戦国†恋姫X 犬子と九十郎   作:シベリア!

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犬子と九十郎第4話『笄』

 

萱津の戦いから一ヶ月後……

 

「お屋敷だーっ!!」

「お屋敷だーっ!!」

 

2人の少年少女が一軒の空き家の前でハイタッチを交わす。

 

「元服だーっ!!」

「元服だーっ!!」

 

前田犬千代……改め、前田犬子利家が、新品の戦装束を身に纏い、屋敷の前で可愛らしくポージングを決め、九十郎は拍手でそれを称える。

 

「そして家来1号だーっ!!」

 

「おっすオラ九十郎、いっちょやってみっか」

 

犬子は主君織田久遠信長に勇猛さを認められた事に、九十郎は目論見通り前田利家の家来ポジションに収まった事により満悦の表情だ。

 

「と言う訳で、犬子の住居が集合住宅から一軒家になりましたわんっ!」

 

「そして屋敷の管理や炊事洗濯、武具の手入れその他諸々の雑務のため、

 正式に犬子様に雇われましたわんっ!」

 

「九十郎……その口調きしょい……」

 

「ははは、うちの御主人様は鏡にブーメラン投げつけるのが趣味だったか」

 

「犬子は良いんだよっ!

 九十郎みたいな腕や肩がゴツゴツしてるのが言ったらきしょいけど」

 

犬子の言う通り、九十郎は無駄にマッチョである。

 

「まあまあ、俺も正式に犬子様の家来になった訳だからな。

 これから俺の事は犬と呼ぶが良い」

 

「絶対やだよっ! それと様づけもいらないよ、なんかおへその辺りがムズムズするから」

 

「今夜はお前と俺でダブルわんこだからな」

 

お前はどこの本郷猛だ。

 

「九十郎……存在そのものがきしょい……」

 

「流石に泣くぞ」

 

2つ年下の少女に泣かされる男の姿は、非常にきしょかった。

 

「まあ、ちっちゃなお屋敷だけど、今日からは独り立ちしなきゃね。

 これからはお母さんにもお姉ちゃんも頼れないんだから」

 

「なぁに万事任せておけ、はっきり言って俺は役に立つぞ。 何せ俺は英検一級だ」

 

「えいけん……?」

 

「英語が喋れる」

 

「おお! 言葉の意味は分からないけどとにかく凄い自信だ!」

 

九十郎は気づいていないが、戦国時代では無駄技能である。

 

「しかも俺は、オランダ語も喋れる」

 

「す、凄い……のかなぁ……?」

 

たった今犬子が気づいたが、戦国時代では無駄技能である。

それにしてもこの男、無駄に多芸である、無駄に。

 

「そういえばさ、九十郎って元服はしないの?」

 

「ははは、うちの御主人様は極貧農家の倅に、

 幼名だの元服だの考える余裕があると思っていたのか」

 

「やってないんだ……」

 

「やってる者もいるがウチではやらん。 俺は生まれてから死ぬまでただの九十郎だよ」

 

「ただのじゃないよ、犬子の家来1号の九十郎だよ」

 

「ははは、うちの御主人様は部下をおだてるのがお上手だ」

 

なお、この男は後に犬子の夫にランクアップする事になるのだが、この時点の九十郎はチラリとも考えない。

この男、基本的に対女性関係に疎い上にマイナス志向なのだ。

 

「おだててるって……そうじゃないよ、犬子の本心だよ」

 

犬子の方は……時折、チラリチラリと妄想する程度だ。

だがしかし、武家の娘は家柄や政略と無関係に婚姻を結び、交わり、子を産む事はまずできない。

家柄どころか系譜も苗字も無い極貧農家の倅である九十郎が、荒子城主の娘である前田犬子利家と一緒になる事はまずありえない。

 

それこそ主君の勘気を買い、勘当され、織田家や前田家と絶縁関係にならない限り……犬子も九十郎も、そんな可能性はまずないだろうと思っていた。

 

「それじゃあ犬子から家来1号に最初の命令! 犬子と戦えーっ!」

 

ありえない妄想を、案外居心地の良い雰囲気を振り払うかのように、犬子は普段武術鍛錬に使っている長棒を構える。

お互い幼子だった頃から何度も何度も挑んでいるが、未だに一度も勝てぬ相手……既に意地の領域にまで至った闘志を胸に、犬子は九十郎に挑みかかる。

 

「いきなりそれか……ははは、うちの御主人様は想像以上に脳筋らしい」

 

九十郎もまた即座に竹刀を出し、構える。

屋敷に呼ばれた時から、なんとなくこういう展開になるような気はしていたのだ。

なお、九十郎は未だに自覚していないが、この男はこれでもかという程の剣術馬鹿である。

 

そして……

 

「ううぅ……全然、全っ然勝てない。

 何で? どうして? 九十郎はこの間の戦いで手加減でもしたの!?」

 

元服前と変わらず、いつものように返り討ちにあう犬子であった。

 

吐き気を我慢しながら戦っていたからだよ、人間を殺した時の自己嫌悪に抗いながら戦っていたからだよ……九十郎は心の中で呟いた。

 

今はまだ、九十郎は犬子よりも数段強い。

そして精神的に追い詰められていない限り、犬子はまだまだ九十郎に敵わない。

 

「だがな犬子、今日は少々ヒヤっとしたよ。

 実戦を経験したからかどうかは分からないが、犬子は以前より数段強くなっている。

 次も勝てるかどうか……」

 

「本当っ!?」

 

「ああ本当だ、自信を持て。 犬子には才能がある」

 

だがしかし、それもまた九十郎の偽り無き本心からの言葉だ。

九十郎は本心から、犬子は近い将来自分よりも強くなると確信していた。

この男は基本能天気で考え足らずであるが、他人の剣才を見抜くのは得意な方だ。

 

「うぅ~、そんな事言ったって全然勝てる気がしないよ……

 えぇいっ!! もう一本っ!!」

 

「その意気だ、さぁ来い」

 

今日はメフメト2世によるコンスタンティノープル攻略作戦の話でもしようか……等と考えながら、九十郎は竹刀を構える。

本人は自覚していないが、竹千代が尾張から去って以降、歴史談議ができずに少し……いやかなりのフラストレーションが溜まっていた。

 

「精が出るな」

 

……ただしその欲求は、第三者の介入によってお預けとなった。

 

竹千代に頼まれた手前、約束をした手前、犬子以外の人間の前で歴史談議をするのは控えざるを得なかった。

 

「……壬月様!? わわっ! み、見てたんですか!?」

 

犬子も、九十郎も気づかぬ内に庭先に立っていた女性は、柴田壬月勝家……織田家最強の猛将と名高い頼れる中間管理職、犬子の上司である。

 

九十郎は中間管理録トネガワを思い出し、笑いを堪えるので必死であった。

 

「あ、あの……いつから、見られて……」

 

「お屋敷だーっ! の辺りからだな」

 

「げぇっ!? 最初からぁっ!?」

 

上司に失態を見せた事に絶望し、犬子がヘナヘナと崩れ落ちる。

九十郎は指を差して笑いたい気分になったが……数秒後、自分が望んで止まない安寧な生活、言い換えれば犬子の出世が遠のいた事に気づき、表情が凍った。

 

「面白い夫婦漫才が見れたよ」

 

「夫婦じゃねーよっ!!」

「まだ夫婦じゃありませんよぉっ!!」

 

2人の反論に微妙な温度差があった事を、犬子も九十郎も、壬月も気づいていなかった。

 

「まぁ何だ、次代の織田を担う若武者は思っていた以上に筋が良い……心強い、実に。

 それよりも気になるのは……孺子、確か九十郎とかいったな。 どこの流派だ?」

 

柴田壬月勝家は……織田家最強と畏れられし猛将は、たった数合の戦いで九十郎が単なる素人剣法ではなく、それなりの流派の下で修業を積んだ者である事に気づいたのだ。

 

「神道無念流だよ」

 

「神道無念……聞かん名だな……?」

 

壬月が聞かないのも当然の話である。

神道無念流は戦国時代にはまだ創始されていない流派なのだから。

 

そうとも知らず九十郎は、やっぱりこの時代ではマイナー流派なのかなぁ……と、地味にショックを受けていた。

 

「その剣は?」

 

「これは竹刀だよ、稽古中に怪我をしないように工夫した、訓練用の模造刀。

 大石種次っていう昔の人が考案したらしい」

 

なお、九十郎は気づいていないが、大石種次は1797年生まれで、未来の人物である。

 

「大石……?」

 

壬月が知らないのも当然の話である。

知っていたら予知能力者か、九十郎と同じ未来人かのどちらかである。

 

神道無念流、竹刀、そして大石種次……聞いた事の無い情報を聞き、考え込む壬月を前にして、九十郎は脳内で柴田勝家に関する情報を検索する。

 

確か信長が本能寺で死んだ後、豊臣秀吉との仲が拗れて、戦争になって、負けて殺された人だったよなぁ……等と九十郎は考えている。

九十郎の頭の中では、壬月<犬子という非常に失礼な不等号が描かれていた。

日本史に疎い九十郎にしては中々正確な知識であったが……スゴイ・シツレイである事だけは疑いようの無い事実であった。

 

一方犬子は九十郎が非常に失礼な事を考えているとは露知らず、織田家の重鎮、織田最強の猛将を前に緊張していた。

城主の娘とはいえ、四女である犬子が前田家の家督を継ぐ可能性は非常に低い。

高々50貫……吹けば飛ぶような最下級武士である犬子は、本来壬月と面と向かって話ができるような身分ではないのだ。

 

「して、柴田勝家様が何故このようなむさ苦しいあばら屋に?」

 

……しかし、九十郎は全く臆さない。

この男の中では、既に壬月<犬子という非常に失礼な不等号が描かれてるのだ。

 

「ああ、元服祝いだ」

 

壬月は九十郎のスゴイ・シツレイな言動を意に介さない。

彼女は腕っぷし一つで戦場を駆け、名を上げてきた柴田壬月勝家だ。

一端の武人……神道無念流なる剣術を修めた九十郎に対して、一定の敬意を抱いている。

それに礼儀だの作法だの建前だの、そういうまだるっこしいものを好む性格でもなかった。

 

「槍や鎧は中々の物を用意していた様子だが、

 腰に佩く太刀がみすぼらしくては恰好がつかんと思ってな」

 

そう言いながら、壬月は一振りの太刀を取り出した。

それは知行50貫の最下級武士の収入では100年かかっても買えないような、立派な太刀であった。

 

「え……ええぇっ!? こんな立派な物、貰う訳には……」

 

「良いから持っていけ。 無数の槍衾を掻い潜り、

 真っ先に敵将に挑みかかっていったあの雄姿は中々のものだったぞ。

 犬子の将来に期待して……という所だ」

 

「あ、ありがとうございます!! この剣に恥じぬよう、立派に努めます!」

 

「ああその意気だ、久遠様を良く支えてくれ。

 あの御方は……少し危うい所があるからな……」

 

感動的なシーンであるが、九十郎はほんの少し不機嫌になっていた。

実を言うと、この男も元服祝いを用意していた。

ただし壬月が用意した太刀に比べると幾らか……いや、大分ショボい物である。

 

「あ~……犬子、ちょっと良いか?」

 

額をポリポリと掻きながら、九十郎はバツが悪そうに犬子に話しかける。

 

「うん、どうしたの九十郎?」

 

「いや……俺も、な……犬子の元服祝いを……

 いや、危うい所を救ってもらった礼も兼ねて……こう……」

 

基本失礼なこの男にしては珍しく、九十郎何度も何度も言葉を詰まらせながら、懐から一本の笄を取り出す、そして手渡す。

 

実際の所、それは何でも無い物であった。

九十郎にとっては……貧乏農家の倅にとっては非常に高い買い物であったが、たった今壬月が犬子に贈った太刀に比べれば、安い安い贈り物であった。

 

「この間の戦いで、足軽頭の首一つ取っただろう。 その報奨金で買ってきた」

 

「え……良いの? これ、結構高そうな……」

 

高そうと言っても、極貧農家の倅が用意したにしては立派というレベルだ。

犬子にとっては、少し無理をすれば普通に手が届く程度の価値しかない。

 

「報奨金を全額ブチ込んだよ」

 

犬子は愕然とした表情になり、壬月は苦笑した。

 

「ぜ、全額!?」

 

「ああすまん、半額は実家に入れたな。

 俺の取り分として受け取ってる部分は全部って意味だ。

 まあ、アレだ……命を救って貰った礼だ、遠慮せずに持っていってくれ」

 

それはつまり、命を賭けて戦場に立った対価を全て費やしたという事だ。

その笄は、壬月から受け取った太刀の半分……100分の1の価値すら無い物であったが、犬子にとっては太刀の10倍も20倍も素晴らしい贈り物ように思えた。

 

犬子はまだハッキリと自覚してはいなかったが、惚れた男が文字通り命懸けで用意した贈り物なのだから……

 

「あ、あり……ありがとね……九十郎……」

 

犬子は顔を真っ赤にして、もじもじと指先を交えながら礼を言った。

犬子の頬が赤らんでいたのを、尻尾状の飾りがパタパタと揺れていたのを、九十郎は気づいていなかった。

犬子が目の前に立つ家臣第1号を男として意識しつつあるのを、九十郎は気づいていなかった。

 

男に惚れた女の顔に、視線になりつつあったのを、九十郎は気づいていなかった。

 

「良かったじゃないか、大事にしろよ。 その笄も、九十郎もな」

 

壬月もまだ気づいていない。

幼き主従の、微笑ましい光景程度にしか思っていない。

それを察するのは……後にこの笄が原因になって刃創沙汰が起きた日にだ。

 

後にこの笄は、犬子が織田久遠信長に勘当される原因を作る事になり、九十郎は笄を贈った事を死ぬ程後悔するのだが……九十郎も壬月も犬子も気づいていなかった、思いもしなかった。

 

そして……

 

……

 

…………

 

………………

 

弘治2年、西暦換算で1556年8月……尾張にまたもや激震走る。

何度走れば気が済むんだと久遠は涙目になって頭を抱えていたが、とにかく激震走る

 

「前門の壬月様、後門の森一家……終わった、犬子の人生終わった……」

 

「織田最強の武闘派が敵に回り、織田最狂の戦バカが味方と……

 ははは、うちの御主人様の御主人様は相当人望が無いらしいな」

 

織田信長軍700人、織田信行軍1700名、これがそのまま2人の人望の差を表していた。

九十郎は『ダブルスコアつけられてるじゃねーかっ!』とでも叫びたい気分であった。

 

「どうしてこうなった」

 

そう犬子は呟いた。

しかし、どうしてこうなったと一番叫びたいのは久遠である。

 

後の世に言う、稲生の戦いが始まろうとしていた。

 

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