Fate Zero After ##   作:焼肉大将軍

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屑と聖女

 イルの目の前に出現した少女。

 

「問います。貴方が私のマスターか?」

 

 小柄な体躯に、無骨な鉄の鎧と紫の衣を纏った威風。輝く金髪を後で括り、射る様な眼差しをした少女。少女は相対する魔術師の放った絶死の刃を苦も無く片手で払いのけ、振り返ってイルに問うた。

 その光景に魅入っていたのも僅か数瞬、イルの頭は次いで混乱に陥った。

 ありえない。

 ラドクリフに売りつける為、また、いざという時の為に、大枚を叩いてルーアン大聖堂で手に入れた聖骸。それを触媒とした以上、呼び出されるのは、かの『獅子心王』である筈なのだ。

 しかし、目の前に現れたのは、かの苛烈な戦王とは似ても似つかぬ可憐な少女である。

 

「返事が出来る状況では無いようですね。では――」

 

 少女はイルの顔色を見て取ると、アレッシオ・フォンダートへと向き直り、その射る様な眼差しを相手に向ける。

 

「治療の邪魔です。疾く、去りなさい。続けると言うのなら、容赦はしません」

 

 彼女は淡々と告げ、その腰の細剣に手を掛ける。そこへ、

 

「何をやってる。逃がさず、殺せ」

 

 イルは搾り出す様に言った。

 

「禍根はここで断て。奴等はマスターとして参戦してくる可能性もある」

「いえ、彼にもう戦意はありません。私は騎士だ。戦意の無い者を斬る事は出来ません」

 

 そう言うと少女はアレッシオに背を向ける。躊躇無く、彼女は敵である魔術師に無防備な背を晒したのである。一瞬の緊張が周囲に張り詰める。しかし、それでもアレッシオには何も出来なかった。その時、小柄な少女の背に、彼が見たのは死であった。

 その無防備な背に攻撃を繰り出したならば自分は死ぬと、彼は試さずして理解してしまった。それは自身の魔術に絶対の自信を持つアレッシオには耐え難い屈辱であった。しかし、彼はその顔に引き攣った様な笑みを浮かべながらも、何も言わずにその場から走り去る。

 

「何をやってる!? みすみす――」

「黙って下さい。傷に障ります」

 

 それを見て怒りを顕わにするイルに取り合う事無く、少女は治療を開始する。彼のコートを脱がせ、肩口の傷へと手を当てる。その手から温かな光がイルへと降り注ぎ、傷は次第に閉じていく。

 

「治療魔術か……」

「いえ、主の御力です。その様な物と一緒にしないで頂きたい」

 

 少女が澄ました顔で答え、イルはムッとして押し黙った。彼は柔らかな光が自らの傷を癒していくのを感じながら、自らの召喚したサーヴァントを窺い見る。先程から彼女の持つ空気や言動への拒否感がどうにも治まらぬのを彼は感じていた。もっと有体に言えば、その節々から垣間見える慈悲や信仰、騎士道精神とやらへの拒否感だ。窮地の自分を救い、英霊ともあろう者がその傷を甲斐甲斐しくも手当てしてくれていると言うのに、どうしようもない自分はその事を罵倒したくて仕方が無いのだ。

 先ず、敵の首を刎ねろと叫びたくて仕方が無いのである。

 

「まだ痛みますか?」

「いや……、大丈夫。ありがとう。助かりました」

 

 イルは内心を隠すべくどこか卑屈な笑みを浮かべると、手を動かして傷跡に触れる。傷は既に癒着しており、握った指先には問題なく行動出来るだけの力を感じる。謝礼の言葉を口にしながら、イルはマスターとなった事で得た透視能力の確認を行っていた。

 心と身体を切り離す。体と口と顔と頭をそれぞれ独立させる。舌は七枚程あるのが好ましい。

 それがイル・バナードという男の生き方だった。先程のアレッシオが態度を変えて擦り寄ってくるなら彼は問題なく笑いながら対応し、歓談しながら銃殺してのけるだろう。

 その筈だった。

 

「どうかしましたか?」

 

 イルの表情に変化は無い。しかし、少女はその内心の変化を見逃さなかった。イルは咄嗟に答えに窮し、口篭ると戸惑いの表情を浮べてみせる。

 

「これは……」

 

 最悪の状況だ。

 透視によって見えるのは目の前の少女のステータスばかりで、肝心のスキルや宝具は愚か、その真名すら判然としないのだ。そして、急場凌ぎの召喚のせいだろうか。少女のステータスは惨憺たる物だった。何よりも、彼女の該当クラスが……。

 

「ルーラー?」

「ええ、どうやら聖杯戦争において特殊クラスで召喚された様ですね」

 

 少女は何でも無い事の様に答える。だが、イルは途方に暮れていた。通常聖杯戦争で召喚された英霊は剣の英霊セイバー、槍の英霊ランサー、弓の英霊アーチャー、騎乗兵の英霊ライダー、魔術師の英霊キャスター、暗殺者の英霊アサシン、狂戦士の英霊バーサーカーの七つのクラスに振り分けられる。各クラスによって特徴と獲得するスキルがある訳だが、目の前にいる少女は全くの未知数と言う訳だ。

 

「む、失礼ですね。そこまで落胆しなくても良いでしょう? 私達は運命共同体。これから二人で聖杯を得るべく戦わなくてはいけないのです。そのパートナーを見るなり、その態度は感心出来ません」

 

 イルの内心を読み取ったかの様に少女、ルーラーは淡々と続ける。イルは咄嗟に自分の顔に手をやった。ルーラーの態度に、彼が感じた物、それは恐怖だった。

 些か驚きはした。だが、態度に出したのは特殊クラスに驚いた事のみである。失望や落胆等はおくびにも出していない筈だ。それは彼の根幹を揺るがす物に対する恐怖だった。自分が長年の経験で得た処世術は完璧であるはずだ。否、完璧でなくてはならない。こんな怒りや拒否感で崩れる様な物ではない。まして、この様な小娘に看破されるなど、在ってはならない。

 そんな彼の不安を感じ取ったのか、

 

「心配はいりません。主は必ず私達を聖杯の元へ導いて下さいます」

 

 諭す様に、ルーラーは力強く言い切った。

 イルはそんな少女の目を見る。底抜けに澄んだ少女の瞳は何も映しはしなかった。それは信仰に生きる者の目だ。狂信者の眼差しだ。まるっきり徹頭徹尾、彼女は自らが正しいと信じ切っている。神が自らを裏切るはずが無いと夢妄している。

 慈愛に満ち、信仰心に溢れ、騎士道を重んじる少女。

 反吐が出る。

 どうやら彼女とイルの相性は最悪の様だった。敵への容赦を知らぬ苛烈な王。その能力と性格からセイバーとして獅子心王の召喚を狙った筈が、結果召喚されたのは誰とも知らぬ夢想家の小娘だ。尤も、贅沢を言えるような状況では無かったから仕方が無い。彼女がどれ程弱くても、それについては文句は無い。

 問題は彼女の生き方であり、彼女の眼差しである。この少女の目がイルには、彼の作り笑いで出来た薄皮の下、その奥底まで見透かしている様に思えてならないのだ。

 それがイルには耐えられないのだ。

 イルは立ち上がるとルーラーへと背を向ける。彼女の目から彼は目を逸らした。同時に自らの内側に渦巻く物からも目を逸らした。そして、彼は目を逸らした自分の行動を、これからの行動についての考えを読まれまいとする打算的な行動に過ぎないと結論付けた。

 状況に変わりは無い、とイルは考える。どれ程弱く、甘ったれた英雄だろうと、令呪ごとラドクリフに売れば金になる事は間違いない。故に、一画たりとも令呪を失う事無く、速やかに自分を狙ってきたフォンダート兄妹を抹殺し、後顧の憂いを断った後に、ラドクリフと商談を行わねばならない。

 考えてみれば、ああいう貴族はかえってルーラーの信仰心に何かしら感じる物があるかも知れない。貴族たるの義務、等と言う阿呆臭い御旗を掲げる事にまるで恥じらいのない豚共だ。それに、ラドクリフなら既に自前の強力なサーヴァントを召喚している筈だから、彼女が弱い事もそこまで気にすまい。なにより、ラドクリフがルーラーを手に入れた後で金を払わず自分を殺そうとするなら、ルーラーは止めてくれるだろう。

 

「行きましょう。あいつを逃がすわけにはいかない。まだ、それ程遠くへは行っていない筈です」

 

 例え英霊が相手だろうと、言い包めてみせる。そう意思を定めたイルに、当然の如くルーラーは首を振り、反論する。

 

「彼にもう戦意はないと申した筈です」

「今はそうでも令呪が宿り、サーヴァントを得れば必ずもう一度現れる。それに、奴は私の魔術を見た。召喚したサーヴァントもだ。他の参加者に情報が流れる事は十二分に考えられる」

「かも知れない、から殺すのですか?」

 

 ルーラーの瞳には明確に非難の色があった。

 成る程、理性的な説得は無理か。

 

「あいつが何人殺したと思ってる!? もう一度襲ってきた時に、また無関係の死人が出るかも知れないんだぞッ!!」

 

 イルは怒りを顕わに、壁に思い切り拳を叩き付けた。無論、先の襲撃において死人など出ていない。彼等は人払いの結界へとイルを誘導して仕掛けている。しかし、ルーラーの様な人物には非常に有効な嘘だった筈である。無辜の民を巻き込む残虐非道の魔術師となれば彼女は黙っていまい。それに、音蜘蛛の手口から二人が全く無実無根という事はありえない。

 故に、この場に嘘があるとすればそれはイルの怒りをおいて他に無い。

 

「分かりました。イル、貴方を誇り高いマスターと見込んで、お願いがあります」

 

 ルーラーは真っ直ぐにイルの瞳を覗き込む。それから彼女は頭を下げ、

 

「決して私には嘘を吐かないで下さい。お願いします」

 

 

   #####

 

 

 アレッシオ・フォンダートは拠点としているホテルに戻るなり、怒鳴り声を上げた。

 

「糞ッ!!忌々しいハイエナめッ!! あと少しという所でッ!!」

「兄様、暫く姿を隠しましょう。聖堂教会の――」

 

 寄り添う様にして荒れる兄を宥める妹、アレッシア・フォンダート。その言葉の途中、

 

「お前は私に、この私にあのコソ泥から逃げ回れと言うのかッ!?」

 

 アレッシオの手が妹の頬を強かに打ちつけた。倒れ込むアレッシアにアレッシオは更なる剣幕で続ける。

 

「元はと言えば、お前が最初にあの男を見逃したせいでは無いかッ!!」

 

 そう言ってアレッシオが拳を振り上げた瞬間、その腕が弾け飛んだ。窓ガラスを突き破って飛来したバレットM82狙撃銃のRaufossMk211弾頭である。この弾丸は徹甲弾、炸裂弾、焼夷弾の機能を併せ持つ多目的弾頭で、その高い貫通力は音の結界毎アレッシオの腕を引き裂き、爆裂する事でその身体を八つ裂きにして、辺りに金属片と火炎を撒き散らした。

 即死であった。そも直撃の瞬間、その衝撃でアレッシオは死んでいる。熱を感知したスプリンクラーが警報と共に水を噴出し、割れた窓から煙が上がる。

 仕手は七百メートル先、高層ビルの屋上にて発砲煙と砂埃に煙るイル・バナードだ。

 彼は下水道にて採取したアレッシオの毛髪を使った卜占にて彼らの拠点割り出し、脅威を刈り取るべく追撃に回ったのである。

 しかし、一撃にて幕とはいかなかった。アレッシアは我が身の危険も省みず、涙を流して上半身の無くなった兄の亡骸を抱え上げる。炎煙る部屋の中に彼女の影が見えた時、イルは冷や汗を流した。奇襲の瞬間、あの部屋は衝撃と金属片と炎とが荒れ狂う地獄となった筈である。真に恐るべきは、それさえ凌いで見せたあの女魔術師に違いない。

 高層ビルの屋上に伏せたイルは冷静に煙を散らせ、照準を合わせる。

 

「よくも……、よくも兄様を……。殺してやる!!」

 

 怒りが彼女を麻痺させていた。

 魔術回路は即座に活性化し、魔術によって強化されたアレッシアの視覚は七百メートル先にいるイルの姿を容易に捉え、その音の結界は一瞬で彼を補足するだろう。更には自らを音の結界で護る事で攻防一体とする。如何な大火力の狙撃も、来る事が分かっていれば逸らす事など訳は無い。音の結界は標的を一瞬で捕捉すると同時に、その脳髄を掻き回し、発狂死させる事さえ可能だ。

 しかし、それが適う事は無い。

 スプリンクラーから降り注いだ大量の水は彼女の音を減衰させ、今猶燃える焼夷剤の煙、炎と相まって彼女の視界を塞いでいる。そして、怒りが、狙撃によって敬愛する兄の身体がバラバラになったという事実が、彼女を無防備にした。

 不意に眩暈、息切れ、動悸がアレッシアを襲う。と同時に、部屋の中に聞きなれない言葉が満ちた。その言葉を聴く度に、眩暈は次第に酷くなり、彼女は遂に立っていられなくなる。

 そして、部屋の扉が開く。そこにイル・バナードが立っていた。彼は真っ直ぐに指をアレッシアへと指している。厭魅、呪の真言、そしてガンド。

 呪術である。それぞれ系統の違う三種の呪術によって、既にアレッシアは朦朧とした意識で倒れ、荒い息をついている。

 

「何……故……?」

「悪いが殺しの手管を語る趣味は無いんでねェ」

 

 アレッシアの問いに、イルが笑う。

 先ず式神による狙撃を行い、敵を負傷させその能力を削ぎ、注意を外に引き付けた後、既にホテル内に潜んだ自らが直接手を下す。敵を殺し、その反撃さえ塞ぐ。その為の手段は問わぬ戦争屋の手際だ。

 

「さて、精々、運命でも呪ってくれ」

 

 イルは下卑た笑みを浮かべ、アレッシアの首へと手を伸ばした。

 




屑一丁入りまーす。
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