ゲームをプレイしていない障害が多くなってきたきしますね
大和国、添上郡、柳生郷、ここ柳生の里は、菅原一門を自称する国人衆である柳生氏によって治められている。大和盆地から見て北東に位置し、大和の国中である大和盆地からは、少し距離を置いた位置にある。
僅かな盆地を縫うように開拓された田んぼの水面が、昼間の陽をうけて白く光っている。
そんな景色を背に、柳生城の建てられた小高い山の麓にある、屋敷の敷地内へと入っていく一団がいる。
「はぁ……つかれましたぁ~」
先頭を馬に乗って歩いている一人の女性が、どこか気の抜けるような声で疲れを訴える。
腰まで伸びた茶髪に、どこかあどけなさを残した顔の女性で、名を岩成友通という。元々は長慶の奉行衆として仕えていたが、段々と頭角を現していき、三好家中枢までのしあがった実力者でもある。
そんな彼女を迎えるのは、還暦を迎えようかという、大柄の男性で、柳生家現当主である柳生家厳である。
「おぉ、これはこれは、岩成殿、遠いところよくぞまいられた」
「柳生殿、今日からよろしくお願い致しますぅ……」
「なんの、こちらこそよろしくお願いいたしもうす」
「はぃ~」
そう返す友通。
友通が童顔なこともあってか、二人は祖父と孫娘のようである。
「立ち話もなんですしな、岩成殿、屋敷へ案内しますぞ」
そう言って屋敷の中へと入っていく家厳の後を、友通がパタパタとついていく。
家厳に案内され屋敷の中に割り振られた部屋で一息つく。その後、謁見の間にて家厳と議するため、迎えの者が部屋へと来る。
友通は僅かな供回りをつれ謁見の間へと向かう。謁見の間には既に家厳およびその家臣団が集まっていた。
友通が腰を下ろすと、家厳がタイミングを見計らって口を開く。
「改めていたし申す、此度はよう参られた、岩成殿」
「はぃ……柳生殿」
お互いに軽い挨拶をしたところで本題へと入る。
「柳生殿……これをお受け取りくださぃ……」
そう言って友通が一通の文を懐からだす。その文には、柳生の従属を認めること、添上郡の総代として認めること、添上の一郡を柳生の領地として認めること、などが書かれている。
「御屋形様と義興様の花押もしっかりとおされていますぅ……」
取り出した起請文を家厳へと差し出す。
家厳は文を受け取ると、文を上から下へと舐めるように見る。一通り目を通すと、友通へと問う。
「花押が押してある、ということは、これは確約していただけるのですな」
「はぃ……勿論ですぅ……」
「それは有難い、皆の者、御屋形様と義興様が、我ら柳生を添上郡の総代とし添上郡の支配を確約してくださるそうだ」
家厳の言葉を聴き部屋が沸き立つ。
柳生は三好への従属に対し、添上郡、一郡という約束ではあったが、柳生の者の多くは半信半疑であったり、なにか裏があるのではないかと考えていたが、これで確約された形となる。
柳生家は添上郡の最大国人であり、大和北東部にて権勢を誇っていたが、筒井家と対立し順慶の父、順昭の代に戦に負け、その支配下にはいっている。そのため、全盛期に比べて領地は半分程度まで落ち込んでいる。しかし、今回三好が確約した添上郡、この一郡は柳生としてはかなりの躍進となる。失ってしまった領地の回復のみならず全盛期以上の領地を手にすることになる。勿論三好が勝った暁には、という条件付きではあるが、そんなことは承知の上である。これで三好が負けてしまったなら、それは柳生に時勢を読む力が無かったという事だ。
「領土安寧のみならず、加増まであるとは、まこと有難いことだ」
三好が柳生を想像以上に高くかっている事に、家厳は喜びを感じる。本来ならば、自ら高くかってもらうよう交渉するのだが。うれしい誤算である。
三好が柳生に離反を持ちかけた際当初家厳は、この離反に対して消極的であった。筒井からの突然の侵攻により領地の半分を失ってしまったが、10年以上に渡って仕えてきた事には変わりはなく、義を示さずににて良いのであろうか、と考えていたが、他の有力国人衆に比べ、興福寺の影響が少なかったことも手伝って、息子宗厳の説得により離反を決めている。
小さな国人が生き残るには、時の勝者を見極め、強大なものに付くことが重要である。小さな国人たちは、自身の領地と家を守ることに精一杯であり、これが彼らの世渡り術なのである。
「我ら柳生、これからは三好と共にあろうぞ」
家厳が力強く言う。
「それは心強いですぅ……」
友通の答えに満足そうに家厳がうなずく。
「うむ」
うなずいた家厳を見た後、友通はもう一つの本題を切り出す。
「さっそくですがぁ……兼ねてよりお話ししていた事ですがぁ……」
「我らでよければ、いくらでもお手伝いいたす」
「それは良かったですぅ……では、こちらを見ていただきたいのですがぁ……」
そう言うと供回りに持たせていた絵図を受けとるり、自信と家厳の間に広げる。
「柳生殿にはここを、ついていただきたいのですぅ……」
友通が指したのは、興福寺の本寺がある山辺郡をはじめ興福寺の中枢が集まる場所である。
「後方のかく乱という事か、王道だが手堅い、誰しも縄張りを荒らされては、気が気ではなかろうて」
家厳はさして驚く様子もない、興福寺の後ろに勢力を張る柳生に声をかけてきた時点で察しはついている。
「これについては承知したが、倅の新介が幾らか手勢を率いて筒井の所に従軍しておる」
今回の子福治の招集にあたり、主家である筒井より柳生にも声はかかっており、家厳の嫡男である、柳生新介宗厳が従軍している。筒井より声がかかった時点ですでに三好との繋がりを持っていたため、家厳自身は高齢からくる体調不良とし、柳生郷に残っている。この段階での従軍拒否は難しいためである。
「それについては……お任せください……義興様にはすぐにでも伝えますぅ……新介殿に関しても、興福寺に送り込んでいる者達に伝えさせますぅ……」
「それは、有難い、頼めるか」
「任されましたぁ~」
早朝、椿井の山から見える人の数は、今までとは比べ物にならないほどの密度であった。
数にして9800騎、それは、分散されていた三好勢の兵力が集結したことへの裏付けでもある。
信貴山城を発した時の三好勢は、9500であったが途中で従属を申し出た国人や兼ねてより三好方に下っていた国人を吸収し今に至る。
その様子を椿井山の開けた場所から一人の姫武者である島清興が見下ろしていた。
その清興に後ろから近づいてきた男が声をかける。
「殿」
その声に清興が振り返る。
「源一郎か、どうした、この様なところに」
「どうしたとは、こちらの言葉ですよ」
「いや、なに、松永久秀と三好長逸が合流したとのこと、奴らの顔でも拝んでやろうかと思ってね」
そう言って椿井の山から見える小さな平群平野に広がった三好の軍勢を見る。
それにつられ、源一郎も見る。
そこには、三階菱に五つ釘抜のあしらわれた旗が小平野を埋め尽くさんばかりに広がっている。
清興の耳に唾を飲み込む音が、かすかに聞こえてくる。
「大軍ですね……」
源一郎がつぶやく。
「10000近いそうだ」
10000の軍勢に、この城はどれだけ対抗することが出来るであろうか。
そんな考えが清興の頭をよぎる。
自分で言うのもなんであるが、この椿井城は平群一の堅城と言っても過言ではない。しかし自分の目の前に広がるのは、小平野である平群平野に広がる三好の軍勢、覆しがたい兵力差があるのはだれも目でも見ても明らかであろう。むろん、戦となれば最後まで敵に出血を強いるつもりではあるが……。
ここで考えるのをやめる。自分らしくない後ろ向きな考えに嘆息する。
三好がこの城を無視することは決してないであろう。
城は存在するだけで一定数の効力を発揮する。軍勢は大軍になればなるほど大きな街道を通らざるを得ない、たとえ迂回したとしても、それは自軍の後方連絡線への圧迫に他ならないだけでなく、無視した結果後方を荒らされ、後ろから突かれては堪ったものではないであろう。
三好にとって信貴山城は、大和における心臓部と言える。その足元に広がるのは平群平野であり、平野を挟んで対面の山に築かれしは椿井城である。椿井城を抑えずして平群郡の平定は完了しない。自らの土台である平群を不安定なままにすることはない。
椿井の山から見下ろす清興の見た三好の大軍は、我らを飲み込まんとする大蛇のようであった。
日本において酒が、明確に登場するのは上代の時代になってからである。以来酒は、時代と共に進化をしていく。経済の発展と共に酒の価値が上がっていくと、民間の商人達によって作られるようになる。幕府からの沽酒の禁によって一時期規制されたものの、幕府の財政難や需要の高まりによって酒屋は全国へと広まり、いまでは地方それぞれの特色を持った地酒も作られている。なかでも、寺院で作られる酒は、僧坊酒と言われ品質の高いものが多く、ここ、大和では正暦寺によって作られる菩提泉が有名である。
娯楽が少ないせいであろうか、この時代に来てから酒を飲むことが、とても楽しみな事の一つになった気がする。
「義興様、今よろしいでしょうか」
部屋の外から久秀の声がかかる。
「久秀か、もちろん構わないよ」
そう言うと久秀が、障子を開け部屋の中へと入ってくる。その後ろからは、正虎が付いてきており、その手には大きめのヒョウタンが握られている。
「義興様、いかがですか」
ヒョウタンと杯を三つ義興の前へと出す。
「酒か、良いな、一杯やろう」
「はい」
自分の持った杯と久秀の杯に酒を注いでいく。注がれた酒は透き通るような透明さをもった清酒であった。
「清酒か」
この時代の酒は白く濁ったようなものが多く、透き通った清酒はあまり多くは出回っていない。出回っていたとしても高額であることが多い。
「何かつまみになるものが欲しいな」
呟きに正虎が反応する。
「何か用意してきます」
「すまんな」
正虎が部屋から退出していく。
正虎が奥へと消えていくのを確認した後、久秀へと問いかける。
「今回は激しく攻めたてたらしいな」
そう久秀に聞くと少しの沈黙の後答える。
「……義興様に早く会いたかった、では駄目ですか」
体をよせ、そう言う久秀の顔はほんのり赤い。酒のせいであろうか。
「……そうか」
返答に詰まる自分を見て久秀が満足そうに笑う 。
その顔に少しムッとして、離れていこうとする久秀の腰に手を添え、抱き寄せるように強く引き寄せる。
「あっ、んっ……」
抱き寄せられた久秀が、艶めかしい声を上げ肩へと寄りかかってくる。
何をするんだといわんばかりに、ジトッとした抗議の目を向けてくるが、普段のすまし顔は崩れ、桃色に染まった頬と小柄な身長が相まって、普段からは想像のできないような愛らしさがある。
久秀をもたれかからせるような体制のまま、杯に注がれた酒をチビチビと仰ぐ。
二人で酒を仰ぐ部屋は、空き家のような物静かさだ。唯一聞こえてくるのは、外で鳴く虫の声のみ。
幾らかの刻が経った頃であろうか、廊下を歩く音が聞こえる。
正虎であろう。
久秀の体を離すと、少し名残惜しそうな顔をする。
「お待たせいたしました、義興様」
正虎が持ってきたのは、味噌に塩、梅干しなど、どれもこの時代ではポピュラーなつまみと言える。
味噌を箸ですくって頬張る。味噌の塩っ辛さを酒の甘さで流し込む。
「そう言えば久秀、占領下の今後の統治についてだが」
そう切り出す。
「えぇ、解っております、坊主どもには銭を握らせておけば、問題ないかと思います」
「そうだな、大和の寺院は興福寺の影響が強い、無理に押さえつけてもいらぬ反発を生むのは間違いないな」
「それでも露骨に反発する者がいれば、ある程度の見せしめは必要かと思います」
無理な統治で一向一揆の二の舞は御免である。
「ある程度のけじめさえつけさせれば、それで問題ないか」
「はい」
ある程度纏まった所で話を切り上げる。
「よし、政の話はここまでにしようか、酒の席でこれ以上しても無粋だしな」
飲み直しとばかりに杯に注がれた酒を一気に飲み干す。
現代のお酒になれた自分には、アルコール度数の低いこの時代の酒は少々物足りなく感じるが、今では愛着も沸いてきている。
すかさず空になった杯に、正虎が酌をする。
もう夏が近いが、まだ夜は小寒い。
冷えた体を温めるように酒を仰ぐ。
三人でおこなわれた晩酌会は、夜中近くまで続いたのであった。