インフィニット・ストラトス 夜明けを告げるもの 作:びーびー
鳳鈴音には好きな人がいる。
織斑一夏である。
彼は鈴が日本に来てまだ間もないころ、言葉や文化の違いでうまくなじめずにいた鈴と友人になった。
最初は単なる友人であったが日に日に彼女の思いは友情から愛情へと変化していった。
過ぎる日々の中で彼女がそれを自覚することはなかったが、彼女が転校するという段になって事態は変わる。
きっかけは鈴がISの適正試験で高ランクを叩き出したことだった。
この際彼女のもとには多くの企業や祖国である中国からスカウトが訪れた。
鈴としては想定外であるが、そこで両親がもめた。
母親は鈴の才能を伸ばすためにも母国である中国に戻り代表候補生として訓練を受けることを勧め、対して父親は万が一にでも戦いに出る可能性のあるIS搭乗者になることを良しとしなかった。
二人の考えの違いはやがて喧嘩に発展したが、結果として世の風潮もあってか彼女は中国に戻ることになった。
「あたしがもっと料理が上手になったら、毎日あんたに酢豚を作ってあげるわ!」
「おう!楽しみにしてるぜ」
これは彼女が日本を旅立つ際に一夏との間で交わされた会話である。鈴としては一世一代の告白のつもりであったが、案の定一夏には通じずにとぼけた答えを返されてしまった。
しかしそれだけであっても一夏との間に交わされた約束は長く鈴を励まし続けた。
喧嘩別れしてしまったような両親は結果として、母は鈴と一緒に中国に、父は日本に残り別居という形になった。
少し前まで幸せだった家族の形が崩れてしまったことは、きっかけが自らのIS適正であったことも含め鈴の心を大きく傷つけた。
そんな中で彼女の心を救ったのがこの約束だったのである。
「へー、じゃあ鈴は日本に帰ったらその彼と結婚するんだ?」
「け、結婚って……!」
中国での訓練中、普段は競争相手としてしのぎを削る相手である訓練生同市であってもその中身は年頃の少女である。
訓練中ならいざ知れず休憩時間中であれば彼女たちの話の話題は当然色恋に傾いていた。
そんな中、鈴が自身の思い出を話した時の反応がそれだった。
鈴とて年頃の少女である。
当然、一夏との今後を思い描いたことなど数えきれないほどにある。
自分が料理を作る家に帰ってくる一夏。
自身の料理をほめる一夏。
風呂場で一夏の背中を流す自分。
それ以降を想像したことも多々あったがそれ以上はこの場では横に置いておく。
その想像のもととなったのは何であろう自身の両親の姿だった。
(もし、一夏が覚えてたら、そりゃ責任もってあたしがもらってやらなきゃ。そしたら私たちも父さんと母さんみたいに。……父さん、母さん)
「鈴……?どうしたのさっきまでにやけてたのに突然?」
「な、なんでもない……」
「?」
この時、鈴が感じたものは厳しい訓練の中で形にはならず、しかし彼女の胸の中に確実なしこりを残していた。
そしてそのまま彼女は中国の代表候補生となり、日本にあるIS学園へと転校することとなる。
「確か料理ができるようになったら酢豚を毎日作ってくれるって約束だったよな鈴?」
一夏は鈴との約束を覚えていた。もちろん鈴が望んだような形ではなかったが、それでも自分との約束を覚えてくれたことで鈴の中では自分でも驚くほどの喜びが駆け巡る。
まるで火でもつけられたかのように顔を熱を持ち始める。しかしその火は鈴の中にあったしこりにも火をつけた。
(一夏と、結婚。……でももし父さんと母さんみたいに喧嘩ばっかりになっちゃったら)
それは恋する乙女がする想像としてはあまりにも生々しいものであったが、しかし身近にそうなってしまった者たちがいる鈴としては想像がそちらに傾いてしまうのも仕方がないものだった。
そして併せて両親の現況を思い出し、そのすべてが彼女の頭の中で混ざり合いうつむいていた表情が悲し気に変わっていく。
「ごめん、一夏。あの約束は、忘れて」
思わず漏れた言葉。どうしても笑顔に変わらない自身の表情筋を殴りつけたくなりながら鈴は席を立つ。
心配をかけていると思いながらも彼女の足は止まることなく食堂を後にする。
「もぅ……わかんない!」
自身の心を持て余した少女は長い廊下を速足で歩いていく。その背中は普段の彼女より小さかった。
「鈴、どうしたの?」
「何でもないわよ、ティナ」
そう答える鈴の姿に彼女のルームメイトであるティナハミルトンは首をかしげる。
ベットにうつぶせで寝転ぶ鈴からは昨日のようなはつらつさを感じない。
付き合いはまだほとんどない鈴とティナであるが、それでもティナは鈴がもっと元気にふるまう少女であると知っているだけに、今日の鈴の姿はティナを慌てさせた。
「お腹痛いの?気持ち悪いの?お薬飲む?」
「あーっ、もう。あんたはあたしの母親か!」
何かと鈴に声をかけるティナについに鈴が切れる。とはいってもそれは本気の怒りではなく照れ隠しを多分に含んだものであった。
でも、と室内に備え付けられた薬箱を手に持つティナの姿に鈴は苦笑いをこぼす。
「あたしの悩みなんて大したものじゃないのよ。実際になってみないとわからないし。そうなれるとも限らないからね」
ベットから起き上がりティナの方に向いて座りなおしながら「でも」、と鈴は言葉をつなげる。
「やっぱり実例を見ている身としては怖いのよね。……あたしがこんなに臆病なんて知らなかったわ」
「鈴……」
ティナは鈴の隣に歩いていきゆっくりと座りながら言いづらそうに言葉を選びながら口を開く。
「私、鈴が何に悩んでるのか知らないよ」
「……そういえばあんたは知らなかったわね」
言った気になっていた自分の間抜け具合に頭を抱えながら鈴は再びうつぶせ状態に移行する。
そんな鈴の背中に片手を置きながらティナは笑いながら声をかける。
「でもね、鈴。私はそんなに長い付き合いじゃないけど、鈴には悩んでいるより走り続けている方が似合っていると思うよ」
「……」
「あの元気な鈴がそこまで悩むことなんだから簡単じゃないんだろうけど、でもやっぱり鈴には馬鹿みたいに突っ走っていってほしいな」
私とクラス代表をかけて戦った時もそうだったでしょ?と言葉をつづけるティナに鈴は足を揺らしながら少しうなる。
そして少しした後何かに気づいたように猫のような俊敏性をもってベットから跳ね起きる
「あんた、今あたしのこと馬鹿って言った!」
「そこに食いつくの!」
「うがーーっ!」
じゃれ合うようにベットでもつれあう二人。小さな子をあやすようなティナに対して向かっていく鈴の表情にはわずかではあるがその生来の明るさが戻り始めていた。
「姉さん、久しぶりです」
一夏がシャワーを浴びている最中にかかってきた通信に箒は顔をほころばせる。
わずかの時間ではあるが最愛の姉との会話を弾ませる箒だったが、その姉から出てきた言葉に箒は表情を凍らせる。
「しかし、姉さん。それは……」
画面の向こうから聞こえてくる姉の楽しそうな声に箒は次の代表戦を思い、頭痛がするのを感じる。
「以上、束さんがお送りしました。通信終わり!」
楽しそうな女性の声を残し、室内には静寂が戻る。
クラス代表戦は明日に迫っていた。