その日の真夜中、昨日と同じようにグリモアと修行をするため城の近くの丘にやってきた。。
あたりを見回し軍隊と思われるものがないかどうかを確認する。
「まだ見えませんか。ならば今日も予定通りよろしくお願い致します」
小さく頭を下げるとグリモアが結界を張る。
軽い柔軟体操を終えるとグリモアを見据える。
「グリモア、今日はいつもよりも力を出してください。私も昔と同等程度には感覚を戻しておきたいので」
「ほう……それはまた……ッ!?」
和人が短剣を構えた瞬間、今まで少しも感じなかった殺気が溢れ出し思わず立ち竦む。
これほどまで濃厚に凝縮された殺気を浴びるのもグリモアが生きていた頃でもあったかどうか。
「まったく……つくづく恐ろしくも興味深い主様じゃ……!」
「今日は魔法をひたすら斬ります。全力で魔法を撃ち続けてください」
言われなくても、と吐き捨て様々な魔法を同時に放つ。
目を見開き、切り裂くことにだけ全神経を集中させる。
斬る、突き刺す、地魔法には足を使い対処する。
凄腕の人ならば見えるかもしれないが、一般人には速すぎて何がどうなっているのか見えないであろう。
グリモアもその一人で、目に加護魔法を付与すれば見えるのだが何も付与していないとどうして斬られているのか分からない。
「ならば数を増やすのではなくより上位の魔法で行こうか!主なら死にはしないだろうが怪我くらいはするじゃろ!」
グリモアの魔力が一気に上昇し、普段の和人では決して見せない興奮した表情を浮かべていた。
魔力を感じ取れない和人でさえも先ほどとは全く違う重さを感じていた。
ある程度理解はしていたがここまでグリモアがとても高位な存在だとは思っても無かった。
一瞬指先が動いたように見え、こちらが身構える前に風魔法が切り裂く。
血が少しばかり飛び散ったが気にするほどではない。
それよりもあの速さの魔法だ。
今までよりは上位の魔法なのでしょうが、それでも恐らく中位魔法。あれほどの魔力であるならば容易でしょう。
それにしてもあの速さは予想外でした。これが訓練であって本当の試合でなくて心から良かったです。
ふぅ、と小さく息を零し目を閉じる。
普段からより広範囲を見れるように意識していたが、今回は自分から3メートルまでに絞る。
「ほれ行くぞ!」
グリモアが先ほどと同じように音速の風魔法を放つ。
和人に当たる直前、短剣で斬りつける。
それを見て嬉しさからか、驚愕からか一瞬動きが止まるが、やがて笑みを浮かべながら次々と魔法を休みなく撃ち続ける。
素晴らしいぞ主!これほどまで楽しめるのは何百年ぶりのことか!
迫り来る魔法を悉く斬りつけひたすらに防御を貫く。
一瞬でも気を緩めると迫り来る魔法を捌ききれないと感覚で理解はしていたが、集中していても少しずつダメージを受けてはいる。
火魔法はそのまま斬りつければいいのだが、水魔法で作られた氷を柄頭で叩きつける際に砕けた破片に薄くだが斬られたりする。
あくまで修行の一環だと分かっているので破片にまで気を遣ってはいないのだが、いずれは無傷で終わらせたいものだ。
それまで火水風魔法が多かったが、急に地魔法が発動される。
和人はとっさに距離を取り短剣を仕舞うと迫り来る岩石を拳で打ち砕く。
そこに地面からの魔法も合わさり残っている空という逃げ場へ高く跳ぶ。
「それ!お見舞いじゃ!」
グリモアの高らかな声と共に雷が打ち落とされる。
あまりに突然のことに避ける暇もなく命中し地面へと叩きつけられる。
服が焦げているが、特に気にせず立ち上がり少し前に起きたことを脳内で再生する。
今のは雷……恐らく風魔法だと思うのですが、読んだことのある参考書や魔導書には書いていませんでしたね。さすがはグリモアといったところなのでしょう。
「今の魔法は風魔法なのでしょうか?」
和人の発言に少し驚いたように見つめながら答えを明かしてくれる。
「そうじゃな、括り的には風魔法で問題ないじゃろう。それほど時間があるわけじゃないし簡単に説明だけしようかの」
とグリモアが口にした瞬間和人はどこから取り出したのか、筆とメモが書ける紙を持っていた。重要なところは一言一句逃さないために。
「水魔法という括りの中には氷も含まれる。所謂"派生"というものじゃ。魔法というのは唱える者の想像力が少なからず影響されるのじゃ。つまり最初に氷魔法を考えた者は水魔法の要領でこれを氷に変えたとしても大丈夫なのでは?と考えたわけじゃな。初めて考えた者は間違いなく天才じゃろう。となれば風魔法の括りに雷魔法が入っていたとしてもおかしくはないじゃろう。我としては火、水、氷、地、風、雷、聖、闇の7種類にしてもいいと思うのじゃが、派生という区分で落ち着いてしまったのぅ。まあだからと言って魔法を扱えない主の想像力が全くないというわけでもない、主が異世界から来たというだけでそれ以外は何もこの世界の人間たちと変わらんよ」
なるほど、やはり風魔法で間違いではなかったわけですか。それにしても派生魔法というものを考えた人は着眼点が素晴らしいですね。やはりどの世界でも天才と呼ばれる方々は他の方よりも一回り以上違って見えますね。
特訓を再開しようと短剣を鞘から抜き出した時、パキッと刃先が若干欠ける。
「グリモア、今日の特訓はここまでにいたしましょう、武器がダメになってしまいました」
短剣を鞘に仕舞い集中を解くと、疲れを感じる。
「しかし流石は主よの。手加減はしているとはいえあれほどの魔法をひたすらに斬りつけるとはな」
顔には出さないがグリモアから褒められ思わず内心でガッツポーズを取ってしまう。
しかし、今回はあくまで訓練。
グリモアはあくまで魔法をひたすらに撃ってくれたに過ぎない。
もし実戦であったならばもっと多様な魔法の使い方で本当の意味で防戦一方、もしくは一方的にやられていたであろう。
それでも素手で防いでいたころに比べるとやはりダメージが少なく、短剣を貰ってよかったと思っていた。
細かい傷は数カ所あるが、あれだけの魔法の被害をここまで抑えられた自分を今は褒めておきたい。
「魔法への対策はここまでにして私は基礎の訓練を行ってきます」
グリモアへ一礼するとその場を立ち去り、そこそこに頑丈な木の枝につかまり懸垂を始める。
その様子をグリモアは不思議そうに眺めている。
「これは懸垂という……私がいた世界でのトレーニング……の一つです……ふっ……。全体の……筋肉を……ふっ鍛えられるので……」
そこまで言い終え彼は地面へ着地する。
「私の日課の基礎特訓の一つでしたね。最初は両手でやりますが、筋肉がついてくると片手でもできるようになりますよ」
「ほほぅ、そちらの世界での戦士たちのトレーニングだったか」
グリモアは納得したようにうなずいていた。
日本には戦士という職業は無いのだが、否定して説明する必要もないだろう。
和人は再び枝につかまると懸垂を始めだす。
今度はそれを興味深そうに観察しているだけだった。
「498……499……500……!」
約一時間ほど時間をかけ懸垂が終わる。
「ほれ主よ、お疲れさまじゃ」
グリモアが水を持ってきてくれる。
どこから持ってきたのかは何となく想像できるのだが、水魔法でできた水だとして飲んでも平気なのだろうかという疑問が浮かぶが、今は水が飲みたかったので何も言わずに飲み干した。
「た、助かりました、ありがとうございます」
「うむ、気にするでない。我も主の世界での基礎訓練を見れて満足じゃ。それで、主はいつ寝るのじゃ?」
と目を光らせこちらを見ている。
今日か明日にでも寝ようと思っていたので特にその場凌ぎなどはしないが、別に2日程度なら寝なくても支障は出ない。
「今日の訓練をもう終わりにして寝ようかなと考えていたのでご心配には及びませんよ」
「よし分かった、戦の前の体調管理など基本中の基本じゃからな。決して怠ったりするでないぞ!」
グリモアからの言葉にうなずくと満足したのか魔法陣の中へと姿を消した。
和人もそのまま自宅へと戻るため足を動かした。
グリモアが力を発揮した時、フローリアはイースタクトでは考えられない魔力の量に思わず飛び起きる。
その魔力の位置を探り様子を見ていた。
「一体何なんだいこの魔力は!丘の向こうで一体何が……」
そこから先の言葉を言おうとしたが和人とグリモアの攻防を見て言葉が詰まる。
そして何をしているのかを理解するとそのまま来た道を進む。
「全く、あれだけの魔力で音もせずに修行するなんてさすがは坊やだね。けど、次からはもう少し魔力の量も抑えて欲しいものさね」
小さくため息を零しながら二人に気付かれないまま立ち去っていった