インフィニット・ストラトス 夜明けを告げるもの 作:びーびー
そこは地上から遠く離れた漆黒の世界。
何もかもを拒絶するかのように音のない世界で、しかし一人の少女の耳にこの場には不釣り合いなほど明るい声が飛び込んでくる。
「どうだいちーちゃん。すごいでしょ」
聞こえてくる束の声に声を返そうとしてちーちゃんこと織斑千冬は、あぁと肯定の返事を返したあとでわずかに考え込む。
彼女が自慢しているのが目の前に広がる「宇宙」なのか、それとも自身が今身に着けている「モノ」なのか。普段なら気にもしないようなことを考えてしまうのは自身が宇宙空間にいるという夢のような事態に若干動揺しているからなのかもしれない。
全身装甲とはいえ普通の宇宙服に比べたら圧倒的に薄く、動きやすい、それこそ生身に近い状態で宇宙空間にいるという夢のような事態や先ほどから時間差なく束との会話を行わせているコアネットワークを介した通信などを実現させているのは束が開発したインフィニットストラトスというマルチフォームスーツであった。
親友
束と千冬の関係を他人が言うとしばしばこの言葉を使わる。千冬からすると苦々しく思いながら腐れ縁だと訂正することが多いが、そもそも妹を除きまともにコミュニケーションをとることがない束と言葉を交わしコミュニケーションが取れる時点で他人からすると親友に見えるのだろう。
そんな千冬の親友が太陽と見まごうばかりの笑顔を振りまきながら海外で行われるという学会に旅立ったのはつい一年前のことだった。
「束さんの夢の始まりだよ」
日本を出国する束を見送りに行った千冬にそう言って日本を旅立った彼女は、しかし帰国すると付き合いの長い千冬でさえも見たことのないような複雑な顔を張り付けていた。 そんな束を見て首をかしげる千冬に対していつもの倍はまとわりつきながら束は事のあらましを語った。
夢のはじまりと束が称した発明、インフィニットストラトス。
そしてそれによる宇宙開発プラン。
満を持して発表したそれは嘲笑にさらされた。
彼女が幼いころから思い描いていた夢、それが笑われたと聞かされた千冬はそれを語る束の表情に今まで以上の危うさを感じた。
もともと束は他人を人間と思っていないような言動が多く、それは千冬がいくら注意しようとも治ることはなかった。しかしそれは他人に対しての無関心ということであり束が他人を積極的に害することはほぼ無かった。しかしISを笑われたと話す彼女の目には今までになかった憎悪がはっきりと刻まれていた。
「束、お前……」
「だからね、ちーちゃん。手伝ってほしいんだ」
束の目にかつてない危うさを感じた千冬が声をかけようとするとそれにかぶせるように束が声を上げる。彼女の眼には否を言わせないような強さが有り、また先ほどまで渦巻いていた憎悪がわずかではあるが薄まっていた。
しばしの間、見つめあいそして千冬は深く溜息をつく。今まで束が言い出したことを撤回したことはなく、またそんな束に千冬が付き合わされ散々な目に合うのはいつものことであった。かといって千冬が束の提案を断っても束はいつの間にか千冬が断れないような状況を作り上げ、結局千冬が巻き込まれるという結末は変わらなかった。
「何をするつもりだ」
長年束に振り回された千冬はいつしか巻き込まれない、ではなく被害を軽減する方法を考えるようになっていた。もちろんいつも束が計画の全貌を明かすことはほとんどなかったが、それでも多少は束から知らされた情報により被害が軽くなったこともあった。
「あいつらに教えてやるんだよ。あいつらが誰を笑ったのかを。ISはSFじゃ、フィ クションなんかじゃないってね」
「……具体的には」
そう言って笑う束に千冬は片手で頭を抱えながらさらに尋ねる。
(危険な兆候だ)
過去に何度も束の暴走につき合わされた千冬からすると今回のこれは今までにない危険度をはらんでいるように見える。何かこれといった根拠があるわけではないが、束のしゃべり方や動きが千冬の勘に訴えかけてくる。
千冬がそんなことを考え顔をしかめていると束はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに顔をほころばせる。
「各国のミサイルが日本に向けて発射された。誰もが絶体絶命かと思ったその時颯爽と 登場したISがミサイルを……ふぎゃっ」
「馬鹿者」
束が顔を輝かせながらすべてを言い切る前に千冬の拳が彼女の言葉を遮る。
「ちぇー、いい考えだと思ったんだけどなー」
「お前の復讐に日本を巻き込むな」
千冬に叩かれた場所を抑えながらも唇を尖らせている束に呆れるように言いながら千冬は言葉を続ける。
「お前はISをどうしたいんだ」
その言葉にふてくされていたような様子を見せていた束は千冬の言葉に我が意を得たりと笑みを浮かべる。
「さすがちーちゃん。だてに束さんの親友をやってないね」
「ぬかせ」
千冬の言葉に束はまとわりついていた千冬から一歩離れ、大きく手を広げる。
「ISは兵器じゃないからミサイルなんていくら壊したって何の意味もない。ISは、 束さんの夢はたった一つ」
そう言って束は人差し指を天に向けて振り上げる。彼女の顔には先ほどまであった溢れるような憎悪は薄れ、
代わりに日本を発つ直前の太陽のような笑みが広がっていた。
「ちーちゃんには宇宙に行ってもらうよ」
彼女の指が示すのは空の遥か彼方、宇宙の果てであった。
時は少し流れる。
束が考えた計画とは簡単に言えば「アポロ計画」を再びISの力でやり直すことだった。
当初、千冬は束にしてはおとなしい計画に首を傾げた。少なくとも千冬が知る束は他人の真似をして満足するような人間ではなかった。
「束さんは同じ失敗はしないのだよ、ちーちゃん」
千冬の顔を見て彼女が言いたいことを悟ったのか、束は手元に投影されたキーボードをたたく手を止めずににやりと笑う。
「凡人にもわかるようにわかりやすくISの力を見せてあげるのさ」
「だから月か」
その通り、と千冬の問いに束は頷く。人々の宇宙というものに対するイメージとして一番わかりやすいものは何か。もちろん人それぞれに様々なイメージがあるのだろうがアポロ計画の名で呼ばれた月面着陸というのは確かにわかりやすいものの一つであろう。
(まあ、結果としていろんな嘘がばれちゃっても束さんは知ったこっちゃないしね)
感心するように呟く千冬だが、彼女に背を向けキーボードをたたき始めた束の口元はイタヅラを考え付いた子供のようにゆがんでいた。
「大丈夫、ちーちゃんの雄姿はこの束さんの『坊っちゃんver.3』でしっかり撮って全 世界に生中継するから大船に乗ったつもりで月まで行ってきてよ」
そう言って束は彼女の周りを浮遊している球状の物体にウインクを送る。するとウインクに応じるように部屋にあったモニターの一つに電源が入りおそらくこの球状の物体が撮影しているであろう映像が映し出される。千冬は推力もはっきりとしない球体を見て一瞬眉をしかめるも、高度を徐々に下げていくそれを蹴り飛ばし部屋の一角に設けられた大きな筐体(束が作成したISのシミュレーター)に足を向ける。彼女の背後では飛んできた坊っちゃんver.3を後頭部に受けて悶絶する束の姿があったが、それには気を向けずにシミュレーターの中に入り込む。
「それにね、ちーちゃん」
今までと違う束の声に千冬は振り返る。振り向いた視線の先にいる束はキーボードを打つ手を止め何かを思い返すように虚空を見つめていた。
「期待には応えないとね」
そう言う束の脳裏にはあの日に出会った日本人の親子の姿があった。
時は冒頭に戻る。
千冬は今束が作ったISの1号機、白騎士と呼ばれる機体とともに宇宙へと上がっていた。この日のためにシミュレーターで徹底的にシミュレーションを行ってきたためかポイントの1つであった大気圏の離脱も問題なくこなし今は月への軌道を取っていた。
「ちーちゃん、そろそろデブリや隕石が飛んでくるから気を付けてね。いくらシールド バリアーがあっても、下手にぶつかると持たないからね」
「あぁ。……っと」
宇宙には隕石や壊れた宇宙船、人工衛星の残骸が恐ろしい速度で飛び回っている。本来はこれらが機体に衝突しただけでも搭乗者である千冬は消し飛ばされてしまうものだが、ISにはシールドバリアーと言われる不可視の防御機構が備わっている。これは一定以下のISに対する衝撃や有害な放射線などををシールドエネルギーを消費して防御するというもので、この機能のおかげで千冬は分厚い宇宙服に身を包まずとも宇宙空間に存在することができていた。
「それにしても、デブリが多いな」
「凡人は無駄にものを作って壊すことしかできないからね。宇宙はゴミ捨て場なんか じゃないのに」
予想されたデータより高い頻度で現れるデブリをハイパーセンサーと呼ばれる高性能センサーで捉えながら千冬はつぶやく。本来の宇宙空間にはあるはずのないそれを忌々し気に見ながら束は不満そうに返す。そんなやり取りをしながら順調に月へと近づいている千冬の目に新たなデブリとその予想軌道が映し出さる。
「束、このポイントは……」
「ん?あぁ、国際宇宙ステーションだね」
千冬の問いに何でもないように束は答える。束の答えに千冬は数瞬のちに顔色を変える。このままではあのデブリは人が暮らす宇宙ステーションに衝突するとISの観測データは示していた。
「すごいね、ちーちゃん。この広い宇宙空間でデブリがあんなちっちゃな宇宙ステー ションにぶつかるなんてめったにないことだよ」
「っつ、人が死ぬかもしれないんだぞ」
能天気な様子で驚く束の声に千冬の声は自然と硬く、強くなる。
「だろうね」
そんな千冬の声に答えたのは驚くほどに無表情な束の声だった。その束に千冬は一瞬声を荒げそうになるが今はそれどころではないと、歯を食いしばり打開策を考える。とは言っても今の千冬にできることはたった一つしかなかった。
「束、あれを壊すぞ」
意を決したように千冬は告げる。
「やだよー」
「……束」
千冬の言葉にかぶせるように発せられた束の拒絶に千冬は一拍おいて、威圧を込めて束の名前を呼ぶ。
「だ、だって、ちーちゃん。そんな余計なことをしたら月まで行けなくなっちゃうよ」
計画が成功できなくなることを嫌がるような束に千冬は改めて、彼女の名前を呼ぶ。すると数瞬の間をおいて束は観念したかのように詳細なデブリの軌道と衝突予想時間、白騎士の位置からの迎撃ポイントを転送してきた。
千冬はデータに目を通すとすぐに迎撃ポイントへと移動を開始する。
「くふふ」
データを送信し、千冬が移動するのを見届けた束は視界の片隅で一つのモニターの状況を確認しその口角を釣り上げていた。
そのモニターには国際宇宙ステーションの管理を行う管制室が映されている。
モニターの中の管制室では職員切羽詰まったような様子でが慌ただしく走り回っている様子が映し出されていた。
「ちーちゃん、迎撃準備は良い?」
「あぁ」
束の声に答える千冬の手には先ほどまで持っていなかった、人の体からするとずいぶん大きな銃が握られていた。
「いやー、こんなこともあろうかと作っておいてよかったね」
そう言って先ほど束が千冬に取り出させたのは格納領域にしまわれていた大型ビームライフル「雷」だった。
超長距離からの精密な射撃と近距離での面制圧のための拡散砲を切り替えることが可能であの程度のデブリなら一瞬で吹き飛ばせるとは作成者本人の言である。
「シミュレーションで何度も行ってきた状況だ。失敗するつもりはない」
将来を見据えて作成されたデブリ迎撃のシミュレーションを思い出し、千冬は薄っすらと笑みを浮かべる。
「うんうん、まあ束さんのISとちーちゃんが手を組むんだ。失敗なんて万に一つもあるはずがないね」
宇宙ステーションを背に迫りくるデブリを見据えるISを見ながら束は千冬の言葉に強く頷く。
千冬は白騎士の中で減っていくカウントダウンを見ながら心を落ち着けていく。IS特有の全能感に身を預けつつ、意識を研ぎ澄ませていき、一つ呼吸をする。
「……いくぞ」
「作戦、開始ぃ」
束の声を合図に白騎士はその手の『雷』を構える。
その日、世界は震撼した。
アポロ計画の月面着陸って実際は行ってないんじゃないかっていう話があるらしいですね。まぁこの世界ではたぶん行ってません。現実ではどうか知りません。