自分的には耳郎ちゃんが好みです。
耳郎ちゃんかわいい……かわいくない?
一緒にヒーローになろうと誓ったその日から、出久は夜な夜な外へ出掛け、トレーニングをするようになった。その内容は家族には教えていない。
その事に、築久は特に何も言わなかった。雄英に入るのならば、むしろトレーニングは当たり前だ。なにせ、筆記試験に加えて実技試験もあるのだから。
ただ、築久は一つだけ気になることがあった。
何故か出久は毎日ヘロッヘロになって帰ってくるのだ。汗は服をびしょびしょに湿らせ、顔はげっそりとした様子で、帰ってきたら死んだように眠る。これがここ最近の出久の日常だった。
明らかに無理をしている。
「おい出久、流石に無理してんじゃねえのか?」
そう聞くと、出久は力のない笑顔で答えた。
「だ、大丈夫…。指導してくれる人がプランを立ててくれてるんだ。僕の体力にも考慮してくれてるから」
指導者がいるとは思わなかった、と築久は驚いた。だがすぐにその指導者が誰か予想が付いた。
「ヒーローになれるって言ってくれた人か」
「え?ぼ、僕、築久に言ってたっけ?」
出久は心当たりがないと言った風に狼狽える。
「指導者がすぐに見つかるわけないだろ。言われたその日の内にトレーニングに行くってことはそういうことじゃないかって思っただけだ」
「な、なるほど」
築久は続けて言う。
「それで、その指導者は大丈夫なのか?こう言ってはなんだけど、信用していいのか?法外な金とか要求されたりしてないか!?」
兄がぽっと出の赤の他人に師事しているのだ。築久は不安になり、矢継ぎ早に言葉を浴びせる。その際、口から火の粉が出久へと飛んでおり、出久は慌てて避けていた。
「ひ、火の粉火の粉!火の粉出てる!」
「お?あ、すまん」
築久は口から出る火の粉を抑えた。それを確認してから、出久は答える。
「大丈夫。オーr……じゃない!彼は最高の指導者だよ!ほんとに!嘘じゃない!」
出久は何かを言いかけた後、誤魔化すように早口になる。築久の中でますます怪しさが増してきた。だが意外と曲げない所がある出久に、今更何か言っても遅いだろう、今の目はそういう目だった。築久はため息をつく。同時にボオッと火も漏れるが、築久は気にしなかった。
「お前がそれで大丈夫ならいいけどよ」
「うんうん!」
「……まあいいや。俺も、"個性"を何とかしないといけないし、気にしてなんかいられねえな」
「そ、そうそう!最高のヒーローになるんだから細かいことなんて気にしてられないよ!」
築久はやや怪しんだ後、出久に忠告する。
「じゃあ俺もう行くから。疲れてんのは知ってるけどもっと早起きしろよ」
「ん?……うええっ!?もうこんな時間!?」
そう、築久はいつまでたっても起きない出久を部屋まで起こしに来ていたのだ。会話を長引かせた罪悪感はちょっぴりあるものの、築久は起きなかった出久が悪いと感じていた。
「ちょ、ちょちょ……!待ってよおおお!!」
ちなみにギリギリ遅刻だったそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんな顛末があった日、築久は病院に寄っていた。築久の"個性"が築久自身を蝕んでいないかを確認するための定期検診だ。
築久は手慣れた様子で手続きを済ませ、受付ロビーのソファに座る。
今日も無駄に時間を潰されそうだな、と築久は嘆息する。検診を担当してくれている医師は幼い頃から同じだ。だが、その医師が随分と歳をとっており、孫もいないせいか、だらだらと世間話をしようとするのだ。後がつっかえるからと強制的に話を遮るはめになるのに、築久はうんざりしていた。
「緑谷築久さーん」
名前を呼ばれたので、案内される部屋に移動する。スライド式のドアを開け、おじいさん医師に挨拶しようとした。
「うぃっす。今日もよろしくお願いしまー……す?」
椅子に座っていたのは、いつものよぼよぼのおじいさん医師ではなかった。よぼよぼというよりかはピチピチ。おじいさんというよりかは若く綺麗な女性。切れ長の目にずっと通った鼻筋。白衣がとてもしっくりくる。
築久は部屋を間違えたのかと思った。間違えました、と言って退室しようとする。
「間違ってないわよ。緑谷築久君ね?今回より、あなたの検診担当になった
「え……。あ、よろしくお願いします」
「さ、座ってちょうだい」
築久は促されるままに椅子に座る。
唐突な担当医師の変更に築久は戸惑っていた。あのおじいさん医師が担当ではなくなったことを知らされていなかった。
「あの……。前の担当の、」
「ああ、老川先生ね。彼ももう歳ということで、この病院を辞めたわ」
辞めていたのか。寝耳に水で、築久は驚きを露わにする。
そんな築久を気にすることなく、治美は机の上の資料を手に取る。
「さて、検診を始める前に、あなたの"個性"について確認させてもらいます。その際いくつか質問もしますが、よろしいですか?」
「あ、はい」
築久は頷く。
頷いたのを確認した後、治美は肩まである黒髪を耳にかけ、質問を開始する。
髪を耳にかける動作に大人の色気を感じた築久は、少し顔を赤らめる。治美はそんな築久に目もくれず、資料に目線を向けていた。
「ではまず、あなたの"個性"自体について。……あなたの"個性"は、けっこう特殊なようね。両親から"個性"を受け継いでいるけれど、かなり変異してる」
「そう、ですね。母から受け継いだ"個性"が変異してると言われました」
「なるほど。では次」
治美は続けて質問する。
「あなたの"個性"は、肺に隣接する燃焼器官から火を吹くことができるようだけど、その器官が耐えられる温度の大体の目安がないみたいね」
「じいさんは、確かめる術がないって。あ、じいさんは老川先生のことです」
「そ。では次」
てきぱきと質疑応答を済ませていく治美。
築久はこの質疑応答の真意がまだ分かっていない。
「あなたの髪の毛、"個性"を発動したらだんだんと紅くなるそうね。その原因とかって理解してる?」
「あ、いえ、あんまり……。器官の温度上昇に比例してるんだと思うんですけど」
「なるほどね……。では最後」
もっと質問されるかと思い身構えていた築久だが、案外あっさり終わることに少し拍子抜けしていた。
「あなたの"個性"について、出来るだけ詳しく説明してください」
「え?……分かりました」
築久はこのタイミングで?と思ったが、拒否するわけにもいかない。自分が理解している範疇で話す。
「えっと、俺の"個性"は火を吹く"個性"です。胸のあたりにある燃焼器官から、食道とはまた別にある管を通って口から火を吹くことができます。それとはまた別に、母の物を引き寄せる"個性"が変異して、熱を常に体内に引き寄せています。その影響で、父より吹き出す火の温度が高くなっていたり、定期的に火を吹かないと、器官の温度が上がり続けてしまうんです。それから────」
「────オーケー。もういいわ」
まだ話そうとする築久を治美は止める。
「結構認識に差異があるわね……」
「え?」
「あ、ごめんなさいね。次いきましょう」
築久は首を傾げる。治美は少々焦り気味に、次に進める。
「じゃあちょっと、上の服全部脱いでくれる?」
「あ、はい」
指示に従い、築久は服を脱ぐ。シワになると母の引子が怒るので、綺麗に畳んだ。
爆豪に張り合うために鍛えていたおかげで、彼の身体はとても引き締まっている。
「じゃ、そのままじっとしててね。私がいいっていうまで」
そう言って、治美は築久の身体をじっと観察し始めた。てっきり触診を始めるかと思っていた築久は、じろじろと見られて恥ずかしがる。
「えっとぉ……。これは一体……?」
「……」
無言で観察を続けながら、紙になにか書いている。男子中学生の裸を見て何が分かるのだろう。なんだかむず痒い。
「よしっ。もう服着てもいいわよ」
「は、はい!」
築久はせかせかと服を着る。恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤に染まっていた。
治美は先程の紙を見た後築久に告げる。
「はい、じゃあ口開けてー」
「……」
普通に診察を始めた。築久はもう、いちいち反応しないことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『じゃ、この後はMRI検査を受けて終わりね。次は、そうね。一週間後にまた検診を受けに来てちょうだい。では、お大事に』
あの後、治美は一方的にまくしてて、嵐のように去っていった。築久の疲労は、老川の話を聞く時よりも増していた。
「一週間経ってしまった」
色々と疲れたあの検診をまた受けなくてはならないことを嘆く。またじろじろと見られるのだろうか、などと考えながら、築久は病院の敷地を跨ぐ。
「でもあの人、綺麗なんだよなあ……」
彼女の容姿はお世辞なしに整っていて、お年頃の少年はドギマギしていた。
「緑谷築久さーん」
呼ばれたので、案内されるままに部屋に移動する。はずだったのだが、
「あの、どこ行ってるんですか?」
「別館です」
「へ?」
何故か別館へと連れて行かれていた。この病院の別館にあるものは何だったか。そんなことを考えているうちに、案内の係が立ち止まる。どうやら目的地にたどり着いたようだ。
「ここは……」
第一印象は、まるで体育館。ここは本当に病院の施設なのかと思う程に広々とした空間が目の前に広がっていた。しかし白一色の床や天井が、病院の清潔感を思わせている。
次に目を引いたのは、"個性"を使用する子供たちと、それに付き従っているトレーナーらしき人たち。見ると、子供たちは"個性"が上手く扱えていない様子だった。
それをぼーっと眺めていると、後ろからいきなり声がした。
「あー、いたいた。ごめんなさいね、待たせちゃって」
治美が白衣をたなびかせて立っていた。築久は待たせていた云々の謝罪よりも、ここに連れてこられたことに対しての説明の方が欲しかった。
「あの、今日は検診は……?」
「別の場所でやるわ」
ならここに連れてきた意味は一体なんなのだろう。築久は本気で困惑してきた。
「検診はこの奥にある別室でやるから、ついてきて」
「はあ……」
築久は気の抜けるような返事をする。治美はせかせかという効果音が似合う歩き方で端の方を歩いていく。
「あ、せんせー!こんにちはー!」
「はーいこんにちはー」
"個性"を使用していた子供が治美に気付き、挨拶をする。どうやら子供たちと治美は面識があるようだ。
「あの子たちは?」
「あなたと同じよ」
「俺と同じ……」
先程の光景に加え、自分と同じだという発言。築久は彼女の言葉をただ繰り返し呟いた。
「ま、あなたのような年齢を担当するのは初めてなんだけどね」
だからここを使うのも実は初めてね。そう言うと、治美は『個性限定使用許可ルーム』と書かれた部屋のドアを開ける。
「さて……。改めて自己紹介します。あなたの"個性"の制御補助を担当する、治美療子です。これからあなたの"個性"制御のお手伝いをすることになります」
「"個性"……制御補助……」
治美は続けて言う。
「本当なら、"個性"が発現してからすぐにこういった措置は行うんだけどね。あのくそじ……じゃなくて、老川先生の怠慢であなたには辛い思いをさせていたこと、彼の関係者として謝罪するわ。ごめんなさい」
「あ、あの?ちょっと話が見えないんですけど……」
自分の"個性"の制御のことを話しているのは分かるが、どういうことなのかが築久には分からなかった。
何せ、老川に言われたのだ。
『うーん、この"個性"の熱の吸収は、あれだね。オンとオフの切り替えが出来ないね』
だから、燃焼器官の温度調整が必要だった。定期検診も必要だった。
友達にこのことが露見した時、"個性"の制御も出来ない奴だと言われ、出来損ないの烙印を押された。それを見返すために、ガキ大将の爆豪に突っかかっていった。今でもそれは続いている。
築久は悔しく感じていたが、自分の"個性"はこういうものなのだと思っていた。いきなり"個性"の制御と言われても、なかなか理解しないのは仕方のないことかもしれない。
治美は築久の肩に手を置き、目線を合わせる。
「結論から言うわ。────あなたの"個性"は制御できる。私が保証します」
築久の中に、か細い道が出来た瞬間だった。
次回で掘り下げたりしたいなとか思ってます。