Fate Zero After ##   作:焼肉大将軍

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6人目


音蜘蛛

 魔術師、イル・バナードの計画が狂ったのは一体どのタイミングだったのか?

 フリーランスの魔術師である彼は極東、九条の地で聖杯戦争と呼ばれる大掛かりな魔術儀式が行われる事を知って、自らの商売にやってきた人間である。彼の扱う商品は貴重なマジックアイテムに武器弾薬、そして、情報。今回の商品は参加が確実視されている時計塔の麒麟児ウェイバー・ベルベットと天才オーギュスト・エーカー、ラドクリフ家の俊英ノイマン・B・ラドクリフに聖堂教会の元代行者サヴィオに関する物だ。それぞれ経歴と得意分野、それから間桐の蟲を使った魔術について調査してある。

 聖杯戦争が差し迫った今、幾らでも足元を見れる状況だ。顧客の候補としてはオーギュスト、ノイマン、御形と言った所か。彼らには精々金を出してもらうとしよう。

 また、全く愚かしい事ではあるが、万能の聖杯を賭けて争うという状況だというのに、暴力で不当に商品を攫っていく阿呆がいないとも限らない。英霊とやらを既に召喚しているとあってはこちらに万に一つも勝ち目は無いのだ。

 その点、彼に抜け目は無かった。自らが死ぬと同時に、大きな事故が起こり、聖杯戦争の秘匿が難しくなる様に手は打ってある。商談相手からも、自分を生かしたまま脳髄から情報を得る事が可能であろう間桐は外した。

 まぁ、多少値が張ろうが、貴重な商人を態々殺す様な馬鹿もおるまい。

 と、彼はその様に考えていた。

 イルは魔術師ではあったが、根源や聖杯戦争に興味は無かった。そんな物に執り憑かれ、我が子を他家に売り払った父親を憎悪しているからかも知れなかった。彼は全く世俗的な人間であり、そんな自分を肯定していた。金の為には何でもやった。付いた渾名が、『溝攫い』、『ハイエナ』、『死体漁り』である。彼は気にしなかった。

 どちらかと言えば、勇名であるはずの『魔術師殺しに殺されなかった男』という名の方が余程気に入らなかった。まだ若かった彼が金で雇われて紛争に参加し、勝ち馬に乗って金を稼いでいると、決まって『魔術師殺し』と呼ばれる名うての魔術師が敵対してきたのだ。その度に、彼は身を隠さねばならなくなった。それが繰り返される内に、その様な名が付けられた。

 尤も、イルは戦闘が激化すると同時に金を持って逃亡していたので、戦闘の最も激化するタイミングを見計らって参戦していた魔術師殺しとかち合わずに済んだ、というだけの話である。

 脅威には近付かない。

 魔術だけでなく、人生における鉄則である。

 そんな彼が聖杯戦争への参加を余儀なくされたのは、全く皮肉な事としか言い様が無い。

 その日、駅前のビジネスホテルで目が覚めたイルの右手には令呪が顕現していた。彼は一頻り考えた後、これはチャンスだと思う事にした。令呪は魔術的に譲渡が可能なのだ。

 売り付けよう。しかし、相手はどうするか?

 聖堂教会の元代行者は論外。フォンダート家の魔術師が聖杯戦争に参加すべく九条入りしたとの情報もあるが詳細不明。時計塔の講師も単身での参加になる筈だから美味い相手とは言い難い。金を唸るほど持っていて、聖杯戦争に参戦出来る素養のある魔術師の予備がいる家が良い。喉から手が出るほど令呪を欲しがる筈だ。とするとラドクリフ家が好適か。

 思わぬ大金の気配に、気が緩んでいたに違いない。

 また、昼の街中で魔術戦を仕掛けられるとは思っていなかったせいもある。

 ラドクリフ家が聖杯戦争の為に郊外に設けた別荘に向って歩く途中、駅前の繁華街で大きな耳鳴りがした後、彼の耳元で囁きかける声が聞こえた。彼は直ぐに振り返って辺りを見回したが、勿論、人はいない。姿の見えぬ敵手はイルの鼓膜を遠方より振動させる事で、彼のみに囁きかけているのだ。

 

「路地裏に入りなさい」

 

 声はそう告げる。イルの脳内で警鐘が鳴り響き、脳がフル回転を始める。

 

「早くしなさい。殺したって良いのですよ?」

 

 立ち尽くすイルを囁き声が急かす。恐らく相手は九条に入った魔術師であるイルを張っていたのだろう。そして、令呪を顕現したという確認が取れた為、強行手段に出た。どういう原理かは分からないが、完全に敵の術中にいるらしい。巣に絡め取られた獲物というワケだ。原理は分からぬでも、状況から敵には当りが付いた。

 『音蜘蛛』の異名を持つ魔術師、フォンダート家のアレッシオ・フォンダートとアレッシア・フォンダート兄妹に間違いあるまい。

 イルは自身の装備を確認すると、意を決して路地裏へと踏み込んでいった。

 殺せるというのはハッタリでは無いだろう。遠方より音を使って鼓膜、引いては三半規管と脳に衝撃を与え獲物を殺す。彼らの暗殺の手際をイルは知っていた。聖杯戦争に参加するだろう魔術師の事は調べ上げている。

 彼等には音を使った洗脳や催眠の能力は無いらしい。一般人相手はまだしも魔術師には通用しないのだろう。でなければ、このような回りくどい方法を取る理由が無い。令呪を買い取った上で自分を商人として利用するつもりという事も無いだろう。であれば、初手からああも高圧的な態度は取るまい。裏路地には人払いの結界が施してあった。ここで何が起ころうと表通りを歩く人間達が気付く事は無い。例え、人が殺されようと。

 裏路地を命令通りに進んだ先には、一人の男が立っていた。

 

「お初にお目にかかる。僕はアレッシオ・フォンダートと言う者だ」

 

 予想通り。男、アレッシオは白い歯を見せて微笑む。本心を見せない顔に張り付いた笑み。最も自分が険悪する物だ。鏡を見ているようで気分が悪い。

 

「そりゃあ、どうも。ハハ、こりゃあ都合が良かった。丁度、貴方を訪ねたいと思っていたんですよ」

 

 イルも笑みを返す。アレッシオは嘲る様に言った。

 

「ハッ、笑わせるな、ハイエナが。ラドクリフに金をせびりに行く最中だったか?」

 

 途端に、耳鳴りが酷くなる。頭痛と吐き気でイルは片膝を付いた。

 

「お前の様なハイエナにはこの儀式は相応しくない。まだ英霊を召喚していなかったなら丁度良いじゃないか。後はこの僕に任せて、安心して死ぬと良い」

 

 アレッシオはイルの腕を取ると、手袋を剥ぎ取りその下の令呪を確認する。それと同時にイルの腕が動く。ワンアクション。脇に隠された拳銃がイルの手の中へ滑り出る。

 

「死ね。糞ったれ」

 

 乾いた音が響き、最後に眼前が歪むのを見た。果たして、弾丸はアレッシオに当たる事無く、その前方の見えざる壁に弾かれ、イルは耳鼻から血を撒き散らして地面に倒れる。

 

「愚かな。ここは既に我が巣。我が狩場。万に一つも勝機は無い」

 

 アレッシオがイルの髪を掴んで持ち上げ、その顔が歪む。と、同時に、イルの身体が白煙を上げたかと思うと数枚の札を残して消え失せた。陰陽道に於ける式神の法。アレッシオが相手をしていたのは札を使って本人を模した人形だったのだ。それだけでは無い。宙に舞った残りの赤い札が突如アレッシオの眼前で爆発したのである。

 

「お兄様、大丈夫ですかッ!?」

 

 妹であるアレッシア・フォンダートの声が辺りに響く。

 

「う、ぐうぅお、お、オノレッ!! アレッシア!! 奴はどこにいる!?」

 

 白煙の中から顔を出したアレッシオの顔は鬼気迫る物であった。見えざる壁によって直撃は防いでいたものの、爆炎でその頬から右目、側頭部にかけてが焼け爛れているのである。

 

「動かないでッ!! 今、治療します」

「いらぬッ!! それより奴はどこだ!?」

 

 アレッシオが片手を負傷箇所に当てて呪文を紡ぐ。すると時間が巻き戻されるが如く、見る間に傷が塞がっていくでは無いか。恐るべき治癒魔術の腕前である。少し押し黙っていたアレッシアが、若干不安がちに言った。

 

「すみません、お兄様。見つかりません。いないのです。敵は、あの卑しいハイエナめは。私の音界の外に出てしまったのでしょうか?」

「お前の索敵半径は3キロ弱。まだ逃げ去れまい。地上にいないとなれば、下か」

 

 落ち着きを取り戻したアレッシオは腕を組み、地面を睨む。

 

 

 

 その頃、イルは下水道を疾走していた。彼は式神と入れ替わった後、マンホールから地下下水道へと逃れていたのである。式神の核札からフォンダート兄妹の会話を盗み聞いた限り、妹の方は敵の場所を探知する能力、ソナーの様な物を持っているらしい。

 殺すならばそちらだが、位置の分からぬ方が探知能力を持っているとは厄介である。

 また、式神では大した手傷を負わせる事は出来なかったらしい。

 全く、計画が狂った。

 強力な魔術師が二人、直ぐにも追ってくるだろう。彼等は急いでいる筈だ。自分が英霊を召喚してしまえば勝ち目がない。そして、取り逃がせば儀式を妨害した邪魔者として審判役の聖堂教会に排除される運命が待っている。彼等は是が非でもイルを殺しに来るに違いない。

 イルは走りながら、鼻から垂れた血を拭った。呪とは即ち契約。式神が受けたフィードバックは術者に返る。彼は気にせず札を一枚取り出すと呪文を紡ぐ。式神の術だった。宙に浮いた札は見る間に厚みを帯びて人間、イルと瓜二つに変化する。イルは式神をその場に残し、自分は下水の上へと身を躍らせる。その足が水に触れた瞬間、油の様に水面に浮き上がり、彼は水上を自在に駆ける。古来忍術に於ける水蜘蛛の術だ。そのままイルは水路を渡り切ると、すぐさま左手を壁に当てて、目を閉じた。

 解析、開始。

 魔力の波が一瞬で周辺一帯の下水網に伝播し、イルへと収束する。彼は突き当たりにある開けた場所を確認すると、そちらに向って走り出した。儀式を行う場所はそこしかない。しかし、行き止まり故に逃げ場も無かった。彼は迷わなかった。

 イルは開けた場所に出ると、すぐさま入ってきた入り口に懐から取り出した鏡を置く。鏡は八卦鏡と呼ばれる風水に於ける術具だ。凶事を反射、そして吉事を集中させる効果がある。それから、イルは持っていた金属と自らの血で魔法陣を描き始めた。敵は索敵範囲が半径3キロに及ぶと言っていた。逃げ切るのは無理だろう。不意打ちも不可能だ。正面切っての戦闘など自殺行為に等しい。とあれば、行動は決まっている。

 降霊術に必要な魔法陣を描くと、そのままイルは周囲に別の魔法陣を描いていく。ここは単なる下水道の吹き溜まりだ。気は淀んで停滞している。英霊を召喚する場としては最悪以下だ。故に場を先ず作る必要があった。魔方陣を囲むように陰陽五行図、それを更に包むように太極図を描くと彼は下水の水に指先を付けて、呪文を唱える。緩やかだった水の流れが少し早くなる。

 水は地下下水道網、引いては九条地下の気を導く。鏡は方向を作り、汚れた空気は太極図内にて反転させ、五行図で流れを作る。水、砂、向を整え、本命の降霊魔法陣を竜穴化する。風水による地理五訣の法である。しかし、イルの予想を遥かに下回る程、気の集いが悪い。否、水脈としては異常な程だ。聖杯の顕現にあたり、この地の魔力が枯渇しているのかも知れなかった。

 その時、不意に、眩暈と共に口の中に鉄の味が拡がった。下水道内に置いてきた式神が破られた反動である。遂に、敵が追ってきたのだ。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ――」

 

 イルは詠唱を急ぐ、その途中――

 

「見つけた」

 

 耳鳴りと共に、先の女の声がする。補足されたのだ。八卦鏡の鏡面に罅が奔り、先程と同じ頭痛と吐き気が襲ってくる。キリキリと頭を締め付けられる感覚はどんどん酷くなり、彼は膝を付く。

 

「祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には――」

 

 しかし、彼は詠唱を止めなかった。その胸元から紙で出来た人形が落ちる。イルの髪の毛を結んだ人形だ。厭魅の術である。人形を自身の分身とし、受けるダメージを肩代わりさせているのだ。しかし、それにも限界がある。人形の頭部は既に真っ赤に染まり幾筋もの切れ間が見える。

 イルは努めて大きく息を吸った。導引術に於ける吐納である。そして呼吸を止め、胎息に至り、自らの魔術回路を魔力が循環する事で、敵の魔術への耐性を高める。その顔に浮かぶのは青褪めた幽鬼の如き形相であった。

 イルの扱う魔術体系は混沌魔術と呼ばれる物だ。近現代に生まれた魔術の潮流で、既存の魔術体系の借用、あるいはそれらを組み合わせる事で新しい魔術体系を生み出すという物である。イルの生家の秘奥ともいうべき魔術と複合する事で恐るべき数の魔術技巧を可能とする一方、神秘の秘匿性は失われ、その出力は高いとは言いがたい。

 

「告げる――。汝の――」

 

 イルは再び呪文を紡ぐ。詠唱もあと僅か、という所だった。

 

「ふむ、間に合った様だな」

 

 背後から嗜虐の笑みを浮かべたアレッシオ・フォンダートの声が掛かる。

 

「もう逃げられんぞ。薄汚いハイエナがッ!!」

 

 アレッシオが手を前に翳し、その指を打ち鳴らす。と同時に、大気がうねる。カマイタチと呼ばれる真空の刃である。イルの肩から血が吹き出る。その身体が衝撃に大きく傾ぎ、そこへ更なる斬撃が打ち込まれる。防刃仕様のコートが裂けて、霧状に吹き上がった血が辺りを染める。

 

「フン、手こずらせる――」

「我は常世全ての善と成る者――」

 

 それでもイルは詠唱を止めない。否、自らに掛けた自己暗示によって、既に自らの力では詠唱を止められぬのである。そしてその身体は胎息による強化と自己暗示による神経遮断を以って捨て身の防御とし、アレッシオの攻撃にすら耐えている。

 今、イルの張り付いた青褪めた幽鬼の如き形相は更に凄絶な笑みを浮かべているのだった。

 

「馬鹿なッ!? 貴様、詠唱を止めろッ!!」

 

 アレッシオが悲鳴じみた声を上げ、一際大きな真空の刃が繰り出される――

 

「抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ」

 

 果たして、それは閃光と共に掻き消えた。

 小柄な体躯に、無骨な鉄の鎧と紫の衣を纏った威風。輝く金髪を後で括り、射る様な眼差しをした少女。少女は絶死の刃を苦も無く片手で払いのけ、振り返ってイルに問う。

 その瞬間、イルは自分を取り巻く全てを忘れた。

 

「問います。貴方が私のマスターか?」

 

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