なんだか突っ走ってる感が否めない感じです。
先程は出久に対する悪意を止めることをしなかったが、それをそのまま放置するほど築久は薄情ではなかった。
早々に出久を学校から引っ張って連れていく。築久の行動は迅速だった。
「出久」
「ん?」
あんな事を言われた後だ、精神的に参っているだろう。そう思い、なにか言葉をかけるべく兄の名前を呼んだ。だが返事が予想していたものより明るかった。築久は少しばかり困惑する。
「お前、あれだけ言われて何とも思ってねえの?」
「別に、なんとも思ってないわけじゃ…」
こんな言葉を浴びせるはずではなかった。だが、自分の目標を否定されたはずなのに、なぜこんな態度でいられるのか。だんだんと苛立ってきた。
自分が苛立つようなことではないことは分かっている。だが、築久は我慢ならなかった。
「お前さ、昔言ったじゃねえか」
「え?」
築久は怒りを抑えながら、静かに出久に語りかける。
「『一緒にオールマイトみたいなヒーローになろう』って」
築久に"個性"が発現し、出久が"無個性"だと判明する少し前、二人は約束していた。偉大なヒーローであるオールマイトの、ヒーローとして華々しいデビューを飾った動画を見て、こんなヒーローに一緒になろうと。
「俺、ずっと覚えてたんだぜ?だから勉強頑張ってお前に遅れを取らないように努力した」
築久は自分の頭の良さが兄より劣っていることにとっくの昔から気付いていた。賢い兄と一緒にヒーローになるために、必死に勉強をした。
しかし、約束した本人が、まるで諦めたかのような態度を取っている。
築久は口を開いた。
「けどよ、お前がそんなんじゃ叶えられるもんも叶えられねえよ」
「ぼ、僕だって悔しいにきまってるじゃんか!なんだよ急に!」
出久がやっと感情を表に出した。しかし、築久は出久が悔しく思っていることなんて分かりきっていた。
ヒーローになりたい。ならば、人一倍の努力は必ず要る。知識という面においては、出久は群を抜いているだろう。しかしヒーローに必要なのは知識のみか。もちろん否である。ヒーロー活動において知識以外に重要なものを、出久は全く身につけていない。
「ならなんで、もっと努力しねえんだ!」
「え……?」
「例え"個性"がなくたって、肉体を鍛えることくらいできる!武器の扱い方を学んだりすることもできる!武術を修めることもできる!やれることはいっぱいあったんだよ!!なのにお前はそれをしなかった…!!」
それを言うなら築久だって!出久は言い返そうとした。だが、言い返せなかった。
爆豪に勝つため。築久はそう言っていつも己を鍛えていたのだ。築久の部屋にはトレーニング器具がいくつもあるのを思い出した。勝己に負けては鍛え、負けては鍛えをずっと繰り返していた。
なら、つまり、僕は……!!
出久が自身の怠慢に気付いたことを察した築久は、今にも崩れ落ちそうな出久に言う。
兄の無謀な夢を、終わらせるために。
「出久、お前にはもう無理だ。ヒーローは────」
「……ッ!!」
築久の言葉を聞き終える前に、出久は逃げるように走り出してしまった。
ただひたすら、現実から逃げるように。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
出久が走り去っていった後を、築久は追わなかった。家が一緒だとかそんな理由ではない。ヒーローを諦めろと言った者が追いかけたところで、何の意味もないからだ。唯一出久を救える存在がいるとするならば、それは出久の尊敬するオールマイトくらいだろう。
だが、正義の象徴である彼が都合よく出久の前に現れることなんてないことも、分かりきっていることである。
「……帰るか」
そう呟き、築久は歩き出すが、
「……っ!がぁ……!!」
築久は唐突に胸のあたりを手で抑え、蹲ってしまった。見ると、築久の髪の毛は赤混じりの黒ではなく、爛々と輝く紅色に染まっていた。
「あつ……!うぅうぅぅああ……!!がぁっ!!」
咆哮と同時に猛火が口から吹き出る。ゴゴウッ!と勢いよく吐き出されたそれは、アスファルトをグズグズに溶かしていた。
「はぁーっ…!はぁーっ…!クソッ……」
髪の毛はいつもの色に戻り、築久自身も落ち着いたようだ。ただ、尋常じゃない汗の量が、彼の苦しさを物語っていた。
「
皮肉気味に言って築久は立ち上がる。アスファルトは無惨な姿となっているが、仕方ないだろうと自分を納得させ、彼は再び帰路に着く。もし警察に何か聞かれても、理由と個性限定使用許可証を見せれば凌ぐことはできるだろう、と予想して。
築久はフラフラとした足取りで、道を歩いていった。
しばらくすると、大通りに出た。そこを道沿いに歩いていく。
築久は歩いている間、一定の間隔で口から小さく火を吹き出している。通りすがりの人々はチラリと彼を見ているようで、かなり注目を浴びていた。だが築久は、こんな視線慣れたと言わんばかりに堂々としている。
商店街の入口に差し掛かると、何やら人だかりが出来ていた。この時代、外で人だかりが出来ているのはほとんどヒーローとヴィランの争いのせいだ。この人だかりもそうなのだろうと予測をつけ、野次馬の中に混ざっていく。
BOOOM!と破壊音が聞こえた。かなり強力な"個性"を持ったヴィランのようだ。よく観察したいが、野次馬が邪魔でよく見えない。築久は背伸びをしてヴィランの姿を確認する。
どうやら異形型の"個性"の持ち主のようだ。身体がヘドロで構成されている。築久には、先程の破壊音を出せるような"個性"ではないように思えた。遠目ではあまり見えない。
周りのヒーローはどうしているのかも見るが、何やら苦戦している。これまたどういうことだろう。築久は周りの人に聞いてみることにした。
「あの……今どういう状況ですか?」
「ああ、なんかヴィランに学生が取り込まれているらしい。"個性"も乗っ取られてるんだとよ。ヒーローは手が出せない状況だよ」
"個性"が乗っ取られている。BOOOM!という破壊音。学生、ということはこの近くにある学校の生徒が取り込まれている、ということになる。
「まさか……!」
嫌な予感がした築久は、野次馬を掻き分け、集団の先頭へと乗り出す。そこには────
「勝己ィィィィィィィィ!!!!!」
────ヴィランに取り込まれた爆豪の姿があった。
苦しそうに唸る爆豪。だがヴィランはそんなことなど気にもかけず、爆豪の"個性"を使い続ける。
「な……なんで……!」
独りでに呟くが、その疑問を解決してくれる者はこの場にいなかった。
俺の"個性"を使って救けるか!?いや、ヘドロヴィランだけを吹き飛ばすなんて芸当、今の俺には無理だ!勝己にも被害がいく!クソッ!どうすれば…!
築久は葛藤していた。こんな状況、"個性"がうまく使えれば絶対に救えるはずなのに、と。
「かっちゃん……!?」
爆豪が周りから呼ばれているあだ名が聞こえた。声のした方を向くと、もさもさの頭が見えた。
「出久……」
出久もここに来ていたのか。築久は全く気付かなかった。いや、出久の様子から見るに、今到着したのだろうか。
先に走っていったはずなのに、という疑問を築久はひとまず置いてくことにした。
問題は、ヴィランに囚われている爆豪をどうするべきかである。しかし答えは一択だ。ヒーローに任せるしかない。ここは自分が、学生が出しゃばる場面ではないのだ。築久は自分を納得させていた。
思考していると自然に目線が下に向いていた。ヒーローが爆豪を救ける場面を目に収めんとするために、顔を上げた。その時目に写ったのは、ヒーローでもなく、ヴィランでもなく、
「い、ずくぅ!!?」
無我夢中でヴィランの方へ走る出久の背中だった。
「何してんだよあの馬鹿ッ!!」
"個性"持ちならまだしも、"無個性"である出久がこの場に出るなど蛮勇極まりない行為だ。運が良くても大怪我、最悪だと殺されてしまう可能性だってある。
今すぐにでも出久を引き止めなければ。築久の頭の中はぐるぐると回転しているが、足は全く動かない。
それも当たり前のことだ。まだ人生のほんの少ししか生きていないのだ。殺されるリスクを背負ってまで、人を救うために足を踏み込む中学生はごく少数、いや、もしかするといないかもしれない。
そんな人物が今この場にいた。しかも、"無個性"。
出久は頭の中で、異形型を相手取るためにはどうすればいいかを必死に考えていた。
『将来の為のヒーロー分析』ノートの中から瞬時に情報を汲み取っていく。
(こういう相手には……こう!!)
出久は自らのバッグを相手に向けて投げる。中身はバッグの外からばらばらに、ヴィランの元へと飛んでいった。
突然の飛来物に動きが止まるヴィラン。その隙に、出久は爆豪を救おうとヘドロに手を掛けた。
「無駄無駄!流体が掴めるかよ!」
ヴィランは出久を馬鹿にするが、聞こえていないのか、聞いてないのか、出久には爆豪を救けるために無我夢中だった。
「なんで!!てめえが!!」
ここで出てきた出久に爆豪は怒鳴る。
「────君が、助けを求める顔をしてたから」
出久の答えは簡潔だった。自分がどうなろうとも、他人が助けを求めたのならば、真っ先に駆け付ける。とてもではないが賢いとは言えない。とてもではないが凄いとは言えない。だが、この場にいる誰よりも、出久はヒーローだった。
「いず、く……」
出久の言葉は、築久の中にずるりと入り込んだ。助けを求められたから救ける。まるで本物のヒーローのように思えた。そして、先程考えていたことを思い出し、築久は奥歯を噛み締めた。
「俺はさっき、何て考えてた……?"個性"がうまく使えれば救けられるのに、だって……?」
築久の声は震えている。
「違う、違う違う違う…!!こんなのヒーローなんかじゃない……!!俺が、俺たちが目指しているヒーローは、こんな言い訳なんてしない!!!」
思い浮かべるのは、オールマイト。自分たちの原点であり、今なお道標となっているヒーロー。築久は思う。オールマイトなら、こんな所で立ち止まってなんかいない。
「プロはいつだって命懸け!!」
いつの間に来ていたのか、そこにはあのオールマイトがヴィランに立ち向かい、既に出久と爆豪を救い出していた。
「DETROIT SMASH!!!」
たった一振り。オールマイトのたった一振りの拳で、ヘドロのヴィランは散り散りになった。
彼の拳圧による爆風は上昇気流となり、先程まで晴れていた空を雨模様に変えた。
初めて生で見るオールマイト。その迫力、その実力に、築久は戦慄した。これがNo.1ヒーローの力なのか。
気付けば、オールマイトは取材陣に囲まれ、出久はヒーローに叱られ、爆豪はタフネスを讃えられてヒーローに勧誘されていた。
自分は何もできなかった。あれだけ出久に言っておきながら、築久は一歩たりとも動くことができなかった。
"個性"を持ちながら一歩も動くことが出来なかった築久。"無個性"でありながら友を救おうと一歩を踏み出した出久。
出久の方が、よっぽどヒーローしていた。
「ぐっ…!はぁっ……!はぁっ……!」
突如襲いかかる胸の温度上昇。築久は胸に手を当てて、ボッ…!ボッ…!と火を吹き始める。人混みの中にいたせいで、調整をしていなかった。
「き、築久!大丈夫!?」
叱られ終わった出久が築久の元へと走ってきた。
「……いいよ。大丈夫。調整してただけだ」
「け、けど!まだ髪も紅いし…!」
ついさっきああまで言ったのに、こうも親身になってくれるのはありがたいが、築久は今、一人で落ち着いていたかった。
「大丈夫だから。さっさと帰れ」
「……うん。わかった」
築久の気持ちを察したのか、出久はあっさりと引き下がる。しかしまだ帰ろうとはしない。
「……帰ったら、話したいことがあるんだ」
「……おう」
無駄に言葉を重ねることなく、双子は会話を終えた。出久の顔は、何か決意したような、しかしそれでいて諦めたような、どちらとも取れる顔をしていた。
ああ、こいつはもう、ヒーローを……。
築久はそれに気付いたが、言及はしなかった。出久が決めたのだから、もう何も言うことはない。それがいくら悲しくても、築久は表情には出さなかった。
それ以降は何も言わずに、出久は帰っていった。築久はただ、その背中を眺め見送った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
調整も終わり、身体も落ち着いたため、築久は家に帰った。
「ただいまー……」
「あら、おかえり築久」
迎えてくれたのは母の緑谷引子だ。のそのそとリビングに入るが、そこには先に帰ったはずの出久はいなかった。
「あれ……?母さん、出久は?」
「まだ帰ってきてないけど、一緒じゃないの?」
「ああ、うん」
「どこいってるのかしらねえ」
「わからん」
出久はまだ帰ってきていなかった。のそのそとリビングを出て、二階の自分の部屋へ向かう。何処で道草を食っているのだろうと思ったが、その心配をする必要はなかったようだ。
「き、築久!」
「な、なんだぁその顔?」
出久が顔面涙まみれで帰宅した。築久はそうなった経緯を聞きたかったが、先に出久が叫んだ。
「君はヒーローになれるって!言ってくれた人がいたんだ!!」
「はっ……!?」
出久はヒーローになれる。そう言った人がいる。たったそれだけ。たったそれだけだが、そのそれだけの言葉を、出久は十四年間待ち続けていた。今日、やっとその言葉を言ってもらえたのだ。
「築久に言われた時、そしてプロヒーローに叱られた時に、もう諦めてたんだ。その通りだって、いい加減現実を見ようって。けど、『ヒーローになれる』って言われた時、すごく嬉しかったんだ。だから僕は、ヒーローになる。やっぱりなりたいんだ。最高のヒーローに」
出久の目は、幼い頃にオールマイトに憧れていた時の目と同じように輝いていた。
築久は答える。
「……そうか。なら、もう一回約束しよう」
「うん!」
「「一緒にオールマイトみたいな、最高のヒーローになろう!」」
同時に言い、互いの拳を合わせる。少し照れくさそうに笑う出久に、快活な笑顔の築久。幼い頃に約束した時と、何一つ変わらない光景がそこにあった。
「そうだ。一つ忘れてた」
「え?なに?」
「あの時のお前、最高にヒーローしてたぜ」
「ほ、ほんと?」
「ああ」
これは、双子のヒーロー志望が、最高のヒーローになるまでの物語である。
もし分かりづらいとか、誤字脱字とかあれば報告してくれると嬉しいです。