Fate Zero After ##   作:焼肉大将軍

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5人目



誕生回帰

 その夜、僕は生まれた。

 子宮の中、羊水の海の中に意識だけがある。ここに天は無く地はない。赤子の様に丸まっている僕は生命の脈動の中で生まれる事を待っている。母体の子宮の中は次第に熱を失って、フラスコへと戻る。僕は子宮から押し出され、その生を得る。

 人は生まれる時泣くと言うが、僕は泣かなかった。僕は人間ではない。

 排水音と共に、水槽から真っ赤な溶液が抜けていく。まだ目は見えない。初めて重力に曝された僕は、自然と溶液の浮力が残っている内に身体を伸ばして立ち上がる。

 僕が始めて見た景色は、薄暗いガラス張りの部屋だった。否、水槽の中で目覚めた僕は、ガラス越しに薄暗い部屋を見ているのだ。そこは石牢に似ていて、僕が生まれた水槽以外には何も無かった。水槽のガラスに手を付く、水槽は簡単に割れ、僕は石牢の中に出る。

 意識はまだ朦朧としていたが、どこか行かなくてはならない事は理解していた。

 

「あ、ああ、う、あ」

 

 喉に触れる。声はまだ出ない。

 不意に、石牢に光りが差し込む。目の前の扉が開いたのだ。石造りの扉はゆっくりと持ち上がり、石牢の中へと闖入者が入ってくる。

 一匹の獅子だった。彼も腹が減っているのだろう。唸り声を上げて、こちらへとにじり寄って来る。推定体重は四百キロ程だろうか。僕も腹が減っていた。

 あれだけあれば足りそうだ。

 

 

 錬金術の名門ラドクリフ家に東洋の魔術師から、聖杯の器を造れというふざけた依頼が来たのは数十年前の事になる。元は数代前の当主同士が因縁浅からぬ仲だったと言う。その話を持ち込んだ東洋の魔術師こそ間桐家当主、間桐臓硯である。

 間桐とは元々アインツベルン、遠坂と組んで冬木の地で聖杯戦争という儀式を創り上げた始まりの御三家の一角である。本来であれば外来のラドクリフ家になど話を持ってくる理由は無い。儀式の大本、聖杯の器は錬金術に秀でたアインツベルンが、英霊との契約を間桐が、場を冬木の管理者である遠坂がそれぞれ提供し合う事で聖杯戦争は執り行われている。

 間桐としては外来の魔術師に家の秘奥を晒すリスクを犯して、儀式に噛ませる必要は無い。まして、それが聖杯戦争が始まれば敵となるとなれば尚更だ。

 そんなラドクリフ家前当主の疑問を嘲笑うかの様に、間桐臓硯は言ったという。

 

「次なる御三家、次なる聖杯戦争を行おうと思う」

 

 既に彼には冬木の土地に拘る理由は無くなっていた。繰り返された冬木の聖杯戦争。その四回目において聖杯の破片を手にした彼は儀式を執り行うに必要な情報を殆どその手にしていた。また、彼には保険を掛けておく必要があった。

 第三回の聖杯戦争に召喚されたアンリマユによる聖杯の侵食の影響である。

 そして、何より、間桐臓硯の不死性こそが理由だった。既に五百年の時を生きた間桐の怪物はその不死と盲執でもって残りの御三家を出し抜き、聖杯を掴もうと、否掴むまで聖杯戦争という恐るべき闘争儀式を繰り返そうとしていたのである。

 その協力者として、間桐臓硯の目に止まったのが、錬金術の名門ラドクリフと九条の管理者御形であった。アインツベルンと遠坂の代わりとなる者である。

 

 

 ラドクリフ家現当主、ノイマン・B・ラドクリフは聖杯戦争に参加するに当たって、悩んだ末に四体のホムンクルスを創造する事にした。元々荒事に向かぬ魔術と素養のノイマンが参戦した所で敗北は目に見えている。ならば勝てる者を造り出せば良い、と彼はそう考えた。

 ラドクリフ家の英知の結晶、戦闘特化ホムンクルス「アドモニ」。その四体の内の最後の一人がやっと食事を止め、戦闘の間へと足を踏み入れた。ノイマンは愉悦の笑みを浮かべ、自室にてそれを眺めている。

 産まれる以前に、必要な情報と、自らの存在理由を彼等にはインストールしてある。さらに、先の食事で皆、獅子の戦闘本能と膂力を吸収出来た筈である。程なくして、彼等四人の生死を賭した生存戦が始まるであろう。ノイマンは自らの造り出した存在を見て歓喜する。

 これは聖杯戦争に参加する上での試金石と成る筈だ。最も優れた一体が生き残り、死んだ他者の力を吸収する。これを東洋では蟲毒と言うらしい。かの蟲使い間桐臓硯によってラドクリフ家に齎された方法だ。

 

 

 全身血塗れになったが、喉の渇きと空腹が失せた僕は、獅子が入ってきた入り口から部屋の外へと進む。それはだだっ広い部屋に繋がっていて、そこには僕がいた。

 それぞれ、四人。ガラスに写った僕と全く同じ顔をした少年、少女がいた。

 皆、裸で血に塗れている。

 

「さて、それぞれ準備は良いかな?」

 

 声が聞こえた。声と共に頭の中に情報が流れ込んでくる。海鳴りの音の様な声なき声が頭の中で情報となって組み上がっていく。生まれて初めて感じる感覚のはずなのに、何度となく知っている感覚。否、僕は知っている。否、情報が組み上がる。僕は知る。

 僕達は戦う為に造られた存在だ。

 

「戦え。勝ち残った者が聖杯戦争へと参加する事になる」

 

 創造主、我等が父、錬金術師ノイマン・B・ラドクリフが告げる。

 

「戦え。殺し合え。勝ち残り、己の存在価値を証明せよ」

 

 僕が吠える。僕達が吠える。

 その創られた本能の命じるがまま、僕達は戦闘を開始した。

 一体が、雄型の僕がべたりと床に伏せ、突き上げた腕を地面へと突き入れる。残り二人、雄型の僕と雌型の僕が、互いにそれぞれ大きく飛び退き、背後の壁へと着地する。その内の一人、壁に着地し身を縮込ませた僕の足、大腿部が膨れ上がる。その目が真っ直ぐに僕を捉えた。

 一瞬の視線の交錯。僕は腕を僕へと向けた。その直後、足先の床が砕けて影が伸びた。床に伏せた僕の腕だ、と気付いた時にはもう遅い。床を砕いて伸びた腕が、僕の喉にその指を恐るべき力で食い込ませている。

 

「ウッ、が、ァあアァ――」

 

 ドッという音が身体の内側から耳に響いた。振り解こうとした瞬間、その爪が伸び僕の首を刺し貫いていた。痛みが危険信号となって自身の損傷を脳に伝える。と、同時に壁面の僕が跳び、視界の端で壁面に着地したもう一人の僕の上半身が膨れ上がり――

 

「――――――ッ!!!!!!」

 

 吠えた。声を超えた声。人の可聴域を遥かに超えた、指向性を持った音の爆弾が、真っ直ぐに僕の耳へと撃ち込まれる。音速で届いたそれは瞬く間に鼓膜を破砕、に止まらずその奥の三半規管を蹂躙する。しかし、それだけでは終わらない。音の衝撃は肺内部の空気を共鳴させ、僕の肺を内側からズタズタに引き裂いていた。

 

「ァアァ、ァ――」

 

 声にならない声を上げ、僕は血泡を口腔耳鼻から撒き散らす。その間にも砲弾の如き速度で跳びかかった僕の姿がどんどん大きくなり、首に巻き付いた指は首をへし折るべく力を込めている。

 だが、僕は真っ直ぐに僕に跳びかかる標的のみを見ていた。

 真っ直ぐに腕を伸ばし、掌を向ける。腕は砲身で、弦の様に背なから腕の筋肉を引き絞る。そして、音もなく掌を貫いた弾丸が砲弾の如く跳びかかる僕へと真っ直ぐに突き刺さる。目を射抜いて脳漿を抉り頭蓋を貫き、僕は跳びかかった勢いのまま、僕の傍らを通り過ぎ、倒れて動かなくなった。

 

「さぁ、敵が反撃してきたぞ、どうするんだ、ガンマ。眺めていて良いのか、ベータ。有利な状況とも言えなくなってきたぞ? だが、まだ劣勢だな。さぁ、どうするんだ?」

 

 創造主の、父の熱に浮かされた様な声が部屋中に響き渡る。その瞬間、僕達は同時に動いた。雄型の僕、ガンマが大きく伸ばした腕を振るって、僕の身体が宙に浮き、雌型の僕、ベータが大きく息を吸い込む。僕は逆転する視界の中で、次なる標的へと腕を振るう。

 遠心力で撓った腕、その指先から五発の弾丸が飛ぶ。それは僕の骨だ。それこそが骨格操作機能型ホムンクルスである僕の能力。破骨細胞、創造細胞を自在に操り骨の強度から機能を自在に操る僕の能力を以ってすれば、周辺筋肉を利用した骨のボーガンを創造するのもワケは無い。

 亜音速で飛来する五発の弾丸は、三発がガンマに、二発がベータに向って飛んでいく。ベータは壁を蹴って避け、弾丸は彼女のいた壁面を穿つに止まる。そして、ガンマは避けなかった。弾丸はガンマに突き刺さり、そこで止まった。

 皮膚操作機能による鋼の鎧だ、という事に気付いた瞬間、僕は死を覚悟した。

 ガンマの腕が翻り、僕の身体は真っ逆さまに落下する。

 迫る地面。その途中、不意に戒めが緩み、僕は床へと足から着地する。左足が衝撃で折れると同時に再生を開始する中で、上半身が溶けて悶え死ぬガンマの姿が僕への戒めが解けた理由を雄弁に物語っていた。

 内臓操作機能型のベータが背後からガンマへと強酸の消化液を噴霧したのだ。

 これで二人。

 僕達は互いに向かい合い睨み合う。

 最早、勝負はあった。無傷のベータに比べ、僕は満身創痍の状況である。首には無数の裂傷、肺はズタズタで、聴覚は機能しない。平衡感覚も危うく、足の骨も折れている。だが、諦めない。死んで良い理由にはならない。

 生き残る事は僕に与えられた至上命令だ。

 僕は手をベータに向ける。掌を突き破った骨の鏃がベータに向い、避けられる。と同時に僕は彼女に向って駆ける。手には滑り出た骨の刃が一振り。足の骨は既に修復されていた。これはベータの予想外である筈だった。が、遅い。ベータは勝利を確信して大きく息を吸い込む。

 瞬間、僕の身体から白刃が躍り出た。

 これぞ切り札。肋骨による二十四の刃が弧を描き、ベータの身体を串刺しにする。

 まだだ。

 次の瞬間、ベータに突き刺さり、その身体を捉えた肋骨が本来あるべき位置に急速に舞い戻る。僕の方に、ベータを連れて。終わりだ。僕は手にしたナイフをベータへと振り下ろす。

 一閃。軽い手応えと共に、ベータの額、左目から胸にかけて、紅い線が奔り、血が噴出する。

 勝った。

 

「まだ、だ」

 

 ベータが笑う。悪寒が奔る。咄嗟に距離を取ろうとしても、突き刺した骨剣がベータの身体に食い込んで動かない。その内臓が僕の肋骨の尽くを受け止めているのだ。そして、ベータの腕が僕の顔を掴む。繰り出すは臓腑全てを溶かす強酸の接吻。

 胸と胸が触れ合い、全く同じ顔が近付く。

 

「さよなら」

 

 僕達の口は同じ言葉を吐き出した。僕は咄嗟に手にしたナイフを彼女の目へと突き刺すと、力の限り奥へと捻じ込んだ。血塗れだった視界が真っ赤に染まる。それは本能的な生への渇望か。機械的な慟哭か。僕達は喉が枯れるまで、同じ様に叫んだ。

 

 

  #####

 

 

「おめでとう、アルファ。君は選ばれた」

 

 父様はそう言って微笑むと私に拍手を送ってくれる。先ず一つ、私は期待に応える事が出来たのだ。だが、負けた私達も父様の期待には応えていた。彼等は私の血肉、力となったのだ。達成感と安堵が戦闘で痛んだ身体に沁みていく。

 

「令呪の譲渡、いや、吸収か。これも滞り無い様だな」

 

 父様は私の手の甲で妖しく輝く三画の紋様を見て、嬉しそうに笑う。その顔を見るだけで私も胸が一杯になってくる。ラドクリフ家の代表として令呪を発現させた男から、先程その魔術刻印ごと吸収した物だ。

 

「ほら、アルファ、こちらを向きなさい」

 

 父様は屈み込むと、タオルで真っ赤に染まっている私の顔を拭ってくれる。口元に付いた血肉を拭き取ると、今度は血と脂で固まった髪を優しく拭ってくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 私は微笑む。先程手に入れたばかりの感情の発露だった。

 父様は立ち上がると、私を魔方陣の中心へと導く。私の食べ残しで父様が描いた物だ。その陣の中心には触媒となる巨大なサファイアのペンダントが置かれている。

 

「既に聖遺物は用意してある。これを触媒とすれば、最高の剣の英霊を召喚出来るだろう」

 

 父様の言葉に答える様に、私は令呪の描かれた手を掲げる。

 

「閉じよ――」

「アルファ、お前はかの偉大なる王を従えて、全てのサーヴァントとマスターを狩り尽せ。そして、何としてでも私に聖杯を齎すのだ」

「告げる。汝の身は――」

 

 私の唱える呪文と父様の御言葉。二つの呪文が互いに交錯する。

 

「抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ!!」

 

 言葉と同時に、手の紋様に電気が奔った。紋様は一際紅く光り、辺りに暴風が舞い、土煙が舞い上がる。突如として出現する驚くべき魔力の拍動。しかし、そこに圧迫感は不思議と無かった。土煙の中で、誰かが私の手を取る。

 白煙の切れ間から、白銀の威風が見える。魔方陣の中心に、白銀の英霊が立っていた。銀の鎧と風に棚引く銀髪と肩掛けの衣。私より遥か高い位置にある蒼く輝く瞳が優しそうに弧を描き、彼は私の手を取ったまま恭しく膝を付くと、その手の甲、令呪へと接吻した。

 

「貴方が我がマスターですね? 可愛らしいお嬢さん」

 




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