インフィニット・ストラトス 夜明けを告げるもの 作:びーびー
「クラス代表という地位は客寄せパンダではありません」
セシリアはその瞳を怒りに燃やしながら力強く言い放つ。
彼女の持つ迫力に一夏を推していた面々は気まずそうに眼をそらす。
「もちろん強さが絶対の基準とは言いませんが、それでも学ぶ気概も持ち合わせていないような凡夫に務まるような地位ではないでしょう」
セシリアの言葉は午前中の授業での一夏の言動のことを示していた。
彼は入学前に必読とされていた参考書を誤って捨ててしまっており、授業内容をまったく理解できないでいた。
一夏としては別にふざけているつもりは一切なかったが、しかし一夏が語った電話帳と間違って捨てたという理由はセシリアの言う通りやる気がないとみられても仕方のないものだった。
「この学園に入学したものは皆厳しい入学試験を潜り抜けてきたものばかりです。そして入学したくてもできなかった者たちを蹴落として入学した私たちは常に自らを高める義務を負っています」
それこそが彼女を怒らせていた。
彼女の場合は代表候補生として入学試験以上に厳しい試験や競争を勝ち抜きその地位を得たため、そのエリートとしての自負が一夏のふざけているように見える態度に怒りを強めていた。
そして彼女は一夏の方へ向き直り、宣戦布告をするように右手を突きつける。
「はっきり言いましょう、織斑一夏。午前の体たらくから見ると、貴方程度ではクラス代表の座は荷が重いですわ」
セシリアはそう言って、突きつけていた手を振り下ろす。
「辞退なさい」
彼女の言葉に教室は静まり返る。誰もがセシリアと一夏を覗っており、千冬もまた興味深そうに一夏を眺めていた。
唯一、遥だけは教室内の空気など関係ないとばかりにノートに何かを書いては、考え、それを修正するという行動を繰り返していた。
そんな中、当の一夏はというとセシリアからの言葉を目をそらすことなく受け止めていた。そして彼女の言葉が終わった時、自らを落ち着けるように軽く目を閉じる。ほんのわずかな間ではあったが、次に一夏が目を開いた時、彼の目に多分に含まれていた戸惑いは消え失せ、その代わりに真剣のような鋭さが宿る。
教室中の視線が集まる中、一夏はゆっくりとその口を開いた。
「なぜかISを動かして、流されるままにここに入学することになった俺は、確かにここにいる皆がしてきた努力をわかってなかったと思う。織斑先生がいったように自分で望んだわけじゃないって言い訳じみた考えで、やるべき努力も怠っていた」
ごめん、と言って一夏は頭を下げる。
それはセシリアのみでなくクラスに向けて、IS学園全体に向けての謝罪だった。
そして一夏は顔を上げてセシリアに向き直り、再びごめんと言って頭を下げる。
謎の謝罪に対して訝し気に一夏を見るセシリアに、一夏はクラス代表に立候補するという爆弾をたたきつける。
「俺は強くなりたい。それなら実戦の機会は多ければ多いほどいい。クラス代表ならその機会に事欠かないだろ。悪いけど、俺の成長の糧になってもらう」
言葉の後半はクラスに向けての言葉だったが、セシリアはそんな一夏に対して冷ややかに、しかしその瞳だけは怒りで輝かせながら言い放つ。
「私の忠告が理解できなかったようですね」
「理解したさ。理解したからこうやって貪欲に成長しようとしてるんだ」
「辞退なさい、と言ったのです」
「断る」
セシリアの言葉を切って捨て、一夏は表情を険しくするセシリアに言葉を続ける。
「それに男だからな。言われっぱなしってわけにもいかないんだよ」
それからしばし、無言のにらみ合いが続き、
「決闘ですわ」
「いいぜ」
事態は唐突に動き出す。
セシリアの言葉に即答した一夏はその勢いのまま千冬の方を向く。
千冬はしばらく手元の端末を確認し、思案した後で短く溜息を吐く。
とは言ってもその表情を面白いものを見つけたという表情であり、素早く手元の端末を操作して、二人に対して宣言する。
「1週間後の放課後、第3アリーナにて代表決定戦を行う。参加者はオルコット、織斑の2名。異存はないな」
「「ありません」」
千冬の確認に二人の言葉が重なる。
「使用する機体は無制限とする。織斑、貴様には専用機が支給される」
千冬の言葉に教室がざわつく。
それは専用機に対する羨望からくるものだったが、そんな周りの空気とは無関係に二人の闘気はヒートアップしていく。
「よかったですわね。私の機体は第三世代です。量産機相手では決闘以前の問題でしたわ」
「あぁ。専用機とはね。これで強くなる理由がまた増えたよ」
ざわつく空気を鎮めるかのように千冬は二つ、手をたたく。時間を見ればもう授業も終了の時間であった。
「それでは今日はここまでとする。代表……はまだいないか。倉田、号令をかけろ」
「え、俺ですか」
「正式な代表が決まるまでは貴様が代理で勤めろ。授業中に余所見をしている暇があるのならば余裕だろう」
「あー……わかりました、先生。起立」
下手な言い訳は余計な火種になると直感し、遥は素直に頷き号令をかける。
遥としては強さ云々よりも宇宙に行くことの方が重要なことなので自分が代表の座から逃げた後はひたすら研究について思考を飛ばしていた。
遥の号令に従い本日最後の授業が終了する。
遥がとりあえず部屋に帰るために荷物をまとめていると、箒を伴って一夏がやってくる。
「遥はこれからどうするんだ」
「いったん部屋に戻った後、研究棟に顔出しする予定かな」
「研究棟?」
IS学園はその広大な敷地にいくつもの施設を持っており、研究棟と呼ばれる施設もその一つであった。
ここでは主に学生たちによるISの研究等が行われており、技術の実践が行いやすいようにアリーナに隣接するように作られていた。
「一夏は、箒とデートか」
「いや、本当はISを使った訓練がしたかったんだけど今からじゃ貸し出しの予約ができないらしくて」
「だから戦闘の勘を養うために剣道でもどうかと、私が一夏を誘ったのだ」
一夏の即答に箒がほほを赤らめながら苦い顔になり言葉を引き継ぐ。彼女の顔を見て、遥はなんとなく二人の関係を悟る。
「まあそんなわけで悪いが二人で行ってきてくれ」
「そっか、わかった。じゃあまた後でな」
「悪いな、倉田」
軽く手を振りながら踵を返す一夏と嬉しそうに一夏の後に続く箒の姿を見ながらほほえましい顔を見せる遥は一夏をからかうように別れの言葉を彼の背中に投げかける。
「またな、色男」
「そんなんじゃないって」
「いや、一夏。お前は、わ、悪くはない……ぞ」
「お、おう。ありがとな、箒」
青春映画の一幕のようなやり取りをしながら二人は教室を出ていく。残されたものの大半は突然あふれた甘い空間に苦しみ、コーヒーなどの苦み求めていた。
「初々しいねぇ。青春だねぇ」
子供の成長を見守る親鳥のような優しい目をしながら遥は帰りの準備を終わらせる。しかし、部屋に帰ろうとしてまだ鍵を受け取っていないことに気づいた遥はどうしたものかと再び席に着き、そのまま癖で思考を彼方に飛ばす。
「倉田君、まだいてくれてよかった」
「山田先生?」
そんな彼のもとに息を切らせて山田真耶がやってきたのは彼にむかって周りの様子をうかがっていた女子たちが一斉に話しかけようとする直前だった。
知らない内に遥の危機を救った彼女は持っていた鞄から彼にむかって鍵を差し出す。
「すいません、部屋の調整が遅くなってしまって。寮については聞いてますよね」
「今日から入寮するんですよね。荷物はそろそろ届くと思うんですけど」
「はい、荷物はもう部屋に入れておきましたよ。それでこれが部屋の鍵です」
遥は真耶から鍵を受け取ると荷物を持ち、席を立つ。
「ありがとうございます、山田先生」
「いえ、私は先生ですからいつでも頼ってください。それでは私は織斑君にも鍵を届けますので」
そう言って教室を後にする真耶を見送り、遥は寮に向けて歩き出す。そんな彼の姿を出鼻を挫かれた少女たちが見送っていた。
そして寮についた遥は自分の部屋の前で戸惑っていた。
寮の部屋はそれぞれ二人部屋であり、各部屋には表札がついていてそこが誰の部屋かを示していた。
遥は世界に二人の男性搭乗者である一夏との相部屋だと勝手に思っていたのだが、彼の前にある表札にはどこを見ても織斑一夏の名前はなかった。
「なんで二人部屋なのに俺一人なんだ?」
彼のつぶやきは騒がしい寮の廊下に響いて消えていった。
素直な箒ちゃんかわいい。