夕方、ソフィアと別れた黒瀬は、今回の任務の報告書を書くのに励んでいた。
いつも司令部では皆が楽しげな会話をし、賑やかになっているが、今日は違う。司令部にいるのは、黒瀬とクエントだけだった。
「なぁ、クエント。お前は彼女をつくらないのか?」
クエントが女性と話しているところを見たことは少ない。機械ばかり弄くっているイメージしか、黒瀬にはない。
「失礼ですね。ちゃんといますよ!」
「どうせパソコンだろ」
「ど、どうしてわかったんですか!?」
クエントは動揺する。彼の事を知っている人物であれば、普通にわかることだ。
「まぁ、彼女さんを大事にしろよ」
「言われなくても毎日手入れをしています」
ちょうど報告書が書き終わり、黒瀬は背を伸ばす。長時間デスク作業をしていたせいで、肩が凝ってしまった。
「あ、そういや完成したか? バイオスキャナー」
「ええ。ここにあります」
クエントはデスク下からビデオカメラを何倍にも大きくしたような物を取り出した。
――――携帯型解析デバイス『バイオスキャナー』通称ジェネシス。ウィルスの解析をしたり、弾薬を見つけやすくするといった優れものだ。
「でも、重そうだな」
「仕方ありません。これ以上小さくするにはもっと優秀な科学者が必要です」
クエントは黒瀬にジェネシスを向けた。
「あれ?」
クエントは困ったような顔をし、デスクにジェネシスを置いた。
「どうした?」
「いや、故障しているみたいですね。分解して調べてみます」
一体どこが故障していたというのだろうか。手伝おうと思ったが、まずは報告書を提出しなければならない。
「じゃあ、俺はオブライエンに報告書を提出してくるわ」
「もう帰ってもいいんですよ? 今日はバレンタインですからね」
クエントは黒瀬を気にかけているが、残念ながら黒瀬には彼女はいない。
「いや、まだいるよ。クリスマスだったら帰るけど、他の奴みたいにバレンタインくらいで帰るわけにはいかないよ」
「そうですか。というか、リョウはちゃんと休みを取っていますか? 私がB.S.A.A.に入ってから、リョウが休暇を取ったところなど見たことはないのですが」
「そうか?」
B.S.A.A.に入り、その後の事を思い返す。最初は十一人しかメンバーがいなかったこともあって休むことなど出来なかったが、今では対応出来るメンバーがたくさんいる。確かにそろそろ休暇を取っても良いだろう。
「じゃ、今度休むよ」
黒瀬はそう言ってその場を去った。
「………………」
黒瀬は訓練ルームでくつろぎ、ふと時計に目をやると、既に二十時を回っていた。ベンチから立ち上がり、大きなアクビをかく。
「そろそろ帰るか……」
これ以上ここにいても暇なだけだ。ひさしぶりに家でゆっくり休みたい。
黒瀬は司令部に戻り、自分のデスクの前に立つ。
「ん?」
デスクの上に段ボールが置かれてあった。宛先を見てみると、ユーチェンが黒瀬に送ったものだとわかる。
ユーチェンから贈り物をされることは初めてだが、一体何だろう。
黒瀬は期待を胸に段ボールを引きちぎる。
段ボールの中には洒落た箱と一通の手紙が入っていた。黒瀬はそれを手にとって読む。
『リョウへ
突然でごめんね。でも渡す日は今日しかないと思って、連絡もしないでプレゼントを贈っちゃった。きっとこのプレゼントが届く日は二月十四日だと思う。何の日かはバカなリョウでもわかるよね? 恥ずかしいけど、ボクも作ってみたんだ。こんなことをするのは初めてだから下手かもしれないけど、気持ちだけは受け取ってほしいの。あ、話は変わるけど、今度ヨーロッパの方で演奏することになったんだ。その時はチケットを送るから必ず聴きにきてね』
「………………」
黒瀬は無言のまま、箱をバッグの中に入れた。内心、とても喜んでいるが、クエントが近くにいるのではしゃぐわけにはいかない。今の黒瀬は、『愛』ではなく、チョコをもらえることが嬉しかった。
「じゃ、クエント。俺帰るわ」
「ええ、気をつけて」
黒瀬はスキップをしながら車を停めてある駐車場まで行く。
「あら、嬉しそうね」
鍵を開けようとしたところで、クレアが現れた。クレアはいつも通り、赤を強調させた服を着ている。
「ひさしぶりだな。あ~でも、クリスは仕事でいないんだ」
的はずれなことを聞いてしまったのか、クレアは頬を膨らませる。
「今日は何の日だが知ってるわよね?」
「ああ、もちろん。バレンタインデーだろ?」
この単語、今日だけで何回言っただろうと、黒瀬は思う。
「これを……」
クレアは茶色い紙袋から洒落た小さな透明袋を取り出し、黒瀬の手にのせた。袋の中には、クッキーが三枚入っていた。
「もしかしてこれって……」
「バレンタインデーでしょ? みんなで作ったの」
「みんな?」
「ええ。シェリーとルシア、アンジーにマヌエラとね」
「へぇ、そりゃ楽しかっただろうな」
黒瀬は、五人で料理をしている姿を思い浮かべる。
「それはもちろん。これを渡すためにヨーロッパまで来たんだから、ちゃんと味わって食べてよね」
「ああ。クレアが作ったクッキーなんて何枚でも食べれるぜ」
「ふふ、じゃあ私はB.S.A.A.のみんなに配ってくるわね」
クレアはやわらかい笑顔を浮かべ、本部の中まで入っていった。
黒瀬もニヤニヤが止まらず、車に乗ってエンジンを掛ける。
「……今日は嬉しい日だな」
バレンタインデーなんて糞食らえと思っていた黒瀬だが、今は気持ちが一変していた。
「レオン、俺な、今日嬉しいことがあったんだ」
黒瀬はこの気持ちを他の人に伝えたいと思い、親友であるレオンに電話を掛けた。
『クッキーのことか?』
「何で知ってんだ?」
心でも読まれたか、と心配する。
『シェリーとマヌエラが渡しに来たんだよ。美味かったよ』
「うわ、レオンってモテるんだな」
『年下にモテても複雑だけどな。あ、リョウの話は聞いてるぜ。大活躍なんだろ?』
レオンの言う活躍とは、もちろんB.S.A.A.でのことだ。
「大活躍ってほどでもないよ。レオンの方は?」
『俺は今度、大統領の娘の護衛につくことになった』
それを聞いて、黒瀬は仰天した。
「大統領の娘って、アシュリー・グラハムか? 出世したな」
『俺としては別の道を行きたかったんだけどな』
「あ、そうか。もうバイオテロとは……」
『ああ。この任務についたら、当分は関わらないだろう』
レオンの声は、どこか落ち込んでいた。彼の夢は、バイオテロを、ウィルスを、この世から無くすことだ。その夢が遠ざかってしまった。
『それに、重要な任務だ。今までのようにこうして連絡できるのは、今日だけと思っておいた方がいい』
「そうか……ちょっと寂しいけど。もしかしたらまたB.O.W.やウィルス絡みのところで会うかもな」
『ありそうだから止めてくれ』
「じゃあな、レオン。元気でやれよ」
『リョウこそ』
黒瀬は通話を切る。二人にはこれ以上の会話は必要なかった。親友だから。
次回からはバイオハザード4の話です。
バイオハザード4のストーリーを知っていないと、何のことやら、となります。