三好伝記   作:ちはノ

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第二話 弾正

 信貴山城は改装途中であり、防御拠点としての能力水準は低い、そのため三好勢は戦評定にて、受け身ではなく積極的な攻勢を行う事を決定する。

 永禄2年6月下旬、義興は信貴山城より9500の兵を連れて出陣する。義興が阿波衆を久秀が大和衆を長逸が摂津衆をそれぞれ率いている。

 義興は、興福寺に対して先手を打つため、平群群にて勢力を誇っている筒井家家臣、島氏の居城である椿井城へと兵を進める。三好勢からすれば、大和国の中心部へとつながる道を抑える位置に勢力を張る島氏は目の上のたん瘤であり、この島氏を降してしまえば、興福寺衆徒の中でも最大勢力であり、興福寺勢の主力を担っている筒井家の居城である筒井城へと一本道となる。また、筒井城は大和盆地の中心地点にあり、ここを占領すれば南北に敵の連絡線を分断することができる。

 兵を進める途中、従属を申し入れてきた平群郡の国人衆である龍田氏と合流し彼らの案内で、島氏の勢力圏へと兵を進める。

 島氏の居城である椿井城を義興が本隊を率いて包囲し、同時に支城である西宮城を副大将松永久秀が、下垣内城を脇大将三好長逸が包囲を行う。

 三好家が動いたという事はすぐにでも、興福寺の知るところとなるであろう。そうなれば、興福寺としても兵を派遣しないわけにはいかない。

 「殿、松永殿、三好殿両名とも包囲が完了したとのことです。」

 そう言って報告をしてきた男は、篠原孫四郎長房である。長房は義興の重臣であり、阿波を留守にすることが多い主君義興に代わって、普段は阿波国内にて能吏として三好義賢と共に阿波をまとめており、此度の遠征に際し阿波より義興に従臣して近内へとやってきた。

 「相、解った、助命するから降伏せよとの使者を」

 「承知しました」

 今回の椿井城攻めでは、後にやってくるであろう興福寺の援軍が来る前に攻略してしまうことが第一目標である。援軍が来てしまえば挟撃を避けるため陣を引き払い、再度引き直す必要があるためである。

 使者を見送ったあと、長房へと話しかける。

 「当たり前だが降伏勧告は、受け入れないだろうな」

 島家の現当主である島清興は、主君である筒井順慶が幼くして家督を継いだ時より支えており、順慶からの信頼も厚く、本人の忠義心も高い。また、援軍の無い籠城戦は無謀であるが、今回は援軍の見込みが大きい。

 「おそらくは」

 長房が頷く。

 「準備をしておいて損はないな、長房、付城の準備を」

 付城を使って包囲を行い、久秀と長逸の合流を待ちつつ、敵の息切れを狙うのが義興の考えである。

 「承知」

 長房へと命を下し、長期戦に備えて付城の準備を行う。

 基本戦略として、付城を使っての包囲となる。

 島氏の領土は一万石程度でしかなく動員できる兵力も大して多くはないが、椿井城は山城であり、無理な力攻めは余計な犠牲を生むであろう。敵を侮るわけにはいかない、念入りに準備をしておいて損はない。

 

 

 興福寺の本寺にて一人の僧が廊下を慌ただしく走り回っている。

 「覚誉様、覚誉様」

 「なんじゃ、騒々しい、静かにせんか」

 そう咎めるのは、そろそろ還暦を迎える頃であろう男で、興福寺別当覚誉である。

 「此方に居られましたか、覚誉様、それに筒井殿も」

 覚誉と一緒に居るのは、金髪に透き通るような青い瞳をした女性で名を筒井順慶という。この筒井順慶は、二歳にして筒井家の家督を継いで以来その優れた政治感覚で筒井家を大和国内の国人衆として最大勢力へと押し上げた人物である。

 そんな順慶が慌てる僧へと問いかける。

 「その様に慌ててどうかされましたの」

 その問いに対し僧が慌てたように言う。

 「遂に三好が動きました、夜明けと共に一万近い軍勢を連れて信貴山城より出陣したとのことです」

 「遂に三好連中が動きよったか……となると狙いは島か」

 「おそらくは」

 順慶が同意する。

 「よし、順慶、すぐに他の者たちを評定の間へと集めよ」

 「承知しましたわ、覚誉様」

 会釈をし、順慶は他の者たちを集めるため去っていく。

 興福寺としては、大和国内での求心力を維持するためにも、すぐにでも来るであろう島家からの援軍願いに答えないわけにはいかない。

 また、島家の現当主である島清興は、順慶が幼少の頃より支えてくれた忠臣であり、友でもある、順慶としてはすぐにでも行動を開始したいところであろう。

 (今代の公方様の性格を考えれば、今回の三好家の大和侵攻に何らかの形で首を突っ込んでいるのは間違いないだろう、確か、一乗院の門主は覚慶殿だったな……保険をかけといて損はないか)

 覚誉はそう思考すると、報告に来た僧へと下知を下す。

 そんな覚誉の下知に僧は驚いた様子であったが、自分を納得させるかのように命を受け取るのであった。

 

 

 攻城の準備をしていると、島方へと出した使者が帰ってくる。

 

 「やはり降伏は受け入れなかったか、となれば、まずは刈田だな」

 刈田を行うため、後詰の部隊からいくらか兵を抽出すると刈田の部隊を編成させる。

 刈田とは読んで字のごとく田んぼを刈ってしまうことである。この戦国の世においては、太い補給線を構築できる者はほぼ居らず、現地での調達がメインであった。そのため、刈田は重要な軍事行動の一つである。

 三好家では、義興と久秀の主導の下に荷駄部隊の改革やインフラの整備など兵站線の強化などが行われ、その補給能力は他家に比べると、非常に高いが完璧とは言えない。また、刈田には食料調達意外にも敵に対する挑発の側面もあり、積極的に行っている。

刈田は、部隊ごとに計画的に行われる。好きにやらせてしまうと、略奪を行う部隊同士の衝突や喧嘩など要らぬことを招いてしまうためである。そのため三好家では、勝手に行った者には将兵問わず厳罰となる。

「集めた作物は、一度全て陣城まで持ってくるように」

 刈田された作物は、一度集められその後再配布される。

 義興としては、今回の刈田は、島方に対する挑発のつもりで行うつもりである。 刈田は、武士の面子を潰すような行為であり、敵が激情にかられ城内から出て来てくれれば文句なしと言ったところである。

(しかし、相手は島左近、素直に出てきてくれるはずはないか)

そう思いながらも、刈田を行う部隊に下知を下すのであった。

 

  三好方へと降った龍田家の者に案内され、久秀は西宮城の包囲を行う。久秀の包囲する西宮城は、曲輪と空堀でできた小さな丘城であるが、すぐ向かい側に建っている下垣内城とお互いを相互し合うように建っており見た目以上の防御力を誇っている。そのため下垣内城を包囲する長逸と連携し両城に連携させないようにすることが重要である。

 「はぁ、つまらないわね」

 そう呟く主君久秀を見て正虎は、すこし憂鬱な気分になる。

 主君久秀は、誰に対しても丁寧に接し、撫民を持って政務を行っており、民からの人気もあるが、時々見せる顔や、その黒さが恐ろしくもある。

 「如何されました、殿」

 その声に気づいた久秀が正虎の方を見る。

 「何でもないわ、気にしないで、それよりも長逸殿の方はどうなの」

 「既に準備は終わったとのことです」

 「そう、なら義興様に使番を出しておきなさい」

 「御意」

 「さて、こんな小城さっさと落としちゃいましょ、正虎」

 久秀の号令を合図に陣太鼓と法螺貝が鳴らされる。

 その音に合わせ将兵が、西宮城へと攻め寄せる。

 仕寄りが行われ、垣楯や竹束を使い城との距離を詰めていく。

 最初は鉄砲や弓の応酬から始まり、それは時間が経つにつて激しいものへとなっていく。

 松永勢の攻めは激しく、投げつけられた焙烙玉が決して厚いとはいえない木の柵を叩き破り、そこから我こそは一番乗りとばかりに、次々と兵が侵入する。虎口では、破城槌を持った足軽が殺到し、城門を激しく叩きつける。

 そんな様子を久秀はどこか嬉しそうに眺めていた。

 「いいわ、楽しくなってきた」

 そういって笑う。

 久秀の周りいる正虎以外の家臣達は、そんな久秀の顔を見ると、触らぬ神に祟りなしとばかりに久秀の周りから一歩離れた位置へと下がっていく。

 結果的に正虎が一歩前に出た形になる。

 「ねぇ、正虎、楽しいと思わない」

 「あ、いえ、その」

 いい淀み答えずらそうにしている正虎の顔を何処か嬉しそうに見る。

 「彼らには万一にも勝ち目は無いわ、主家に義理堅く忠義を立てて奮闘する彼らを私達は虫けらのようにひき殺すのよ」

 そんな主君に正虎は乾いた笑いしか返せないでいた。

 久秀自身家臣達の困る姿を見るのが好きな一面がある。とはいえ、家臣達にきつく当たっている訳ではない。どちらかといえば、可能な限り家臣達の願いを聞き入れるなど主君としての器の大きさを見せている。正虎の件がよい例である。

「まぁいいわ」

 ひとしきり正虎をからかう。

 そんな久秀が、真横から入ってくるような光に不快に思いながら、その原因である空を見上げると、この地にやって来た時には真上にあった太陽はすでに落ちかけ、空をオレンジ色に染め上げていた。

「あら、もうこんな時間、仕方ないわね、正虎、撤収よ」

 残念そうに言う。

 久秀の命により、前線から徐々に部隊が撤収を始める。撤収と同時に夕食の準備が始まり、野営地の所々で湯気が上がる。

 島方としては、厳しい1日となった。既に三の郭は、激しく損傷しており防御拠点としての能力は、かなり低下している。 松永勢としても力攻めによる攻城の対価として自軍にも少なからず被害が出ているが、予想の範囲内であると言える。

久秀は、正虎からそう報告を受ける。

「なら、明日からは後詰めの部隊も投入しなさい」

「よろしいのですか」

「問題ないわ、さっさと落としてしまいましょ、それに、西宮城が落ちれば連鎖的に下垣内城も落ちるわ」

 「確かに、西宮城を落としてしまえば、日向守様もやり易くなるでしょう」

 

 明朝、雲一つ無い快晴、日が昇り切った頃より始まった攻勢は熾烈極めた。

 まるで、押し寄せる津波のように。そんな攻勢が数日に渡って続く。

数日に渡って苛烈に押し寄せる松永勢によって、西宮城の三の郭と副郭はすでに陥落しており、残すは主郭だけとなっていた。

 そこで、正虎が久秀に提案する。

 「殿、残すは主郭だけです、城側に降伏を促しては」

 城攻めにおいて、最後まで戦い本丸まで陥落するという事はあまり多くはない。基本的には、兵糧攻めや調略などによる攻略が多く、力攻めにおいても二の丸や三の丸など城の一部が占領された時点で降伏をすることが多い。そのため正虎も降伏を久秀に提案したのである。

その提案に久秀も同意する。

「そうね、使者を出しなさい」

 松永勢としてもこれ以上戦う意味は無いと言ってもよい。西宮城の落城は決定的であり、これ以上戦いを長引かせる必要は無いからである。

 久秀としても早いとこ陣を引き払い、長逸や義興の元へいくべきであると考えている。しかし、使者の指示を出す久秀の顔は、遊び足りないと不満げそうにする童子のようであるが。

「城兵は助命、城主または城代に関しては、責任の処遇は義興様に一任するわ」

 そう指示を出していく。

 相手側との話し合いの後、正式に降伏が受諾されると、西宮城最後の砦である主郭の城門が開門される。

 松永勢の攻勢を受けた西宮城は、至る所が激しい損傷を受けており、所々黒い煙をあげている。

 じそんな西宮城の周りでは、兵達が戦後処理の一環として付城や陣城の解体を行っている。

その様子を眺めていた久秀に朗報が入る。

 「三好日向守様よりご報告いたします、下垣内城が降伏いたしました」

 「そう、解ったわ、下がって結構よ」

 それは三好長逸よりもたらされた下垣内城降伏の知らせであった。

 下垣内城は、西宮城が降伏した後も暫くの間抵抗を続けていたが、程なくして長逸へと降伏の使者を立てている。

 西宮城も落ちた、下垣内城も落ちた、残るは椿井城だけだ、これを陥落させれば平群郡で三好家に敵対する勢力はいなくなる。大和戦における橋頭堡は盤石なものとなるだろう。

 (予定より早く義興様と合流できそうね)

 順調に事が進み久秀は思わず笑みがこぼれる。

 

 戦後処理を終えた久秀と長逸は、ある程度の兵を両城に残し、残りの兵を連れて平群神社にて合流する。計6000の兵が平群神社に集まる。集まった6000の中には、龍田の者も見られる。

 合流した頃には、すでに日が暮れ、至る所でコガタコウロギの鳴き声が響いている。

 合流した二人は、平群神社の一室を借り、一晩そこで過ごしたのち総大将三好義興が包囲する椿井城へと向かうのであった。

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