うみねこのなく頃に《虚無の魔導師》   作:蛇騎 珀磨

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魔女は蘇り、誰も生き残れはしない

 長考。

 長考。

 長考。

 

「......っ」

 

 再び、長考。

 

 何かを思い付いたような表情をみせるが、一瞬で俯きまた頭を抱える。召喚した留弗夫は一度引き、戦人の答えを待っていた。

 だが...いい加減、この状況に飽きてきたな...。

 

「おい。いい加減にしろよ。もう[青]が無いのなら、次に行くぞ」

「ま、待ってくれ! もう少し考えさせてくれ!」

「心配するな。考える時間ならくれてやる。この後の謎で何かヒントが得られるかもしれないぞ」

 

 いつまでも戦人の長考に付き合うつもりは毛頭ない。それよりも、これから掲示される儀式の謎を考える方が先決だ。この世界の俺の役割を果たすためにも......。

 

 第四の晩。頭を抉りて殺せ。

 第五の晩。胸を抉りて殺せ。

 彼の者らを貫くは、悪しき血に穢れし煉獄の杭。

 

 第四の晩、第五の晩を再構築。

 ここでの【赤】は、戦人の仮定する人物Xを含む生存者に犯行が不可能、ということだ。

 

「こんなの、解かせる気無いだろ」

「失礼だな。一応、解けるようにはしてあるぞ。...ただ、お前がソレに気付くことが出来れば、な」

 

 そうだ。思い返せ。

 俺が、秀吉と源次を見つけた時に何をしたのか。何を語ったのか。

 

「......っ。そういえば、確か秀吉叔父さんは“オオカミに殺られた”って言ってたよな?」

「ああ」

「“人の皮を被ったオオカミ”ってのは何なんだ」

「金蔵の碑文並に捻って考えるんだな」

 

 大ヒントだ。これで分からなければ、もう、どうしようもない。そう思った矢先、戦人の顔付きが変わった。ニヤリと口の端を吊り上げ、鋭い視線をこちらへ向けてくる。と同時に、“解せない”と顔をしかめる。

 

「お前...」

「なんだ?また長考か? それとも、リザインするのか?」

「っな!? んなわけねえだろ!お望み通り、答えてやる!

[当初の推測により、今回のゲームでは真犯人と共犯者の存在が疑われる。それは、夏妃叔母さん、絵羽叔母さん、秀吉叔父さん、源次さんとしていたが、実はそれ以外にも存在していた。それは、親父...留弗夫と霧江さんだ! 第二の晩と第四、第五の晩の殺人の順番が変わる!【赤】での生存者の犯行が不可能という証言には引っかからない。その時、留弗夫と霧江さんの死亡が【赤】で告げられているからだ!]」

 

「ノックス十戒。第8条。

【掲示されていない手がかりでの解決を禁ず。】

留弗夫と霧江が共犯者であるという証拠があるのか? それが掲示出来ないのなら、その[青]は意味が無くなるぞ」

「それはお前が言っただろ。“人の皮をかぶった狼と思えばいい”ってな。つまりは『人狼』。これを意味するものは──裏切り、だ」

 

 戦人の紡ぎ出した楔が2本、3本と体を貫く。力強い熱弁に伴った楔の威力に、体が後ろに仰け反る。痛みはあるが、血は出ない。それが、首と額と胸に突き刺さっていてもだ。

 

「補足だ。以上の[青]を受け入れるが、

【儀式には何の支障もきたさない。抉られた順番は碑文の通りだ】」

「...だろうな。お前が、そんなミスを犯すとは思えねえ」

 

 おや。意外と信頼されていたんだな。嬉しいような、皮肉られたような...。

 

「さて、最後の再構築と行こうか」

 

 第六の晩。腹を抉りて殺せ。

 第七の晩。膝を抉りて殺せ。

 第八の晩。足を抉りて殺せ。

 彼の者らは、姿の見えぬ魔女に怯え盲目のまま死す。

 

 再構築された貴賓室内で横たわる3人。夏妃は腹を。楼座は膝を。朱志香は足を。それぞれを杭で抉られている。

 

「復唱要求。部屋の鍵は施錠されていた」

「【部屋の鍵は施錠されていた】

【俺が持つマスターキーで鍵を開け、3人の死体を確認した】」

「聞く手間が省けたぜ。なら、別のことを復唱要求だ。死体を発見するまでにドアは一度も開けられていない」

「復唱拒否」

「拒否ってことは、開けられた可能性があるってことだ!

[真犯人は何らかの方法で室内に入り3人を殺害した。そのまま室内に残り、ドアが開くのを待っていた。俺たちが死体に気を取られている間に部屋から脱出した!]」

 

 その推理は、俺がベアトリーチェに吹っ掛けたものと酷似していた。だが、それが正解なわけが無い。楔が体に届く前に、【赤】で木っ端微塵にする。

 

「【死体発見時、居室内の生存者は5人である】

【それは、絵羽、譲治、戦人、真里亞、狼銃である】」

「なら、既に出ていたと仮定するならば可能だ。

[真犯人はマスターキーを所持していると思われる。マスターキーを持つのは狼銃だけではない。マスターキーの数は5本。他の使用人が持っていた物を使えば、鍵のかかった部屋に侵入するのは容易い。真犯人はその鍵を用いて夏妃叔母さんたちを殺害し、ドアを施錠してその場を離れた。これを第二の晩にも実行が可能だ。真犯人はマスターキーを用いて親父たちの部屋に入って2人を殺害した!]」

 

 戦人の間髪入れない[青]に、敬意を持って【赤】で答える。

 

「【熊沢はマスターキーを所持したままである】

【郷田はマスターキーを所持したままである】

【紗音はマスターキーを所持したままである】

【嘉音はマスターキーを所持したままである】

【以上のマスターキーは、その持ち主が死してなお懐に】」

 

 少しイジったとはいえ、人はこんなにも変われるものだろうか? 少なくとも、俺が知る人間たちはここまで急速に変われる奴らではなかった。元の戦人が不甲斐なかっただけに、その変化が浮き彫りに見えてくるだけなのかもしれない。だが、ここまで真相に近い答えが出てくるとは思っていなかった。そうなるように導いたりはしたが、それも考えていた程多くはない。

 

「見事だ戦人。お前に問おう。このゲームの仕組み......真犯人と共犯者の存在を示してみろ。......分かっているだけで構わない」

「......真犯人。それが誰なのかは、はっきりとは分からない。まだ、そこまで至れていないんだ。だが、共犯者は分かった。絵羽叔母さん、秀吉叔父さん、親父、霧江さん、源次さん。そして...狼銃、お前もだ」

「──何故、そう思う?」

「お前は探偵じゃない。犯人でもない。だが、第四、第五の晩で魔法を使った。秀吉叔父さんと源次さんを蘇らせるという魔法をだ。そんなことが出来るのは犯人だけだとおもったが、お前はそれを【赤】で否定した。なら、考えられるのは共犯者。それに、抉られた順番は碑文の通りだと言っただろ。それが出来るのは、俺が考える共犯者たちの中ではお前が一番疑わしいんだよ」

 

 ははは。思わず笑いが口からこぼれ落ちる。戦人に「大丈夫か?」と尋ねられてしまうほど、長いこと笑っていた。

 笑わずしていられるものか。こんなに嬉しいと思ったのはいつ以来だったか...。役割を果たし終えた。それこそが、この結果を生み出したと言っていいだろう。この戦人も、よく戦った。

 

「戦人。お前に、伝えなければならないことがある」

 

 この『世界』について。まだ伝えていなかったこと。騙したと言われても仕方がない。

 

「ここは、お前がいた『世界』ではない。俺が似せて造った偽りの『世界』だ」

「──偽り...?」

「ああ。あの六軒島も、右代宮家の一族も、使用人たちも、このベアトリーチェも。これら全て、俺が造り出した偽物だ。そして、お前は他の欠片から適当に選び出しただけの存在。俺の目的を果たすためだけに、偽りの『世界』に連れて来られた異世界人に過ぎない」

 

 俺にはそれが出来る。『創造主』にして『航海者』であるからこそ、こんな真似が出来るのだ。ラムダデルタやベルンカステルは『航海者』だ。偽りの『世界』だろうが、欠片の一つに過ぎない。だから訪れることが出来た。

 

「ちょっと待てよ。何が言いたいんだ?」

「──もしお前が真相に辿り着いていたとしても、お前が望む場所に帰すつもりは無かった。お前がいるべき欠片へ戻すだけだった。無論、記憶は虚無の海に沈めてな」

「......」

「要は、騙してたんだ。お前に、都合のいい解釈をさせて、期待させていただけだ」

 

 すまなかった、と頭を下げる。顔を上げたら戦人はどんな表情をしているだろうか。怒っているか、困っているか...。

 

「頭を上げてくれ、狼銃。怒っちゃいねえさ。ま、ゲームとはいえ親族を殺されたのは腹が立ったけどよ」

「......」

「でも、お前は俺に気付かせてくれた。どんな謎にも必ず答えがあると。お前は俺を導いてくれたんだろ? 俺が思考を止めないように...」

「言っただろう。俺は《虚無の魔導師》。魔導師は、魔力を用いて導き啓す者のことだ。それが、この世界の俺の役割だからな」

「もういい。頭を上げてくれ。そして、お前の成すべきことをしてくれ」

 

 それは、記憶を沈めて本当の『世界』に帰すことを意味する。今の戦人には余計な言葉は邪魔になるだろう。ならば、黙ってそれを受け入れよう。

 戦人に言われた通り、頭を上げる。彼の表情は苦笑だった。釣られて俺も苦笑する。

 

「では、目を閉じて──」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 無事、戦人を送り届け、帰って来た『世界』で俺を出迎えたのはベルンカステルだった。ラムダデルタは見当たらない。彼女が手にしている《片翼の紋章》が描かれた封筒と関係があるのだろう。

 

「あの子なら、別の欠片へ行ったわ。ゲームマスターになった戦人が招待状をくれたのよ」

「お前は行かないのか?」

「人気者は遅れて登場するものよ」

 

 なるほど。お前らしい考えだ。

 

「...それにしても、随分と優しいのね。いつから、そんなにお優しくなったの?」

 

 ............ふっ。

 

「優しい?誰が?この俺が? ははッ!!」

 

 『ここ』での記憶を消されて、『ここ』で身についたことも忘れて、また最初からやり直し。スゴロクで言うなら、アガリ寸前でフリダシに戻ったということだ。優しいわけがない。

 

「あら、よかった。以前と雰囲気が違ったから、もしかして貴方も変わってしまったのかと思ったけれど...」

「素のままで、戦人を納得させられないのは分かってたからなぁ。少しばかり演じさせてもらった。ま、ちょいちょいボロは出てたがな」

「ふふ。ま、退屈しなかったからいいわ」

 

 ベルンカステルは笑う。幼い少女の姿をしているくせに、その笑みは大人びていて妖しく、幼いまでに残酷そうに見える。昔は明るく笑いもしていたのに。ま、それも偽りの笑みではあったか。

 

「それで? 結局、あの戦人は答えに辿り着いていたの?」

「密室トリックについてはな」

「あら。私からしたら、まだまだだと思うけど」

「なら、お前なりの[青]を聞かせてもらおうか」

 

 第一の晩。鍵が生贄を選ぶ前の夕刻。

 薔薇庭園にて逢瀬する魔女と魔女見習い。

 

「ほう......そこを突くか」

「まずは、ここが最初のポイントでしょう? 戦人の気は逸らせても、私ははぐらかされないわよ」

 

 バレていたか。流石は《奇跡の魔女》。

 

「状況確認をさせてもらうわ」

「受けてやろう。兄弟とその伴侶──蔵臼、夏妃、絵羽、秀吉、留弗夫、霧江、楼座は、本邸の応接間にて話し合い。話し合いの内容は割愛する。その子供達──朱志香、譲治、戦人は、ゲストハウスにて交流」

「使用人達は何をしてたのかしら?」

「それぞれの業務を勤めていたさ」

「もちろん【金蔵は既に死んでいる】のよね?」

「【赤】でそれが言えるなら、そうなんだろうな」

 

 つまり、その時点では17人。そこに、謎の人物Xが追加されることになる。

 

「──なるほど......分かったわ」

「もういいのか?」

「ここで[青]を使っても、私が考えている人物は第一の晩に選ばれてしまうんだもの」

 

 何も無い空間に淹れたての紅茶と茶色の壺を生み出すと、気が利くのね、などと言いながら紅茶の香りを楽しむ。壺の中身は例の如く梅干しだ。軽く潰して、紅茶に入れて飲むのがこいつのマイブームらしい。

 次にベルンカステルが選んだのは、第二の晩。

 

「これ。中途半端もいいとこね」

「中途半端、とは?」

「結局、戦人はこれを解いてないわ。わざわざ留弗夫を召喚したというのに」

「【赤】を確認するか?」

「お願いするわ。付け足しておきたいことは、今の内にしておきなさい。ロジックエラーは許さないわよ」

 

 退屈しのぎにしては、随分と入れ込んでいるように見える。まあ、それを言うつもりはないが......これもイレギュラーな世界の影響だろうか。

 早くしなさい、と急かされて【赤】を振り返る。

 

 【留弗夫、霧江の死体発見時、部屋にいる生存者は、譲治、狼銃の2名である】【留弗夫、霧江の死亡時、夏妃、絵羽、楼座、朱志香、譲治、戦人、真里亞、狼銃、秀吉、源次にはアリバイがある】【留弗夫、霧江の殺害時、秀吉、源次の2名は屋敷内にはいなかった】【秀吉と源次は手紙に触れていない】【留弗夫、霧江の部屋は施錠されていた】

 

「こんなところか......」

「これだけ【赤】が出てるのに、何故、戦人は解けないのかしら?本当に馬鹿戦人ね」

「もう、答えは出てるってのにな」

「あなた...ワザとうやむやにしたのね」

「さあ?何のことやら」

 

 ──否定はしない。

 ベルンカステルがこちらを睨んでいるが、気にしない。

 

「その様子じゃ、答え合わせなんか考えてないんでしょう?」

「俺の目的は既に達成してるからな。別にどっちでもいい、というだけだ」

「............ハァ」

 

 途端に宙に歪な空間が生まれる。

 

「もう行くわ。付き合ってられないから。じゃ、また縁があったら会いましょ」

「ああ。良き航海であることを心より祈る」

「......」

 

 瞬きの間に、魔女ベルンカステルの姿は消えていた。

 ゲームマスターに至った戦人の下へと向かったんだろう。

 

 ──さて、俺もお暇するとしよう。

 何もない空間に腕を突っ込み、巨大な純白の鎌を取り出す。大きく振りかぶり、一息に振り下ろすと『世界』が割れ、消え去った。




読者諸君からの挑戦。いつでも承ろう。
【赤】と[青]の攻防戦といこうじゃないか!

《虚無の魔導師 ローガン・R・ロスト》

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