Fate Zero After ##   作:焼肉大将軍

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4人目


英雄王

 時計塔の天才講師、オーギュスト・エーカーにとっての日本という未知の国は、驚きの連続だった。当初抱いていた印象としては、極東のバナナ園、さもなくば猿の国、と言った程度であったが、西九条国際空港から中心街へ向う電車でラッシュに巻き込まれてからはその印象を若干修正せざるを得なくなった。

 スーツに身を包んだ人間が、互いに会話を交わすでもなく無く詰めるだけ詰め込まれ、電車に揺られていく。更に信じ難い事には、あの糞狭い空間にすし詰めになりながらも、彼等のその手には各々新聞、本に情報端末、音楽機器が握られているという事だ。

 成る程、企業戦士、とはこういう物か。

 彼等は途上国の人間ではなく、文化を持つマシーンなのだ、とオーギュストは思った。つまり、魔術、神秘ひいては自分とは相性が悪い。彼はコーヒーを飲みながら、優雅に新聞を折り畳む。

 それは奇妙な光景だった。ラッシュ時のすし詰め状態の車両でありながら、オーギュストを中心に2メートル程の空間には誰一人立っておらず、周囲の人間の誰一人として、その事を気にも留めぬのである。彼等はその空間が空いた分だけ、身動き一つ出来ぬ程に身を寄せ合って立っている。彼にとって存在しないのは、周囲の乗客だけではない。彼の手にしたコーヒーカップの液面は全く波打つ事も無く凪いでいる。列車の加減速、カーブで掛かる遠心力はおろか、振動すらもまるで影響を受ける事無く、彼は優雅に座っている。

 オーギュストは中心街に到着すると、予約を入れておいた駅前のロイヤルホテルにチェックインする。もう少し、この国の街並みを見て回りたかったが、我慢せざるを得ない。彼は十階建てのロイヤルホテルの上階、七階より上を借切った上で、最上階のスイートルームに宿泊している。

 オーギュストはここを聖杯戦争における自らの拠点とするつもりだった。

 戦闘に耐えうるだけの準備、すなわち拠点の工房化とサーヴァントの召喚こそは急務である。彼は数日掛かりでホテルの七階より上を自らの工房と化した上で、満月の夜を待って、英霊召喚の儀式に取り掛かった。

 既に彼は至高の英霊を呼び寄せる為の触媒も用意してあった。

 血と土で描いた練成陣の中心に一枚の粘土版を置く。アッカド文字と鎧を纏った戦士の絵が描かれたそれは神代の一品だった。この触媒は必ずや彼の前に目当ての英霊を導くだろう。

 全てにおいて、抜かりは無い。

 

「繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 オーギュスト・エーカーの人生は勝利と栄光の中にあった。家は八代を重ねる名門魔術の家系。中でも彼は突出した傑物と呼ばれた。皆は彼を天才と呼び、祝福した。彼はそれに応え続けた。

 天才。そう呼ばれ、そう望まれて、そう生きた。

 後継者の座を決める為、才ある兄弟親類を皆殺しにした時、彼はこの世界の有り様と、自らの天稟を底抜けに理解した。魔術刻印を受け継ぐべく、祖父から両親まで皆殺しにしたのはその四年後の事だった。

 

「告げる。汝の身は我が下に」

 

 彼は触媒となる粘土板を今一度見る。

 神の後継。百識王アッシールバニパル。アッシリアの偉大な征服者にして、この世全ての書物、知識を我が物とした賢王。触媒とは彼の残した粘土板であった。彼をサーヴァントとして呼び出したならば、至高のキャスターと言わざるをえまい。かの英霊を使役し、その知恵、知識を得て、自らを完成に至らしめる。

 更なる英知を、更なる魔道の深淵を。

 自分という器に、彼は注ぎ続ける。器がいつか満つるまで。

 子供が積み上げた砂の城にいつか壊れるのを期待する無邪気さで。

 彼は魔術師であり続ける。

 オーギュストにとってはサーヴァントさえも自らを彩る装飾品でしかない。

 

「抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ!!」

 

 オーギュストの右手に痛みが奔る。それと同時に、閃光と魔力の本流が辺りに迸る。閃光に眩んだ目がやがて視界を取り戻し、果たしてその中心にいたのは、閃光よりも猶目映い、金色の英霊だった。

 金紗の髪と荘厳たる神の鍛えし黄金の甲冑。男はどこまでも厚顔不遜に立っており、その血色の瞳だけが妖しげな光りを帯びて浮いている。男が問うた。試す様に。

 

「問おう。貴様が我のマスターか?」

「ああ、その通りだ。キャスター」

 

 オーギュストは自らの勝利を確信する。眼前に現れた英霊の放つ存在感。この圧倒的王気は正に王の中の王。世界はまたしても自分を裏切らなかった。と、悦に入っていたオーギュストに黄金の英霊の一喝が水を差す。

 

「たわけ、この我が、何故、魔術師等と名乗らねばならん」

「何故? 名高き百識王が据えられるとすればキャスター以外に……」

 

 言葉の途中でオーギュストは眼前の英霊が違う事に気付く。聖杯によって与えられたサーヴァントに対する透視のスキルによって、自らのサーヴァントのクラスと魔力のステータスが分かったからだ。

 

「アーチャー、だと?」

「ふん、この我とその様な雑種を同一視するなど、怒りを通り越して憐憫を禁じえんが、貴様、この王を呼び出しておきながら、その不敬どう詫びるつもりだ?」

 

 金色の英霊、アーチャーの殺気が一帯に満ちる。それは返答を誤れば、絶対の死が待つと確信させるに十分な圧威を湛えていたが――

 

「くっ、ははあはははっはははははははは」

 

 オーギュストは笑い出した。

 眼前の英霊がどれ程とてつもない存在か悟ったからだ。なんと何処まで世界は私を甘やかせば気が済むのだ。成る程、計画は大いに狂った、と彼は思った。何をするでもなく、あの英霊は勝ち続けるだろう。マスターは茶でも飲んでいれば良い、というわけだ。

 

「この我に応える舌も持たぬか。ならば生きる価値も無い」

 

 アーチャーが鼻を鳴らし、目を瞑る。再びその瞳を開いた時に映るのは、羽虫を払う時のそれだ。詰まる所、オーギュストは全くこの英霊のお眼鏡に適わなかったらしい。

 アーチャーが片腕を持ち上げる。途端、その背後の空間が歪み、一振りの刃が顔を覗かせる。その美しさとそれに込められた圧倒的な魔力の気配。紛れも無く、この英霊の切り札、宝具に違いあるまい。その切っ先が主であるはずの、オーギュストに向いている。

 オーギュストは黙ってそれを眺めていた。彼は眼前の自らを殺そうとするサーヴァントに見惚れていた。次の瞬間、彼の身体が肉片となっていても不思議ではない状況で、彼の中で起き上がった感情は恐怖では無く感動だった。

 

「…………」

 

 オーギュストが虚空に何事か呟く、と同時に、アーチャーの背後、彼の顕現させた刃が爆発した。反応する間があったかどうか、爆炎はアーチャーを包み込み、果たしてその頬を撫で、髪を靡かせただけに終わる。避ける必要すらも無い。アーチャーが備える対魔力スキルであった。

 

「下らん。せめて散り様で我を興じさせよ」

 

 言葉と共に、先の爆発で舞い上がった煙幕を切り裂いて、アーチャーの背後から刃が飛ぶ。

 音は無い。超音速で飛来したそれはオーギュストの左半身をこの世から消し飛ばし、背後の壁に大穴を開けて虚空に消える。正に彗星の如き一撃である。千切れたオーギュストの首が床に転がり、半身を失った身体がゆっくりと倒れた。オーギュストが天才であれば、相手は英霊、天災の如き物。勝ち目などあろうはずもない。

 

「令呪は使わなかったか。ふん、無駄な時間を過ごした」

 

 そうごちた、アーチャーの耳に有り得ぬ声が響く。

 

「ええ、必要ありませんでしたので。私の散り様はお気に召して頂けませんでしたか?」

 

 首だけになったオーギュストが笑い、同時に部屋の扉を開けてオーギュストが入ってくる。ふと見れば、先程アーチャーが壁面に開けた大穴も今は無い。部屋の真ん中に横たわるオーギュストの死体以外、オーギュスト本人ですらが全てが元通りになっている。

 

「しかし、目立つ真似はやめて頂きたい。ここが異界化した我が工房で無ければ今頃は大騒ぎとなっていたでしょう」

 

 オーギュストは言いながら、自らの生首を持ち上げる。と、それはぼろと崩れ、ただの土塊へと戻り、彼の右手と混ざって消えた。これこそが時計塔交霊科屈指の泥人形使い、天才オーギュストの魔術である。

 

「ふん、三文役者め。王の裁定を受け入れぬ不届き者が、よくまた我の前に顔を出せたものだな?」

「ええ、私は貴方のマスターですから」

 

 二人の間をしばし不穏な静寂が包み、ドアのベルが鳴った。

 オーギュストが出ると、ドアの前に立っていた支配人は慌てた風な声で、

 

「すいません、お客様。何かありましたでしょうか?先程――」

「ああ、丁度良かった。シャンパンとグラスを二人分用意してくれ」

 

 そう言って、オーギュストは笑いながら相手の目を覗き込んだ。すると、次第に支配人である男の目が虚ろになってくる。オーギュストはもう一度繰り返した。

 

「何も問題は無かった。君はシャンパンとグラスを用意する。良いね?」

 

 支配人は頷くと、ふらつく足取りで去っていく。オーギュストはそれを確認するとアーチャーの方へと振り返った。

 

「お気に召して頂けるかは分かりませんが、まぁ、飲みましょう。最古の英雄王の顕現と、このオーギュスト・エーカーの勝利を祝してね」

 

 




英雄王ファンの方には先に謝っておきます。
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