異世界奇譚~最強の従者へ   作:幻花

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序章
悲しみの別れ


 この世界からいなくなりたい、そう思うのはとても簡単である。

 もし本当に現実の世界から突然いなくなれたとして、必ずしも良かった、と果たしてそう言えるのだろうか――。

 

 窓から差し込む朝日の光に少年は目を覚ます。

「五時半……少し早いですが……、今日も一日、頑張りますか」

 起床し扉を開けたまま少年は歯を磨くため階段を降り洗面台へと足を運ぶ。

 歯磨きを終えリビングへ向かい冷蔵庫からラップに包まれている昨日の食材を取り出し食べ始める。

「いただきます」

 まだ誰も目を覚ましていない家庭に彼の声が響き渡る。

 が、食材に手を付け始めたころ階段から降りてくる足音が聞こえる。

 リビングに顔を出し彼のことを見つけるや否や気味の悪いものを見ていると言わんばかりの表情へと変わる。

「おはようございます、お母様。まだ早かったため勝手に食事をしてしまいました。申し訳ありません」

「そう……ならさっさと食べ終えて学校に行きなさい」

 彼の謝罪に何も感じないのか、それとも嫌気が差したのか、彼への受け答えはとてもめんどくさそうだった。

 彼もまたそんな母親の受け答えに慣れているのか、表情を一切変えず早く食事を済ませ流しへ運ぼうとするが

「そんな皿捨てなさい。食べた後の処理なんてしたくもないしされたとしても触れたくもないわ」

 言われた通りに皿を捨てリビングから彼は去ろうとするが再び声を掛けられ振り返る。

 息子に対して見せるものとは思えない拒絶した顔が視界に映る。

 何の用か、などと尋ねる訳にもいかず、相手が話し始めるのを待つしかなかった。

 そんなことを考えていると母親が口を開き

「椅子には座ってないわよね?」

 と、化け物を見るような目つきのまま睨み付ける。

 ―そんなことのために貴重な時間を潰されたのか。

「決まりを破ったりなどしていませんのでご安心ください」

 決して心の内を明かさず小さく一礼をし彼は玄関へと足を運ぶ。

 母親の発言に対して彼が感じているのは呆れたという感情だけだった。

 常に自分のことを貶していたいのか、あるいは何を言われても表情一つ変えない自分に腹が立つのか。

 どちらにしても昔にそうなったため意味がないことなのだが。

 母親の考えを予想した彼は小さく、小さく嘆息を漏らす。

 少しして階段から、今度は慌てて降りている足音が聞こえる。

「お母さん、今日は朝ご飯いらない!行ってきます!」

「えぇ行ってらっしゃい。気を付けて行きなさいね?」

 はーい、と何とも陽気な声を上げながら玄関でばたりと鉢合う。

 彼はいつものように頭を下げ挨拶をするが彼女はそれが不満なのだろうか、いつも怒ってしまう。

「お兄ちゃん、今日は一緒に学校に行こ?」

「はい、よろこ―」

「千夏、その人は一人で行きたいそうよ。意思を汲んであげて?」

 妹の提案に喜んで応えたかったが母親から発せられる言葉に遮られてしまう。

 その様子を見た妹は顔を引き攣らせてると慌てて家を飛び出して行った。

 走り去っていく姿を見た彼は母親を怒気に満ちた目で睨む。

 その視線を避けたいのか、要件は終わったからか、そそくさとリビングへと行ってしまう。

 彼はそれ以上追及しようとはせずに学校へと向かうことにした。 

 家族とは思えないような発言の数々だが、彼にとっては日常で、こうなることを望んだのだ。

 正確には望んだ、というわけではないが結果的にどういうことになろうとも構わないと彼は割り切っていた、

 この状況を見れば少なからず異常な家庭だ、そう思うかもしれないが彼にとってはいつも通りの日常なのだ。

 学校に行こうが家にいようが、彼が心を落ち着かせられる場所など無かった。

 だが、そんな彼でも唯一心を許し安堵させる人がいた。

 小さい頃から兄である自分のことを唯一認めて、支えてくれる人が。

 妹のことを思い浮かべた時、今朝起きたことを謝らねばならなかった。

 駆け足で学校まで登校していると目的の後姿を見つけ声を掛ける。

「あ……お兄ちゃん……。今朝はごめんね……また何も考えず余計なことを言って……」

 今にも泣き出してしまいそうな千夏の頭を撫でながら、そんなことはない、と強く訴える。

「それはこっちのセリフだぞ千夏、今日は一緒に行けなくて本当にごめんな。でもいいか?千夏は俺の大切な妹で、余計な事なんて何一つもない。もし家で何か言われたとしても決して負けないでくれ」

 彼の言葉に安堵し乱れていた気持ちが落ち着きを取り戻そうとした時、周りの視線に気付き頬を真っ赤に染める。

 恥ずかしさから来る典型的な現象だ、と分析し彼は妹を連れそのまま登校する。

 下駄箱まで着き互いに学年が違うのでここでお別れである。

「お兄ちゃん、帰りは一緒に帰ろうね?」

「分かった、帰りは千夏のクラスに行けばいいよな」

 妹が手を振りながら教室へ向かって行くのを眺め彼も歩き出す。

 と言っても彼が授業を受けることは無い。

 出席の確認だけ終われば教室にいることさえ拒まれる。

 彼は図書室や保健室などで時間を潰して学校生活を送っている。

 もちろんこのことを妹が知るわけがなく、知っていたら学院長にでも文句を言いに行くのだろう。

 想像し思わず苦笑してしまうが、出来ることならそれは避けたかった。

 実際彼が何をしたかを知っても妹はおいそれと信じてはくれないだろう。いや、もしかしたら信じてくれるのかもしれないが無理に話す必要というのもないだろう。

 などと思考を巡らせていると図書室に先生が入室し彼を見つけると手招きをする。

 今までは図書室も平和だったがそろそろ場所を移動しないといけないな。

 先生に黙ってついていくとそこは職員室だった。

 扉を開け教師たちの視線が一気に集まり彼を見つけるとすぐに不快な雰囲気へと変わった。

「なぁ…退学とかは考えていないのか?」

 ありきたりの言葉を掛けられ思わず溜め息が零れてしまう。

 その行動に不愉快そうな、苛立ちのような何かを感じた教師は机をたたく。

「俺だって何度も言うのは面倒なんだ、特にお前みたいなやつに対してな」

 それはお互い様だ、と面と向かって言いたかったが下手に騒がれて千夏に気付かれても困る。

 言い出したくなる衝動をなんとか抑え込みどう対応すべきか考えていた。

「そうでしょうね、学校側としても私みたいな人が生徒だと社会の目がひどいものなのでしょう?イジメを失くそうなどと言っておきながらやっていることは変わりないですし口だけなのがよく分かりますよ」

 口から出てしまったのは穏やかとは程遠い言葉だった。

 なぜ挑発するような言葉が出たのかは分からないが、少しは言ってやりたくなったのだろう。

 彼の言葉にますます腹を立てたのか、話を終わらされてしまう。

「もういい、お前とは極力話したくない。下手に刺激して殺されても堪らんからな」

 凄まじい顔と声音で追い払われ、彼自身特に用もなかったため職員室を後にする。

 職員室を出てどこかへ行こうとしたが、すぐに彼へ視線が集まる。

 好奇の視線や畏怖の視線など、様々な感情が込められていたが気にも留めず屋上を目指した。

 実際のところ気にならないわけではなく気にするだけ無駄だと割り切っているだけなのだが、自分でもよく耐えていると感心してしまう。

 屋上へ着き吹き抜ける風が心地よく眠気を誘ってくる。

 そのままウトウトしていると眠りについてしまった。

 彼が夢の中で見る光景は決まって一緒だった。

 小さい頃、家の事情を幼いにも関わらず理解してしまい、両親や親族たちの間で行われる会議で反論した夢である。

「やめろよ!なんで妹がそんな役割を負わないといけないんだ!」

 小さい頃の彼は妹のこととなると周りが見えなくなり、相手が両親だろうと戦ったら間違いなく殺される相手だろうと歯向かうことを躊躇わなかった。

 その行為を愚かと言うべきなのか無謀と言うべきなのか、今でも彼は判断しかねるがこの時に行った行動に関しては間違っているとは決して思わなかった。

「この家は実力が全てであり結果が全てだ。小さい今のうちから育てておかねば将来立派に育たん」

「だけど父さん!だったら僕がやるべきだ!僕の方が妹よりも劣っている!」

 彼の言葉に父は目の前まで歩くといきなり頬を叩く―。

 寸前に彼は父の腕をつかみ叩かれることを免れたが、

「これでもまだ劣っているというのか?そんなことはないだろう。あいつは出来損ないだ、今のうちから飼育し育てて行けば多少は役に立つ―」

 それ以降の父の言葉を彼は覚えていない。

 怒りが限界点を超え、憎しみが湧き上がり気付いた時には父の腹を殴り飛ばし壁に激突する。

 五歳とは思えぬ力に誰もが驚き、全員の思考が止まってしまう。

「妹が出来損ない?ふざけるなよクソが!お前の方が出来損ないだ!」

 倒れ込む父の元まで足早で寄り顔面を殴る。

 殴るたびに鈍い音が響き、拳に血に塗れていたが、彼の怒りがそんなことを気にさせなかった。

 体が痙攣を起こし今すぐにでも消えてしまいそうなほど弱っていた父の怯えた顔は今でも鮮明に覚えている。

 止めに入ろうとした親族の人も構わず殴り、誰も彼を止めることができなかった。

「お兄ちゃん!」

 だが、響き渡った声を聞き彼は正気に戻ると慌てて周りを見回し自分がしたことの恐ろしさに震える。

 幸いというべきなのか死者は誰も出ていないが、父は植物状態となってしまった。

 それ以降全ての原因は彼にあり、全ての雑務などを任されることとなったのだが、彼のおかげで妹はその辛い雑務などを知らず今に至る。

 そして家族のストレス発散の道具としても使われるようになったのもこの頃からだ。

 夢から目を覚まし未だ覚醒しきっていない頭を動かしいつものように考え込む。

 夢を見る度に彼は本当にこれで良かったのか、と必ず悩むのだ。。

 当時の彼には様々なことへ視野が行き渡らずただ目の前で起ころうとしている妹のピンチを救いたい一心だったのだが、結果的に言えばそれはやり過ぎたのだ。

 それ以降彼を見る目は一変し今まで向けられてきた好意は敵意に変わってしまったのだが、彼にとってあの約束を受け入れてもらえた時何が起きても決して挫けないと心に誓った。

 日が沈みかけ夕暮れには丁度良い時間なのだろう。

 体を起こし扉を開けようとしたが、ガチャリと捻るが扉は固く鍵を掛けられていた。

 頬をかきながらどうするか考え屋上を歩いていると二つの選択肢が頭に浮かんだ。

 一つはドアを蹴破って帰る、もう一つは屋上から飛び降りて帰る。

 どちらも見つかると家に連絡され何を言われるか分かったものではない。そもそも勝手に屋上にいる時点で校則違反なのだから。

 一旦考えを区切り冷静に今の自分の状況を考える。

「自分の存在自体が校則違反のようなものだし、飛び降りても構わないよな」

 答えに辿りつくや否やフェンスを飛び越え地上へと降りる。

 落下している際に吹く風は想像以上に強く不安まで吹き飛ばしてくれているようだった。

 着地し急いで下駄箱の方へ走り出すため体を方向転換し走り出し妹が待つであろう教室へと急ぐ。

 教室に着きドアを開けようとしたとき中から争うような声が聞こえてくる。

 中の様子を探ろうと壁に耳を当てると、聞こえてくる声はとても聞き覚えがある声だった。

「どうしてそんなことを言うの!?お兄ちゃんのこと何も知らないくせにデタラメ言わないでよ!」

「今までみんな言わないように我慢してきたんだぜ?それなのにこっちの気も知らないでお兄ちゃんがお兄ちゃんがって……いい加減うんざりなんだよ。まだ何も問題を起こしてないのかもしれないけどあの兄の妹なんだからお前も殺戮を好むん―」

 それ以上言わせないために教室のドアを勢いよく開け教室内を見渡し中へと入る。

 彼が来た事で喧嘩をしていたと思われる男子は自分の発言が聞かれたことへの恐怖でか足を震わせている。

 彼は妹の傍まで歩みその男子の前に立つと殺気を漏らしながら睨み付ける。

「いい度胸してるじゃないか、俺のことを知っていて千夏に対してそんな発言してただで済むと思っているのか?」

 教室全体を包み込むほど彼の殺意は溢れていて、他の生徒たちも震えていた。

「お、俺も半殺しにするのか!?りょ、両親をやったみたいに!?」

 恐怖のせいか口調が震えていたがその言葉に口元を歪ませさらに恐怖を植え付ける発言をする。

「千夏に対して黙っていろなんて俺は頼んじゃいない、お前らが勝手にやっていたことのくせに何様のつもりなんだ?千夏に対して危害を加えるつもりがあるなら俺は迷わずお前らを殺す」

 表情を一切変えずに言い放つと妹を引き連れ教室を後にする。

 帰る道中、妹はこちらを見ては背を向け、少し経つと再びこちらを見ては背を向き、繰り返し行われる行為に彼が昔やったことに対して本当か嘘かを知りたいという意思があるのだと推測し謝るところから入ることにした。

「千夏、嫌な思いをさせてすまなかったな」

「ううん……でも、ちゃんと話して欲しいの。今までずっと不思議だったけどそのたびにお兄ちゃんは何でもないよ、安心してって言ってたから信じてたのに……」

「千夏……」

 泣き出してしまった妹に申し訳なさそうに見つめることしかできなかった。

 それでも、言われたことだけはきちんと成し遂げなければならない。そう覚悟を決め口を開く。

「家に帰ってからだと恐らく話せないだろうしあそこのベンチで話さないか?」

 彼の言葉を聞きどうにか泣き止んだ妹を連れながらベンチへと足を運ぶ。

 さて、どこから話すべきなのだろうか。やはり最初から伝えるべきなのだろうか。一度話すと言った手前話さないという選択肢はないのだが、話したくない部分もあり判断を下すまでに時間が掛かってしまう。

 結局彼は最初から語り、語り終えた時に見た妹の顔を彼は一生忘れないだろう。

「そんな……私……でも……」

 一気に情報を聞いたせいか、感情をコントロールできていないようだった。

 泣きじゃくる妹を撫でながら彼は空を眺める。

 夕闇が迫りそろそろ帰らねばならない時間だったが、この状態では帰るに帰れない。

 そんな彼の考えを察したのか、妹は立ち上がり涙を拭くといつもの笑顔を振りまく。

「こんなこと言うのは今さら遅いかもだけど、ありがとねお兄ちゃん!大好きだよ!」

 ありがとう、その言葉を聞いた瞬間彼の瞳から一筋の涙が零れる。

 とっさに涙を拭くが止まることがなくおろおろと慌ててしまう。

 涙を流す兄に驚いた妹は慌てて抱きしめ彼を諭す。

 彼の心が喜びで満たされるのと同時、彼が眩しく輝く。

「な、なに?どうしたのお兄ちゃん!?」

 妹の慌てた声を聞き目を開けると、閃光が彼の目を眩まし再び目を瞑る。

「お兄ちゃん!いや、消えないで…!おに……ん……!」

 その後奇妙な浮遊感とともに妹の声が遠くなっていき、目を開けた時そこには今までの街並みなど無く、辺り一面木々で覆われていた。

 

「どこだ……ここ……」

 突然の出来事に彼が口に出せたのは一言だけだった。

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