うみねこのなく頃に《虚無の魔導師》   作:蛇騎 珀磨

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第二の晩

第二の晩 (1)

 

 

 

 

 さて。そろそろ、ゲームを再開するとしようか。

 だが、その前に...。

 

「なあ、戦人。その髪飾りは妹のだろう? 何故、お前の手にあるんだ」

「妾が説明してやろう!!」

「お前には聞いてない。黙って座ってろ」

「............」

 

 焼けたペンチでぶちぶちと...とでも言うつもりだったんだろうが、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

 この戦人が、どの『世界』から来たのか。

 俺の狙い通りに選ばれた戦人なら、その髪飾りは手に入れていないはずなのだ。だが、現に戦人はそれを手にしている。...どういうことだ? しくじったか?

 

「お前、縁寿を知ってるのか!?」

「...ん? あ、ああ。それで、それはどうしたんだ?」

「これは、縁寿から預かったんだ。あいつだけ直前で来れなくなったからな。“縁寿の代わりだと思って連れてって”...ってな」

 

 よかった。しくじってなかった。

 

「じゃあ、さっきの[青]は分からなかったんじゃないか?」

「いや。【赤】も[青]も、ベアトから説明を聞いてるぜ?」

「......お前、どこまで知っている?」

 

 確実にしくじった。目の前にいる奴は、俺の選んだ戦人とは違う。どこで照準がズレてしまったのか...。俺は、その後に戦人の口から聞かされたことに耳を疑った。

 この戦人は、【赤】も[青]も知っている。それだけではない。ノックスの十戒も、ヴァン・ダイン二十則も知っていた。ありえない。そこまで知っていて、何故解けない? こいつは、何がしたいんだ。

 

「ベアトリーチェ。今まで【赤】で宣言したことを、もう一度確認させろ。戦人に説明したこと、全部だ!」

「う、うむ...。

【赤は真実のみを語る。】

【礼拝堂の鍵は一本しか存在しない。】

【マスターキーは五本しかない。】

【六軒島には九羽鳥庵という隠し屋敷が実在する。】

【1967年の六軒島の隠し屋敷に、人間としてのベアトリーチェが存在していた。】

【六軒島に19人以上は存在しない。】

【右代宮 金蔵は、全ゲーム開始時以前に死亡している。】

【この島には18人以上の人間は存在しない。】

......以上だ」

 

 以上? 戦人の出生については【赤】で語ってないのか。

 .........ああ! 完全にしくじった!

 ここは、俺が予定していた『世界』じゃない。戦人だけじゃなく、全てがズレている。だから、ロノウェもワルギリアもいない。干渉出来ない。

 

 面倒くせえ......。

 

「ま、いっか」

 

 俺は、目的が果たせればそれでいい。むしろ、[青]も十戒も二十則も理解出来ているなら、退屈凌ぎのゲームも少しは面白くなるだろう。

 

「では、今までの【赤】を踏まえて...。俺のゲーム、存分に楽しんでくれ」

 

 俺の初手。動かすのは、俺自身の駒。場所は、厨房。俺の駒の周りには、絵羽、楼座、真里亞の駒。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 視界が元に戻る。身動きが取れない。どうやら、柱に括り付けられているようだ。

 

 ......ああ。思い出した。

 結局、真里亞に懐かれはしたものの他の親族には不審がられ、最低限動ける程度に両手両足を縛られた。

 俺が缶詰めだけでは腹に満たらず「厨房でおにぎりでも作ってくる」と申し出たところ、懐いた真里亞が付いて来ると聞かず、保護者の楼座と護身術が使える絵羽が同行することになった。それで柱に括り付けられ、目の前では絵羽と楼座のおにぎり創作合戦が繰り広げられている。

 

「狼さん。ほら、真里亞も作ったの。食べさせてあげるね」

「おー。また立派なモノを......」

 

 身動きが取れない俺のために、真里亞が自分で作ったおにぎりを差し出す。が、大きいな。一口では無理だ。砂遊びなんかで覚えたであろう塊。大きく口を開きかぶり付く。

 うん。塩辛い。そして、中には何の味も──強いて言うなら、米の味しかしない。

 まあ、初めてならこんなものだろう。

 

「旨い旨い。......だが、惜しかったな」

「うー?」

「真里亞、これを作る時に呪文は唱えたか?」

「呪文? うー...。唱えてない」

 

 真里亞は肩を落とす。

 まあ、そう落ち込むな。教えてやるから...。

 

「まだ米は残っているか?」

「うー。少し残ってる」

 

 よし。それを使おう。俺は、その米を使うように促す。

 真里亞は、その小さな手に納まるくらいの米を乗せ、俺の指示に合わせておにぎりを作っていく。大体形になってきたところで、一旦手を止めさせる。

 

「そこで呪文だ。“おいしくなれ”...これだけだ。ほら、握ってみろ」

「うー!! おいしくなぁれ♪おいしくなぁれっ♪」

「さあさ、想像しなさい。あなたの生まれ変わる姿を、思い浮かべてごらんなさい」

 

 真里亞の手の中から黄金の蝶が現れる。今はこの小さな一匹しか呼び出せないか。まあ、正式に引き継いだわけでは無いし、真里亞のおにぎりの大きさなら、このくらいが丁度いい。それに、楼座はまだ魔女の真里亞を認めてはいない。戦人には劣るが、彼女も毒素の塊には変わらない。絵羽は魔法を忘れたかつての魔女。どう反応するか分からないな。

 どうやら、創作合戦も決着がついたようだ。

 大きめの皿に、山のように盛られたおにぎりの数はほぼ同じ。というか、そんなに作って誰が食べると思ってるんだ。

 冷静に戻った2人が、申し訳なさそうに俯いた。

 

「ママ、見て。狼さんと作ったの。食べて、食べて!」

「......ま、真里亞。ママが食べていいの?」

「うー!」

 

 小さな手に、小さな丸いおにぎり。俺が持っている食べかけの大きなおにぎりを見て、楼座の表情が穏やかになる。

 娘の女の子らしい行動に安堵しているようにも見えた。

 

「──おいしいわ。ありがとう、真里亞」

「本当!?」

「ええ。とってもおいしい!」

 

 楼座が笑うと真里亞も笑顔になった。

 さて...問題は、この山盛りのおにぎりたちをどうするか。流石の俺でも、いっぺんにこの量は気が引ける。...無理ではないが。

 いい雰囲気の親娘をそっとしつつ、俺を括り付けていたロープを解いた絵羽に広間へ運ぶことを提案する。育ち盛りの奴もいるし、と二つ返事で了承した。

 広間へ運ぶと、皿の大きさと山盛りのおにぎりに爆笑が起こった。作り過ぎだろ!と皆が口を揃えて言う。作ったのは俺じゃない。だが、ここはあえて黙っていよう。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「おい、ベアト。アイツは何だ?」

「ん? なんだ戦人。ローが気になるのか?」

「アイツは...どんな奴なんだ」

 

 “──そういうのは、本人に聞いたらどうだ?”

 

「....なんだ。まだ始まって間もないだろう。何が不満だ?」

「い、いや...」

「............」

 

 イライラするな。一発くらい殴っとこうかな。

 いや、それよりも、この世界に干渉しようとしている彼女たちを迎えるのが先か...。

 

 空間が歪に捻じ曲がり、そこから2人の少女が現れる。

 1人は、黒に白いフリルの付いたドレス。猫のような黒くて長い尻尾には、赤いリボンと鈴が飾られている。もう1人は、ピンクのドレスにポップな小物を張り付けており、活発さが見て取れる。

 

「なんでアンタがここにいるの!?」

「なんでアンタがここにいるのよ」

 

 全く同時に叫ぶ。それは、悲鳴にも聞こえる。

 相手が誰だろうと悪態を突くところは変わらないな。

 

「おいおい。お前ら、いつからそんな口がきけるようになったんだ?」

 

 面と向かって悪態を突けるようになったとは思えないが、これは喜んでいいのだろうか。2人の顔色が悪くなっていくのは、俺のせいか?

 

「ごめんなさい。貴方、ついさっき旅立ったばかりだったから驚いてしまったのよ。ラムダはともかく、悪気は無いわ」

「ちょ、ちょっとベルン!? わ...私だって、悪気があったワケじゃないわよ。まあ、せっかくベルンとイチャイチャしてたのに邪魔された感は否めないけど...」

 

 嘘つき小娘どもめ......。

 昔だったら、問答無用で虜褥の刑だ。だが、本音も織り交ぜていたから許してやろう。寛大になったな、俺。

 

「お前らの時間軸と俺の時間軸にはズレがあるのは説明しただろう。お前らが言う、さっき旅立ったのは300年前の俺だ。しかも、この世界は全てにズレが生じている。言うなれば、全てがイレギュラーな世界だ。ああ、お前らに注意事項がある。これは俺のゲームだ。邪魔をしたら、お前らを消す。──おっと...盤上が動いたみたいだな。じゃ、俺は戻る。戦人、しっかり考えてくれよな」

 

 やや早口で伝え、俺はゲーム盤に戻る。その最中、戦人たちの会話が耳に届く。

 

「アイツは、何者なんだ?」

 

「神様よ」

「悪魔よ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 盤上に戻ると、何人か居なくなっていることに気が付いた。留弗夫、霧江、秀吉、源次の4人か。

 

「なあ、戦人。今、ここにいない奴らはどこに行ったんだ?」

「親父と霧江さんは自室。源次さんと秀吉おじさんは見回りに行ったぜ。今はバラバラにならない方がいいって言ったんだけどよ」

「...ふーん。じゃあ、留弗夫のを貰うか」

「貰う? 一体、何を...」

「タ・バ・コ」

 

 2本の指だけでジェスチャーしてみせる。すぐさま戦人から、1人で行かせるわけないだろ、と釘を刺された。

 

「当たり前だ。留弗夫たちが泊まってる部屋知らんからな。誰か、案内してくれ。......あ、真里亞は留守番な。あと、朱志香と絵羽も」

「えー。狼さんと一緒にいくの。うー!」

「ダメだ。朱志香も真里亞もレディだろ。絵羽はタバコ嫌いだしな。これでも、俺なりに気を使っているんだ」

 

 メリケンサックを隠し持っているとはいえ、朱志香如きが俺に適うわけはない。真里亞とて、理由は同じようなものだ。一同から疑心に満ちた視線を送られるが、それに一々ツッコミを入れる漫才趣味は持ち合わせていない。早く、誰か答えてくれ。

 

「じゃあ、僕が案内するよ」

「兄貴...」

「何か不満があるかい?」

 

 にこりと微笑む瞳の奥に、残酷さを織り交ぜた冷酷さが滲み出る。その矛先は俺。それも、俺以外には感じさせないという代物だ。

 

「いいや。じゃあ、エスコートを頼む」

「お手をどうぞ」

 

 皮肉の言葉を受け取り、ロープで縛られた手を差し出す。譲治は手を取らずにロープを掴み、歩き出した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

第二の晩 (2)

 

 

 

 

 

 白い部屋。ゲーム盤が置かれたテーブルとは別に、来訪者である魔女たちに設けられた席に収まる少女が2人。ローガンが用意したであろう、お茶とお菓子を口いっぱいに詰め込んでは笑いが絶えない様子。

 盤上も気になるが、戦人には先程の2人の答えが気になっていた。戦人の問いに『神様』と『悪魔』と答えた。その真意が気になる。そんな戦人の視線に気付いたのか、ベルンカステルが口を開いた。

 

「何? そんなに見つめても、ヒントはあげないわよ」

「......なあ、なんで“悪魔”って答えたんだ? ラムダデルタは“神様”って答えたのに」

「本当のことだもの。彼は、私たちにとっては“悪魔”で“神様”よ」

 

 わけがわからなくなってきた、と頭を掻く。

 その答えには、口の中のお菓子を飲み込んだラムダデルタが対応した。

 

「いーい? 私たちは俗に、『航海者』と呼ばれているわ。様々な欠片を旅して廻る魔女のことを言うの。他にも観劇とか傍観とかいるけど、ローガンは更に上の『造物主』...つまりは、世界を造り出せる存在。元老院やその魔女たちからは“神”と呼ばれているのよ。造物主はね、世界を造り出せるけど再び0に戻すことも出来る。だから彼は《虚無の魔導師》なんて呼ばれているの。『造物主』にして『航海者』。それがローガン・R・ロストなのよ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「──っきし!」

「風邪かい?」

「長雨に打たれてたからな...。まあ、大丈夫だろう」

 

 誰だ。噂をしている奴は...。

 考えられるのは、あの3人くらいだな。

 

「ところで君は、いつお爺様と知り合いに?」

「これまた唐突な質問だな。男にモテても嬉しくないんだが」

「はぐらかさないで答えて」

 

 うーん...。イマイチ信用されてないな。譲治の顔には、完璧なまでの笑顔が貼り付いている。だが、その陰から漏れ出ているドス黒いオーラにSっ気を感じさせられた。

 

「言っても信じないだろう?」

「それは、聞いてから僕が決めることだ」

「..................ん前だ」

 

「え?」

「50年前だ」

 

 信じてないな。

 笑顔の向こうのオーラが更にドス黒くなっていくのが分かる。この世界では本当のことなんだから仕方がないだろう。そんな顔をしたって、変わらないものもある。

 

「この腕を失くした時から、体の成長は止まったままだ。この髪も色素を失って、白いまま。...分かるか?この虚しさが。金蔵やベアトリーチェに出会ってなかったら、今の俺はいなかったかもしれない」

「狼銃......」

 

 あの時から感情も欠けたまま。怒りも悲しみも愛情も...何もかもが欠けたままだ。ただ、虚しさだけが満ちている。

 偽りの感情を振りかざして、人間『らしく』生きてきた。

 

 ──という『設定』。

 

「納得しなくていい。むしろ疑っててくれ」

「......わかった」

 

 それから、しばらくは他愛の無い話をした。酒やタバコは幾つの時に始めたのか...とか。16の時にはもう酒もタバコも嗜んでいたと話すと、呆れたように叱られた。譲治は、酒もタバコも自ら嗜むことはないらしい。理由は、長生きしたいからだそうだ。...皮肉だな。

 

「............ん?」

 

 目の前にチラついた光景に足が止まる。今のは黄金の...?

 俺が止まったことに気が付いた譲治も、足を止めて前方を確認する。

 ヒラリと舞う黄金の蝶。あれは、ベアトリーチェの?

 

「なあ、あの部屋って...」

「あそこは、留弗夫叔父さんたちの部屋だ!」

 

 走り出す譲治の背中を追い掛ける。縛られている分制限され、距離はどんどん離れていく。ようやく譲治の背中に追いついた時、既に部屋のドアは開かれていた。

 背中越しに香るのは、生臭さと鉄に似たもの。硬直した譲治を押し退け部屋の中を覗き込むと、見覚えのある男女の変わり果てた姿があった。

 床や壁、豪華そうな装飾、家具にまで飛び散った血痕。掻っ切られた首に、止めを刺すかのように突き立てられた杭。

 

「譲治、下の奴らを呼んで来い。早く!!」

「あ、ああ」

 

 俺の大声にびくりと反応し、それが体の硬直を解きほぐしたらしく、ぎこちなさを残しながらも早足に駆けて行った。

 さて、出来ることはやっておこうか。

 

「──倣え。煉獄の七姉妹」

 

 血生臭い部屋で1人。皆が集まる前に、召喚で確認しておこう。

 

「怠惰のベルフェゴール、ここに」

「憤怒のサタン、ここに」

 

 なるほど。俺のことは、大体理解出来ているらしい。

 煉獄の名に相応しい赤い衣装に身を包んだ少女たちは、胸に手を当てて跪く。敬意を現す格好だ。

 

「大ローガン卿。お会い出来て光栄です」

「ん。で、これで第二の晩は完了か。そこの封筒には、ベアトリーチェからの手紙が入ってるんだな」

「はい。その通りです。これにて第二の晩は完了となります」

「ご苦労だった。休んでてくれ」

「はっ。ありがたき幸せ!」

「はっ。ありがたき幸せ!」

 

 ベッドの上に投げられていた封筒を手にする。

 近くで死に絶えている霧江の返り血がこびり付いているが、気にする程のことじゃない。封蝋を綺麗に剥し、中の手紙を抜き取る。

 封筒の中には手紙の他に、1枚のカードが入っていた。手紙を抜き取る際に床に落としてしまい、それを拾い上げようとしたのと同時に悲痛な叫び声が響いた。

 

「うわああああぁぁぁぁッ!! 親父ィィィィィィ! 霧江さぁぁぁん...! 誰だ、こんな酷いことをしやがったのはッ!? お前か。お前が、お前がああぁぁぁ!!!」

「や、やめるんだ戦人くん! 僕らが部屋に来た時には、もうこの状態だったんだ。彼は犯人じゃない!」

「じゃあ! 誰がやったって言うんだよ!?」

 

 泣き叫ぶ戦人の後ろには、あまりのことに声を出せないでいる女性陣と、死体をみてもケロッとしている真里亞がいる。

 戦人に殴られる前に、手紙の存在と同封されていたカードについて説明する。召喚うんぬんは省いて、だが。内容の確認は今からだ、と伝えると譲治からそれを読むように命じられた。ここは大人しく従うとしよう。

 

「...これにて、寄り添いし者は......。

 

『これにて、寄り添いし者は引き裂かれました。

碑文の謎解きの方は進んでいますでしょうか?

我が友人を饗してくださいましたでしょうか?

どちらにせよ、もうゲームは始まってしまいました。止めたくば碑文の謎を解かれることをオススメします。

黄金のベアトリーチェ』

 

......だそうだ。

このカードには『我が名を讃えよ』と書いてある」

 

 これで、第三の晩も完了した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ゲーム盤の外に戻ると、涙目になった戦人に殴られた。突然の出来事に上手く対応出来ず、大きく体が仰け反ったがダメージは無い。頬に若干、違和感がある程度だ。おそらくは、両親の死を見せられたことへの怒り。今までベアトリーチェに出来なかったことを、さっきの一発に込めた。いくら敵対する者とはいえ、女性に殴りかかるわけにはいかなかったのだろう。

 

「少しは気休めになったか?」

「.........っ」

 

 まだ足りない、といったところか。戦人の気持ちも分からんでもない。

 

「さて、第二の晩と第三の晩について...対決といこうか」

 

 まず、第二の晩。

 留弗夫、霧江が自室にて首を切られて死亡。その首には両名に一本ずつ杭のような物が突き立てられていた。部屋の鍵は掛かっておらず、誰にでも犯行は可能に見える。第一発見者は譲治、狼銃。俺は、ニンゲンの犯行は不可能だと主張する。

 

「さあ、お前はどう切り返す」

「魔女なんて居るわけがねえ。魔法なんかあるわけねえ。復唱要求だ!

“死体発見時、部屋の中の生存者は2人である”!」

「ああ。

【死体発見時、部屋の中の生存者は2人だ】」

「“それは、譲治、狼銃である”」

「【その通りだ】」

「“秀吉叔父さん、源次さんにはアリバイが無い”」

「......拒否する」

 

 戦人の口元が緩んだ。余裕の笑み。

 こらから[青]を使ってくるのかと身構える。だが、その気配は一向に出てこない。...どうした?

 

「まさか、今更親族を疑えないってんじゃないだろうな」

「......」

「ベアトリーチェ。今までの戦績を教えろ」

「わ、妾の不戦勝だ」

 

 つまり、何だ? この戦人は、魔女や魔法は信じないと言いつつもミステリーであることすら否定しているのか。いつまでも終わらない、不毛な戦い。......ふざけるな。

 タチの悪い奴を呼び出してしまった。こいつは、深淵の海の底に沈めてやろう。この世界と共に。だが、ゲームは終わらせなければならない。こんな奴が相手でも、だ。

 

「言っておくが、今回のゲームにリセットは無い。不戦勝は認めない。お前の甘い考えは通用しない。真剣に挑め。妹が待っているんじゃないのか?」

「縁寿...? ああ、そうだ。縁寿が、俺の帰りを待ってるんだ。俺は、こんな所で遊んでる暇なんてなかった...」

「ちょっと! ローガン、ルール違反よ!?」

 

 流石に察しがいいな、とラムダデルタの忠告に鼻で笑って返す。ルール違反なものか。むしろ、戦人の方がルール違反だろう。全てがイレギュラーではあるが、こんな不毛な終わらない世界を望む者などいない。少しだけ、他の世界の戦人たちと同化させた。記憶の共有は無い。それに、こんな荒療治は今回だけだ。

 

「......好きにすれば?」

「でも、ベルン~...」

 

 俺の目的を果たすためだ。ペナルティなら、受ける覚悟は出来ている。仮にも“神”と呼ばれている俺に対するペナルティなど高が知れる。それに、世界ごと消せば証拠は失くなる。目の前の魔女たちには、何も出来ない。

 

「安心しろ。お前らには、害が及ばないようにしてやるよ」

「当たり前でしょう。そうじゃないと割が合わないわ」

 

 ベルンカステルは賢い。俺の考えはある程度読めているはずだ。それに加え、退屈を嫌うこいつだからこそ理解してくれる。

 戦人の正体を知った時に曇った目に、輝きを取り戻したように見える。かつて、こいつが人間だった時に共に闘ったことを覚えているのか、その横顔はあの時の嬉しそうにした笑みによく似ていた。

 

「さあ、戦人。もう一度確認だ。

【死体発見時、部屋の中の生存者は2人】

【それは譲治、狼銃だ】

お前の復唱要求、“秀吉、源次にはアリバイが無い”は復唱拒否させてもらう。これらを踏まえ、お前はどういう手を示す?」

「さっきまでの俺は、どうかしてたんだ。駄目だ。全っ然駄目だな、俺。よし! いくぜローガン!

[親父たちの部屋の鍵は掛かってなかった。よって、犯行は誰にでも可能だ。現在居場所がわかっていない秀吉叔父さんと源次さんで犯行は可能になる!]」

「なるほど、受けよう。では、部屋にあった手紙をどう説明する?」

「秀吉叔父さんか源次さんが置けば可能だ」

「【秀吉と源次は手紙に触れていない】」

「それでも、2人が親父と霧江さんを殺していないことにはならないぜ」

「ふむ。...なら、もう一つ付け加えておこうか。

【留弗夫、霧江の殺害時、秀吉、源次の2名は屋敷内にはいなかった】」

「はあ!?」

 

 少しはまともになってきたか...。

 まだまだ詰めが甘いが、あの戦人よりはマシだ。

 

「──なら、狼銃犯行説。

[譲治兄貴が下にいる皆を呼びに行っている間に、まだ生きていた2人にあの杭のようなもので、とどめの一撃を加えた。]

これならどうだ!?」

「【赤】で証言済だ。

【死体発見時、生存者は譲治と狼銃の2名である】

つまり、俺と譲治が部屋に居た時点で留弗夫と霧江の死亡が確定する」

「くそっ!」

 

 悔しそうに俯く。そんな姿を見ながら懐のタバコを取り出し、口に喰わえて火を点ける。ふう...っと吐いた白い煙が、戦人にまとわり付いた。

 

「まだゲームは続くんだ。ここで一度保留していも問題無いと思うが?」

「......くそ」

 

 あっさりと受けたな。意外だった。もっと喰らい付いて来ると思ったんだがな...。

 諦めているようには見えない。むしろ、闘士を燃やしているように見える。あえて斬り込まず、じっくりとチャンスを待っているかのような。......面白い。

 

「次の手に移る。そうだな、少し手順を飛ばそう。未だに戻らない秀吉と源次を探すために、全員で屋敷内を散策し終わった辺りでいいだろう」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 俺と真里亞は肖像画の前で待機。ロープはしっかり握られている。

 

「うーうー。狼さんとお留守番っ♪お留守番♪」

「なんか、散歩中の犬の気分だな」

「あ! 戦人だー。ママー、お帰りっ!」

 

 ウキウキな真里亞とは対象的に、帰って来る面々は暗い。

 屋敷内には居なかったのか。

 

「後は、屋敷の外だけか......」

「ああぁぁ...。あなたぁ、どこにいるのぉ...」

「うー。絵羽叔母さん、泣かないで...」

 

 泣き崩れた絵羽に、真里亞が寄り添い頭を撫でる。女性陣は全滅だな。体力的にも、精神的にも既に限界だろう。外の散策はどうしたものか...。

 

「兄貴、それに狼銃。ここは協力といこうぜ」

「協力?」

「3人で手分けして、外の散策に行く...と?」

「ああ」

 

 なるほど。俺を1人にするつもりか。

 なかなか考えたな。1人にすることで拘束と同じ意味を成す。言わば、見えない鎖。ささやかな反撃というわけだ。いいだろう、受けてやる。

 

「じゃ、俺は1人で行こう。戦人と譲治は一緒にいてくれ」

 

 女性陣のことは朱志香と真里亞に任せ、俺たちは二手に別れて外の散策を始めた。


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