Fate Zero After ##   作:焼肉大将軍

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7人目?


蠢動

 九条港内の倉庫の一角、穴の開いたトタン屋根から辺りに金糸状の月光が降り注いでいる。その光りの下に男はいた。闇に浮かぶ白い肌と闇に溶ける蒼い鎧。月光よりも静かに輝く銀髪を靡かせて、男はどこぞ虚空を眺めながら木箱の上に座り、長物、槍を手に親指の爪を噛んでいた。

 その足元に斃れる無数の死体。

 皆、尋常の物ではない。変色し膨らんだ手足、骨を持たぬ身体、鱗や翼を持つ物まである。内容も犬、猫などの小動物から人間まで多種多様だ。

 合成獣、キメラと呼ばれる魔術によって創られた生命体である。

 

「良くやった、ランサー。これで敵の根城の一つは潰したと見て良いだろう」

 

 変色し膨らんだアメーバ状の腕らしきものを踏み潰し、倉庫の奥から現れた男が言った。黒い詰襟と学帽、白手袋をした男。姿勢は良いが背は低く、闇の中笑う様は凶相とさえ言える。一方の銀髪の男が、月下に俯く様が神秘的な彫像の如き美麗さとあっては見事に対照的な二人と言わざるを得まい。

 銀髪の男、ランサーは気だるそうに問う。

 

「さて、マスター。この状況、貴方はどう見る?」

「人の変質。間桐の手口とは少し違うな。キャスターか、さもなくばラドクリフの仕業と見るが」

「正解だ。が、着眼点が間違っている。私はこの大物をどうするか、と聞いたのだ」

 

 ランサーの言葉と同時に男は振り返り、大きく後方に飛び退く。同時に、さっと何か粘膜の輝きが男が元いた場所を横切った。

 男は更に後方に二、三歩と後退りながら、暗闇の奥へと目を凝らした。銀髪の男、槍の英霊ランサーはちらとそちらを見たきり動かない。

 

「何だ、この化け物はッ!?」

 

 男は冷や汗を浮かべ、呻く様に言った。その凶相が笑みで歪む。

 全く笑える状況ではなかった。

 目や、歯、臓器等、身体の器官を残しながらドロドロに蕩けた巨大なゲル状の生物が、倉庫の奥に積まれたコンテナの間から這い出てきているのである。それは腕だったモノか、最早触手とも言えぬアメーバ状の粘膜が傍らの木箱を包み込み、圧壊していく。

 砕けた板が生物の中に取り込まれ、蕩けていく様を見て、男は渇いた笑い声を上げた。それは男の近くにあった物だ。先程、とっさに飛び退いていなければ、自分がああなっていたに違いなかった。

 

「さて、マスター、ご理解頂けたか? この状況、いかがする?」

「いかがするも糞も無い。この様な存在、生かしておけるか」

 

 男がゲル状生物に向けて指を指す。と、同時に、ゲル状の生物の身体が大きく振るえ、仰け反ったと見えると、男へと無数の触手を発射した。

 

「チッ」

 

 男の舌打ちが鳴る。男を獲物と見定めたこの恐るべき軟体生物は二十の触手の雨を降らせたのである。その触手の触れる刹那、男の身体が沈み込む。倒れる様に頭に迫った触手を避け、その勢いをそのままに触手の合間を縫って走り抜ける。

 

「裂けろ」

 

 男が触手の包囲を抜けると同時に、軟体生物の臓腑が裂けた。次いでその脳が潰れ、眼球が四散し、心臓が縦に千切れる。

 これぞ詰襟の男、魔術師、狗城直衛の繰る気功術。敵の体内に気を撃ち込み、操作或いは破壊を可能とする恐るべき魔術である。初手で撃ち込んだ気弾が軟体生物の体内を駆け巡り、その器官部で爆発したのだ。

 

「まだだよ。マスター」

 

 軟体生物の一部がボコリと持ち上がり、狗城へと木片を振り掛けた。咄嗟に彼は腕を振る。そのワンアクションで脇に仕込んだ拳銃が手の中へと滑り出た。銃声が鳴って撃ち出された弾丸は飛来する木片を砕き、次々と撃落としていく。

 しかし、撃落としたのは木片だけだ。飛び散ったゲル状生物の体液が頬に付着する。瞬間、ジュウと音を立てて狗城の頬肉が灼けた。ゲル状生物の強酸の体液である。

 たたらを踏んで背後へと狗城が逃れる。それと同時に、ゲル状生物の身体から無数の触手が伸びた。その無数の触手は地面を掴み、その身体が顫動する。見よ、その醜悪に蠢く様を。ゲル状生物がその潰れた眼前に立つ獲物へと追走を開始したのである。

 

「ぐうぅ、このッ!!」

「無駄だよ。マスター、こいつに重要な器官なんて物はもうないんだ。あんな物、人間であった時の名残に過ぎない。こいつは目だって見えてはいない」

 

 呻く狗城に、ランサーが言う。

 狗城は目を疑った。ランサーは動いていない。ただゲル状生物が移動した事で、狗城とランサーがゲル状生物を挟み込む形になり、ランサーがその背後を取ったというだけの事だ。そして、僅か二メートル程の距離にいるランサーを無視し、ゲル状生物は遥かに間合いの遠いこちらへと触手を伸ばしているのである。

 ゲル状生物は全くランサーに気付いていない。

 

「こいつは地面を伝わる振動で獲物を感知している。故に、高台で動かない私は認識出来ない」

「貴様、ランサー、知っていたなッ!? 何故、それを黙っていたッ!?」

 怒りを顕わにする主に対し、ランサーは不敵に笑い――

「ここだ。この位置が良い」

 

 その手の中で槍が回転し、その穂先がゲル状生物へと向けられる。その穂先が天上より降り注ぐ月光に隠れた。何故なら、その蒼き輝きは月光その物だからに他ならない。

 

「ここなら排水溝から十分に距離が離れている。そして、自切する暇など与えない」

 

 ランサーが槍をゲル状生物へと突き入れる。

 変化は一瞬だった。

 ゲル状生物が一際大きく畝って叫びを上げた。この世の終わりの如き絶叫。それが断末魔の叫びとなって、見る間にゲル状生物は乾涸びたのである。

 その様を見た狗城は、自身が自らのサーヴァントに対して畏怖の念を抱くのを禁じえなかった。ランサーは一歩たりとも動いていない。この英霊にはその必要すらも無かったのである。先と同様に彼は月光に照らされながら、木箱に腰掛てただ爪を噛んでいる。そこには敵を滅した高揚もマスターを囮に使った謝意もない。恐るべき魔術生物はおろか自らの主の生死にすらも全く興味が無いとばかりに見下ろすランサーの瞳に、狗城は畏怖の念を募らせるしかなかったのである。

 

「全てが計画通りか? 賢人王。主を餌として囮に使うとはとんだサーヴァントだ」

「計画通り? 違うね。知っていたんだ」

 

 ランサーはそう言うと、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「さぁ、マスター、行くとしよう。もうここには何も無い。それに、夜は始まったばかりだ」

 








ランサーは最後に殺してやる。

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