椿井城――椿井氏によって築城され、歴代の嶋氏当主によって改修が繰り返されてきた。その姿は、雄大豪荘にて平群郡一の城と言っても過言ではない。
そんな椿井城であったが、三好方より数日間にわたって定期的な攻勢が続いていた。600丁もの鉄砲が、椿井城へと向けられている。垣楯や木の壁を突き破って鉄砲の弾が飛び込んでくる。島方の城兵の死傷者は日に日に増えていった。しかし、このまま手をこまねいている訳にもいかず、竹束を狙った火矢による火責めが行われたが、泥が練りこまれた竹束により思うような戦果を上げられないでいた。
その様子を見ていた義興がつぶやく。
「やはり鉄砲の制圧力は凄まじいな」
そのつぶやきを長房が拾う。
「野戦ではともかく、攻城においても高い効果を発揮しますね」
「姉上に無理を言って用意した甲斐があったよ」
三好家は、今回の遠征に大量の鉄砲を導入している。鉄砲は、種子島に伝来して以来、全国に爆発的に広まっており、堺ではすでに部品交換方式による大量生産が始まっている。堺を影響下に置く三好家は、これを相場よりも安くかつ大量に買い入れて運用を行っており、義興はその鉄砲を、姉、長慶に頼み込み大量に持ち込んでいる。
また、義興は鉄砲を効果的に運用すべく、従来ならば組や隊としてそれぞれの備えの下に組み込まれて、バラバラに運用される事が多い鉄砲を、すべて一まとめにし、鉄砲衆として他の備えから独立した形で集中的な運用を行っている。
「贔屓にしていた博多商人がいち早く情報を持ってきてくれて助かったよ」
南蛮の武器を国産化したらしいという話を、博多商人から堺で聞いたときすぐにでも飛びついた、室町時代後半から江戸時代前半における鉄砲の占めた役割や重要性は十分理解していたし、これに飛びつかない手はないだろう。
そのかいあってか、近内において三好家は他家に先んじて鉄砲の大量保有を実現している。
「よし、よし」
予想通りの効果を発揮する鉄砲に思わずニヤついてしまう。
そんな義興の姿を見ていた、長房が不意に朝に行われた評定の内容を思い出し、義興へと問いかける。
「殿、そういえば、弾正少弼様と日向守様は、西宮と下垣内を落城せしめたそうですね」
「あぁ、そうみたいだ、一両日中には、合流できるとの早馬も今朝届いていたよ」
「それは、よきことですね、しかし、随分と早かったですね」
「時間には余裕があるから、焦る必要はないと、久秀には言ったんだがな、どうも苛烈に攻めたてたらしい」
「それは、弾正少弼様らしくはありませんね」
「まぁ、なにか久秀にも思う所があるのだろう」
「えぇ、その様ですね」
長房が同意する。
長房との会話の後も幾らかのとき、三好と島の小競り合いは続くが、戦況を見守っていた義興が、退きの下知を下す。
「よし、今日は此処までとしよう、長房、退きだ」
「承知しました」
義興の下知により、前線の将兵たちが退いてくる。三好方の今日の攻勢は、これで終わりである。あとは、夜駆けに注意しつつ翌日に向け英気を養うのみである。
今日も三好方は、長く戦う事はなかった。
日も沈み、皆が寝静まった夜、地元の有力者の屋敷の一室を借り、寝泊りしている義興は、一通の文に目を通していた。それは、岩成友通が出した物であり、柳生と無事合流することが出来た、すぐにでも準備に取り掛かる、という内容である。
義興は以前より、久秀と共に大和国人衆に対して手紙のやり取りを行うなど積極的に工作を行っている。ここでまた一つ実を結んだと言ったところだろう。これらに関する細かい調整は、久秀が行っており、これも彼女の手腕によるところが大きい。
一通り目を通すと、友通への返答を書き始める。
(龍田や柳生をはじめ大和の国人衆の幾つかは既に確約をへた、三好は彼らを牽いて興福寺と大和盆地の北部から中部を賭けて戦う事になるであろう、さすれば次は……)
「誰かある」
義興の声を聴き部屋の外に待機していた近習が返答する。
「如何なされました」
「大和の絵図を持ってきてくれ」
「はっ」
暫くすると部屋へと絵図を持った近習が入ってくる。
近習から絵図を受け取ると床に広げ、絵図に描かれている大和盆地を上から下へと指でなぞるように見る。上から下へと見る義興の目に二つの城が入ってくる。龍王山城、その南西にある十市城である。
この辺り一帯は、大和四家の一つに数えられる有力国人衆、十市氏が勢力を張っている。ここは、大和盆地南部の要といえよう。
その十市家であるが、大和各地に送った密偵達の情報では、十市家家中は荒れていることが分かっている。
十市家は、現当主である十市遠勝の父である十市遠忠の代より、大和有力国人衆である筒井家と折り合いが悪かったが、興福寺より幕府経由で仲裁が入り一時は和していた。しかし、遠忠が死去し遠勝が若くして当主となると、関係は再度こじれ少なくない数の小競り合いが起きていた。現状は、三好という敵に対し表面上は興福寺の下で纏まってはいるが、家中では三好を利用し筒井に対抗すべきという意見が、無視できないものとなっており、三好派と興福寺派の対立が目立つようになってきている。
義興は、一枚の紙を取り出し筆を執る。久秀に宛てたものである。
ここで十市と接触することが出来れば、大きなアドバンテージを得ることが出来る。大和四家とは言うが実質的には、筒井と十市の二強であり、この二家の関係は良いとは言えない。
たとえ上手く行かなかったとしても、此方から嘘八百を流してやればよい。出鱈目だと切り捨てるであろうが、やらないよりはましである。それに、嘘も百回言えば、それは真実となろう。
書き上げた二通の文を部屋の外にいる近習へと渡す。
「これを友通に、もう一方を久秀に渡してくれ」
文を受け取った近習が、駆け足気味に廊下の奥へと消えていく。
近習を見送ると、なんとも抗いがたい眠気が義興を襲う。夜着を着込んだ義興が眠りにつくのに長い時間はかからなかった。
「くそったれ」
清興の心情は、そう言わずにはいられないものであった。自身の籠る椿井城は、三好方に包囲されて既に数日、日に日に増えていく死傷者と打開出来ぬ戦況に憤りを覚えていた。城門より打って出ようにも三好方は、正面から激突することを良しとせず、此方を受け流すように立ち回り、兵の多さを活かし此方の首を少しずつ絞めてくる。
しかし、だ、冷静に考えてみれば無理をして三好と当る必要は無い、興福寺の後詰が来るまで持ちこたえればよいのだ、敵にやる気が無いのならば付やってやる必要はない。だが、圧倒的に兵力で勝る三好が、なぜわざわざ時間をかけるような戦いをするのだろうか。一息に押しつぶしてしまったほうが良いのではないだろうか。興福寺の後詰が来ることぐらい百も承知なはず。
そう考え込んでいた清興を、床を強く叩きつける音が現実へと引き戻す。
「おのれ、三好の連中め、黒土が出るほど掘り返しよって、今すぐにでも打って出て冥土へ送ってくれようぞ」
床を叩きつけ、顔を赤くした家臣の一人が、興奮した様子で怒りを露にしている。
城からは、周囲の田畑が黒土が見えるほど掘り返されているのが見える。
「まぁまぁ、落ち着いて下され、これは敵の挑発ですよ、笑止とでも送り返してやりましょう」
他の家臣がなだめるように言う。
「そんな事は百も承知、しかしだな、鉄砲で遠くから撃つだけの臆病者に、コケにされるのは腹正しいわ」
「さよう、さよう」
騒々しく騒ぐ家臣達を見て清興は頭痛を覚え、頭痛を少しでも和らげようとこめかみを軽く揉みながら家臣達を見る。
(家中の統率も主君の役目、ここらで引き締めねばならないな……。)
「騒がしいぞ、お前達、その辺にしておけ」
主君の怒気を含んだ声を聴き、潮が引くように家中が静まり返る。評定の間に集まった家臣達の視線が清興へと集まる。
「敵の狙いは、兵力差を生かして此方を息切れさせることだ、無理に付き合ってやる必要はない、城門から打って出るなど敵の思う壺だ、私達のするべきことは、興福寺の後詰が来るまで持ちこたえること、ここでの屈辱は後詰決戦まで取っておけい、よいな」
大和に鬼左近ありと言われた主君清興の有無を言わさぬ迫力に皆圧倒される。
清興が評定の間の家臣達をぐるりと見渡すと、僅かな間を置いた後、皆平服する。
「はっ」
清興はそんな家臣達の姿を見ると、肩から荷が下りたように少し楽になる。家中の統率も楽じゃない、家臣達に舐められる訳にはいかないが、締め付けすぎるわけにもいかない、家中のバランスを取りつつ家臣団を団結させなければならない。しかし、この大和には、その根本に興福寺が大きく影響しており、興福寺にその忠義を向ける者も配下には多くいる。一向一揆のそれのように義ではなく、自らの信仰に従う者も少なくないのである。
そこまで考えたところで清興は、周りの者も気づかぬほどの小さな無音の溜息をついていることに気付く。
「はぁ……」
清興自身それを否定することはできないでいた。自身の忠義は、主君順慶に向けられているが、自身も幼き頃から興福寺が傍にあったのは確かであり、他の者の気持ちも解らないわけではない。
この戦乱の世において、自身の誇りと信念を守るため信仰へと抱きつくことは、少なくないのである。
その後も評定にて、今後の方針について細かな調整を話し合っていると、清興の近習が、評定の間に入って来る。近習が入ってきたためか評定の間は、息を潜めたかのように静かになる。近習は清興の傍によると耳打ちをする。
近習からの報告は、清興を落胆させるには十分なのもであった。それは、落城の報であった。
西宮城および下垣内城の落城、その報が清興の頭で何度も繰り返される。
西宮城、下垣内城、この二城の城代は古くから島家へと仕える家系であり、島家の重臣でもある。若くして家督を継いだ自分を、支えてくれた彼らに何もしてやれぬ自分の不甲斐なさが恨めしく思える。
清興とて頭ではわかっている。数少ない兵で籠る二城で、三好の大軍を支えきるのは無理があると、落城は免れぬであろうと。
ここまで来て、清興は頭を切り替える。
この報皆に言わねばならない。ここで言えば、城の士気は更に下がるだろう。しかし、何れは露見するのだ、早いに越したことはない。
此方を見、主君の言葉を今か今かと待つ家臣達に清興は言う。
「西宮と下垣内が落城した」
清興の言葉を聞き評定の間が俄かに騒めきだす。
「と、殿、それは誠ですか」
「あぁ」
「なんと……」
「まぁ、そう悲観するな、少ない兵でよく粘ってくれた、二城が作った時間を無駄にしてはならん、それに、別当様から出立の準備が整ったとの文も来ている、興福寺からこの椿井まで、二日程の距離だ、じきに後詰が来る、もうひと踏ん張りだ」
それを聞いた家臣達は喜色を浮かべる。
しかし、清興は素直に喜べないでいた。
興福寺が出立したとなれば、すぐにでも三好の耳に入るであろう。興福寺の本寺と椿井までは、行軍で二日の距離にある。挟撃されぬよう焦った敵が、無理攻めをしないとは限らない。被害を気にせず力押しされたらこの椿井はどれ程持つであろうか。だが、敵は此方を破ったとしても、興福寺本体との闘いが待っている。それに、敵の大将は、三好義興だと言う、彼は三好家が近内に上陸して以来、姉と共に各地を転戦したという。また、副将には、松永久秀が付いているとのこと。無理のある戦は、しないであろう。
(どう出るであろうか、あぁ、解らぬ、解らぬなぁ)