はそう言うと、武丸をねめつける。理性持つ狂戦士。この矛盾に、しかし、主である武丸は気付かない。勿論、彼はサーヴァントのマスターに成った事でそのステータスを読み取る透視能力を得ている。しかし、彼が読み取ったのは少女の顕現したクラスがバーサーカーであると言う程度だ。

 

「先の殺気、お前化生の類か?」

 

 そう言った武丸の眼前に刃が迫った。

 

「なッ!?」

 

 咄嗟にしゃがんだ武丸の頭上を旋回した鉈が通り過ぎ、コンクリートの壁に突き刺さる。見れば刀身の半分程が壁中に埋まっていた。それに冷や汗を流していたのも束の間に、武丸の視界が急降下し、側頭部に鈍い痛みを覚えると同時に止まる。

 少女が自分より遥かに大きな武丸の頭を掴み、床に叩き付けたのだ。

 

「二度とそう呼ぶな。次は無いわよ」

 

 憤怒の形相で少女は怒気を辺りに撒き散らす。が、武丸がその顔を見る事は適わなかった。彼が手首を掴み、どれ程力を振り絞っても、彼の頭を掴んだ小さな腕が微動だにしないのだ。そして、床のみを映していた視界が今度は急浮上し、回転する。

 背中に鈍い衝撃と激痛が奔るに至ってようやく、武丸は少女に壁に向ってぶん投げられたのだと悟った。二メートル近い武丸の巨体を、軽々と宙に放った腕は、しかし、歳相応の少女の物である。武丸は起き上がるでもなくまじまじとその細腕を眺めていたが、怒りと後悔の混じった瞳で彼の手、令呪を見つめる少女の表情を見るに至って、笑い出した。

 

「く、くくっ、はははッ!! どう見ても歳相応の女児にしか見えんが、ハハッ、そんな顔をするな」

 

 武丸はのそりと起き上がると、少女に向って頭を下げる。

 

「ふむ、済まなかったな。許せ。お前が何であれ、戦の相棒である事に変わりはないからな。気に障ると言うなら二度と言わん。それに、腕の方に不足は無さそうだ」

 

 そう言って、武丸は顔を上げると豪快に笑い飛ばした。ステータス等より、自ら体験した少女の膂力の方が彼にとっては分かり易かったのである。そして、何より、怪物じみた力を持つこの少女が自分の顔色を窺う姿など彼は見たく無かった。少女はそんな自らの主の態度にどう対応すべきか暫し思案していたが、やがて大きく酒を煽った。

 

「あー、やめやめ。怒ってるの馬鹿らしくなっちゃったじゃない」

 

 少女は頭の鬼面を押さえると、真面目な調子に戻って言う。

 

「それじゃ、アタシのクラス特性と宝具の説明するから良く聞いときなさい」

「あー、待て待て」

 

 武丸は少女の言葉を片手を上げて制す。

 

「その前に、一杯やろう。俺も呑む。主従の、いや、戦友の誓いって奴だ。これから俺の背中を頼む、バーサーカー」

 

 そう言って彼は笑った。

 

 

 #####

 

 

「何故、彼に嘘の呪文を教えたのです?」

 

 教会の代行者、サヴィオは老神父に問うた。

 夜半、暗い礼拝堂の中で、サヴィオと老神父、彼等は向かい合って座っている。

 

「嘘ではない。現にサーヴァントの召喚は成った筈だ」

「ですが、アレはバーサーカーを召喚するものだ」

「ふむ、猪武者には御しきれまいな」

 

 老神父は何でもない事の様に言った。

 

「ワシとて、弟子は可愛いのだ。出来ればお前に勝ち残って欲しいのだよ。しかし、文句を言われる筋合いでもあるまい。殺されそうであった奴を助け、召喚の手筈まで教えてやったのだ。審判役として、恥じる所はなかろう?」

 

 そう言って笑った老神父に、サヴィオは薄く微笑む。

 

「私は勝ち残れるでしょうか?」

「代行者ともあろうものが、何を弱気な」

 

 老神父は頭を振って嘆くと、力強い言葉で言った。

 

「願いを思い出すのだ。サヴィオ。ならば、お前が揺らぐ事などありはせん。さすれば私利私欲で戦う軟弱な魔術師共に、お前が負ける道理は無い」

「ふむ、そうか。そうですね。ああ、そうだ。ありがとうございます」

「礼などいらんわ。お前はお前の願いの為に戦うのだ」

「はい、そして出来ればこれが最後の戦いにならんことを」

 

 サヴィオは目を閉じ、再び老神父に問うた。

 

「こう考え戦いに臨む私は、やはり出来損ないなのでしょうか?」

「代行者としてはそうかも知れぬ。お前は結局心を殺し切れなかった。お前が他の代行者共に低く見られておったのは知っておる」

「刃を向けられなければ殺せない。正義でなければ戦えない。望んで手を汚しておきながら、私はまだ綺麗なままでいようとしているのです」

 

 サヴィオは自らの手を開き、握る。

 

「願いとて、そうだ。私は弱い人間です。この世界が救われる事で、詰まる所、私は私を救いたいのだ」

「ふむ、ワシはお前の甘さは嫌いではない。それにな、世界を救う聖人とは、かような男ではあるまいか、と思っているのだ。福音と救済を、お前自身の手で掴み取るのだ。お前の願いは必ず成し遂げられるであろう」

 

 サヴィオは老神父に礼を言う。最早、迷いは無かった。彼は聖水と聖塩で描いた練成陣へと向き直ると、懐から触媒を取り出す。それはただの石だった。千年以上もの時を風雨に曝され続け、なお魔力を帯びている、というだけのブロック状の石灰岩である。

 

「かの英霊を呼び寄せる事に成功すれば、お前の勝利は揺ぎ無いものとなろう」

 

 老神父の言葉にサヴィオは頷く。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ――」

 

 呪文を紡ぐに随って、令呪が熱を持っていく。令呪が熱を持つに随って、彼の心は冷えていく。代行者であった時の、苛烈なる感覚が戻っていく。福音と救済が鉄の信仰へと変わり、彼は冷徹な殺戮機械へと戻っていく。

 

「抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ!!」

 

 サヴィオの右手に痛みが奔る。それと同時に、閃光と魔力の本流が辺りに迸る。閃光に眩んだ目がやがて視界を取り戻し、その中心たる練成陣の中心には漆黒の男が立っていた。

 黒衣のローブに腰まで届く艶やかな黒髪、闇の奥で銀の目だけが輝いている。 

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 そう問う男に、自らのサーヴァントに、サヴィオは膝を付いて頭を下げる。

 

「その通りです。偉大なる預言者よ」

 

 彼は自らの勝利を確信し、笑みを深めた。

 

 




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