その日は珍しく御神楽さんに呼ばれ、デジモン達の世話に行く前にラボでお茶する事になった。
普段であれば彼らの下へ向かう前に一言二言言葉を交わす位なのだが、お茶に誘われたのはこれが初めてなので少々の緊張と不安を胸に彼女の下へと向かう。
彼女はいつも通り椅子に座ってバインダーと睨めっこしていたが、俺の存在を認識するとそれを膝の上に置いて珈琲を一啜りしてから早速本題に入った。
「前に貴方が言っていた電脳探偵が来たわ」
「そっか……どうだった?」
「興味深かったけれど、今の所それだけね……悪い人間じゃなさそうだし、知り合いの頼みもあるから此処の施設を使わせる位の手助けはするけれど。
そうそう、あの子もデジモンと関わっていくみたいだから私のデジモンと同じ様に世話してあげてくれる?」
「それは別に構わないけど、顔も知らん相手に世話されるのは嫌なんじゃないか?」
「それに関しては心配ないわ、貴方の仕事姿を録画したものを軽く見せて承諾を得ているから」
「は?録画?」
「プライベートエリアは見ていないから安心していいわ」
「……そういう事は予め言っておいて欲しいよ。
まぁ電脳探偵さんのデジモンの世話については分かった。
で肝心のデジモンは何処に?」
「まだ預ける程仲間にしていない様だから部屋だけ作ってある状態よ。
三つ目の領域にあるから後で確認だけでもしておいて」
それで本題は終わったのだろう、再びバインダーを手に取って其方に目を向けた。
俺としても別段報告することもなかったので、茶の礼を一言言ってから俺の仕事場へと向かうことに……現在俺の仕事場である端末内には三つの領域が存在する。
最初から存在していた御神楽ミレイのデジモン達が暮らす領域、俺のデジモン達が強引に増設した領域、そしてつい先程知らせられた電脳探偵のデジモンが入る予定の領域。
各々の領域に個性があって、御神楽さんの所は近未来的でラボに似た内装になっており、俺の所は体育館の様な内装、そして新たに増設された所は自然がメインテーマであろう内装になっていた。
置かれているトレーニング器具等には違いがあるものの、それ以外の主だった機能に差違はなく、機能面で隣の芝が青く見えるという様な事にはならないだろう。
とりあえず彼女に言われた通り新たに作られた部屋に来たのは良いけれど、其処には自然以外に何もなかった。
浮島のような空間に芝生、そして樹と水……デジモン達にとっては暮らしやすい空間なのかもしれないが、インドア派を自称する俺には合わない場所だ。
しかし何か不都合があってはこれから使う人が可哀想なのである程度念入りに調べて廻る。
パーティ、ファーム、バンク……そう名付けられている三種の部屋。
パーティは連れ歩く仲間をラボにいる間預けておく部屋であり、待合室といった印象で使用者に関わらず広さやインテリアが変わる事は無い。
ファームは三部屋存在するが、最初は一部屋以外使う事が出来ないので特別なメモリを増設しなければ残る二部屋は開かずの間となる。
最後にバンク……此処はデジモンの待機場所であり、三部屋の中で最も容量が大きな部屋で、パーティが最大11体ファームが一部屋につき10体という中で最大限拡張すれば250体以上のデジモンを収める事が出来るという巨大な空間なのだ。
幸いデジタルデータなので埃や虫等は出ないから広大な空間を端から端まで掃除する必要は無いのが救いだが、点検に一番手間が掛かる場所には変わりない。
今の所は大した広さではないけれど、いずれ自分のバンク並に大きくなるのかと思うと若干気が滅入る。
思えば自分のバンクもすっかり賑やかになってきた……眠りから覚めたデジモンも10体を越え、日々彼らからの親愛の情を受ける毎日は大変だけど此処に来るまでは味わうことの無かった充実感を感じられた。
マスティモンとリリスモンの間に挟まれるのは未だに慣れないが……ただリリスモンも二度異世界に送られてからは表立って彼女に喧嘩を売らず、粗を探して突く様な口撃に切り替えており、身の危険を感じる様な事は殆ど無くなっている。
ただしそれに伴いマスティモンも自重しなくなってきており、隙あらば俺の元へと転移する様になっていた。
噂をすれば影、目の前の空間に穴が空いて中から見目麗しい女性がひょっこりと姿を現す。
「護衛も連れずに見知らぬ場所へ行くのは浅慮ではないか?」
「この端末はスタンドアローンだからマスティモンの様な力がない限り外部からの侵入は難しいと思うけど」
「確かにそうなのだが、此処には私以外にもマスティモンが存在する……万が一ミレイの所のマスティモンがヒトナリに害意を向けないとも限らないのだから、もう少し考えて動いてくれると私も助かるのだが」
「流石に心配しすぎだと思うけど……でも心配してくれたことは嬉しいかな」
「感謝するんじゃなく気を付けろと私は……まぁいい、いざとなれば私が対処する。
とりあえず此処を見てまわる間は私が共をするぞ、異論は認めない」
彼女は穴から身体を引き抜いて、少し先を歩きながらそう言った。
一人で無音の浮島を見てまわるのは味気なく退屈な作業だったが、彼女が一緒に来てくれたお蔭でそれからの道は退屈せずに済んだ。
道中は色々な事を話した……未だ未覚醒のデジモン達やデジタルワールドに残った者達について、
あっという間に確認すべき所を全て見終え、問題のない事を確かめてから一休みとばかりにピクニック気分でファームの中で食事を摂る。
「デジモン達は基本的に肉が好物みたいだけど、何か理由はあるのか?」
「あぁ単純な事だ、特に此処では顕著だが本来デジモンにも味の好みは存在する。
草食の者もいれば肉食の者もいるのだが、此処では全てのデジモンが肉を喜ぶ。
それは何故か……簡単に言えば栄養の質だ」
「どういう事なんだ?」
「満たされるんだ身体が……最高級の肉を食した時など性的快楽すら得た。
此処の食事は肉でも野菜でも同じ栄養が摂れる。
しかし肉の方が圧倒的に身体を包む幸福感が大きい。
一度高級な肉を食べた者は総じて肉好きになっているのだから間違ってはいないだろう」
「まるで中毒だな……大丈夫なのか?」
「問題無い、身体に悪影響が無いのは確認済みだ。
それに何故かは知らないが、何度も食べていると慣れるのか初めて食べたときの様な高揚感は得られなくなるから、肉食べたさで暴れる様な奴は出ない」
「そ、それは良かった」
肉の魔力恐るべし……というか友情upの効果が怪しい。
デジモンストーリーサイバースルゥースにはデジモンの友情というステータスを上げる手段は主に三つあった。
連れ歩く、ファームに預けているデジモンから来るメッセージに返信する、そして肉をあげる。
肉の中にも無料、五千円、一万円、百万円の物があり、値段に応じた効果を持っていた。
ただし百万の肉は友情だけでなく才能というレベル上限や進化条件に深く関係するステータスまで上げるのだが、値段が高すぎる上に才能はデジモンの進化と退化を繰り返せば上がるので基本的に買わない人の方が多いと思う。
俺も殆ど買わなかったのだが、マスティモンにジョグレス進化をさせるために友情と才能が足りなかったエンジェウーモンにはストーリー進行中に手に入れた百万の肉……ミラクル肉をあげた記憶がある。
彼女が言っている最高級の肉というのはそれだろう。
その事に思い至った俺は、短い時間で友情上げするためにデジモン達に肉をあげまくったことを何となく後ろめたく思い、もう少し彼らと接する時間を増やそうと心に決めた。