うみねこのなく頃に《虚無の魔導師》   作:蛇騎 珀磨

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抉りて殺せ

抉りて殺せ (1)

 

 

 

 

 

 初めて金蔵と出会った時も、こんな雨が降っていたな。

 

 

 

 この世界の50年前の日本。

 

 降り続く雨。俺は、復興しつつある街を眺めていた。

 この街がまた、爆風に吹き飛ばされ火の海と化すことなど誰も知りはしない。

 

「俺、ここにいたら死ねるかな...」

 

 次の戦争が終わるまであと10年程。待っているのは面倒くさいな......。ふと、視界に入ったのは身なりのいい格好の男。雨漏りをしない立派な傘を挿して、こちらへと向かって歩いている。金持ち、か。こんな場所に来たら、いい標的にされるだけだと思うが。

 男は、俺に向かって一直線に歩いて来た。

 

「......何だ?」

「君の名前は?」

 

 質問を質問で返すな。こんな場所で本名が聞けると思ったのか? 言うわけないだろう。

 俺は答えない。やや高い位置にある男の顔を睨んで、去ってくれることを祈った。

 

「私は、右代宮 金蔵だ」

「......」

「君とは、また会える気がする」

 

 右代宮 金蔵。その名前には覚えがある。白い部屋で見たことがあった。もう8年も前のことだが。

 

「おい、金蔵」

 

 背を向けて去って行く金蔵に声を掛けた。

 水溜りを踏んだ革靴が、ぱしゃりと音を立てて動きが止まる。

 

「あと5年以内に戦争が始まるぞ。その戦争の中で、お前は死を恐れるようになる」

 

 振り返った金蔵にそれだけ告げて、その場を後にする。後ろの方で、金蔵の声がするが気にせず歩いた。

 それから20年後。俺たちは思わぬ形で再会した。

 

 

 

 

 『世界』の扉を開けた瞬間、津波に襲われ、転覆していた船に掴まった。何故そうなったのか分からないが、これも運命だろうと身を任せることにした。やがて、俺は意識を手放す。やっと、願いが叶うと思いながら...。

 

 目が覚めると、西洋風の建物の中に居た。暖かい部屋に、明るい照明。...ここは、どこだ?

 ふかふかのベッドから脱出し、部屋の中を見渡す。散策する。

 

「ああ!お目覚めになられたのですね! 誰か、御館様とお嬢様をお呼びして。あと、軽目の食事を!」

 

 目が覚めた。ということは、また駄目だったのか。

 ここは、女性の部屋だな。まさか、久しぶりに訪れてみた『世界』が海になっているとは考えもしなかった。お陰で海難事故に至ったというわけだ。俺の体感年数は100年。この世界だと20年辺りだろうか。20年で地形も随分と変化するものだな......。

 

「御館様、こちらでございます」

 

 ドアの向こう側で声がする。

 

「目が覚めたか。体の方はどうであるか?」

「............金蔵?」

 

 以前より相当老け込んでいるが、そいつはやはり金蔵だった。俺の今の姿に驚いたのか、目を丸くして右腕があった部分を指差す。

 

「ああ、これか。気にするな。どうってことはない」

「もしや...とは思ったがお主、体が」

「そうだな。成長は止まっている。年齢は、お前と変わらんのにな。......そんな顔をするな。ほら、そこのお嬢ちゃんは娘さんだろう? 紹介してくれよ」

 

 部屋の隅に隠れてこちらを盗み見ている少女を指差す。金蔵もそれで気付いたようで、恥ずかしがる少女を引っ張り出した。

 

「初めまして、ベアトリーチェ」

「どうして私の名前を知っているの!?」

「さあ? どうしてだろうね。...ああ。やはり、君は彼女によく似ている。その金色の髪も、蒼い瞳も」

「?」

「お主...」

 

 金蔵とベアトリーチェの困惑する顔もよく似ていた。

 

 

 

 

 その出会いから数年後、ベアトリーチェが死んだと知らせが入った。崖から足を滑らせて転落死したらしい。知らせは、源次からのものだった。まだ若かったのに、残念だ。

 俺から金蔵を慰めてやってほしいと頼まれたが、断った。

 二重に愛していた存在を失ったのだ。俺から掛けてやれる言葉は無い。

 それから更に15、6年後。俺は、六軒島にいた。どこで知り得たのか、俺宛てに届けられた手紙には“招待状”と称してあり、『是非ともお越し頂きたい』とのことだった。綺麗な薔薇庭園を目に焼き付け、初めて訪れる右代宮家本邸へと足を運んだ。

 扉を開けた先には、西洋風の内装が広がっていた。天井の照明。赤い絨毯。階段などの細かい装飾──。

 

「お待ち申し上げておりました」

 

 声を掛けられるまで気付かなかったが、すぐ傍には源次が頭を下げて待っていた。それに返答し、許しを出すとようやく顔を上げた。

 

「上の書斎にて御館様がお待ちです。御案内致します」

「ん」

 

 名ばかりの本邸ではなかったらしい。

 細部まで行き届いた清掃。それを行う使用人たちの身奇麗さ、作業、作法、言葉遣いまで。徹底されたものだと分かる。その使用人の中に極めて小柄の少女がいた。

 源次が懐から鍵を取り出す。鍵穴に挿し込み、ガチャンという音と共に鍵が解けた。

 

「御館様。お客様をお連れ致しました」

「うむ。ご苦労であったな、源次」

 

 なんか、更に老けたな。まあ、年齢も年齢だしな。

 昔より痩けた頬。筋肉質だった腕や足も、今や骨と皮。すっかり老人になっていた。金蔵はニヤリと笑う。“お前の言いたいことは分かっているぞ”とでも言いたげな眼差しに、こちらもニヤリと笑い返す。

 

「まだ生きてたのか、金蔵」

「ふっ。こちらの台詞よ。貴様こそ、まだくたばってはいなかったか」

「それが出来てりゃ苦労はしない」

 

 見た目は変われど、中身は然程も変わらない。

 目の前の老人は確かに、右代宮 金蔵だ。

 

 さて、そんな金蔵が俺に何の用だろうか? わざわざ手紙まで送り付けて、是非にと招待したかった理由が分からん。

 

「儂はもう長くない」

「...何を言い出すかと思えば」

「いや、聞いてくれ。儂は、あと2、3年の命だ。命尽きる前に、どうしても頼みたいことがある。......初めて会ったあの日、言ったな? 儂が死を恐れるようになると。その通りだった。儂は、その瞬間までいつ死んでも構わないと思っていたのだ。──皮肉なことよ。いつ死んでも構わないと思っていた人間が、いざ死に直面した途端に死を恐れるようになった。儂はまだ、死ぬわけにはいかぬ。ベアトリーチェに許しを貰うまで、死ねぬのだ!」

 

 金蔵は老いていた。肉体的にではなく、精神的に。愛した人間を次々と亡くし、寄り添う者も、手を取る者もいない。家族とは年に数回しか会えず、頼る子らは金の亡者になりつつある。そんな金蔵が望むのは、ベアトリーチェにもう一度会うこと。

 

「......分かった。協力してやる。見返りはあるんだろうな?」

「勿論だとも! お主には右代宮の姓と、この《片翼の紋章》が描かれた義肢を授ける。これで、誰も文句は付けられない」

 

 ちょっと買い被り過ぎじゃないか? 俺が出来ることなんてあまり無いと思うんだが...。でもまあ、名前を貰えたのは助かった。これでしばらくは世界に定着出来る。ついでに名前も付けて欲しいと頼んだところ、“狼銃ではどうか?”と言われた。

 

「狼に銃って、なんか物騒じゃないか?」

「洋酒は嗜まんのか」

「当て字かよ。それに、あれのロゴは馬だぞ」

「いいではないか。今日より狼銃と名乗るがいい。我が友よ」

 

 金蔵、意外と大雑把なんだな。

 気に入らないわけじゃないから、何も言い返せないが。

 それ以来、俺たちはベアトリーチェに会うために手を尽くすようになる。

 

 

 

 

 

 そんなこともあったなと思い返していると、背後からの気配に気付く。体半分そちらを向けば、見覚えのある金髪の女性が立っていた。

 

「...何か用か?」

 

 まだ秀吉と源次はみつかっておらず、とりあえず目の前に現れた魔女に声をかける。魔女は俯いたまま雨に打たれ、鋭い視線をギロリとこちらに向けてくる。怒っている? いや、不安なだけだ。

 

「大丈夫。わざと負けるつもりはない」

「............」

「安心しろ。俺のベアトリーチェ...」

 

 消え行く魔女の表情は哀しそうだった。

 さて、邪魔がなくなったところで召喚といこうか。

 

「倣え。煉獄の七姉妹。傲慢、暴食」

「──傲慢のルシファー、ここに」

「──暴食のベルゼブブ、ここに」

「これより、第四と第五の晩の儀式に取り掛かる。お前らは秀吉と源次を発見次第、頭と胸を貫け」

 

 2人は元気よく返答すると、闇に溶け込むように消えていった。後は、適当に歩き回る。いずれ、俺も変わり果てた2人と、使命を遂げた2人に合間見えるだろう。

 それにしても、雨は止む気配が無いな。俺、一応は晴れ男なんだけどな。...いや、待てよ。この世界では雨男なのか? 大きなイベントの時はいつも雨だったような...。

 いやいや、そんなことを考えている場合ではなかった。早く、秀吉と源次を見つけてやらねば。

 

「ローガン様!」

 

 覚えのある声に顔を上げる。そこには、戸惑った様子のルシファーが宙を漂っていた。

 

「どうした。2人は見つかったのか」

「は、はい。ですが......」

「見つかったのなら頭と胸を貫けと言ったろう? 逃げられでもしたら困るだろうが」

 

 妙にそわそわしている。こういう強気な女を、屈辱的な顔にするのが楽しいんだが、今はとりあえず我慢しよう。

 何か、イレギュラーが起こったらしい。

 

「案内しろ。仕置きはその後だ」

「はっ、はいぃ!」

 

 上擦った声に、思わず口元がにやける。

 それを悟られないようにルシファーの後に続く。よし。バレてない。

 

 

 

 

 ルシファーの案内で辿り着いた場所には、血塗れの遺体が転がっていた。雨のせいか、辺りに血の水溜りを作り出している。既に体は冷たくなっていた。

 

「来い。ベルゼブブ」

 

 未だに姿を見せないベルゼブブを、半ば強引に召喚する。

 慌てた様子で召喚に応じた彼女の口元には食べカスが付いている。サボってやがったな、この野郎......っ。

 

「これをやったのはお前たちか?」

 

 返答は無い。これをやったのはこいつらではない。...ふむ。

 

「さあさ、思い出してごらんなさい。貴様がどんな姿をしていたのか。その姿を我が目前に現してごらんなさい」

 

 俺は、2人に呪文を唱える。まだ生きていた頃の姿に戻すためだ。誰にやられたのかを聞くために。

 儀式が進んだからか前よりも沢山の黄金の蝶が舞う。蝶たちは2人を包み込み、やがて、死んでいたことも忘れるようなしっかりとした姿に変わった。

 うっすらと瞼を開き、現状に気付いた秀吉が声を上げた。

 

「な、なんや!?」

「これは...っ」

 

 あの冷静な源次でさえ思わず声を上げた。まさか、生き返れるなんて思っていなかったのだろう。笑える。

 

「何を笑うとるんや! 狼銃はん、説明してもらうで! あんさん、何をしはったんや!!」

 

 おっと。笑いが漏れていたか。俺としたことが...。

 

「なあに。少しの間だけ生き返らせてやっただけだ。単刀直入に聞かせてもらうが、誰に殺られた?」

「生き返らせたやて!? そんな、魔法みたいなこと出来るわけが...っがはぁ!!」

「いいから答えろ。今度は、蹴りだけじゃ済まないぞ」

 

 聞かれたことだけ答えればいいんだよ。獲物を盗られた気がして苛立っているんだから。

 

「オオカミや。オオカミに殺られたんや!」

「オオカミ? まさか、俺に殺られたとでも?」

「いや、あんさんとは違う。奴は人の皮を被ったオオカミや。全く予想してなかっ」

「......そうか、なるほど。ご苦労だったな。ベルゼブブ、食べていいぞ。頭だけな」

「な! なんやて!? 狼銃はん、なんでや。い、いやや...あ、ああ。ぎゃあああああああぁぁぁ...っ!!!」

 

 ベルゼブブの杭が即頭部に喰い込む。硬い頭蓋骨を抉るようにゴリ、ゴリ、と音を立てる。......これでよし。あとは、源次か。

 

「──言い残しておくことはあるか?」

 

 答えれば、いや、答えずともすぐに屍となると分かっているはずだが、源次は頭を垂れて返答した。

 

「ご武運をお祈り致しております」

「流石、金蔵の家具! ルシファー、やれ」

 

 ルシファーの杭が、胸を抉る。秀吉の時とは少し違い、筋張った肉を捻りながら深く、深く喰い込ませていく。まるで、安いステーキ肉に箸を突き刺すように。その間、源次は叫び声一つ上げようとはしなかった。胸を抉られていく度に、その傷口からは血が噴き出した。

 

 その場には、再び二つの遺体が転がっていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

抉りて殺せ (2)

 

 

 

 

 目の前に転がる死体。

 俺の後から来た戦人と譲治は言葉を失った。

 

 挿していた傘を手放し、膝をついてがっくりと項垂れるのは、絶望に飲み込まれた譲治の方だった。自分の父親が死んだのだから無理もない。

 

「これで、第四の晩も第五の晩も終わったな...」

「それって、じい様の碑文か? お前は、これがその碑文の見立て殺人とでも言いたいのかよ」

 

 食って掛かって来そうな戦人が答える。

 この様子だと、薄々は勘づいていたと見ていいだろう。

 

「まあな。最初に死んだ6人は、第一の晩に選ばれた生贄。第二の晩の寄り添いし2人は、留弗夫と霧江。“我が名を讃えよ”と書かれたメッセージカードは、第三の晩。...そして、第四の晩。頭を抉りて殺せ。第五の晩。胸を抉りて殺せ」

「頭に杭が刺さった秀吉叔父さんと、胸に杭が刺さった源次さん。...ここまで一致すると、見立て殺人と考えた方がしっくりする」

「このままだと全滅だ。今後の行動を決めるためにも、一度屋敷に戻った方がいいと思うんだが...」

 

 第六の晩。腹を抉りて殺せ。

 第七の晩。膝を抉りて殺せ。

 第八の晩。足を抉りて殺せ。

 

 最低でも、あと3人は死ぬ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 パチンっと指を鳴らして、宙に炎を生み出す。何本目かのタバコにそれを使うと、煙と化して消え去った。ゲーム盤を挟んだ向こう側の戦人が、頭を抱えて低く唸っている。

 

「あ。一応、宣言しておくが...

【2人は他殺だ。自殺や事故死は認めない】」

「くそっ!」

 

 言おうとしていたことを潰されて、苛立ちを見せる。

 というか今更、事故死って......。

 

「お前が犯人なんじゃないのか」

「ノックス十戒。第一条。

【犯人は物語当初の登場人物以外を禁ず】

【つまり...俺、右代宮 狼銃は犯人ではない】」

「笑ってんじゃねえっ!!」

「無理」

「ぐっぅぅぅ......!」

「──なんだ?[青]も使用しないままリザインか? 考えろよ。思考停止は負けだぞ」

「そんなこと、お前に言われなくても分かってんだよ!」

 

 やれやれ。そうかよ......。

 頭を抱えたまま答えても説得力は無いぞ、と伝えたい。

 

「[戦人犯行説。もしくは譲治犯行説で可能! どちらかが相手の目を盗み、犯行に至った。]」

「【戦人は譲治の監視下にあった。それは、譲治も戦人の監視下にあったことを意味している。よって、戦人、譲治による犯行は不可能】」

 

──そうだな。範囲を拡大しようか。

 

「付け加えて、

【朱志香は、楼座、絵羽、夏妃、真里亞の監視下にあった】

【楼座は、絵羽、夏妃、真里亞、朱志香の監視下にあった】

【絵羽は、楼座、夏妃、真里亞、朱志香の監視下にあった】

【夏妃は、楼座、絵羽、真里亞、朱志香の監視下にあった】

【真里亞は、楼座、絵羽、夏妃、朱志香の監視下にあった】

あともう1つ。犯人Xなる人間は存在しないが、

【もし居たとしても犯行は不可能】」

 

「おいおい......何の冗談だよ、そりゃあ...」

 

 おー...。どんどん顔が青くなっていくなあ。そりゃそうだ。事実上、誰にも犯行は不可能と【赤】で宣言しているのだから。

 

「さあ、切り返してみろよ!出来るもんならなぁ! 右代宮 戦人ああああああぁぁぁっ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ホールへ戻り事の事情を説明すると、絵羽は限界を突破したらしく泣き崩れてしまった。それに寄り添い、頭を撫でる真里亞が可愛い。

 それからは言い争いだ。皆で固まって行動するか、個別に分かれて行動するか。俺は隔離決定らしいが。更には、俺に付いて行くと駄々をこねる真里亞も参戦する。

 

 さて、ここらで報告しておかないとな。

 

「はい、注目ー! これ、なぁんだ?」

 

 俺の手にキラリと光るのは、マスターキーと金蔵の部屋の鍵。無論、全員が声を失った。

 

「さっき、源次の懐から拝借した。これで俺を隔離したらいい。そうだな...金蔵の書斎とかどうだ? そこなら真里亞も安全だし、俺とは離れられるし、一石二鳥だろ?」

「真里亞、狼さんと一緒にいられるの!?」

「だ、駄目よ! 真里亞はママといなさい!」

「うー!真里亞、狼さんとがいい! うー。うーうーうーッ!」

「その、うーうー言うのをやめなさいって、いつも言ってるでしょ!」

 

 あ、やばい。そう思った後には、俺の頬が叩かれていた。

 痛みはない。楼座だって手加減しているのだ。だが、いい感じでスナップの効いた平手打ちは、いい音がした。楼座は、その音といつもと違う手応えに我に返ったようだ。

 

「あっ......」

「大丈夫だ。──心配なのは分かる。だが、真里亞の意見も聞いてやるべきだ。じゃないと、すれ違ったままだぞ」

「...............真里亞に、何かあったら許さないわよ。死んでも死に切れないほど殺してやるから」

「心得た」

 

 唇を噛み、俺を睨み付けながら言う。それは、楼座なりの“躾”を見られたことへのものではなく、娘に親よりも信頼されている俺に対しての憎しみに近いものがある。それにしても...“死んでも死に切れないほど”か。そいつは楽しみだ、とは口が裂けても言うまい。

 

「じゃあ、お前らはどうする?」

「僕は皆で固まって行動した方がいいと思う」

「私は嫌だぜ。この中に、もしかしたら父さんと嘉音くんを殺した人間がいるかもしれないんだ。...母さんとなら、一緒に行動しても...」

 

 結局、話は振り出しに戻ったり、決まりそうになったり、また振り出しに戻ったり......。定かではないにしろ、最低でも30分は話し合いが続いた。

 結論から言うと、貴賓室に3人。使用人室に3人。貴賓室には夏妃、朱志香、楼座。使用人室には絵羽、譲治、戦人。

 このように決まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「じゃあ、真里亞。何かあったら、すぐに電話するのよ」

「うー!」

 

 金蔵の書斎、貴賓室、使用人室には内線用の電話がある。俺が何かしようとしたら、すぐに連絡するようにと真里亞にはしつこく言い聞かせていた。

 マスターキーは俺が持ち、書斎の鍵は戦人に託した。オートロックの書斎を出るのは自殺行為だな。

 出来なくはないが、ノックスとヴァン・ダインに引っ掛かるからなあ。ロジックエラーは避けたい。

 

「ちゃんと鍵は掛けとけよ。ああ...。ベアトリーチェには、そんな物関係無かったな。な? 真里亞」

「うー! ベアトリーチェは黄金の蝶になってドアの隙間から入って来るんだよ。だから、鍵なんてニンゲンが作り出した偽りの結界なんて意味無いんだよ! きっひひひひひひひひひ...!」

「ま、そういうことだ。用心はしておけ」

 

 真里亞の不気味な笑い声も俺の言動にも対抗する気力を失ったらしく、ドアの向こうの奴らからは憐れみを含めた眼差しを向けられた。

 ドアが閉まるのと同時に、ガチャリと自動で鍵が掛かる。金蔵が特別に造らせたものだ。ドアノブには蠍のまじないがかけられている。魔除けの魔法陣だ。ベアトリーチェは、この部屋には入れない。

 ふと、手元に目をやると真里亞が俺の袖を引いているのに気付く。

 

「どうした?」

「狼さん。ママは、大丈夫だよね?」

「さあなぁ...。ベアトリーチェは気まぐれだからなあ。まあ、どのみち黄金郷で会えるだろ」

「うー! 黄金郷で皆に会える!?」

「もちろん」

 

 真里亞は、黄金郷がどんな場所なのか知っているのだろうか。全ての死者を蘇らせ、失った愛すらも蘇らせる。そんな場所をなんと呼ぶのか...。真里亞は“黄金郷”と答えるのだろうな。間違いではない。だから、俺でも否定は出来ない。

 

「なあ、真里亞。魔法陣当てクイズでもするか?」

「うー! するー!」

 

 

 

 

◇◆◇

 

─貴賓室─

 

 

 

 

 使用人たちの間で、怪談話によく持ち上がる部屋の1つ。そこには、私と、朱志香、楼座さんの3人の姿。

 朱志香はじっと人形を見つめ、楼座さんは、真里亞ちゃんのことがよほど心配なのか固定電話の前で右往左往していました。しばらくすると、そんな楼座さんに応えるかのように、貴賓室の電話が鳴りました。

 

「ま、真里亞っ!?」

「『ママ、大丈夫?』」

「ええ、大丈夫よ。真里亞は...真里亞は大丈夫なの?」

「『うん。真里亞ね、今、狼さんとクイズで遊んでるの。狼さんね、面白いんだよ! それでね......』」

 

 どうやら真里亞ちゃんの話は、狼銃さんとの楽しい時間の内容で、楼座さんの口から安堵の溜め息が漏れたのが分かりました。

 

「真里亞、次は大変な時に電話するのよ」

「『わかった!』」

 

 真里亞ちゃんは元気よく返答し電話を切り、楼座さんは少し名残惜しそうに受話器を下ろします。すると、すぐに電話が鳴りました。また真里亞ちゃんなのだろうと、楼座さんは少し呆れて受話器を取りましたが、電話の向こうの相手は真里亞ちゃんではありませんでした。

 

「『くすくすくすくすくすくす......』」

「え、誰? ......真里亞なの?」

「『はぁい! 妾の名はベアトリーチェ。今、貴賓室の部屋の前にいるのぉ』」

「ッ!?」

 

 電話の向こうの不気味な声に寒気を感じたのか、思わず受話器を下ろしてしまいました。その光景に疑問を感じ、朱志香も電話の前に来ました。そして再び電話が鳴り、今度は私が電話を取りました。

 

「もしもし...? 誰なのですか、返事を」

「『はぁい! 妾の名はベアトリーチェ。今、貴賓室の中に居るのぉ』」

 

 私たちが同時に振り返っても、部屋の中にベアトリーチェと名乗る人物の姿は見えず、声はまだ続きます。

 

「『おやおやぁ〜? 妾の姿が見えぬのかあ? 妾は、こんなにも近くにおるというのに...。くっひゃひゃひゃひゃ!』」

「ざっけんじゃねぇぜ! そこまで言うなら姿を見せてみろってんだ!」

「『いやいやいやいやいやいやいやいや......朱志香、そなたが会いたいのは妾ではないであろう? 愛しの、愛しの嘉音くんだろおぉ? くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』」

 

 受話器越にベアトリーチェの笑い声が響き渡りました。

 朱志香の目に堪えていた涙が溢れ、唇を噛み、今まで我慢していた想いが溢れてきている。好きな人に...嘉音に会いたい、と。そんな風に思っているような...。

 

「助けて...嘉音くん......!」

「『だぁぁぁめぇぇぇッ!あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! さぁさ、おいでなさい。我が家具、煉獄の七姉妹。色欲のアスモデウス!嫉妬のレヴィアタン!強欲のマモン!』」

 

 その声を最後に、電話からは何も聞こえなくなりました。その代わり、私たちの目の前に赤い衣装を身に纏った少女たちが現れました。目の前の状況に頭がついていけません。そんな私たちを嘲笑うかのように、少女たちはクスクスと声を漏らしては、こちらを見つめていました。

 

「えぇ〜。ヤダヤダヤダぁ。男がいな〜い!」

「ワガママ言わないの。お先に、いっただきぃ!」

 

 少女たちの姿が杭のようなものに変わり、その内の1つが私の腹部に突き刺さりました。息をするのも忘れるほどの痛みにその場でうずくまり、少女たちの声だけが聞こえました。

 

「じゃあ、こっちの膝をいただきま〜すっ!」

「なんで私が最後なのよ! 悔しい〜!」

 

 痛みで目が霞む...。朱志香...朱志香は無事...?

 ああ...。もう、意識...が......。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

─使用人室─

 

 

 

 

 俺たちが別れてから何時間経ったんだろうか。絵羽叔母さんも、譲治兄貴も、愛する人を失った悲しみから抜け出せないでいる。叔母さんは、旦那である秀吉叔父さんを。兄貴は、紗音ちゃんを。俺だって、親父と霧江さんを失った。

 壁に掛けられた時計の音だけが、部屋の中に響く。長い沈黙から抜け出したくて、俺は碑文について話すことにした。

 じい様の黄金の在処を示すものであることは分かりきっている。思い返してみれば、ベアトリーチェの手紙に「ゲームを止めたければ碑文の謎を解け」と書いてあった。そのことを告げると、絵羽叔母さんも、譲治兄貴も乗り気になったようだった。

 まずは、『懐かしき、故郷を貫く鮎の川』か...。

 

「なあ、絵羽叔母さん。じい様の故郷って?」

「小田原のはずよ。でも、小田原の川というわけではないみたい。あの辺の川は全て調べたけど、何も得られなかったわ」

 

 ...となると、小田原ではないと考えるのが妥当か。だけど、懐かしき故郷ってのが分からないことには、進みようがない。

 

「そうだ、思い出した。紗音から聞いたことがある。お爺様は、ビンロウをよく好んで嗜まれているって」

「ビンロウ......?」

「木の実のガムみたいなものさ。ただ、噛んだ時に出た汁は吐き出さないとお腹を壊すらしい。確か...ビンロウは台湾が有名だけど...」

 

 台湾!? おいおい。今から外国へ、なんて出来るわけないだろ。というか、この島から出ることも出来ないのにどうやって謎を解けってんだ!......いや、待てよ...もしかして...。

 

「隠し黄金は、この島のどこかにあるってことか!?」

「うん。それは、僕らも思っていたことなんだ。でも、それが分かったところで『鮎の川』っていうのがよく分からない」

「いや。......分かる奴がいるかもしれねえぜ」

 

 そう言って、受話器を取る。あいつなら知っているかもしれねえ! 右代宮 狼銃ならっ!!

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

─金蔵の書斎─

 

 

 

 あれからだいぶ時間が経った。止みそうにない雨の音が、真里亞との談笑の間で鳴る。儀式の方は順調に進んでいるだろうか。

 あと数時間で『今日』が終わる。それと同時に『世界』が終わる。それまでには、終わらせておかないとな...。

 

「うー...」

「どうした、真里亞。眠いのか?」

 

 今の今まではしゃいでいたのだ。眠くなるのは仕方ない。

 赤い目を擦りながら必死に寝まいとするが、首はコクリコクリと動く。かなり眠そうだ。

 

「ほら、金蔵のベッドで眠れ。ベアトリーチェが来たら教えてやるから」

「うー...うー...」

「寝れないのか。...じゃあ、昔話をしてやろう。真里亞が忘れてしまった昔話を」

 

 渋々ながらも、それで納得したようだ。真里亞には大き過ぎるベッドに寝かせ、その傍らに腰掛けると昔話を始めることにした。真里亞とベアトリーチェが、マリアージュ・ソルシエールを完成させて数ヶ月経ったある日に、俺と初めて会った時のちょっとした昔話だ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

─数年前─

 

 

 

 今日も金蔵から呼び出し。今回もベアトリーチェに会うための話し合いだ。

 相変わらず庭の薔薇は美しい。手入れがよく行き届いている証拠だろう。こればかりは、頭が下がる思いだ。

 まだ、約束より時間があるな。早く行ったところで、待たされるのがオチだ。引退した身とはいえ、全く用事が無いというわけではない。未だに島の外から大手の会社や銀行の人間が訪れる。ま、伝説を作ってしまった者の運命だな。

 

 散歩でもして暇を潰そう。確か、向こうの方に東屋があったはずだ。薔薇庭園を進む先に、屋根の付いた小さな建物が見えてくる。そこには、楽しそうな笑い声を上げる少女たちがいた。

 

「......っと、お邪魔だったか?」

「......」

「そんな風に警戒しないでくれよ」

 

 ...無理か。

 睨み付けてくる幼い少女の前には、魔法陣や呪文が描かれた書物が置かれている。俺の視線に気付いたのか、少女は書物を慌てて胸に抱いた。

 

「俺の名は、右代宮 狼銃。金蔵の友人だ」

「............」

「またの名を、ローガン・R・ロスト。元老院の魔女たちは《虚無の魔導師》と呼ぶ」

「!?」

 

 お、2人とも反応したな。

 幼い少女ではない、もう1人の少女に視線を送る。...ああ、そうか。こいつが......。

 

「お前がベアトリーチェか!」

「なっ!?」

「当たりだな。なるほど、あとは金蔵次第ということか」

 

 愛がなければ見えない。誰が考えた言葉だったか、もう覚えてはいないが...。確かに、この少女がベアトリーチェならその言葉が一番相応しい。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

─現在 (金蔵の書斎)─

 

 

 

 愛がなければ見えない......。

 

 そうか、これか。俺が求めていたヒントは。これでようやく、あの部屋から逃れられるかもしれない。やっと、死ねる。

 

「真里亞は、寝てしまったな」

 

 寝息を立てる姿を眺めていると、部屋の電話が鳴り響いた。真里亞を起こさないように静かに離れ、いつもは金蔵が座る机に置かれた電話を取った。

 

「...誰だ」

「『俺だ。戦人だ!』」

「少し声のボリュームを下げてくれ。今、真里亞が寝たばかりなんだ」

「『す、すまん...』」

 

 何をそんなに興奮しているのか。まあ、大体は想像がつく。

 

「『じい様の碑文。...何か知ってるなら教えてくれ』」

 

 やっぱりな。土壇場になるまで誰も謎を解こうとしないのは、右代宮家の短所だと思うのは俺だけか?とりあえず、戦人の話を聞いてみることにしよう。

 

「“何か”と言われてもな...。お前たちは、どこまで推理出来たんだ?」

「『じい様の隠し黄金は、この島のどこかにある。それは分かってんだが、じい様の“懐かしき故郷”ってのが分からねえ。譲治の兄貴は、台湾じゃないかと思ってるみてえだけど』」

 

 ほう...。なかなか考えたじゃないか。

 

「そうだな。その考えでいい。譲治の考え通り、金蔵の“懐かしき故郷”は台湾だ」

 

 電話の向こう側で歓喜の声が聞こえる。自分の推理が当たれば誰だって嬉しいからな。だが、あの様子だとまだ何も分かってはいないようだ。

 

「『じゃあ、“鮎の川”ってのは...』」

「おいおい。俺がそう何度もヒントをやると思っているのか? 少しは自分たちで考えろ。また何か分かったら電話すればいい」

「『お前、この碑文を解いたのか?』」

「その碑文は、金蔵と俺が作った。......そう言えば納得出来るか?──ああ、そうだ。使用人室の何処かに地図帳があったはずだ。3人で仲良く探してみるといい。じゃあな」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

─使用人室─

 

 

 

 

 くそっ! 切られちまった。

 でも、最後に何か言ってたな。地図帳...だったか? なんでそんな物を?

 

「駄目だったのかい?」

「あいつは、碑文の謎の答えを知ってる。でも、俺たちに答えを教える気は無いとよ」

「自分で解け、ということね」

 

 俺は、狼銃が最後に言った地図帳のことを伝える。譲治兄貴はぽかんとしていたが、絵羽叔母さんは何か思い付いたように部屋の中の本や棚を調べ始めた。叔母さん1人に任せておくわけにもいかず、俺も探すのを手伝うことにした。

 しばらく探していると、目の前にやけに古めかしい分厚い本が出てきた。その背表紙には「世界地図帳」と記されている。

 

「あった...。あったぜ、絵羽叔母さん!」

 

 叔母さんはその地図帳を手に取ると、台湾の項目を開いた。次のページには、台湾についてのこと細かな詳細が綴られている。ざっと目を通したくらいでは分からないが、叔母さんの口から「やっぱり...」と漏れたのを聞き逃さなかった。

 

「何か分かったんですか!?」

「戦人くんは、“鮎の川”と言われて何を想像する?」

 

 は? “鮎の川”と言われて想像するもの? 鮎っていったら、淡水魚って感じがするけど...。

 そう伝えると、叔母さんはある部分を指差す。

 

「ほら、ここ。淡水って書いてある」

「淡水河......。でも、川にならどこにでも鮎くらいいるんじゃ...」

「もしかしたら、川って川じゃないのかも」

「はあ?」

 

 川じゃない?

 俺には正直、譲治兄貴の言ってる意味が分からなかった。

 さっきの鮎みたいに、川で連想出来るものを考えればいいのか? 川と言ったら...水? ...流れる? 流れる水?

 駄目だ。全然分からねえ。

 何かヒントが書いているんじゃないか、と次のページを捲る。次の瞬間、俺は目を疑った。そこにあったのは《片翼の紋章》が描かれた封筒。真里亞や、親父たちの部屋にあった物と同じやつだ。なんで、これがこんなところに?

 

 恐る恐る封を切る。中には、1枚のカード。

 

「魔法陣、か?」

「なんだろう。どんな意味があるのかな」

「聞いてみるしかねえだろ」

 

 こんな物に詳しいのは真里亞くらいだ。もしかしたら、狼銃も詳しいのかもしれない。妙な胸騒ぎがして、俺は急いで電話をかける。「はい」と返事が聞こえ、すぐにこの魔法陣のことを問い質した。

 狼銃は真里亞を起こすこと無く、俺のあやふやな説明だけでそれが何なのか答えた。

 

「『それは、火星の第3の魔法陣だな。意味は《不和》。ようするに、仲間割れを誘発する魔法陣だ。仕掛けたのは、ベアトリーチェ辺りだろうな。ちゃんと発動している』」

「おいおいおいおい...。じゃあ、今の状況は、この魔法陣のせいだってのか!?」

「『だろうな。そんなことより、他の3人は無事なのか? 碑文の通りだとするなら、あと3人は殺されることになる』」

「っ!? か、確認する!」

 

 嫌な予感がした。

 一度電話を切り、朱志香たちがいる貴賓室にかけ直す。コール音が虚しく鳴る。誰も電話を取らない。繋がらねえ!

 

「絵羽叔母さん! 兄貴! 貴賓室に急ごう!」

「でも、鍵は狼銃が持っているんだろう?」

「じゃあ、俺が行く。兄貴たちは、先に貴賓室に行っててくれ!」

 

 2人の静止の声を無視し、じい様の部屋の鍵を握り締めながら駆け抜ける。その最中、柱時計の音が鳴った。それが、俺たちを嘲笑ったように聞こえたのは気のせいじゃなかったのかもしれない...。

 

 

 

◇◆◇

 

 

─金蔵の書斎─

 

 

 

 

 長いこと鳴り続けていた時計の音が止む。世界の終わりまで、あと少しになった。さっきの電話の様子だと、順調に儀式は進んでいるようだ。真里亞はよく眠っている。このまま寝かせておいた方がいいか。

 

「狼銃ッ!!」

「しっ。真里亞が起きる」

「お前が持ってる鍵を渡せ。今すぐにだ!」

 

 意外と早く着いたな。もう少し時間が掛かると思っていたんだが、若さって凄いな。というか、静かにしろと言っているのに興奮し過ぎて声を抑えるのを忘れている。...ほらみろ。真里亞が起きてしまったじゃないか。

 

「うー...どうしたの、狼さん?」

「どうやら、ベアトリーチェが現れたらしいな」

「いいから早く、鍵を渡せ!」

 

 おーおー。胸ぐらを掴んで...必死だなあ。

 

「俺も行けば問題無いだろう? 真里亞、留守番出来るか? それとも」

「真里亞も行くー!」

 

 ですよねー。

 戦人は「駄目だ」と諭したが、ベアトリーチェが現れたと聞いてしまった真里亞が納得するはずもなく、結局、一緒に貴賓室へと向かうことになった。まだ眠そうな真里亞を戦人が背負って、縛られて思うように走れない俺のペースで駆けて行く。

 貴賓室前に辿り着くと、ドアの前で佇む絵羽と譲治の姿が目に入る。どうやら、俺たちが着くのを待っていたらしい。中の様子は分からず、何度声をかけても、何度ドアを叩いても返答は無く、物音もしない。

 戦人に急かされるように、マスターキーで鍵を開ける。

 

「遅かった......」

 

 ガックリと膝を付き、戦人はその場でうなだれた。それと同時に鳴り響く時計の音。

 

 ああ...世界の終わりだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「......で、第六、第七、第八の晩が終了」

 

 最後になるであろう駒を置き、先程からうんうん唸っている戦人を見据える。まあ、ここまで来たらゲーム盤だけでは解き明かせないだろう。

 まずは、第一の晩を再構築。

 礼拝堂にて、6人の死者。その鍵は真里亞の鞄の底で目覚めを待つ。

 

 

「なんだ?」

 

「第一の晩を再構築させてもらった。なんなら、証言者を召喚してもいい。お前が望むなら協力しよう。勿論、[青]を使用するのも構わない」

「第一の晩......」

 

 第一の晩。鍵が選びし六人を生贄に捧げよ。

 礼拝堂の死者は、蔵臼、南條、熊沢、郷田、紗音、嘉音の6人。既に【赤】で【6人は死亡している。】と証明済みだ。

 戦人の目は死んでいない。そして、復唱要求する。

 

「復唱要求! 礼拝堂は施錠されていた」

「復唱拒否」

「続けて復唱要求! 礼拝堂は施錠されていなかった」

「復唱拒否」

 

 復唱要求だけか? そんなことでは、いつまでも終わらない。だが、戦人の表情は活き活きとしている。

 

「[礼拝堂が施錠されていなかったら誰にでも犯行は可能になる。じい様が生存していると思わせるための口裏合わせを、礼拝堂に鍵が掛かかっていると思わせるために応用すればいい。つまり、このゲームには真犯人と共犯者が存在する! それは、礼拝堂に行った夏妃叔母さん、絵羽叔母さん、秀吉叔父さん、源次さんの内の誰かだ!!]」

「おー。意外と考えてたんだな」

「この考えなら、お前のゲームも楽勝だろ!」

 

 【赤】での否定はしない。俺の意思を見計らったかのように、戦人が作り出した[青]の楔が体を貫くが、構わず次の再構築に取り掛かる。第二の晩と第三の晩。

 

 第二の晩。寄り添いし二人を引き裂け。

 愛し合う二人を引き裂くは、魔女に仕えし煉獄の杭。

 第三の晩。我が名を讃えよ。

 引き裂かれた片割れの側にて、血に染まる。

 

「さて、これは一度保留にしたやつだな。どうだ? もう一度挑戦してみるか?」

「やるに決まってんだろ!

[親父たちの部屋には鍵はかかっていなかった。つまり、誰にでも犯行は可能だ。ただし、秀吉叔父さんと源次さんは【赤き真実】によって犯行が出来なかったことが証明されているため除外。残りの全員にアリバイは無い!]」

 

 2本目の楔が突き刺さる。

 

「なかなかの一撃だな。体に喰い込んだこれは、引き抜くことは出来ない。【赤】以外じゃな」

「大人しくやられちゃくれねえか...!」

「当然だ。

【留弗夫、霧江の死亡時、夏妃、絵羽、楼座、朱志香、譲治、戦人、真里亞、狼銃にはアリバイがある】

【無論、除外した秀吉、源次にもアリバイがある】

どんなアリバイがあるのかは、説明不要。既に【赤】で宣言した通り、俺の犯行ではない。俺と譲治が辿り着いた時には、2人は死亡していた」

 

 2本目の楔が粉々になって砕け散る。消えた瞬間に、痛みも消えた。これは、なかなかに癖になりそうな......いやいや、止めておこう。俺はドMじゃない。

 

「[第一の晩の死亡した人間の中に、死んだフリをした奴がいたと仮定する。それによって、俺たちにアリバイがあってもその人物には犯行が可能になる。]」

「【第一の晩に死亡したのは6人である】

【それは、蔵臼、南條、熊沢、郷田、紗音、嘉音である】」

「簡単にはいかねえな」

「俺だって負ける気は無い」

「じゃあ、お前に召喚要請だ! 召喚者は留弗夫!」

 

 召喚要請か。こうもあっさり使ってくるとはな。なかなかに心地いい。さて、要請に応じようとするか。

 俺は、指を鳴らして留弗夫を召喚する。生前のままの姿だが、その顔は感情が欠けたように無表情だ。

 

「留弗夫。自分が殺された時の様子を話してやれ。あと【赤】の使用を許可する」

「俺と霧江は、皆と離れた後自分たちの部屋に戻った。勿論、ちゃんと鍵はかけたぜ。だが、かけたはずの鍵が独りでに開いた。そして、俺たちは首を切り裂かれて死んじまった」

「鍵をかけた、だと!?」

 

 そう。留弗夫たちは鍵をかけていた。それが独りでに開き、目の前に現れた者に殺されたのだ。おさらいしておくが、外側から部屋を開けられる鍵はマスターキーのみ。そして、その所持者で生存しているのは源次のみ。だが、源次の犯行ではないと【赤】で証言している。

 留弗夫を召喚して有利に立つつもりだったんだろうが、残念ながら風向きはこちら側にあるようだ。さあ、どうする? 右代宮 戦人。

 

「親父に復唱要求。ドアには確実に鍵がかかっていた!」

「【勿論だ】」

「もう一度復唱要求。親父たちの部屋の鍵を開けてに入って来たのは、戦人、絵羽叔母さん、夏妃叔母さん、楼座叔母さん、朱志香、譲治の兄貴、真里亞、狼銃の内の誰かである!」

「【その中の誰でもない】

俺たちを殺したのは、魔女ベアトリーチェだ」

 

 戦人の表情が歪む。己の思考に悩み、他の者の証言に頭を抱える。好きなだけ悩むがいい。たかだか、2、3年で考え出されたこのゲームに囚われてしまえ。

 俺の目的は既に完了している。

 今、この瞬間にも、ここにいる全員の記憶を虚無に返して去ることも可能だ。俺がそれをしないのは、お前のための慈悲だ。

 悩め。そして、解けるものなら解いてみろ。

 それが出来たなら約束は守る。お前を『お前の世界』に帰してやるよ。

 右代宮 戦人。




さあ、解答の時間だ。
読者諸君!【赤】と[青]と攻防戦といこうじゃないか!

《虚無の魔導師 ローガン・R・ロスト》

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