姫島朱乃の純愛物語   作:SKYbeen

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第七話:伝えるべき真実

 

 基本的にオカルト研究部の活動は夜に始まる。一応部活の体裁を保ってはいるが、実態はリアス・グレモリー及びその眷属の隠れ蓑になっているのだ。今日も今日とて、彼らは駒王の夜をゆく。

 

 ……と行きたいのはやまやまなのだが、今彼らにはちょっとした問題が発生していた。というのも、朱乃の様子がどうにもおかしいのである。それも深刻なレベルで。

 

 具体的に言うと、まず第一に彼女の行動だ。昨日まではいつも以上に嬉しげな笑みを皆に披露していたというのに、今日の朱乃ときたらまるで別人のように上の空だ。窓の外を見つめては溜め息を吐くの繰り返しで、普段からは一ミリも想像出来ない姿である。

 

 第二に、彼女が淹れる紅茶が変なのだ。こと紅茶に関して朱乃はまさにプロ顔負けの知識を持つ。リアスも含め、オカ研の面々は彼女の紅茶でのティータイムを楽しみにしている程だ。

 それが一体どうしたことか。今日朱乃が淹れたものはいつもよりも数段味が濃い。もちろんそれも美味しいのだが、やはり普段のそれとはかけ離れすぎている。なにか調子がおかしくならなければこうなることはまず有り得ない。

 

 そしてなによりおかしいのは───これだ。

 

 

「………!! ………はぁ………」

 

 

 突然なにかを思い出したかのように朱乃は目を見開いた。そして次の瞬間、みるみる内に顔が真っ赤になり、恥ずかしそうに息を吐く。この光景は彼女が部室に入って実に四度目の光景である。

 

 おかしい。どう考えてもこれはおかしい。朱乃から離れて様子を見守るオカ研一同は内心焦っていた。いつもお淑やかで、大和撫子を体現したような彼女が一体全体どうしたというのだ。あまりにも様子が変わっている朱乃を見て、部員の面々は不安を抱く。

 

 

「部長……一体朱乃さんどうしちゃったんですか? さっきから話しかけても生返事だし……」

 

 

 危機感を募らせるのはクセの強い茶髪の少年、兵藤一誠だ。一度死んだ彼は悪魔として転生し、以来リアスの眷属としてオカ研で活動している。学園では変態と悪名高い一誠だが、その心根は至って優しい。なぜだか様子がおかしい朱乃の身を案じるのも当然だった。

 

 

「んー……まぁ心当たりはあるんだけど……」

「もしかして恋の悩み、ですかね?」

「はぁぁぁぁぁん!!? そんなの朱乃さんに限って有り得る訳ねぇだろうがっ!! ちったぁ考えてからものを言いやがれ木場ぁっっ!!」

「いやいや、そこ怒るところかい!?」

 

 

 端整な顔立ちの少年、木場祐斗は顎に手を当てながら呟いた。ことごとく男を虜にする朱乃だが、その逆もなきにしもあらず。可能性は低いが、誰かに恋焦がれているのは有り得ない話ではない。無論、それを真っ向から否定するのは一誠だ。朱乃のおっぱ……もといその美貌を見知らぬ野郎に取られるのが我慢ならないのである。なんとも色欲にまみれた男だが、それもまた一誠の個性と言えよう。それが正しいのかは置いといて、だが。

 

 

「部長っ!! 違いますよねっ!?」

「うーん……あながち祐斗の言うことは間違いじゃないのよねぇ」

「なん………だと………」

 

 

 まるで脳天に落雷が直撃したかのような衝撃に一誠は見舞われた。まさかあの朱乃さんが恋だとは………。正直結構、いやかなりショックである。フラフラと近くの椅子に腰掛けた一誠は、さながら某ボクサーのように真っ白に燃え尽きていた。

 

 

「はぁ……一誠ったら。小猫、ソファに寝かせておいて。アーシアは看病をお願い」

「……了解」

「は、はいっ」

 

 

 先程からドーナツを頬張っていた少女、搭城小猫はその小柄な体格からは考えられない程軽々しく一誠を片手で持ち上げ、そのまま勢いよくソファに向け放り投げた。その際にグキリと嫌な音がしたが、そこはブロンドの少女、アーシア・アルジェントの能力でなんとでもなるので小猫は大して気にしない。もっとも、アーシアは金切り声を上げ、涙目になりながら一誠を看病していたが、それでも気にしない。先輩に対して中々ひどい扱いである。

 

 

「僕の言うことがあながち間違いじゃないって……やっぱり好きな人が?」

「まだその段階には行ってないと思うわ。けれどそれも時間の問題ね。あの姿はまさに……」

「恋に悩める乙女、ですよね」

「えぇ、全くよ……」

 

 

 外を見つめ、物憂げに息を吐く。この一連の動作は付き合いの長いリアスでさえも目にしたことはない。やはりというか、こうなることをリアスは半ば予見していた。今の朱乃の中には、あの加賀美 涼という人間で埋め尽くされているのだろう。

 別にそれが悪いことだとは全く思わない。むしろ恋をするのは本来素晴らしいことだ。誰かと愛し合うことは決して愚かではない。彼女の恋路を邪魔する権利は、例え主であったとしても存在しない。それは自信を持って言えることだ。

 

 だが、大前提として自分たちは悪魔である。人間とは真逆であり、異質な存在。もし人間とそういうような関係になれば、多かれ少なかれ何かしらのリスクを背負うことになる。リアス自身はそれを是としなかった。何かが起こってからでは手遅れになる。起こり得る危険を回避する為にも彼女は忠告したのだ。あの時屋上で、悪魔と人間が交わるとどうなるのかを。

 

 最終的に判断するのはあくまで朱乃自身、強制するべきではない。そしてあの様子を見る限り……やはり彼女の根底には、あの少年と一緒になりたいという強い願望があるのだろう。

 

 これは今一度、話さなければなるまい。

 

 

「祐斗、皆を外に連れて頂戴。少し朱乃と話したいから」

「はい、分かりました」

 

 

 リアスは皆に外すよう伝え、朱乃と二人きりになった。これならお互い腹を割って話すことが出来る。主と下僕という関係ではあるが、元々二人は親友同士。堅苦しい形式は抜きにして、お互い言いたいことを言えばいい。彼女がどう考えているのかは分からないが、少なくともリアスはそう望んでいた。

 

 

「さて……大丈夫かしら? 恋に悩める乙女さん」

「……リアス……」

 

 

 そこで初めて、朱乃はまともな反応を示した。といってもまだその表情は晴れないままだ。そんな親友の姿に苦笑しつつ、隣の椅子にリアスは腰掛ける。

 

 

「ねぇ朱乃、あの時私が言ったこと覚えてる?」

「……ええ」

 

 

 忘れる筈もない。あの言葉で朱乃は己の立場を強く自覚させられたのだから。涼との関係が長くは続かないと知った時、どれ程心が痛んだことか……。あの時は少し、リアスのことを恨めしくも思ってしまった。

 

 

「でも朱乃ったら、それでも彼と一緒にいるんだもの。やっぱり好きなんでしょ?」

「好きとかじゃないわ。加賀美くんはただの友人よ」

「……それじゃあ私が彼との関係を絶ちなさい、って言ったら、あなたは従う?」

「それは絶対にイヤッ! ……あ……ご、ごめんなさいリアス。私……」

「ふふふっ。こんな朱乃を見るのは初めてね」

 

 

 さも面白そうにリアスは笑う。朱乃とはもう何年も共にいるが、ここまで感情を顕わにしたのは初めてかも知れない。普段は冷静沈着、自身の懐刀である彼女がこうも女らしい表情をするとは思いもよらなかった。これまでに見たことのない一面を朱乃は曝け出している。新たな部分を垣間見てリアスは少し嬉しくも感じた。

 

 

「……好き、なんでしょ?」

 

 

 先と同じ問いをリアスはぶつける。

 

 

「……そんなの……そんなの分からないわよ。でも……加賀美くんといると、すごく落ち着くの。それとは逆に加賀美くんがいないととても寂しくて。屋上での時間が終わった後も、加賀美くんが頭から離れなくて……。ずっと加賀美くんといたい……そう、思ってるわ」

「それを好きって言わないで、他になんて言うの?」

 

 

 からかうようにリアスは微笑んだ。しかし朱乃の表情は益々落ち込むばかり。

 

 

「ねぇ朱乃。なにも私は彼と会うなって言ってる訳じゃないの。むしろ応援したいくらいよ? でもね、もし彼との関係を保ちたいのなら、いずれは真実を伝えなきゃいけない。その時彼は……果たしてあなたを受け入れてくれるかしら?」

 

 

 リアスの一言一言が、今にも崩れ落ちそうな朱乃の心に突き刺さる。

 

 彼女の主張はもっともだ。確かにいずれは己の正体を明かさねばならない。自分が悪魔という超常的な存在だということを。しかし人間は臆病で、なおかつ排他的な種族だ。自分達とは異質な存在を忌避し、迫害する。同じ人間同士でさえ、彼らはそうしてきた。心優しい涼でも、もしかすれば拒絶してしまうかも知れない。恐怖の言葉を浴びせるかも知れない。そんな想像はしたくはないが、しかし避けては通れない道であるのもまた事実だ。

 

 怖い。

 

 もし拒絶されてしまったら、私は────

 

 

「……私は……どうしたらいいの……?」

 

 

 あまりにも弱々しく、朱乃は呟いた。最早気丈に振る舞うことも出来ず、心はどんどん萎んでいく。最悪の想像ばかりが頭を駆け巡り、きつく胸を締め上げる。今や悲鳴を上げる心には亀裂が走り、身体は恐れで小刻みに震えていた。

 

朱乃は一人の女性として、かつてない程に苦しんでいる────主人たるリアスから見ればそれは喜ばしいことであり、同時に哀しくもあった。それは彼女が心から愛する人に出会い、絆を確かなものにしようとしているからだ。だが悪魔と人間という種族の壁はあまりにも巨大で、簡単には超えられない。いくら愛が大きいとしてもこればかりは一人で決められることではないのだ。今の朱乃は数多の重圧に押し潰され、崩れ去りそうな程に脆くなっているだろう。

 

そんな彼女を見かねてか、リアスは持てる限りの優しさを込めてそっと抱きしめる。暖かな親友の体温がゆっくりと朱乃に伝わった。それは彼女の心を癒し、次第に安堵させていく。

 

 

「加賀美くんは、あなたを拒絶するような人?」

「……違う、と思いたいわ」

「なら伝えるべきだと私は思う。丁度街で配らせた召喚魔方陣も持ってるみたいだし、ありのままを伝えてきなさい。それでどうなるかは……悪魔が言うのもなんだけど、神のみぞ知る、ってやつね」

 

 

 ありのままを伝える────正直、やりたくはない。出来ることなら、ひた隠しにしていつも通りにあの幸せな時を過ごしたい。だがそれをずっと続けたいのであれば、涼と共に居ることを選ぶのであれば、リアスの言う通り真実を告げるべきなのだ。彼に対していつまでも隠し事は出来ない。

 

 覚悟は出来たか、と言われれば嘘になる。やはり拒絶されてしまうという恐怖心が勝ってしまう。それでも彼に、加賀美 涼という人間に伝えなければならないのだ。

 

 リアスは腕を解き、問い掛ける。

 

 

「行ける?」

 

 

 それに対し、朱乃の答えは。

 

 

「…………ええ」

 

 

 たった一言、それでいて決意の宿った答えと共に、朱乃はまばゆい閃光に包まれた。

 

 

 自分の全てを、伝える為に。

 

 

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