姫島朱乃の純愛物語   作:SKYbeen

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第二話:沈む夕日、昇る満月

 

 

「ごきげんよう加賀美くん」

「ん」

 

 

 放課後。昨日と変わらぬ夕日が照らす屋上で二人は軽く挨拶を交わす。既に涼はここにいたのでスケッチブックに筆を走らせているところだった。書き始めて間もないようで、ベストのタイミングに来れたので朱乃は少し嬉しく感じた。どうせなら彼の書いているところを見たい、そう思っていたからだ。

 昨日眠っていた場所と同じく、入口の横にもたれかかり涼は絵を描いている。一応屋上にはベンチがあるのだが、ここが気に入ってるのだろうか。特段困ることでもないので、朱乃はそこには触れなかった。

 

 

「今日は何を書いてるの?」

「んー……まだなんにも。なに描こうか考え中」

「でもそれにもう描いてるじゃない」

「これは……あれだ、迷い箸みたいな? とにかくなんか描こうっていう意思の表れというか……。少なくとも絵としては成立してないよ」

「ふふっ、変な例えね」

「悪かったですね語彙力皆無で」

 

 

 確かにスケッチブックにはうねうねとしたものや、一見しただけではよく分からないようなものなど様々に描かれており、かつどれもが絵とは形容できないような”なにか”が大半だった。涼自身もなにを描こうか迷っている様子で、くるくると鉛筆を回してはしきりに頭をかいている。

 そんな彼を見て、朱乃はふと思いついた。

 

 

「ねぇ、なにかリクエストしてもいいかしら?」

「……リクエスト? あー……まぁいいけど。なに描いて欲しい?」

 

 

 そうねぇ……と、しばし思案する。リクエストしたはいいものの、実際なにを描いて欲しいのか朱乃は深く考えてはいなかった。屋上を見渡してみるが、安っぽいパイプのベンチがあるだけで大した題材はない。金網越しに見える風景も昨日の絵と大差ないだろう。  

 なにを題材にすべきか困っていたその時だった。見上げた空に美しい満月が光輝いていた。夕日と満月の共演────真昼の月というくらいだ、太陽と月が同時にあるのはそう珍しくもないが、この二つに至っては普段お目にかかれない貴重な光景かも知れない。

 よし、これだ。しばしの逡巡の末、朱乃は描いて欲しいテーマを決めた。

 

 

「あの月と夕日って描ける?」

「……ん、二つ一緒にってこと?」

「ええ。あまり見れないと思うから。……難しいかしら?」

「さぁ、やってみないことにはなんとも。とりあえず描いてみるよ」

 

 

 満月と夕日、二つを交互に見やった後、考え込むように涼は目を閉じた。一分、もしくは二分ほど目を閉じ続けていた涼だが、やがてゆっくり目を開けると、ふぅと大きく息を吐いた。その瞬間、彼の纏う空気が変わったように朱乃は感じた。

 

 

「んじゃ、描くから」

 

 

 右手には鉛筆、左手にはスケッチブックを持ち、筆跡を真っ白な下地に刻んでいく。さらさらと、実に鮮やかな手付きで白い世界を黒く染め上げていく涼。ある意味鬼気迫るとも言える迫力に、朱乃はただただ食い入るように見つめるだけだった。

 お互い声を殺し、全く言葉も発しない為か、あたりはシンとしている。校庭から届く生徒たちの声も遠い彼方から聞こえてくるようだった。スケッチブックに走る鉛筆の音、そしてわずかに漏れる息遣いだけが二人の空間を支配していた。

 

 

「…………よし、できた」

 

 

 描き始めと同じように涼は一息つく。描き上げるのにかかった時間はおよそ十分もしくは十五分程度だが、学園随一の美女に見られながら描くのだから緊張しないわけがない。なんとか集中して自分の世界に没頭しようと努めたが、どうにも朱乃が気にかかり、いつも通りの感覚では描けなかったのが正直なところだ。それでも、たった今描き上げたこれは中々の自信作ではある。是非とも感想をリクエストした本人に聞かせて欲しかった。

 

 

「どう? 割と力作なんだけど」

「……………」

「……姫島さん?」

 

 

 絵を手渡し感想を待ってはみるが、なぜか反応がない。呼びかけてもじっとスケッチブックを見つめるだけだ。………絶句するほど出来が悪かったのだろうか? 涼は段々と不安に駆られた。せっかく彼女が期待してくれたというのに、それを無下にしてしまうとは自分はなんて男なのだ。自信作と銘打ってはいるが、それも単なる自己満足に過ぎない。  

 彼女が望むものではなかったのか………。多大なるショックを勝手に受ける涼だが、次の一言で諸々がすっ飛んでしまった。

 

 

「感動したわ」

「え?」

「加賀美くんってすごいわね、本当に。こんな綺麗な絵が描けるなんて………羨ましいわ」

「………ホントに?」

「あら心外ね。これが嘘言ってる目に見える?」

 

 

 …………もしかすると、いやもしかしなくても、涼の悲嘆は単なる思い込みであった。朱乃の口からは賛美と称賛の言葉、否定や批評の欠片すらない。純粋に涼の絵を褒め称えていた。

 しかし、それを潔く受け取れないのが涼だった。彼女の言葉はこの上なく嬉しいが、百パーセント信じきることができない。本心からの言葉を疑われた朱乃はずい、と涼の顔を覗き込む。涼の瞳は澄み渡った黒だったが、すぐ下にある頬は次第に紅く染まっていった。

 

 

「………近いです姫島さん」

「うふふ、恥ずかしいの?」

「女子に免疫ないだけです。とにかくほら、離れて。………………当たってるからさ」

「あらあらぁ? なにが当たってるのかしら?」

「………………聞こえてたのかぁ………………」

「ふふふっ……えいっ」

「うおっ!!?」

 

 

 本人は聞こえないように言ったつもりだろうが、あいにくこちらは悪魔。人間を数倍上回る聴力はわずかな声もキャッチするのだ。なにが当たっているのか言い当てられた心臓が跳ね上がった時の心音など、どれだけ面白かったか。レコーダーに録音してリアスに聞かせたいくらいだ。

 意地悪な魔性の笑みを浮かべ、朱乃は涼の胸板に二つのニュークリアボムを押しつけていく。その破壊的・壊滅的・悪魔的、大都市でさえ一瞬でチリに還すような柔らかさが伝わるたび、涼の心臓は早鐘を打つようにボルテージを上げていく。両頬だけだった紅潮も、すっかり顔全体に広がり熟れたトマトのようだった。

 

 

「やっぱり加賀美くんは大きいわね」

「そ、そそ、そう? いやーうれしいなー。アハ、アハハ」

「むぅ……えい」

「うひぃ!!?」

 

 

 新たな爆弾が投下された。より強く押し付けられるツァーリボンバは確実に炸裂し、涼の理性を粉々に粉砕せんとその爆風と衝撃を拡大させていく。しかしそこは日本男児、大和魂を見せてやる!! と、どこかの万歳野郎共のように己の持てる精神をフルスロットルにし、鋼の意思で悪魔の誘惑を跳ね除ける。

 見てはいけない、聞いてはいけない、感じてはいけない。可能な限り感覚をシャットダウンしつつ、優しく、極めて優しく朱乃の肩を掴み、そっと引き離す。名残惜しそうな表情を浮かべる朱乃だが、これでいい……これでいいのだ。そう必死に涼は自分に言い聞かせた。

 ある意味で地獄から解放され、ある意味で天国から引きずり降ろされた涼。その心境はとても複雑だった。 

 

 

「…………えーと………まぁ………その………ゴメンッッ!!」

「あ」

 

 

 その速さ、まさに脱兎の如く。目にも止まらぬスピードで逃げるように涼は去っていった。自身の魂ともいえるスケッチブックと鉛筆を置いて。

 

 

「………あらあら、少しからかいすぎたかしら? ふふっ」

 

 

 スケッチブックと鉛筆を拾いながら、朱乃はくすくすと笑う。

 

 不思議な気持ちだった。こんなに穏やかな気持ちはオカルト研究部のメンバーと居てもそうなるものではない。やはり、加賀美 涼という人間が描くこの絵によるものなのだろうか。

 昇る満月と沈む夕日────本来なら相反する両者を、涼は見事に表現している。やや誇張されてはいるものの、この作品が素晴らしいことに変わりはなかった。柔らかなタッチで描かれている月と太陽は見る者の心を穏やかにしてくれるようで、朱乃は優しい笑みを浮かべた。

 

 これは明日渡そう。そう思いながら朱乃は涼の絵をちぎり取り、折りたたんで制服のポケットにしまい込んだ。

 

 

 

 

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