魔法少女リリカルなのはvivid~過去と未来と現代の交差~ 作:ガイル
長すぎたらごめんなさいm(_ _)m
では、二十六話目どうぞ~。
―――ショッピングモール
「フリージアさん、こっちの服とか似合いそうですね」
「そうですか?コロナ?」
私は今、“しょっぴんぐもーる”という様々なお店が連なっている大きな建物に私服姿になったヴィヴィオ達と訪れていた。
昼の練習の後、皆で遊ぶことになり私はガイの部屋へ戻ろうかと思っていたら私にも声をかけられました。
断ろうと思いましたがヴィヴィオ達の上目使いが心の中で戸惑いを孕ませヴィヴィオ達の押せ押せの勢いで私も付いて行く事に。
私が頷くとアインハルト以外は皆は表情に喜びを見せました。この子達の笑顔を見ると不思議と安心感が芽生えて落ち着きますね。
アインハルトも多分喜んでいるとは思いますが、顔を伏せて分かりません。
今はレディースファッションのコーナーに寄っていろいろと服を見ている。
やはり現代の服は個性豊かなモノが多く昔のモノとは比べ物にならない。前にガイと買い物に行った時もあったが、あの時もつい色々買ってしまった。だが、あれ以上にここには視的好奇心にあふれる服装が至る所にある。
このフリフリが付いたスカート……可愛いですね。
「フリージアさんって何を着ても似合いそうですね」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。このフリフリのスカートは可愛いですが私には似合わなそうです」
実際にこのスカートを履いている自分の姿を思い浮かべるが……似合わない。
「ん~そうかな~。どことなく雰囲気が落ち着いていて気品さと清潔さ持ち兼ねているフリージアさんなら何でも着こなしそうですよね。このような可愛い服とかも断然似合いそうです!!」
「うんうん♪」
ヴィヴィオとコロナ、リオの三人は私の事を褒めてくれる。こんな小さい子たちから褒められていた事はあまり無かったので斬新な経験な上に嬉しいという感情が心に溢れていく。
「……」
そんな私たちの話に一歩離れているアインハルトがこちらを気恥ずかしさの色を表情に出して困惑していた。
「どうしました、アインハルト?」
「あ、あの、オリ……フ、フリージアさんはこっちが似合うと思うのですが……」
やや緊張気味に私に服を渡してくる。服装は膝まで隠れる蒼いドレススカートに肩を露出さ、胸元を強調せている白いキャミソール。
なるほど、アインハルトは昔の私の服装に似せたいのですね。
「アインハルトの渡した服装もなかなかですね」
「うん、フリージアさんは少し小柄だから明るいイメージは合うよね」
コロナが同意してくれる。ファッションセンスはこの子達の中でもコロナが一番詳しいと思える。
この格闘技をしている子供たちの中では一番大人しくて“女の子”らしい子だ。私はそう思っている。
こういうモノに関しては他の子達よりもかなり詳しいのもそのポイントを上げる要因だろう。
「では、これを買いますか」
そんな先生の花丸をいただいたのでこのセットを購入することに。ガイから少しお金を頂いているのでこのくらいの値段なら買えます。
レジを済ませて、ふと、ヴィヴィオを見ると何やら好奇心のような笑みを浮かべて私の事を見ていた。
「ん?どうしました。ヴィヴィオ?」
「……え~とですね」
ヴィヴィオは少し声のトーンを落として皆には聞こえないような小声で話をきって来た。因みに他の子達は別の所で色々な服を見ている。
「アインハルトさんから聞いたのですけど、フリージアさんってオリヴィエの雰囲気を纏っていると聞きました。フリージアさん自身も思いますか?」
「……えっ?」
目の前の女の子が私の真名を口に出したおかげで、一瞬頭の中が真っ白になった。
「あ、い、いえ!!変な事聞いちゃいましたぁ!?」
私が呆けてしまったからか自分が失礼な事を聞いたと思い必死に頭を下げるヴィヴィオ。
「……いえ。気にしないで下さい。昔の人の名前が出て来たのでちょっとびっくりしただけです」
私が優しく声をかけるとヴィヴィオは恐る恐る顔を上げて私の顔色を窺っていた。私が気にしていない様に笑みを向けるとヴィヴィオはホッとしたように胸を下ろして、再び私のを好奇心のような眼で見上げた。
「……そういえばガイに聞きましたがヴィヴィオはオリヴィエのクローンだと」
「はい。オリヴィエとはどのような人なのか気になりまして、アインハルトさんがフリージアさんの事をオリヴィエとして見ていると聞いたのでどんな感じなのかなって。容姿や性格が似ているのかなって」
似ているもなにも私自身なんですけどね。アインハルトが私に構ってくるのはそのせいなのですから。
私は優しい笑みを作り少し屈んでヴィヴィオの頭を撫でる。
「私がオリヴィエに似ていようとも私はフリージア。フリージア・ブレヒトです。すいませんがヴィヴィオ。ヴィヴィオの気持ちには答える事は出来ません」
「ううん。私も変な事を聞いてしまいすいません。フリージアさんはフリージアさんです。オリヴィエではありませんよ。私と同じ色の虹彩異色でもありませんし」
「……そうですね」
ヴィヴィオは少し寂しげな表情を見せたがすぐに笑顔になる。
チクリと胸に痛みが走った。こんな純粋な子に嘘をついてしまった。本当はオリヴィエであると。本当はヴィヴィオと同じ色の虹彩異色であると。
しかし、その真実に目の前の少女はたどり着かないだろう。私はサーヴァントなのだから。いつかは消える運命。
「皆の所へ戻りましょう。“フリージア”さん」
「……ええ、そうですね。“ヴィヴィオ”」
少し落胆的な思考になってしまった。この時代もいつかは離れなければならない。その事に少し胸に寂しさが残った。ヴィヴィオの笑顔を見るとなおさらだ。
そして、この時代を離れるまでは私と目の前の少女はこの日常の世界では“フリージア”と“ヴィヴィオ”なのだ。決して“オリヴィエ”と“ヴィヴィオ”ではない。
「さて、皆は何か買わないのですか?」
私は結論を付けて思考を切り替え、皆の所へ戻る。そこでは他の子達は未だに服を見て悩み考えていた。今まで私の服装ばかりに皆の意見が飛んできたので今度は自分たちの服を買うのだろうが、どうやらまだ決まっていないようだ。
「え、え~とですね~……」
「あ、あの……」
「……」
しかし、皆からは戸惑いの表情を表し歯切れの悪い答えが返ってきた。
「……?……どうしたんです?」
「え、えっとですね……ガイ……さんの好み……が……分から……なくて」
かなり恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして、視線を私から外し途切れ途切れに言葉を返すコロナ。皆も顔を赤くしながらコロナの言葉に頷く。
まったくもって可愛いしぐさです。小動物を愛でているような感覚に近い。
「ちゃんとした服を選んでガイさんに可愛いって言ってもらいたいんです」
「私も選ばないと。ガイさんの好みは……う~ん……」
リオも顔を赤くしながらコロナの言葉を繋げる。ヴィヴィオも皆の和へ入って服を物色し始め悩み込む。
なるほど。意中の人であるガイの好みをこの子達は知らないのですね。だから、どの服を買えばいいか分からないっと。ふふっ、今のこの子達の乙女心ゲージはMAXですね。
そんな子達を見ていると心から優しい気持ちが生まれつい笑みを溢す。戦場を駆け抜ける日々はここには無い。あるのは平和。これが治安の安定している世界……いいモノだと思います。
ですが……。
心に過ぎった一瞬の感情。それを必死に振り払う。その感情はこの世界ではいらないモノのカテゴリに入る。
「わ、私の分かる範囲でよければガイの好みに合った服を選びますよ」
「ほんとですか!?」
ガイの好みの服装に子供たちが食いつく。
純粋なガイならこの子達が何を着ても可愛いと言うと思いますが。私もあまりガイの好みも知りませんし。まあ、私の下着姿を見た時の慌てようからして白いイメージが好みかと思いますけど。
「……ふむっ、では私が色々と選んでみましょう」
「「わーいっ」」
ヴィヴィオとリオが笑ってハイタッチをした。ヴィヴィオも先ほどより元気な笑みを見せてきた。良かったです。
「あ、あの、私は別に……」
「いえ、アインハルトも可愛いのですからもっと可愛らしい服装を着ましょう」
「……か、かかかかか、可愛い……っ!!」
断ろうとしているアインハルトに可愛いと言葉をかけると、赤かった顔が更に紅くなって顔を伏せてしまった。
前にも言ったような気がしますが……ガイと同じぐらいに純情ですね。そこが可愛いところだと思います。
この日常は本当に微笑ましい。ガイがこの場所を好むのも理解できる。
「では、こっちの服を……」
私はここに居られることに喜びを覚えながら皆の服をコーディネートし始めた。
「えへへ~……この服で、ガイさんが可愛いと言ってくれるといいな~」
「うんっ♪」
「フリージアさんが選んでくれたモノだもん。きっと言ってくれるよねっ!!」
ヴィヴィオとコロナ、リオは先ほど私が選んだ服が気にいったのか上機嫌で紙袋を覗いて話に没頭していた。
ここは最上階の喫茶店。大きく外の景色を眺めることのできることが人気で人が並ぶ場所なのだが今日は平日。人はそれほど並んでいなくすんなりと店内へ入ることが出来た。
「こ、これで、ガイさんと……」
一方、アインハルトは服を買ったときから、喫茶店の席に座るまで紙袋を両手で持って胸に押し当てるようにして、ずっとゆでだこのように顔を赤くしてぶつぶつと呟いている。
何を考えているのか見ているだけで分かる。というか分かりやすい。ガイとのデートなどのシチュエーションでも想像しているのでしょうね。
昨日から知っていることですが、やっぱり皆はガイに好意を抱いているんですね。ガイはモテモテですね。ですがガイは皆のことを妹のように接している……この溝はそう簡単には埋められそうになさそうですね。
私は第三者視点でこの子達の事を考えつつテーブルに肘を付け顎に手をそえて皆を見ている視線を窓をへと向けた。
「雨が……降ってきましたね」
「あ、ほんとだ」
ショッピングモールにいると分からなかったが、喫茶店に着いて外を見た時はすでに今にも雨が降りそうな薄黒い雲に覆われていた。
ここに入って10分と少しで雨が降り始めたようだ。その雨は次第に強くなり始めた。
「土砂降りですね」
「ありゃ……これじゃあ、しばらく帰れそうにないね」
「通り雨だといいんですけど」
なんでしょう?この胸に籠るモヤモヤとした異常なまでの不安感は……。
私の心の中はあの薄暗い雲のように黒いモヤモヤとしたモノが広がっていた。雨の音が強くなるにつれこの違和感も強くなっていく。
「っ!?」
そして、外の黒い雲と雨を見ていると脳裏にガイの姿が一瞬遮った。
「フリージアさん。服を選んでくださいましてありがとうございます」
「……」
「あ、あの……フリージア……さん?」
「……えっ?」
私はヴィヴィオに呼ばれた声がしたので皆の方へ向き直す。ヴィヴィオは少し固まった笑顔を私に向けていた。
どうやら何かを話していたようだ。それに気づかないほど私はこの違和感に困惑していたのだろう。
「あ、考え事していたんですか?」
「い、いえ、まあ、些細なことですが。すいません、ヴィヴィオ。話を聞いていませんでした」
「いえいえ、話をかけるタイミングが悪かったですね。この服を選んでくださいましてありがとうございますって言いたかっただけです」
手を振って固まった笑顔が緩やかになって天使のような笑みを作る。
「いえ、ヴィヴィオ達は元が良いので可愛い服はどれも似合うと思いました。なのでガイの好みに近いのを選ぶのは楽でしたよ」
「ありがとうございます、フリージアさん♪」
褒められて嬉しそうだ。コロナもリオも同じだろう。笑みを溢している。だが、先ほどのように安心感が心の中に芽生える事は無かった。むしろガイの姿が一瞬浮かび上がってきた時から不安が膨れ上がっていく。
「っつ!?」
私は突然の魔力供給の多さにビックリして胸に手を当て椅子から勢いよく立ちあがった。
「えっ?フ、フリージアさん?」
「あ、す、すいません。ちょっと、お手洗いに……」
私は皆の返事を待たずにすぐにトイレへと駆け込んだ。
洗面所の前で手をつき鏡を見る。自分の顔が息荒くして悲痛と悲しみの混じった表情をしていた。だが、肉体的な痛みは無い。これは胸を締め付けるような心の痛みが原因だ。
「ガイ、何かあったのですか……」
朝、ガイと別れる時に午前の訓練で一度、魔術回路を使うと言っていた。それは皆とランニングしていた時に訪れた。前もって分かっていたので驚く事は無かったが、今回のは午後だし何も言われていない。
今この体に流れている魔力はいつもより多い。ガイが魔術回路を解放した状態だ。そうならなければならない状況下に居るのだろう。そして、先ほど脳裏によぎったガイの姿。あれを思い浮かべると途方もない不安が押し寄せ、それに感情が押しつぶされそうになる。
「オリヴィエ……」
その感情に必死に耐えていると、後ろから私の真名を言ってくる声が聞こえた。
「……アインハルト……」
鏡でその声の人物を見ると映っていたのはアインハルトだ。表情は私と似ていて不安な色が浮かび上がっている。今トイレに居るのは私とアインハルトだけだ。なのでアインハルトは私を真名で話しかけてくる。
「何かあったのですか?」
「……い、いえ、何でもありませんよ……」
鏡越しでアインハルトと会話をする。
「……そうですか……」
アインハルトは何か言いたそうな表情をしているが、何も言い出してこない。そのまま視線を右下へと流す。
「私が心配……ですか?」
「あ……い、いえ、その……」
私の問いかけに口籠ってしまうアインハルト。何を思っているか表情を見ただけで大概分かってしまう。アインハルトは分かりやすい。そして、アインハルトはケジメを付けたのか戸惑いの眼ではなくなり、鏡越しで私の眼を真剣な眼で見つめて言葉をかけてきた。
「オリヴィエ……いなくならないで下さい」
「……」
どのように思っているか大概分かっていたので、私は特に慌てず否定の意味を込めた無言でアインハルトに見つめ返す。それでもアインハルトは怯まない。
「今のオリヴィエを見ていると覇王の記憶の中にある死地に赴く表情と被って見えます」
「……アインハルト」
「女々しいかも知れませんが、オリヴィエが側に居てくれると私はとても安心して嬉しい」
真剣な眼をしているが表情は不安の色を隠せずに晒している。前にも覇王の記憶の事でこのような表情を見せてくることが多々あった。その記憶を被せてしまい私を求めてしまう。アインハルトはまだ幼さが残る。人肌が恋しい年頃だと思う。
しかし、その人肌はヴィヴィオかガイあたりに求めた方が良い。決して過去の私ではない。前にこのように結論付けたが、今のアインハルトを見ると何とかしてあげたいという感情が働いてしまう。
アインハルトは私を求めている。覇王の事についてケジメを付けたと思ったのですが、いつまでも私が近くに居るべきではないでしょうね。アインハルトの覚悟を鈍らせてしまいます。
私は鏡越しではなく、アインハルトに振り向き笑みを作って直接眼を見て、その話に答える。
「大丈夫です。私は消えたりしません」
「オリヴィエ……」
だけど、顔を赤くして今にも涙が零れ落ちそうな瞳を見ると守りたい気持ちが心の中に芽生えてしまう。クラウスの子孫だと言われれば尚更だ。
だから私は嘘をついた。消えたりする事は無いなどと。聖杯戦争が終わったら消える身なのだが、アインハルトを安心させたい気持ちで嘘をついた。
私はアインハルトの頭に手を乗せて撫でる。
「……すいませんがこれからちょっと用事が出来ましたのでここでお別れです」
「ガイさんが絡んでいるのですか?」
「……っ、いえ……」
いきなりガイの名前が出てきたので、思わず一瞬驚いてしまい僅かな空白の間が出来てしまった。
アインハルトはそれをどう思ったのだろうか?
「……ガイさんもオリヴィエも隠し事多すぎです……」
「……っ」
やはり今の空白の間はアインハルトに疑問を持たせてしまった。的確な鋭い言葉が私の動揺している気持ちに突き刺さってくる。
「ガイさんもオリヴィエも、大変な出来事が起きているのならもっと私やヴィヴィオさん達を頼ってくれてもいいのに……仕事だと言われたら何も言い返せませんが……」
「……そうですね」
「私達はそんなに信用できませんか?」
アインハルトは上目使いで私の事を見上げてくる。その純粋な瞳を見ると素直に答えたくなるがグッと抑える。真実をアインハルトに教えるわけにはいかない。
「アインハルト、私は貴方やヴィヴィオ達の事を信用していないなど一度も思っていません。ガイもきっとそう言うはずです」
「で、ですが……むうっ!!」
アインハルトが何かを言う前にアインハルトの体をギュッと私の胸に押し当てる。
「逆に私やガイの事、信じてくれませんか?」
「……」
アインハルトは胸の中で大人しくなる。
「……なぜこの現代に存在しているのか未だに分かりませんが……私が……覇王がオリヴィエの事を否定するわけがありませんっ!!」
「ありがとう、アインハルト」
私はそっと頭を撫でる。ヒクッヒクッと震えている声が聞こえる。きっと泣いているのだろう。私はそれを察して顔を上げてなどは言わない。
このまま会話を続ける。
「すいません、アインハルト。すべて話せる時が来たら話しますので」
「……はいっ、待ってます」
アインハルトはそう言って私から少し離れて後ろを向く。涙を流している姿を見られたくないのだろう。実際は何度か見ているので気にはしないのだが。
ですが、この約束は守れそうになさそうです。
全てを話すとき。その時はきっと私は消えている。
ヴィヴィオにもアインハルトにも嘘をついてしまった。皆を巻き込むわけにはいかないのだから仕方ないと言えば仕方ないが、心に残る罪悪感が拭いきれない。
「では、私は失礼します。ヴィヴィオ達にも一言言っておきますので」
「……はいっ」
そして、今回アインハルトと話をして分かった事がある。
アインハルトとの関係は何も解決していないのだ。解決出来ていたのは覇王の記憶とのケジメだけだったのだ。朝は落としきったような表情をしていたがそれも覇王の記憶のみ。アインハルトが私を求めていることに変わりはない。
後でガイと相談しませんとね。
そして、思考を切り替えた。ガイの事を考えると不安が押し上げてくる。状況を把握できないままなのも原因の一つだが。
私は最後にアインハルトの背中を見てトイレを後にした。
その背中は何処か寂しげさを語っているように小さく見えて切なくなってしまった。
……アインハルト……。
―――ミットチルダ東部郊外 密林内
アイン……ハルト……。
その人物名を思うだけで脳が……思考が止まりそうな感覚に襲われる。いや、止まっているのかも知れない。
雨はどのような真実を暴かれようと止むこと無く降り続いている。確かに一個人の情報が暴かれたとしてもそれが天候に影響することなど無い。
頬に当たる冷たい雫が今は熱の籠った体を冷やしてくれると同時に鬱陶しい感触でもある。
肌に当たる一滴一滴の感触が今の出来事とは別にあの辛い日々を思い出してしまい、頭が痛む。何かに集中している時ならいいが、今は目の前の真実を知って頭の中が真っ白だ。そこに割り込んでくるのは辛い思い出。
それを何とか思い出さない様に俺は鉛のように重くなった体を動かし、頭を振って脳の活動を必死に再開させる。
だが、活動を再開させた脳は先ほどの現実の情報を取り入れ、再び頭の中が真っ白になる感覚に陥りそうになり俺は苦虫を噛んだような表情をする。今の心の中はひどく複雑な感情で入り混じっている状態だ。
絶望、虚無感、無力感、悲しみ、憎しみ、同情、憎悪、哀れ、嫌悪、親近感、驚き、不安、否定、切なさなど様々だ。
俺はそんな状態で目の前の人物を見る。
その人物を見ただけで胸が締め付けられるような苦痛の感覚に襲われる。
「……」
その人物はただ一点を……俺を無表情のまま冷たい目で見つめ返す。
碧銀の髪を特徴的なツインテールに結い、左の大きな赤いリボンが印象的な“女性”。虹彩異色で左眼が薄蒼で右眼が紫。
そこまで特徴的な事が分かると脳内の検索では1人ヒットする。その子は脳内では“少女”だった。
アインハルト・ストラトス。
この聖杯戦争でサーヴァントでありアサシンだと知った。だが、それしか分からない。
もし……もし、日常に居るアインハルトが目の前の人物だとしたら……俺は日常のアインハルトを許せなくなる。
隊長や多くの仲間を殺されてしまった事実は覆す事は出来無い。弔いや報復をする権利はある。
だが、あの何事にも一生懸命な純情の持ち主のアインハルトがこのような事をするとは到底思えなかった。となると目の前の人物は背丈から見ると未来から来たと考えるのが妥当だろう。
アインハルトの大人モードは何度か見たが服装や髪形が少し違う。OLのタイトスカート様なモノからミニスカートに変わっており、髪形も少し変り頭には少女のときに付けている赤いリボンがあった。
一度見たことがある。前にオリヴィエに公園で特訓をした時に現れたアインハルト。あれは目の前の人物と同じ格好をしていた。
そして、この後の出来事で親父……キャスターが現れた公民館でアインハルトと大人モードで組手をしていた時はこの格好では無かった。その時に違和感があったのは覚えている。今、その違和感は解決した。
あの時公園に現れた人物はこっちなのだ。
「……お前は……お前は未来のアインか?」
「……」
表情は氷像のように変わること無く只の一度だけ頷く。その真実に日常のアインハルトがこのような事をしてくれなくて良かったと胸を下ろした。
……いや、胸を下ろすのはおかしい。どちらも“アインハルト”で間違いないだろ……。
胸を下ろしたのも一瞬。すぐに思考を巡らせる。
先ほどまで思わぬ真実で脳が動いてくれなかった時間帯から短時間でここまで推理出来たのは上出来だろう。予測思考がうまく働いてくれたおかげだ。
そして、疑問も生まれる。
未来のお前は何があったんだ?許せない事をしているがやはりあのアインハルトだと思うと親身になりたくもあった。その心境がこの疑問を生んだ。アインハルトでなければ今頃は頭の中が真っ白になる事もなく怒りに任せて突っかかっていただろう。
“何か”があってアインハルトは聖杯を欲している。その“何か”が分からない。
「……流石、ガイさんです。私の正体が分かって酷くご乱心な状態でしたが、すぐに冷静になって状況を把握し始めている」
「……っ」
その鈴のように澄んだ声を聞くと日常のアインハルトが目に浮かぶ。同一人物なのだから当たり前なのだが何とも言えない複雑な思いだ。
そして、今の俺は必死に冷静さを保っているだけだ。アサシンがアインハルトだと知って頭に鈍器で叩かれたかのような衝撃に襲われて、少しの間、我を忘れていたが冷静さを欠けては見えるものも見えなくなってしまう。
戦場で冷静さを失っては命の保証は出来ない。
「ガイ。この者は知り合いなのですか?」
隣にいたアルトリアが相手に視線を向けたまま構えを解かずに声を掛けてくる。
「……俺の日常に居る人物の“未来”の形……とでも言えばいいか……」
俺もアルトリアの方を見ないで答える。
「日常?なら、ガイの味方ですか?」
「……どうだろうな。少なくとも今は敵に近い」
「……」
色々と推測はしたがそれは憶測の域を脱しない。そして、許しがたい事をした。
俺は一度周りを見る。雨が降っているので緑の匂いが強いがその中にも鉄の匂いが混じっている。血の匂い。それが緑の匂いに混じっている。
周りにはかつて人として活動していた手や足などのパーツが散らばっている。草木には赤色がこびり付いていて雨では落ちる事は無い。あれは俺の仲間達が巻き散るはめになった命の欠片。つい先ほどまで俺の隣で動いていた仲間のモノだ。
これはもはや地獄絵図とそう違いは無い。あたり一面が赤を強調している。巨大なアンノウンが食べ残した後だ。このようにしたアンノウンの使い魔である人物は目の前に居る。
「何故……こんな事をする。アイン?」
「……」
その言葉にアインハルトは答える事は無かった。この質問に先ほど何かを呟いていた気がしたが雨の中、聞き取ることは出来なかった。しっかりと聞いとけばもしかしたら何か変わっていたかもしれない。
眼の前のアインハルトは何も感じさせない無表情のまま静かに構える。その構えはやはり何度か手合わせした型の覇王流だ。
「……来るぞ」
ゼストの低い声で更にアインハルトを留意する。だが、俺は一瞬プリムラに手を付けるのを戸惑った。アインハルトと命の削り合いのような戦いを行わなければならないのかと思うと、心のどこかでブレーキがかかった。
「……ガイさん」
「ぐがっ!?」
「「!!」」
その一瞬の迷いが俺の懐にアインハルトが潜り込んでしまう要因となった。髪が雨に滴りおさげ気味になり、冷たい眼をしたアインハルトの顔が一瞬にして俺の視界に俺の腹に思い拳がめり込む。アルトリアもゼストも反応が出来ていなかったようだ。当然、サーヴァントでもない俺も大いに反応が遅れた。
お、重い……迷いのない拳……っ!!
俺はほんの僅かだがそれに反応して気休めだが半歩下がった。しかし、アインハルトの拳の威力は凄まじく、派手に吹っ飛ばされてしまい木に激突した。
「ぐはっ!!」
背中に受けた衝撃で肺の空気が全て外へ排出されて息が出来ない。強靭な筋骨がなかったら今ので意識を失っていただろう。
「遅いです、ガイさん。反応も僅かにしか出来てない……」
「貴方は早いですね、アインハルト」
「ふんっ」
「……」
アルトリアとゼストがアインハルトを挟撃するように挟み込んで各々の得物を振るう。
それをアインハルトは難なく紙一重で避け続ける。
俺は何とか肺に酸素を取り入れて呼吸を整えながら立ち上がる。そして、あの三人の剣戟を見ていたが、アインハルトは本当に難なくアルトリアとゼストの攻撃を避けている。
「強い……」
決してアルトリアとゼストが弱いわけではない。一度対決し、見たことがあるから分かるがあの2人の武技は達人の領域に値するほどだ。
しかし、あのアインハルトはそんな2人の嵐のような激しい攻撃を避けつつ時折反撃をしている。まったく隙がない。日常に居る時のアインハルトより断然に強い。キャスター……親父並の力を持ち合わせている。
そして、決定的に親父と違うのは動きだ。親父は激しい剣戟、と言うより激しい技が多かった。しかし、アインハルトの動きは滑らかで、激しい攻撃を受けているはずなのにアインハルトの周りだけ何故かゆったりとしているように見える。
それにアルトリアの不可視の剣もあるというのに、それが分かるかのように避けている。
「ぐっ!!」
「……っ!!」
そして、アインハルトは胸の前でクロスするように腕を動かし、両手を掌底の形にして2人を吹き飛ばす。
2人は少し大きく飛ばされて遠くに着地する。アインハルトはゆっくりと構えを解いて冷気に触れたような冷たい目で俺を見る。
その眼を見ただけでゾクリと背筋が凍ったような感触に襲われる。親父のような膨大な殺気とは、また違う冷たい殺気。
その殺気が俺の体を貫く。
「……っ」
思わず喉を鳴らす。かつては日常に居たアインハルトがここまで冷たく鋭い殺気を放つという現実がカルチャーショックを受ける。
「認めたくない……」
「……」
俺は目の前の現実に目を逸らしたかった。今の入り混じっている感情の中で一番大きかったのは否定だ。
「お前がアインだど……アインハルトだど信じたくない!!」
俺は否定したかった。目の前の人物がアインハルトではないと。どれだけ推理してたどり着いた答えが未来のアインハルトだとしても、俺に殺気を放ってくる人物がアインハルトであってほしくなかった。
「これが……現実です。ガイさん……」
「っ!!」
グサリと胸に突き刺さった感覚があった。現実は目の前の出来事で間違いないと。
その鈴のような静かに澄んだ声が雨の中、はっきりと聞こえる。この戦いにおいて……敵として聞きたくない声だ。
だが、その声の持ち主は紛れもなく俺の…… “敵”。
「ガイ!!気を確かにっ!!」
少し離れた所からアルトリアの気合の籠った声が飛んでくる。膝から倒れそうになった俺はそれを聞いて留まる。
「アルトリア……」
「ここは戦場です。私情を挟むなと言いませんが、命のやり取りをしている事は忘れないで下さい」
「……」
アインハルトがアルトリアの言葉を聞いて、そっちに顔を向ける。どことなく、更に冷たさを増した殺気を含めて。
「……流石です、騎士王。そのようにして仲間を……円卓の騎士たちを誤った方向へ導いたのですね」
「っ!!き、貴様!!私の真名を知っているというのか!?」
アルトリアの表情が驚愕の色に埋め尽くされる。真実を知っている目の前のアインハルトに驚きを隠せないからだろう。
円卓の騎士?騎士王?アーサー王の……伝説……か?
次から次へと来る現実味のない膨大な量の情報に現実逃避したくなるが、予測思考を展開している今はそれらを無意識に整理することは出来る。
「アーサー・ペンドラゴン。ペンドラゴンは名称ですが、かの騎士王がこのような小娘だったとは……円卓の騎士たちも報われないでしょうね」
「……その小娘の一太刀浴びてみるか?小娘?」
挑発のような言葉を投げてくるアインハルトに、アルトリアから発せられる雰囲気が刺々しくなりその受け答えの声が僅かに下がった気がした。怒っているのだろう。表情が険しくなり固い。アルトリアから来るかなりの威圧感をアインハルトは浴びているはずだ。しかし、それを真に受けてもアインハルトは冷たい表情のままだ。
「……っ!!」
「はっ!!」
アルトリアが一瞬にしてアインハルトの懐に入り詰めて不可視の剣を振るう。アルトリアの動きが先ほどよりも勇ましさを感じ、アルトリアを中心に暴風の嵐が起きているように見える。アルトリアの剣の刀身はやはり分かっているのか、それを紙一重に避けてつつ反撃を行う。激しい剣戟があの2人の間で行われた。
オリヴィエとアルトリアの時と同じく大気が悲鳴を上げている。ギチギチともギシギシともゴゴゴッとも擬音語が聞こえてくる。
2人のぶつかり合う力が強大なのだ。
アルトリアはアーサー王……アインハルトは覇王の子孫……かの騎士王であるアーサー王にここまで戦えるのか、お前は。
「ガイ、休んでいる暇も考えている暇もないぞ」
考え事をしていた俺の近くにいたゼストが周囲を注意しながら俺に声を掛けてくる。
俺も周りを見渡すとあの巨大なアンノウンが4体、俺たちを囲むようにして木々の間から歩み寄せてきている。
「……戦わなきゃいけないのか?」
「一つ言える事は戦わなければ“死ぬ”だけだ」
“死”……その言葉を聞くと不思議とプリムラに手を付けていた。
俺は死にたくはない。やりたい事も戻りたい居場所もある。それに、目の前のアインハルトに聞かなければならない事がたくさんある。
「……なのはさんの近くにいるアンノウンを最優先だ」
「了解した」
プリムラに付けていた手にさらに力が加わる。この混沌とした気持ち、状況、情報。それらを整理するには時間がかかる。それらを整理するためにも今は目の前の障害となっているアンノウンを倒す必要がある。
そして、感傷に浸っている暇も混沌とした状況下を打破している暇も複雑な情報を整理している暇なく事象は次から次へと来る。
「「っ!?」」
そう、今、目の前のアンノウンが何処からか来た魔弾の攻撃によって横に倒れて、真上からピンクの大きな砲撃が天罰かのように倒れたアンノウンに直撃しこの世から消え去った。
「……ピンク?なのは……さん?」
俺は空を見上げるとそこになのはさんが盾を展開させながら浮遊していた。盾が三つに見たこともない銃。オリヴィエに“未来”のなのはさんの特徴を教えてもらったが、その教えてもらった情報が全て一致する。あれは“未来”のなのはさん……アーチャーなのだろう。
なのはさんは更に残りの3体のアンノウンに拡散するように魔弾を飛ばし、追撃で砲撃を盾から放出しアンノウンを消滅させた。
4体のアンノウン消滅まで実に5秒以内の出来事であるために一瞬何が起こったのか分からなかった。
現代のなのはさんとはまた違う威力と魔力。先ほど“魔弾”と言ってみたが実際は違うのかも知れない。未知な力があのなのはさんからふつふつと感じた。
「……AMFが無くなった」
「どうやら、JS事件のガジェット・ドローンのようにあのアンノウンがAMFを発動させていたのだろう。となると、全てのアンノウンが消滅したようだな」
と言う事は通常時の時に体に重い重力を感じた感覚は無くなるのだろう。今すぐにヴィータさん達の居るベータ分隊に連絡すればこちらに駆けつけてくる。
「……っつ!!」
「……!!」
そして、アルトリアとアインハルトの激しい攻防戦の剣戟も一旦終わり2人は距離を離す。アルトリアが俺たちの所まで下がる。2人が競い合った場所周辺は原形を留めきれないほどに草木などが散乱していた。木は何本も倒れていたり粉砕していたり、草はすべて刈り取られており、そこの場だけは森の中とは思えないほどだ。
「……なのはさん……」
「ちょっとやり過ぎだね、アインハルトちゃん」
アインハルトはなのはさんの居る空へと冷たい視線で向ける。なのはさんはアインハルトを見下ろして慈愛のような温かい笑みを浮かべる。2人の間にはどのような感情が交差しているのか第三者から見ると全く分からない。
「どうしてこんなことするのかな?」
「……」
アインハルトはそれに何も答えず、ただ弱くなり始めた雨の音だけが耳に響く。そして、アインハルトはなのはさんを見上げるのをやめ無表情のまま背を向けた。
「……まて、アイン」
俺の声は心細く不安で落ち潰されそうに震えていた。アインハルトはすぐに撤退するのだろう。聞かなければならない事がたくさんある。俺は目の前のアインハルトを引きとめて真相を確かめたかった。
アインハルトは俺の声を聞いてほんの少しだけこちらに顔を向ける。その無表情で冷たい眼差しのまま。しかし、ほんの……ほんの少しだけ表情に影があったような気がした。
「また……会いましょう。ガイさん」
「まて、アインハルトっ!!まだ決着はついていません!!」
アルトリアも引き留めようとしたが、アインハルトはその後一度も振り向かないまま森の闇へと走って行った。追うにも気配を消せるアインハルトが相手ではすぐに見失う。
「“アサシン”のクラスじゃ追跡や探索は無意味だね」
「……」
上空に居たなのはさんが下りてくる。アルトリアとゼストも張りつめていた空気を緩めた。
俺はしばらく放心状態で去っていったアインハルトの方向を見つめていた。残酷で過酷な運命が決定されてしまったのだら。
アインハルトは……俺の……“敵”……。
「俺は……どうすれば……」
雨は……止み、緑に付いている血が赤く染まった、森の中とは思えないほど草木で散乱しているこの戦場を雲の間から照らしている日の光が差し込んでいた。
「ガイ君?大丈夫?」
下りてきたなのはさんが俺を心配そうな表情を浮かべて見てくる。正直大丈夫じゃない。様々事がこの数時間で起こっていた。予測思考の今の状態でなければとっくに現実逃避をして気を失っているところだ。
「あまり大丈夫ではないですね……」
俺はなのはさんの眼を直接見ずに答える。こうして“未来”のなのはさんと直接会うのは初めてだ。
“現代”のなのはさんとはまた違うデザインのバリアジャケット。武器もゴツイ銃に大きさの異なる三つの盾。それと金色の小型な剣のような形の中心に埋め込まれている赤いルビー。あれはレイジングハートだろう。
“現代”と“未来”ではやはり質も量も変わっている。特に質は根本から大きく変わっているのが分かる。まるで何かの対策として魔力の変換を行っているように感じた。
「……今のガイ君は“魔術回路”を展開させている姿なんだね」
「ええ。なのはさんは魔術回路を知っているのですか?」
「うん。……そっか。だから今日の日に行なっていた模擬戦は違った感覚がガイ君から来ていたんだね」
俺の中にある魔術回路があると言うのを目の前のなのはさんが知っていて特に驚く事は無かった。“未来”から来たという事は“現代”の情報を得ているのだから。だから、今日の午前中に行った模擬戦の内容も“未来”のなのはさんは知っている。
「私はとある人から“魔術”という基礎を教えてもらったからある程度は分かるかな」
「……」
なのはさんなら魔導と魔術の二つを扱えるのではないだろうか?そうなるともし敵となった時はやっかいだ。
……なんで、敵として考えているんだ俺は?出来れば味方であってほしいだろ。アインハルトも……あれは俺をもはや敵として見てる……よなぁ~……。
思考がかなりネガティブよりになっていた。こうして考えていられるのも予測思考のおかげだ。この短時間に得た悪報の情報がありすぎて現実逃避をしたいぐらいなのに俺はいたって冷静さを持ちあわしている。
アサシンがアインハルトだと分かった時は衝撃がデカ過ぎて頭の中が真っ白になっちまって思考が停止していたけど何とか持ち直せた。
「で、なのはさんはなぜここに?」
「……そこの “私”に用があったんだ」
俺はなのはさんがここに来た理由を聞いてみる。今は自分から他人に会話を振る気分ではないが、会話がないと感情が入り混じり過ぎて気持ち悪い。それを考えないために会話を続ける。
なのはさんは気を失って木にもたれ掛かっている現代のなのはさんに歩み寄った。
「何をする気ですか?」
背中を向けているなのはさんはこちらに顔を向けないまま答える。
「ここが私の“聖杯戦争”の分岐点なの。ここで目を覚ましてこの戦いに首を突っ込んでしまう未来があと数分後に訪れる。だから……」
なのはさんはそっと現代のなのはさんの頭に手を乗せる。魔力が少しだけ送られたように見えた。
「これでもうしばらくは寝ているよ。これでこの聖杯戦争にこの私が巻き込まれることはない。レイジングハートもこの事は今の私には内緒にしていてね」
『了解、マスター』
「ふふっ、未来の私にもマスターって言ってくれるんだ」
なのはさんはレイジングハートの普通のデバイスとマスターとの受け答えの会話に軽く笑ってこちらに振り向いた。だが、俺には疑問が残っていた。これ以上、あまり考えたくないのだが聞いておきたい事もなのはさんにはあった。
「……ですが、それって」
「うん、今の私が私ではなくなるね。これに首を突っ込まなければ私は英霊として“世界”と契約なんてしなかった。でも、そこにいる私が今後、英雄として名を残すくらいになったとしたらどこかの聖杯戦争で英霊として呼ばれるかもしれない。その可能性は無きにしも非ずだけど、今のこの私はここで聖杯戦争に首を突っ込んだ“事象”を持ったなのはなんだよ」
「それだと……」
さも当たり前のように行っているなのはさんの行為だが、それは明らかにパラドックスを孕んでいる行為だった。
親殺しのパラドックスや因果律にも似ていて類似している。Aという事象があったからこそBという事象が発生する。親が居るからこそ子供が存在できるように、“現代”のなのはさんが聖杯戦争に関わったからこそ“未来”の今のなのはさんが居るのだろう。
しかし、その最初の事象を未来のなのはさんは否定しようとしていた。それだと自分自身の存在がどのようになるのか分からなくなる。
そのような結果になったとしても、この聖杯戦争に“現代”の自分を巻き込ませたくない理由が存在するのだろう。推測するには材料が足りなすぎるが。
「うん、その“事象”が失って私が私では無くなり“無名”としてアーチャーのクラスとして存在することになるかな」
「無名……」
「しかし、タカマチ……それではシロウが何を言い出すのか分かりませんよ。シロウも同じような事がありましたがあの時は……」
アルトリアもこの会話に加わっていく。
「うん、その話は聞いてる。でも、これできっと……」
しかし、なのはさんの言葉が途中から聞こえなくなっていた。それは突然なのはさんの首筋に刃物が当てられたからだろう。
「!?」
「ゼスト!!何をしているのですか!?」
「「……」」
いつの間にかゼストがなのはさんに槍を突き立てていたようだ。ゼストただ静かにそして胆のすわった眼をなのはさんに向けていた。
ゼストは物静かになのはさんを見ているのだがゼスト本人の内側はとても重い闘気をしまい込んで今にも爆発しそうな雰囲気が視覚からの情報で分かった。なのはさんもそれを理解している上で静かにゼストの事を見ている。
「ゼスト・グランガイツ。オーバーSランクの槍使い……JS事件では貴方を相手にするにはかなり骨が折れたとヴィータちゃんとシグナムさんが言ってましたね」
「……あいつらはいい騎士だ。自分に誇りを持っている。だが、今の貴様は自分自身に誇りを持っているのか?起こりうる問題に目を背けているようにしか見えん」
「……貴方に私の何が分かるって言うの?」
「わからん。が、それは正しい選択だとは思えない」
確かに、ゼストの言い分ももっともだ。この聖杯戦争に首を突っ込ませない様に工作を施している未来のなのはさんは第三者の視点から見ては現実から目を背け逃げているようにも見えている。
ゼストはそこが気に入らなかったのだろうか?
「……そういえば、あなた達とは同盟は組んでいませんね」
「「「っ!?」」」
一瞬にしてこの場の雰囲気が変わった。重々しい張りつめた空気。眼球1つの動きでさえも観察されているような感触。まるで金縛りにでもあったかのように動けない体。
それらは全てなのはさんが冷たいと皮膚などで感じられるほど寒気がする冷酷な雰囲気を発していたからだ。アインハルトとは似ていて、しかし、その冷たさのベクトルが違う感覚。
冷たさのベクトルはなのはさんのは剛で、アインハルトのは柔ってところか。
冷静に分析できる自分が居るのは予測思考による脳の処理を高速化させているからだろう。
なのはさんの表情も変わり険しく硬い。いつものような柔らかい笑みを浮かべているなのはさんではなかった。
「私はアーチャー。貴方はランサー。それだけで戦う理由はいりませんね?」
「……ああ、よかろう」
ゼストは一度仕切り直すためになのはさんから槍を引いて距離をとり構える。
「ゼ、ゼスト。正気ですか!?」
「すまんな、アルトリア。こいつは私が全てを託した人物の親友なんだ。どのような思想や理想をもち、どのくらいの力量があるか確かめさせてほしい」
「で、ですが……」
2人の間には入りたくないような雰囲気を晒し出しており、お互いに相手が何かをしてきたら一瞬でそれに対応できるような思考が入り混じっているように見えた。
アルトリアも2人から放たれる雰囲気から苦い顔をして困惑していた。
『ガイっ!!無事か!?』
「「「「っ!?」」」」
と、そこにいきなり声の高く相手を心配するような必死な声がこの今の戦場に渡りきった。俺の目の前にモニターが表示されそこにはヴィータさんが映っていた。
「え、ええ。まあ、一応」
『どういうわけかAMFが消えた。これなら通信システムも使えっから、中間の拠点は必要なくなった。だから今からそちらに合流する。わかったか!?』
「……はい、了解しました」
『本当に大丈夫か!?モニター越しから見てもてめぇの生気を感じねえぞ!!』
「……っ、大丈夫です!!」
『……わかった。すぐに行く。それまでそこで大人しくしてろよ!!』
俺がモニターに映っているヴィータさんに何とか敬礼すると、モニターが途切れた。突然現れて突然消えたモニターに先ほどの重々しい雰囲気は無くなっていた。
第三者から見るとやはり俺は無理しているようだ。魔術回路を切ったら多分気を失う。
「勝負はお預けだ」
「ええ、そうですね。私達がここに居るのは不味いですからね」
「アルトリア、俺は霊体化する。後は任せたぞ」
「え?え、ええ。わかりました」
2人は得物をしまい、ゼストは霊体化した。アルトリアもいきなりの展開に情報整理に少し時間がかかるようだ。
「ガイ君」
それを尻目になのはさんは笑みを浮かべてこちらを見る。
「現実から逃げちゃダメ……だよ」
「……っ」
その言葉はとても……とても重く胸に突き刺さった。仲間の死のこと。アインハルトが敵となったこと。なのはさんが無名の英霊で存在することになったこと。それらの現実から逃げちゃダメだと目の前のなのはさんは告げる。
「……なのはさんも……敵……ですか?」
「それは“聖杯戦争”次第……だね」
なのはさんはそれだけを告げて笑みを浮かべながら霊体化して姿を消した。
「……私も拠点へ戻ります。ガイは?」
「……俺はここにいる。ヴィータさん達の分隊が間もなく到着するだろ」
「……私を軽蔑しますか?」
「どうだろうな。アーサー王の歴史はそれ程調べてないからなんとも言えないさ。でも、アルトリアはいい奴だと認識している……早く行ったほうがいい」
「……気遣い感謝する。ガイ、お気をつけて」
アルトリアも軽く笑みを浮かべて頭を下げ、ダークスーツ姿に戻りアインハルトとは別方向の森の中へ走って行き姿を消した。アーサー王の伝説は前にコロナが調べて探し出してくれた本にあった。それをオリヴィエがもってきたので家にある。後で見ておくべきだ。
そして、管理局員じゃない人物がここにいたら確かに不味い。皆この場から離れて行く。気づくとここで生命を維持しているのは俺と気を失っているなのはさんだけだった。
人が消え雨も止み音が無くなったこの広場は、先ほどまで熾烈な争いがあったとは思えないほど静寂さが包み込んでいた。異様なまでの孤独感が押し寄せてくる。
「……」
俺は魔術回路を解除するために心臓に剣を突き刺すイメージをした。
「……っ!!」
その瞬間、ありえない量の情報が脳に一気に押し寄せて整理できず頭痛を伴った。整理するには時間が掛り、この短時間で得た情報は予測思考しなければとっくに気を失っていたのだろう。
俺はその痛みに耐えきれずに意識を手放した。
『ガイよ……』
『何ですか、隊長?』
『守りたい奴っているか?』
『……ええ、それなりには』
『ほう、ガイに恋人が出来たか』
『違いますよ』
『おっ?守りたい人=恋人という方程式じゃなかったか?』
『じゃあ、隊長はなのはさんが恋人になりますよ?』
『そ、そんな、よせやい。照れるだろ』
『それは今後一切あり得ないと思いますので、先の方程式も違うと言う事に』
『……グスン、俺のメンタル面は豆腐みたいに柔らかくて脆いんだぞ!!』
『で、どうしてそんな事を?』
『俺の話無視かい!?まあ、いい。つまり、そいつが誤った道に進んだらちゃんと元の道に戻してやれと言いたかったんだ』
『なら最初からそう言えばいいんですよ。でも、あいつらなら自分で正しい道をちゃんと見つけ進んでくれそうですけどね』
『……あいつ“ら”……ねぇ。あいつらって誰よ?なのはさんの愛娘のヴィヴィオちゃんとそのお友達か?』
『ええ、そうですね。あいつらの居場所がとても居心地が良いのです。若干1人笑顔を見せない子も居ますがあいつらと居ると……居るだけでかなり癒されます』
『……ロリコン』
『なんでそうなる!?』
『まあ、ガイがロリコンなのかは置いといて……』
『置いとくな!!俺はロリコンじゃねぇ!!』
『しょうがねぇな。今はロリコンじゃないとしとく』
『……この人いつか俺にロリコンと言う汚名を落ちつけてくるな』
『つまりは誤った道に進んだ相手にお前はどこまで手を差しのばして戻してやれるかってことだ』
『……?どこまでって俺が出来るところまでじゃないんですか?』
『命まで張れるか?』
『……』
『即答は出来ない。それが普通だ。誰もが一番かわいいと思うのは自分自身だ。危ない状況に陥った時は必然的にそうなる。人間って生き物は……いや、生命を活動している生き物は本能的に皆そう考える』
『俺は……命を張れる』
『その言葉が出るまでがおせぇよ、ガイ』
『だが、命だって張らないとあいつはこっちに振り向きもしないまま誤った道を進んでいくことになる』
『……アインハルトちゃんだっけ?』
『何で知ってるんですか?』
『……だって、俺はもう……“死んでる”』
『……えっ?』
―――798航空隊 医務室
「……」
眼が覚めた。視界に移るのは白い天井。嗅覚には僅かに鼻につくアルコールの臭い。ベッドで眠っているようだがここは俺の部屋では無い。
何か夢を見ていたような気がするがなんだったか?それにここはどこだ?
「あ、目、覚めた?」
「……先生」
声のした方を見ると、眼鏡をかけて管理局の制服の上に白衣を着た女性が椅子に座ってこちらを見ていた。医務室の先生だ。どうやらここはうちの医務室のようだ。
「意識はOKね」
「……体が重い」
眼が覚めた時から異様に体が重い。内側からの重みでは無く外部からの重みがあるような。
「それはそこの美人ちゃんがベッドに寄りかかるように眠っているからよ。ガイ君も隅に置けないわね~♪」
「えっ?」
視線を先生と反対側の方に向けるとそこに居たのは……。
「フリージア……」
「んんっ……ガイ……無事……で……か……」
オリヴィエが椅子に座って俺が寝ているベッドにもたれかかる様に俯いて眠っていた。風邪をひかない様に毛布を掛けてくれたのは先生なのだろう。
「その人ね、あの現場まで走って来たのか息をかなり乱して、気を失って運ばれていたガイ君を見つけて慌てた素振りを見せながら悲痛な表情をしてガイ君から一歩も離れなかったんだって。運ばれている車の中で何度も何度も“申し訳ありませんっ!!”ってガイ君の手を掴んで呟いていたと救急隊が言っていたらしいわよ」
「……」
オリヴィエがそこまで俺の事を心配してくれたとは……。
魔術回路を一度使うとは言っていたが一日に二度使うとは言ってなかった。俺が魔術回路を使えばオリヴィエへの魔力供給が増大し安定する。
二度目があった事がオリヴィエの心境に不安を掻きたててしまい現場まで来てしまったようだ。
「……ごめん、そしてありがと」
俺は上半身を起して眠っているオリヴィエの頭に手を乗せてお礼を言った。
「……でね、ガイ君」
「……はい」
先生の表情が先ほどの他人が異性にどのように接するのかという好奇心の眼ではなく、眼鏡を外し真剣さを孕んでいる眼で俺を真正面で見る。
言い出す内容は大体分かっている。
「今回の件……ガイ君は大変な思いをしたと思うの」
「……っ」
今回の作戦の内容だ。内容が脳にフラッシュバックして軽く頭痛を伴った。あの短時間でドロッとした濃い情報がありすぎて通常の状態での脳ではコンピュータで言う所の処理落ちが激しい。
つい、感情に任せて涙が零れそうになったが何とか抑える。先生もそれを汲み取ってか少しの間だけ間を空けてくれた。
つい先ほどまでその作戦行動に順していた俺は生き残りとして、いろいろと聞かれるのだろう。その質疑を問いかけるのは今はこの目の前に居る先生だ。
「落ち着いた?」
「……はい」
「そう。それでねさっきの話の続きだけど、しばらく航空隊に出てこなくていいわよ」
「……はいっ?」
先生は今回の作戦の内容に触れる事は無かった。今の俺はたぶん呆けている表情をしているだろう。そんな様子を先生は見たからか軽く笑みを作って先ほどの言葉に補足し始める。
「要するに心の傷を養生しなさいってこと。上から許可は取ってあるようね」
「いえ、しかし……」
「大丈夫。お給料はちゃんと出るわ。有休、入隊してから一度も使ってないでしょ?100日近く有給休暇があったから、とりあえず30日分を申請しておいたわ。これ申請書のコピーと承諾書」
「えっ……」
「こんな破格の待遇は今後一生無いと思うから、これに甘んじでおきなさい。そして、しっかりと心の傷を癒して、またこの航空隊の門を潜りなさい」
「……」
紙を見ると本当に申請されて承諾されていた。一ヶ月分の有給休暇の受理。先生ではないとするとこれは一体誰が書いてくれたのだろうか?
申請書の右下の方には俺の名前の他に代理人として名前が書いてあった。
“高町なのは一等空尉”
「あの現場から生存していたのはガイ君と高町一等空尉だけだった」
「……そうですね」
これはなのはさんが俺に対する同情から生まれた好意で出来た行いなのだろう。目の前で仲間が食い殺されているのに心の傷が出来ないわけではない。そのために心の傷を癒すための休暇をなのはさんは行ってくれた。
あの後もいろいろあった。心の傷を癒すのと情報を整理するのにこの休暇は必要なのだろう。
俺はその好意に甘えることにした。
「後で高町一等空尉にお礼を述べておきます」
「ええ、そうしてちょうだい。事後処理も高町一等空尉が全て行ったのでガイ君は明日から家で養生してね」
俺はその書類を二つ折りにして隣に置いてあった鞄にしまった。
「んっ……んん……ガイ……」
少し振動を与えてしまったからか、オリヴィエは浅い眠りから目を覚ましたようだ。寝ぼけ気味な眼をして俺を見る。
「……」
「……」
少しの間、見つめ合う。俺をガイと認識するのに視界から脳までの伝達が遅いのだろう。
「……っ!!ガイ!!無事ですかっ!?」
そして、脳に目の前の人物=ガイと認識が繋がったのか、眼を大きく開いて心配そうな表情をして俺の顔の前までベッドに乗り出してくる。
「あ、ああ。とりあえずは……な……」
オリヴィエは朝が苦手だと言うのは知っていた。だが、それは朝では無く寝起きが辛いだけなのだろう。
「良かった……本当に……良かった……」
「……?……フリー?」
オリヴィエは俺の服を両手で掴み顔を伏せて震えた声で俺が無事だと知って、何度も何度も良かった呟いていた。
そして、顔を見上げる。
「……っ」
今はカラーコンタクトで紅い両眼から透明な液体が零れおちていた。オリヴィエは泣いていたのだ。頬も僅かに紅葉して潤んだ瞳に心配と安心の表情が浮かび上がって本当に俺の事を心配してる。
その表情を見て一瞬、ドキッとしてしまった。本当にオリヴィエは美人の分類に入る。美人が頬を赤くして涙を流す姿は儚げにも見えて魅力的でもあった。
「……本当にごめんな、心配かけて」
「ええ、本当に心配しました」
心配と安心の表情が現れていたが、どうやら安心の色の方が強いようだ。俺が声をかけると優しく笑みを溢した。
「……」
今のオリヴィエは凄く可愛い。そんな表情をするとここのベッドに押し倒したくなるという男なら当然の欲求が出てくるのだろう。
「さて、お邪魔虫はさっさと退散しますかね。あ、ベッドは“使って”もいいけど汚さないでよ。それと鍵かけとく?」
「……変な方向へ話を持っていかないで下さい。鍵はかけなくてもいいです」
「あら、公開プレイが好み?マニアックねぇ……」
そう言いながら先生は何処か羨ましそうに俺とオリヴィエを見たあと、手荷物を纏めて医務室から出て行った。出ていく間際に“私も彼氏ほしいわねぇ~”と呟きが聞こえてきた。
「……ガイ?“公開プレイ”ってなんですか?」
「……何でもないよ。とりあえず帰ろうか」
今の状況だと男なら目の前の可憐な花を押し倒したいという欲求が出てくるはずだろう。だが、今の俺にはそんな気力は無い……度胸もないが……。今は気持ちが辛いのだ。
隊長の死。部隊の死。
これらが今の俺の気持ちを沈める大分を占めている。この部隊でもうこの人物達と会う事は二度とない。
そして、その原因を作ったのはアサシンでありアインハルト。日常にも存在するアインハルトが未来の姿となって敵として現れた。一体何が目的であのような事をしたのかそれを知らなければならない。
いや、知ってどうするんだ?知った所で俺は何が出来る?俺はどうしたらいいんだ……。
今の俺は本当にどうしたらいいのか分からなかった。味方を殺したアインハルトを恨むべきなのか親身になって経緯を聞くべきなのか。
アサシンがあのアインハルトだと知るとどうしても親身になってやりたくなる。保護欲と言うモノなのだろう。
だけど、味方を死に導いたのもあのアインハルト。弔いをする権利もある。
「わかんねぇ……」
「……ガイ?どうしました?」
帰り支度をしながら複雑な気持ちで考えていた俺が呟くとオリヴィエがその言葉を拾いかけていた。
「何でもない……フリー。帰ったら聖杯戦争について色々と話がある」
この一件はオリヴィエと真剣に考えた方がいい。
「……ガイが受けた傷の原因はやはり聖杯戦争ですか……」
「うん、それもいろいろとあってな……とりあえず帰ってから話す」
「わかりました」
オリヴィエに了承を得て俺は帰り支度を整えて鞄を拾いオリヴィエと共に医務室を後にした。
―――なのは宅
「たっだいま~!!」
夕方より少し暗めの時間帯。
私は元気よくドアを開けて家に戻ってただいまの挨拶をした。
午後は皆でショッピング。途中でフリージアさんが用事が出来たと言って別れちゃったけど、それでも今日は十分に楽しかった。アインハルトさんやフリージアさんともいろんなお話が出来たし、コロナとリオと一緒にストライクアーツとかガイさんの話で盛り上がっちゃったし。
「……あれっ?」
しかし、ただいまの返事が返ってこなく家は静まり返っていた。
車もあったしダイニングの部屋の電気は付いていたので、なのはママが帰ってきていると思ってたけど違うのかな?も、もしかして、泥棒!?
「ク、クリス、もしもの時はお願いね」
私は速まる心臓を何とか抑えつつ、小声で隣で浮いているクリスに小声で呟くと任せて下さいと言わんばかりにビシッと音が鳴るような敬礼をした。
私はありがとうと付け足してダイニングの方へ警戒心を向ける。
明かりが零れ出ているダイニングのドアの前で壁に背を向け、一度深呼吸をして音を立てない様にゆっくりとドアを開ける。
「……あれっ?」
私は先ほどと同じ言葉を無意識に呟いていた。なのはママが後ろ姿でテーブルに座ってた。何処となく疲れているような背中だ。
なんだ泥棒じゃないんだ。なのはママだったよ。でも、あの後ろ姿……仕事で疲れちゃったのかな?じゃあ、今日は私が料理を作ってあげよう。
そう理論づけて私はドアを忍ぶことなく開け放つ。
「あれ?ママ?帰ってきてたの?それなら挨拶はちゃんと返してほしいですよ」
なのはママが居た事に安心感が芽生え警戒を解いて明るい声でなのはママに声をかける。疲れているのなら私が元気付けてあげよう。そう思ったのだから。
それにようやく反応したのかなのはママはこちらに顔を向けてきた。
「あ、ヴィヴィオ……」
「……ママ?」
だが、その顔はいつも私に笑みを振ってくれる顔では無く寂しさと後悔の色を足した悲痛の表情だった。
何かあったのだろうか?
「どうしたの、ママ?何かあった?」
「……ああ、ううん。何でもないよ。ごめんね、今からご飯作るから」
「……」
その表情も一瞬だけ。すぐに笑顔になって立ち上がりキッチンへと向かった。
「待って、ママ」
「……」
だけど、その笑顔は作り笑顔だとすぐに分かった。私を心配させないと必死に作った笑顔。その気遣いはとっても嬉しいけど今は違う。
ゆりかごの時のように腹をわって真剣に話してほしい。
「何があったの?私で良かったら話してほしいですよ」
「ヴィヴィオ……」
私はなるべく明るい声でママに元気づける。その声を受け止めてママは口に手を押さえて瞳は潤んでおり今にもその雫が落ちそうになっていた。
……そんな真剣に悩んでいたモノだったんだね。
「私だと役不足かもしれないけど、私達は“親子”だもんね。悩み事があったらお互いに話し合った方がいいでしょ」
その“親子”という絆をくれたのはママなんだから。
「……うん、ありがとヴィヴィオ」
ママは感激を受けたのか、本当の笑みを作って私を抱いて優しく包み込んでくれた。とても温かいぬくもりを感じる。
こんな温かい絆をママが作ってくれたんだからその恩返しぐらいはしないとね。
「この悩み事はヴィヴィオにも関係があるかも知れない」
「私にも?」
私を抱いてい呟いていたママはゆっくりと離れて私を見て潤んでいる瞳で笑みを作って一度だけ頷き椅子へ移動する。私も後を付いて行って、対面の椅子に座った。もう一度顔を見ると潤んでいる瞳は無くなって少し真剣さを増した表情に変わっていた。
「ガイ君のことが好きなヴィヴィオには重要な話だね」
「ふぇ!?」
ママは真剣な表情をしていきなり的を外したような話を切り出してきた。気になる人の名前がいきなり出てきて私は一気に焦った。
「ガイさんに何かあったの!?あ、も、もしかして、ママとガイさんが付き合う事に!?え?え?え、えっと、それは嬉しいような羨ましいような嫉妬のような……ああ、それはやっぱりとても羨ましいよ~……」
「……落ち着いて、ヴィヴィオ。そういう問題じゃないから。切り出し方が悪かったね」
錯乱してしまい項垂れてしまった私を冷静になだめてくれるママ。
そ、そういう話じゃないんだ。う、うわぁ、すっごく恥ずかしい。で、でも、ガイさんがもし私じゃなくて他の人と付き合う事になったら私は……素直に祝福してあげれるだろうか?
「……そのくらい真剣にガイ君の事を考えているヴィヴィオにお願い事があるの」
「そういえば、まだ内容に入ってないね。うん、落ち着くね」
私は今の話を切り離して思考を何とかクリアにしてママの話を聞く態勢に入る。ママもそれを見てゆっくりと今日の出来事を話しだした。
ミットチルダ東部郊外の密林で凶暴で巨大なアンノウンが出現したこと。それを倒するためにガイさんの所属している部隊が出動命令が出されたこと。そこに居合わせていたママとヴィータさんもガイさんの部隊に加わって現場にいったこと。
そして、ガイさんの部隊が壊滅したこと。
その出来事を聞いて私の心は不安色に染まっていき、ガイさんに同情してしまった。
「私が危なかった所にガイ君とその部隊の部隊長が助けてくれたの。そして、私は不覚にも気を失っちゃったんだけど……目が覚めた時はベータ分隊に担いで撤退してたの。担がれていたのは私とガイ君だけ。部隊長は恐らく……」
「ガイさん以外のアルファ分隊は全滅……」
「もっと私がしっかりしていれば良かった……」
ママから聞いた内容は概ね理解できた。つまり、今のガイさんは信頼している仲間を失って心が折れかかっているんだ。
かけがえのない時間を共に過ごしていた時間が長ければ長いほどその人たちの絆は深まる。それを失った時の反動もでかい。
きっとガイさんもその部隊にいた時間が長いから絆も深かったのだろう。今はその反動にあてられている。
ガイさんの気持ち……すっごく理解できます。私もなのはママを失ったら……きっと心にぽっかりと穴が開いたかのような虚無感が押し寄せてくると思う。絆は深くなると同時に反動も強くなってしまうものだから。
ガイさん……大丈夫かな。すっごく心配です。
「ごめんね。ヴィヴィオにこんな重い話をするべきじゃないんだけどね。そして、事後処理も私の分かる範囲で終わらして、なるべくガイ君に負担掛けない様にして心の傷を癒してもらおうと少し長い休みを取らせたの。でも、今のガイ君にどのように接してあげたらいいか分からなくて」
「……」
ガイさんのことも心配だけど、ママも助けられなかった人達がいて罪悪感を感じているような表情をしている。こっちも心配だ。ママは仲間を失ったガイさんの事を心配しているし、自分の気持にも鞭を打って反省している。
そうやって問題に真正面からぶつかって逸らさずに進んでいく姿が私のカッコいいママなんだよ。だから私はママと打ち解けあうことが出来た。私のママは誇れるママだよ。
私はそれらの悩みを一気に解決するべく笑顔をママに向けて眼を見る。
「簡単だよ、ママ」
その答えはガイさんから教えてもらった事だから。それを思い出しながら私は語る。
“ヴィヴィ達の笑顔は行き詰っている時に見ると、温かな気持ちが胸の奥からこみ上げて来るんだ”
「笑って接してあげればいいんだよ」
―――マンション
「ご馳走様でした」
私はヴィヴィオさん達とショッピングモールへ行った後、部屋に戻って自主トレを行っていました。その後はご飯を作って今現在食べ終えたところです。
誰も居ない部屋にご馳走様と言っても帰ってくる言葉はあるわけがない。それでも、マナーとして行うべきなのだろう。なら、言っておくべきだ。
「……ふぅ」
私はそんなどうでもいい事を考えつつ、無意識に天井へ視線を上げた。
ショッピングモールではオリヴィエに居てほしいと言ってしまいました。あの時のオリヴィエは何時ぞやのシャンプーを買ってくると言って別れた時のオリヴィエと被っていた。
心配は心配だ。けど私がどうこう出来る問題では無いのでしょうね。ガイさんが何かを知っている。それを知らないと何もできない。
昨日は覇王の記憶にケジメを付ける事は出来た。けどオリヴィエにはこの世界にいてほしい。
私自身はそのように思っているが、覇王の血もそのように思っているのではいかと思える。
「……考えてもしょうがないですね」
色々な問題は残っているが解決する材料は手持ちにはないので私は思考を切り替えるために、部屋に戻って壁に掛けられている服を見る。
オリヴィエが選んでくれた服。この服を着てガイさんと何処かに行けたら……い、いえ、まだそんな関係ではありませんし、そ、その、デートはまだ早いでしょうね。キ、キスとかもまだですし、告白すらしてませんし……ガイさんの気持ちは分かりませんし……。
この服を買ってから、何度ガイさんと出かけるシチュエーションを行ったか分からない。
行動に起こさなければ意味はないのは知っていますが、告白はまだ早いし恥ずかしいです……。
私は悶々とした思考をしたまま、食べ終えた食器を台所へ持っていき洗い始める。
「あっ……洗剤が切れてる……」
皿を洗おうとして、スポンジに洗剤をつけようとしたが洗剤の入っている緑のプラッシックからはヒューヒューと内側から出る空気の音しかしない。
「……仕方ありません。買ってきますか」
今は少し夜の深い時間帯。買い物に行くとなると少し億劫な時間帯ですが、これがないと食器も洗えない。
私は仕方ないと考え身支度を済ませて、ドアを開いた。
「「あっ……」」
ドアから外に出てばったりと2人の人物と出会った。オリヴィエとガイさんだ。
「あっ、アインハルト。これからどこかへ出かけるのですか?」
「え、ええ。洗剤が切れてしまったので近くのコンビニで買ってこようと思いまして」
オリヴィエは笑顔で接してくれる。昼間の別れた時に涙を流してしまって恥ずかしかったが、こうして無事に戻って顔を見せてくれると安心します。
「そうですか、気をつけて下さいね」
「はい。ありがとうございます。ガイさんは仕事帰りですか?」
「あ、ああ……」
オリヴィエにお礼を言って、ガイさんに会話を振ると何やらあいまいな表現が帰って来た。
「……?……どうかしましたか、ガイさん?」
私はガイさんに特に何も考えずに近づいた。ただそれだけだった。
「……っ!!」
「えっ?」
ただそれだけだったと言うのに、ガイさんは怯えた表情をして一度だけ体をビクつかせて私を否定しているような恐れているような眼を向けてくる。
「え、あ、あの……」
「……っ」
「……」
それを見ただけで分かってしまった。分かりたくなかったが、そう理解してしまった。ガイさんは私の事を“否定”している。
その瞳からどす黒い何かが伝わってくる。その中に他のモノが混じっているがどす黒さが一番大きい。
それを感じてしまった私の心は寂しさが過ぎって目頭が熱くなってしまう。
「……ゴメンなさい、ガイさん。私はガイさんがご迷惑になるくらいに甘えていたかも知れません。本当に……ごめんなさい……っ!!」
「あっ……」
「えっ?洗剤の買い物は?」
私は一度頭を下げて、ガイさんとオリヴィエを見ないまま部屋に戻った。いや、視る事は出来なかった。既に私の眼から透明な雫が零れおちていたのだから。ドアの鍵を閉めて少しだけ一点を見つめていた。それはただ単に頭の中が真っ白だからだろう。
「……ううっ……うう……」
そして、私はドアに背中を預けてその場にへたり込んで顔を伏せた。
ガイさんが……私を“否定”している……そう分かっただけで、この胸に悲痛な叫びが反響するぐらいに響いている。体が異様に重い。
「これが悲しいって気持ちなんでしょうね……」
好きな人からの否定の表現。それがこんなにも気持ちが深く沈んでいくモノなんて。
つい先ほどまでデートやらキスとやら告白とやらのシチュエーションを考えていたのが嘘のように遠くに感じた。
あのように考えていた方が幸せだったのでしょうか?今はそのシチュエーションをする必要がない……。
「ガイさん……どうしてですか……」
私は告白をする前なのに失恋したような良く分からない気持ちになっていた。
「ガイ……さん……」
私はしばらくドアの前で泣きながら好きな人の名前を呟いていた。
「……ゴメンなさい、ガイさん。私はガイさんがご迷惑になるくらいに甘えていたかも知れません。本当に……ごめんなさい……っ!!」
「あっ……」
「えっ?洗剤の買い物は?」
アインハルトは一度だけ頭を下げて俺たちを見ずに先ほど出てきた部屋へとUターンして戻っていった。
「……あぁ」
俺はどうすればいいか分からなかった。
最初にアインハルトに会った時にアサシンだったアインハルトがフラッシュバックしたかのように脳裏に浮かびあがってそれが目の前のアインハルトと背丈が違えど被って見えた。
そして、アインハルトが近づいた時、あの光景を思い出し恐怖に体が縛られ体が震えてしまった。
そこからは思考がうまく働いてくれずただ目の前のアインハルトがあの時のアインハルトだと思ってしまい、“否定”してしまった。
冷静に考えれば“現代”と“未来”アインハルトは関係ないだろうけど、さっきはフラッシュバックしたせいでそんな考えている暇がなかった。予測思考が働いていれば冷静に対処できたけど今は何もしていない。
そして、俺は“現代”のアインハルトを否定するような形で別れてしまった。
「……最っ低だ、俺」
「ガイ。アインハルトに何かしたのですか?」
「された、だけどな」
「えっ?」
オリヴィエからの質疑に軽く答えながら、俺はアインハルトの入って行ったドアを見る今なら直ぐに会って謝った方がいいだろう。
けど、アインハルトを見るとまたあの光景を思い出してしまう。それだと余計にアインハルトを傷つけてしまう。
「アインハルトも随分と積極的ですね~」
「……」
オリヴィエは何か勘違いしているが、否定する気も起きなかった。
「……フリー。部屋に戻って話をしたい」
「ええ、そうですね。ガイとアインハルトの問題は2人で解決した方がいいでしょう」
「……こっちのは、な」
「こっち?」
俺は自分のドアを開けてオリヴィエを先に部屋に入れさせる。そして、今一度アインハルトの入って行ったドアを見る。その無機質なドアからは何故か泣いているような暗さを感じてしまった。アインハルトが泣いているのではないだろうか?
だけど、今は会えない。時間を取ってしっかりと整理出来たら謝りに行くよ、アインハルト。最悪、予測思考を使って今すぐに謝る手もあるけどちゃんと頭の中でケジメをつけてからでないと意味がないよな。
「……ゴメンな……アイン……本当に……ゴメン……」
俺は誰に聞いてほしかったのか謝りの言葉を呟く。無論、誰も聞いていない。誰かに……特にアインハルトに聞いてほしかった言葉だけど今は面と面で言いあえない。
俺とアインハルトとの間に奇妙な溝が出来てしまった。
俺は胸がギリギリと引き締まるような痛みを覚えながら部屋に入り、自分のドアを閉めた。
アインハルトとオリヴィエの百合フラグがたち……ませんでしたw
むしろ、アインハルトとガイの決別フラグたってねえか、これw?
今回はタイトルの通り、いろんな人物の感情が交差しています。
感情の心理って難しいです。どうもワンパターンが少し多い気がしてならなかった。
もう少し勉強しときますかね。
何か一言感想がありますと嬉しいです。
では、また(・ω・)/