「毎年恒例、北にあるデュエルアカデミア姉妹校、ノース校との友好デュエルが近づいています。去年はオベリスクブルーの丸藤亮君がノース校の代表を倒し、本校の面目躍如となりました。今年の本校の代表はまだ決まっていませんが、誰が代表になってもいいように、皆さん頑張ってください」
モニターに映し出された校長先生から連絡事項が告げられる。それは、もうすぐに迫ってきた北にあるデュエルアカデミアノース校とのデュエルのこと。
北にあるノース校との友好デュエル、一体どんな人が来るんだろ~?
誰が代表になるかはわからないけど、なんだか面白そうでワクワクしている。できれば私が代表になってデュエルしたいな~。
ふと、去年の代表だったカイザーさんの方を見てみた。やっぱり今年もカイザーさんが代表になるのかな?
「あれ?」
オシリスレッドの方から、カイザーさんに向かって熱烈な視線を送っている人がいることに気がついた。翔くんの隣にいる少し小柄な人。
あんな人、レッドにいたかな~?
何度もレッドに足を運んでいる私が見たことのない人。転校生とかかなと思ってその人の顔をまじまじと見てみると、なんだか妙な違和感。
男の子、なんだよね?
女子は強制的にオベリスクブルー女子寮に入るのだから、あの人は男の子のはず。でも体つきや、なんというか、感じが男の子っぽくない。
首を捻ってすこし考えていると、後ろからつんつんと背中をつつかれた。
「何やってんのよ。もう話は終わったわよ」
「へ?」
周りをみるともうみんな戻り始めていた。考えていたら話が終わったのに気づいてなかったみたい。
「素敵な殿方でも見つけましたの?」
「えっと……そういうわけじゃないんだけど~」
さっきの場所を見てみると、すでにあの人も、翔くん達も居なくなっていた。
「考え事?」
「う~ん、なんでもないよ~」
ひょっとしたら女の子みたいな体つきを気にしている人なのかもしれない。だとしたらあんまり気にしたら失礼だよね。
「ごめんね、私たちももどろっか」
結局、特に気にしないようにして、私たちも寮に戻ろうと学園を出た。
―side天上院明日香―
「珍しいわね、貴方からの呼び出しなんて」
日が沈み、辺りが暗くなり始めていた頃に、私は学園の港にある灯台の下で人と会っていた。
「ああ、実は相談があってな」
「カイザーともあろう貴方が相談?」
会っている人はデュエルアカデミアのカイザー、丸藤亮。彼は私の兄さんの親友でもあった。だから、こうしてたまに行方不明の兄さんの情報交換のためにこの灯台の下であっているのだけれども。
今日の亮は少し様子が違った。なんというか、単純に困っているといったようだ。私に相談するほど困っているということか。
「ああ、これを見てくれ」
「これは……女の子の髪留め?」
亮が取り出したのはどう見ても彼が着けるものと思えない髪留め。
「落し物かしら? 私に心当たりは無いわよ」
「いや、そうじゃない。この髪留めの持ち主には心当たりがある。問題はその人物がこの学園に来ているかもしれないということだ」
亮の説明に首を傾げる。その髪留めの人物がこの学園に来たら、何か問題があるのかしら?
「この髪留めの持ち主はレイと言って、俺の知り合いなんだが……。どうやら俺は彼女に気に入られてるらしくて、ここまで追いかけてきてしまったらしい。恐らく、デュエルアカデミアのレッド生として」
気に入られてる、なんて持って回った言い方をしているけど、要するに好かれてるってことよね。
「レッド生として? 女子は原則、ブルーに入るのが決まりよね」
「レイは小学5年生なんだ。だからいろいろごまかすために、男のふりをしているらしい」
「……それこそ、背の小さな女子とかのほうがごまかせると思うのだけど」
「俺にもよく分からん。だが、レイがこの学園にいるのは確かなようだ」
好きな人を追いかけて、小学5年生の女の子が編入試験を突破してまで会いに来る。
凄いわね。容易く真似できるようなことじゃない。それだけそのレイって子の想いが強かったんでしょうね。
まったく、舞花もそれくらい行動的ならいいのに
最近舞花が元気がないのは、私もジュンコも、ももえも気づいていた。表面上はうまく取り繕っているけれど、そんなのには誤魔化されない。
あからさまに十代を避けてるのも分かってるし、だんだんと何を考えているのかも分かってきた。
もうちょっと自分に自信を持てばいいのに
あの子は妙に自己評価を低くする傾向がある。そして、他人への評価を妙に高くすることも多い。まあ確かに寮の皆と比べて、いろんなところが小さいのは事実だけど、それがイコール魅力的でないには繋がらないというのに。
「はあ」
「どうかしたか?」
大きめについてしまったため息。月明かりが私の疲労の顔色を照らしている。
「そうね」
あの子のことを考えながら、私は表情を変えた。
「好きな人に、まっすぐ向かっていって欲しい人がいるのよ」
そうでなければ、私は遠慮してしまうから。
―side舞花―
晩ご飯が終わって、私は自分の部屋で明日の予習をしていた。部屋の中には鉛筆のカリカリという音が走る。
そんな静かな部屋の中に、ピリリリリと機械音が響く。机の隅に置いておいたPDAを開くと、1件のメールが届いていた。明日香ちゃんからだ。
『今すぐレッド寮近くの岸壁まで来て』
メールにはそれだけ書いてあった。
あんまり行きたくないな
レッド寮には最近近づいていなかった。なるべく十代くんに会わないようにするために。
でも、このメールを見た瞬間にすぐさま行こうとしてしまった自分がいて、会いたい会いたいって思ってしまう心があって。
それを自分で分かっていながら首を振る。こんなんじゃダメなんだって。
でも、明日香ちゃんがすぐ来てって
何かあったのかもしれない。ひょっとしたら、また何か事件に巻き込まれているのかもしれない。
そうやって自分に言い訳を重ねて、私は制服に着替えた。
岸壁まで行くと、そこにいたのは明日香ちゃんだけでは無かった。レッド寮だから隼人くんや翔くんがいるのはわかるけれど、なぜかカイザーさんまでいる。
でも、十代くんの姿が見えない。不思議に思っていると、崖の下の方から声が聞こえる。そこにいたのは十代くんと……学校でみた、ちょっと女の子っぽいあの人だった。
「あの人って誰?」
「早乙女レイなんだな」
「男の子だと思ってたんだけど、女の子なんだって」
ん? 女の子ってどういうこと?
「レッド寮生だよね? なのに女の子って?」
「その事については後で説明するわ。もう、デュエルが始まるわよ」
下の二人は向かい合ってディスクを構えた。デュエルって一体どうしてそんなことになったんだろう?
まあ、十代くんだもんね~
……この一言で納得できるのがすごい。
「「デュエル!!」」
二人のデュエルが始まる。先行であるレイ……ちゃん? がカードを引いた。
「ボクのターン、ドロー! 恋する乙女を召喚!!」
……恋する乙女?
初めて聞くカード名だ。その名にふさわしい可愛い女の子がフィールド上に現れる。
恋する乙女
ATK400
「恋する乙女……使うカードまでそういうのなのね」
後ろで明日香ちゃんがポツリと呟いた。カイザーさんがなんだか弱ったな、っていうような表情をしている。
「どういうこと?」
明日香ちゃんはふふ、と微笑んだ。
「舞花、あの子をしっかりと見るのよ」
「へ?」
明日香ちゃんの言った言葉の意味がよくわからなくて首を傾げる。
しっかりと見るって、どうして?
「デュエルが進むわよ。目を逸らさないで」
「あ……うん」
明日香ちゃんに促されフィールドに目を戻す。ターンが移って、十代くんがカードをドローした。
「フェザーマンを召喚」
十代くんのおなじみ、フェザーマンが召喚される。
E・HERO フェザーマン
ATK1000
フィールドに現れたフェザーマンはすぐさま攻撃態勢に入った。
「えー、勝負にならないよ」
「どっちの応援してんだな」
そんな二人の呟きを軽く耳に入れながら、目線はずっとデュエルに向けている。フェザーマンの放った無数の羽が恋する乙女を襲った。
「恋する乙女が攻撃表示の時、戦闘では破壊されない」
恋する乙女は膝をついて座り込みながらも、破壊されずフィールドに居残る。でも攻撃表示である以上、ライフポイントにダメージが入る。
レイ
LP4000→3400
『舞花』
肩の上辺りから声がした。見ると、ジュニア・ブラック・マジシャンがふわふわと浮いていた。
「どうしたの? ジュニア」
『あれを見て』
ジュニアが指した瞬間、周りが何故かピンク色のふわふわとした風景に切り替わる。
え? フィールド魔法とか発動したわけじゃないよね?
『お、お嬢さん。大丈夫ですか?』
……何かが聞こえた。いつの間にかフェザーマンが恋する乙女に近づいて行き、頬を染めて、彼女を優しく心配している。
「何やってんだよフェザーマン! 女の子に恋するなんて、ヒーローらしくないぜ」
――女の子に恋するなんてヒーローらしくない――
十代くんの言葉を一回、頭の中でリピートする。一瞬だけ目を伏せて考えてしまった。
十代くんはヒーローだ
これは私の中の印象。十代くんはヒーローで、それなら十代くんも女の子に恋をしないということだろうか?
嬉しいような、つらいような、複雑な感情が胸の中で渦を描く。十代くんが誰かに心奪われること無いと思い喜ぶも、私の隣に来てくれる事が無いと目線を下げる。
「そうかもしれないわね」
頭の上にポン、と暖かい感触がした。柔らかい、優しい手がそっと私の髪を撫でる。
「だからこそ、あなたはレイをちゃんと見なければならないの」
優しく、諭すように明日香ちゃんが前を向いてと私の顔をまっすぐ向けさせた。向いた視線の先にはレイちゃんの姿。
どうして? と、一瞬聞こうとしたけれども口を噤んだ。今するのは聞くことじゃなくて、このデュエルを見ていくことのような気がしたから。
「ボクのターン。装備魔法キューピット・キスを発動! バトルよ! 一途な想い!!」
再びデュエルフィールドがピンク色に包まれる。その中央を恋する乙女がキラキラと駆け抜けていく。
『フェザーマンさぁん。私の一途な想いをうけとめてぇ……あっ!』
フェザーマンまで走り寄り、その体に抱きつこうとするが、フェザーマンはあっさりとかわしてしまう。その勢いを殺しきれないまま、恋する乙女はその場で転んでしまった。
『ひ、ひどい……』
『す、すまない。そんなつもりじゃ……』
転んだ恋する乙女をフェザーマンが抱き起こす。
――ちゅ
体が近づいたとき、恋する乙女の投げキッスがフェザーマンの頬に当たった。
「え? ええええ!?」
「どうしたのよ舞花?」
今の衝撃的映像に困惑すると、後ろの明日香ちゃんが不思議そうな表情をして私に問うた。
「だ、だって今フェザーマンと恋する乙女が……」
「何言ってるんすか。普通にソリッドビジョンが映ってるだけだよ」
他のみんなも私の言ってることがよく分からないようで、頭に疑問符が浮いていた。
あれが見えてるのって私だけ?
「舞花といい、十代といい、何かが見えてるみたいなんだな」
隼人くんつぶやいた直後に、私は十代くんの方を見た。十代くんも、私と同じように今フィールド上で起こっていることに困惑しているようだ。
そっか、十代くんも見えてるんだ
トクン、と一度胸が揺れる。心の奥から暖かい気持ちが表面まで流れてきた。
こんなだから、ダメなんだよね。ちょっと何かあるだけで抑えられなくなっているんだ。
胸の前で握っている両手にぐっと力を入れる。一瞬だけ目を閉じたあと、もう一度デュエルフィールドを見据えた。
『じゃあ、十代を攻撃してぇ』
『もちろん! 君のためなら、できる!!』
……何故かフェザーマンが十代くんに向かって風の攻撃を仕掛ける。攻撃力1000の強風が十代くんを襲った。
何でフェザーマンが十代くんを!?
十代
LP4000→3000
レイ
LP3400→2800
「乙女カウンターの乗ったモンスターを攻撃し、逆に戦闘ダメージを受けたら、キューピット・キスの効果が発動。そのモンスターをコントロールできる」
そっか。だからダメージを負いながらバトルをしたんだ。
コントロール奪取というのは、取れるアドバンテージが単純な除去や展開補助よりも大きい。相手のモンスターを除去しつつ、自分のモンスターを展開するということなのだから、フィールドにおけるアドバンテージは絶大なのだ。
これでボードアドバンンテージはレイちゃんの方が圧倒的になってしまった。十代くんはどう戦うの?
レイちゃんはカードを1枚伏せてターンを終えた。がら空きになってしまったフィールドを前にして、十代くんのターンが始まる。
「なんか調子狂うぜ。とにかく俺のターンだ。E・HERO スパークマンを召喚! バトル! フェザーマンに攻撃!!」
そうだ。恋する乙女にさえ攻撃しなければ乙女カウンターが乗ることは無く、結果としてモンスターを奪われることもないはず。そう思ったのもつかの間、レイちゃんが動いた。
「罠カード、ディフェンス・メイデン発動!!」
スパークマンの放った電撃は間違いなくフェザーマンに向かっていた。しかし、そのフェザーマンの前に、両手を広げて恋する乙女が割って入った。
『きゃああああ!!』
スパークマンの電撃が恋する乙女の方へと当たる。ということはつまり、さっき発動した罠カードの効果は
「ディフェンス・メイデンの効果により、スパークマンの攻撃は恋する乙女に移った!」
やっぱり、攻撃誘導カード。これによって乙女カウンターを乗せ、なおかつ他のモンスターを守る。しかも永続罠だから効力はずっと残る、すごく厄介なコンボだ。
レイ
LP2800→1600
『スパークマン! お前はヒーローの癖に、か弱い乙女を攻撃するなんて、なんてやつだ!!』
『ああ、俺は一体なんてことを……』
またまたピンク色の空間がフィールドを包んでいた。スパークマンがフェザーマンに責めたてられ、頭を抱えて唸っていた。
『自分を責めないで。戦うこと、それは宿命なのだから……』
最後に、ねっ、とウインクを加えると、スパークマンが胸に手を当てて顔(ヘルメット?)を赤くした。
それにしても、気のせいか、恋する乙女の方は全く恋をしていない気がするんだけど~……
「ボクのターン。装備魔法、ハッピー・マリッジを発動! その効果により、フェザーマンの攻撃力分だけ、恋する乙女の攻撃力をアップする」
恋する乙女
ATK400→1400
恋する乙女の姿が、ウェディングドレスを着た花嫁の姿へと変身する。
お嫁さん、か~……
首をぶるんとふるって思考を打ち消した。
「恋する乙女でスパークマンを攻撃!」
『スパークマンさまぁ』
さっきのフェザーマンと同じように、スパークマンに向かって走っていく。これまたさっきと同じように、恋する乙女はスパークマンをも虜にした。
レイ
LP1600→1400
『お願い、私のために戦ってぇ』
スパークマンとフェザーマンが十代くんに向かって攻撃を仕掛ける。スパークマンのコントロールを奪われ、がら空きになってしまっていた十代くんのフィールドを通り抜け、十代くんへと直撃した。
十代
LP3000→400
バッと、レイちゃんは帽子をとって中のバンダナも捨て去り、綺麗な青髪を夜月の下に晒した。どうだと言わんばかりの表情で、自分の『乙女』をそこに見せつけるように。
「女の子は恋をすれば強くなる。不可能なんて無いの」
その言葉は私の心を深くえぐった。
強く……なる……?
その言葉にこもっている思いが、私の全身を貫いた。
全身から汗がどっと吹き出していく。熱くなった体を冷やすために、お腹の下から湧き上がってくる熱さを冷やすために。
脳裏に浮かんできたのは、昼間の集会の時。レイちゃんが、カイザーさんを一心に見つめていたあの眼差し。
まさか……
「あの子にとって、デュエルのモンスターを夢中にさせることくらい簡単でしょ。何せ初恋の人を追って、こんな南の島まで飛んで来てしまうんだから……」
明日香ちゃんがチラリとカイザーさんの方を見て言う。やっぱりそうなんだ。
――不可能なんて無いの――
レイちゃんの言った言葉の意味を、私の心が理解する。ああ、そっか。レイちゃんは自分の大好きなカイザーさんを追いかけてここまで来たんだ。
脱帽する。その言葉を実行するための、その心意気とその行動力に。そして何よりも、その純粋な想いに。
「あ……」
その心が、想いが、強さになって今まさに十代くんを追い詰めている。その事実を確認してしまうと、胸の中から苦しさが表象して、どうしても瞼が重く感じて、目をふせようとした。
「ちゃんと見なさい」
そんな私の行動を許すまいと、明日香ちゃんが私の頭を引っ張り上げて前を向かせる。
「あなたが今したいことは何かしら?」
私が今したいこと。それはわかってる。でも、それはもうしないって決めていた。それはもうしたら辛いって思ってた。
脳裏に残ってる十代くんの辛そうな顔が、すねた顔が、怒った顔が、悲しそうな顔が、私の中でぐるぐる回ってる。それらも私の大好きな十代くんの顔だ。
私は息を大きく吸い込んだ。胸に一杯に集まっていくのは『想い』
でも、私が一番見たい十代くんの顔は……
「がんばって! 十代くんっ!!」
「おうっ!!」
十代くんの、笑ってデュエルするその顔なんだ。
楽しそうで、まっすぐで、強くて、カードを信じきってて、ワクワクしてて。
そんなことを考えてしまったら、私の口はつぐむことを許してくれなかった。衝動的に、感覚的に、脊髄反射で口が開いた。
頭でそれを戒めようとしても、心がそれを求めていて、体が硬直して身動きが取れない。
そして結局、楽しそうな十代くんの表情を目に焼き付けるのだ。
「行くぜ! 俺はE・HERO バーストレディを召喚! さらに魔法カード、バーストリターンを発動! バーストレディが自分フィールド上にいるとき、バーストレディ以外の全てのE・HEROを手札に戻す!!」
バーストレディが、フィールドのフェザーマンとスパークマンを一喝する。乙女カウンターがとれて、正気になった二人は十代くんの手札に帰ってきた。
「さらに魔法カード、融合を発動! フェザーマンとバーストレディを融合して、フレイム・ウイングマンを召喚!!」
おなじみの十代くんのフェイバリットヒーロー、フレイム・ウイングマン。これで勝負は決まりだね。
「行けぇ! フレイムシュート!!」
フレイム・ウイングマンの火の腕から放たれた炎が恋する乙女を焼き尽くす。これで、レイちゃんのライフは0
レイ
LP1400→0
私たちはデュエルが終わる寸前に、十代くんたちのもとまで降りていった。二人は向かい合って、十代くんがいつものように、ガッチャってやっていた。
「十代……ボク……」
「おっと、それより先は、後ろで見ていたあいつに言ってやってくれよ」
十代くんが指さした先にいたのは、カイザーさん。デュエルをしただけで、十代くんは全部の事情を察したのだろうか?
レイちゃんは向き直り、カイザーさんを見据えた。カイザーさんも、少しうろたえながらもその視線に応えた。
「あの、亮さま。亮さまがデュエルアカデミアに進学なさってから、会いたくて会いたくて、やっとここまで来たの」
想い一つで、レイちゃんはこんなところまで来てしまった。改めて考えて、やっぱり凄いって思う。
「十代とのデュエルには負けたけど、亮さまへの想いは誰にも負けない。乙女の一途な想いを、受け止めて!」
ほんとにすごい。まっすぐに自分の想いを見つめていて、それで自分の想いは誰にも負けていないって自信をもってて。これがレイちゃんの……恋する乙女の力なんだ。
カイザーさんは一瞬目を閉じたあと、レイちゃんに目を向けて口を開いた。
「気持ちは嬉しいが、今の俺にはデュエルが全てなんだ……」
あ……
レイちゃんの目が潤む。そんなレイちゃんの手をカイザーさんは取り、手に何かをつかませた。
それは……髪留め?
レイちゃんはギュッと、その髪留めを握り込む。瞳からは一筋、涙が線を作っていた。
「カイザーさん……」
たまらなくなった私は、口を開く。カイザーさんに向かって、言いようのない怒りを込めて。
「ちゃんと、レイちゃんの想いを受け止めてください。目を、逸らさないでください」
カイザーさんの言ってる言葉から、どうしても真剣味を感じることができなくて腹がたった。カイザーさんはどうしてか、レイちゃんを小馬鹿にしている感じさえする。
「どういう……」
どういうことだ、なんて言わせない。
「本当にレイちゃんの想いを正面から受け取っていたら、デュエルがすべてなんて言葉は出てきませんよね!!」
声が張り上がる。お腹の底から熱い怒りがこみ上げてきた。だってこの人は、レイちゃんから目を背けている。目を背けてやり過ごそうとしているとしか思えない!
「俺は……」
困惑している。それでもカイザーさんは目を伏せている。私はもう一度追及しようと言葉をつむごうとした。そうしたら、レイちゃんが細い声で一言。
「いいよ……」
数秒、空間に静寂が流れる。最初に口を開いたのは、あろうことかカイザーさんだった。
「レイ、故郷に帰るんだ」
出てきた言葉は残酷で、冷たくカイザーさんが言い放った。レイちゃんは顔を伏せて、その言葉に頷いた。
「何でだよ! 女の子だって、ブルーの女子寮に入れて貰えば……」
カイザーさんは首を振って、答えた。
「レイはまだ小学5年生だ」
……え?
えへへ、とレイちゃんが苦笑していた。
「じゃあ俺、小学生に苦戦してたのかよ!」
「ごめんね、ガッチャ。楽しいデュエルだったよ」
レイちゃんが悪戯っぽく笑って、十代くんのように右手を突き出す。そんなレイちゃんを見て、十代くんも笑い始めた。
「あはは、これだからデュエルは止められないんだよ!」
楽しそうに、面白そうに、十代くんは笑っていた。小学生の、強いデュエリストと戦って、本当に楽しかったんだね。
「じゃあ、レイは明日の朝、船に乗って帰るのね」
明日香ちゃんが、船の来るタイミングを思い出しながら口にした。明日の朝が最速らしい。
「あれ? じゃあレイちゃん、今晩どうしようか? 今夜も十代くんの部屋はまずいよね」
さすがに女の子だってわかった以上、十代くんたちと一緒のレッド寮というのはまずい。ちょうど私と明日香ちゃんがいるので、どちらかの部屋で一晩引き取れば……
「あー、舞花頼む」
十代くんが特に何も考える様子もなく、私に頼む。
私を頼ってくれた、と考えると嬉しいけど、今の私にそれをちゃんと受け止めるのは正直つらい。
「えっと、明日香ちゃん、お願いできないかな~」
「ヤダ」
明日香ちゃんに話を振ったはずなのに、何故か十代くんが横から断った。本当に不機嫌そうな顔をして。
「俺は、お前に頼むって決めたの。だから舞花頼む」
まるで駄々っ子のように、十代くんは頬を膨らませて私に頼んだ。なんだか可愛いって思ったのは秘密だ。
「でも……」
「でもじゃないの。俺は舞花に頼むんだよ」
結構頑固なようです。
「いいじゃない。舞花、レイをお願いね」
「えっと、お願いします……」
「ええ!?」
結局意見を曲げない十代くんを立てて、みんなが賛成した。
部屋に戻って、レイちゃんを中に入れる。ブルー女子寮は、レッドに比べてかなり豪華だから、レイちゃんは少し驚いてキョロキョロしている。
よいしょっと、余っているお布団を敷いて、もう一つ寝床を作る。今夜は私がこっちかな?
「レイちゃんはベッドでいいよね?」
「え? それは悪いんじゃ……」
いいから、と遠慮しているレイちゃんに気を使わせないようにベッドに腰掛けさせる。今夜はもう遅いから、そろそろ寝ないとまずいかな。
でも……
レイちゃんの顔はまだ沈んでいる。無理もない、だってカイザーさんに振られた後なのだから。
あんな風になるのなら、恋なんてしない方がいいのかもしれない
恋をしている間は幸せな気持ちになれても、その想いが届かないと知ってしまったら、とっても傷ついてしまう。今のレイちゃんのように、そして私のように、胸をナイフで切り裂かれるかのような痛みがずっと走り続けてしまう。
だったら、恋なんてしない方がいいのかもしれないんだ。
「舞花さん……?」
「ふぇっ?」
黙ってしまっていた私を不思議に思ったレイちゃんが私の顔をのぞき込む。
ちょっと驚いてしまったけど、レイちゃんの顔にまっすぐ目を向けた。
やっぱり、まだ辛そうなんだね
そう思っていたら、私は自分のデッキを手にとった。
「デュエルしようよ~」
「え?」
元気を出すならデュエルが一番だよね。笑顔でレイちゃんをデュエルに誘った。
「え、えと……?」
「楽しいよ~」
なんだかよくわからないといった風だったが、レイちゃんもデッキを準備した。
カーペットの敷かれた床の上に、一般用のプレイシートを広げる。
ソリッドビジョンは映らないけど、こういうデュエルもいいよね~
準備をして、二人とも声を合わせてデュエルを開始した。
「恋する乙女の効果でブラック・マジシャンをもらうよっ」
「じゃあ私のターンに所有者の刻印を発動~。コントロールを返してもらうね~」
「えー! ボクの負けだー!」
デュエルの盤面をそのままにして、二人で大きな声で笑いあった。今回は私が勝ったけど、どっちが勝ってもおかしくない、本当に楽しいデュエルだったよ~。
「舞花さん、デュエルって楽しいね」
「うんっ」
デュエルはその人の心を映す。最後の方は、レイちゃんは心の暗い部分を晴らし、私と同じように楽しくデュエルをしていた。やっぱりデュエルは良いよね~。
「……ありがとう、舞花さん」
「ほぇ? どうしたの~?」
急に神妙な顔つきで、レイちゃんが言葉を発した。でもその言葉の意味が分からずに私は首を傾げる。
「亮さまのこと……」
「……」
私は、黙った。だって私は何もできなかったのだから。
「亮さまはボクの方を向いてくれなかったけど、向こうともしてくれなかったけど。でも、伝えたことは後悔してない。落ち込んでいたのも、今舞花さんに元気づけて貰ったよ」
伝えたことを後悔していない。やっぱりレイちゃんは強い。レイちゃんなら、恋する乙女は最強だって、そんな言葉は大仰でもなんでもなくなるんだ。
「恋ってさ、まるで下り坂みたいなんだ。勢いがついちゃったら止まれない。私は止まろうともしなかったんだ」
レイちゃんの話に、私は口を閉じて耳を傾ける。吹っ切るように、レイちゃんは話を続けた。
「でも、坂を下り続けることなんてできないんだね。いつかは最後についちゃって、平面か上り坂に行っちゃうんだ」
「そう……なんだ」
相槌を打つ。ただそれだけにする。
「だから舞花さん。恋をしている間は勢いをつけて駆けていこうよ。それが恋する乙女だよ」
「え? 私は……」
恋なんて、と続けようとした。その前にレイちゃんが言葉をはさむ。
「十代が好きなんだよね」
「ええ!!」
必死になって否定しようとした。でもレイちゃんの瞳には確信の色が灯っていて、私が口を開くのを阻止した。
「わかるよ。十代が言ってたもん。デュエルをすれば、その人の心がわかるって。それに……」
言葉を区切って一拍置く。レイちゃんは一瞬目を閉じて、意を決したように目を開いた。
「私も十代のこと、好きになったんだもん」
一瞬、思考が追いつかなかった。ちょっと間を置いて、その言葉の意味を思考する。
「ええええ!?」
レイちゃんはクスっと私に向かって笑いかける。
「あはは、驚きすぎだよ」
「だ、だって……」
そんなの予想するはずもなかったから。ポカーンとしている私に向かってレイちゃんは話を続ける。
「舞花さん、逃げちゃダメだよ。恋する乙女は最強なんだから」
「それは……レイちゃんだけだよ~」
私にはそんなことできる自信はない。私にはどうしてもまっすぐに恋をし続けることなんてできそうにない。
「私は恋をして、どこかで弱くなっちゃったかもしれない。傷つくのが怖くて、つらくて、ずっと逃げ出そうとしている」
「そんなの当たり前だよ」
レイちゃんがふわりと笑う。まるでさっきの恋する乙女のような迫力が背中から溢れていた。
「本当は誰だってそう。ふられたらどうしようって、傷ついたらどうしようって、みんなそう思って恋をしてるよ。それでも恋する乙女は最強だって、自分に言い聞かせて背中を押しながら」
――みんなそう
これは私が自信ないから、とかそういうことじゃないってこと? みんながみんが、そう思って恋をしているってこと?
「でも、私なんか……」
「私なんか、なんてことも思ってるよ。でも、恋する乙女に必要なのは、可愛さでも、頭の良さでもないよ」
一拍置いて、レイちゃんが一度深呼吸をする。ニコッと笑ってレイちゃんが続けた。
「自分が1番、その人のことを好きだって思えれば、それでいいんだよ。ふさわしいとかそういうことも考えない」
レイちゃんは私の背中をポン、と叩いた。
自分が1番、その人のことを好きだって思えているか? そんなの、決まってる
「私は、十代くんのこと、大好き……」
こんな風に苦しんでしまうくらい。あきらめようと思っても諦められないくらい。私は、十代くんの事が大好きです。
「じゃあ、ライバルだね」
いろいろ流されそうだったけど、レイちゃんのその言葉に対しては疑問があるよ。
「レイちゃん、どうして十代くんのこと……」
レイちゃんははにかみながら、答えた。
「多分、舞花さんと同じ理由だよっ」
翌朝、レイちゃんを乗せた船が島から離れていく。レイちゃんは顔をだして、大きな声で話した。
「来年小学校を卒業したら、また受験して、ここに来るからー!!」
手を振って叫んでいるレイちゃんに向かって、私たちも手を振り返す。そして、レイちゃんはあの言葉を発した。
「だから、待っててね! 十代さまぁー!!」
「えー!!」
十代くんがものすごく驚いている。きっとカイザーさんの名前を呼ぶと思っていたから、みんなも同様に驚いていた。でも、知っている私だけは、クスっと笑んでいた。
「舞花、強力なライバルが登場したみたいね」
このままで大丈夫なの? と言うように明日香ちゃんが呟いた。ちょっと心配してくれてるのかな?
そんな明日香ちゃんに、そして、船に乗って十代くんに手を振ってるレイちゃんに見せつけるように
「えいっ」
「うおっ」
――十代くんの片手に抱きついた。
「へえ」
明日香ちゃんが笑って
「「おお」」
隼人くんと翔くんが笑って
「ほお」
カイザーさんも笑って
「おい、舞花っ」
十代くんも、さすがに照れているようだった。
遠くでも、レイちゃんの顔がはっきりと見えた。嬉しそうで、けれどもやっぱり複雑そうな、そんな表情。
――恋する乙女に必要なのは、自分が1番、その人のことを好きだって思うこと――
私は明日香ちゃんより可愛くない。スタイルも良くない。勉強もできない。デュエルも強くない。
でもきっと、私は1番、十代くんのこと大好きだよ
「私の方がぁー! 十代さまのこと大好きだからねぇー!!」
レイちゃんが私に向かって叫ぶ。そして、私は
きっと初めて
「べーっ」
とても悪戯っぽく笑った。
「私が行くまでは、頑張れっ! 舞花お姉ちゃん」