夜風が冷たい。
もう夜もふけ、レモンの形に欠けた月が淡く周囲を照らしている。
海の近くにある岸壁の外側から聞こえてくる波の音が耳に溶け込んでいく。
ああ、静かだ。
ついさっきまで、レッド寮入寮歓迎会とやらがあったせいで、だいぶうるさい環境にいたが今は静かだ。
静かな環境に身を任せたまま、ゆっくりと目を閉じる。風の流れを感じて、心がゆっくりと静まる。
――勝利って何ですか?――
ほんの数時間前のことが目の裏に映る。
とある少女の言葉。
悪意は無かったにせよ、俺を一度、学園から追い出した奴。
と、そこで地面の草を踏み分ける、ざっざっという足音。
驚きもせず振り返ると、そこにいたのは、やはりというか一人の人物。
「あれ? どうしたの~、万丈目くん」
こうして見ていると、ただのとぼけた少女。しかし、デュエルの時には芯を持った強さを持っている。
自分の信じたデュエルを疑わない。疑おうともしないで、貫く。
「ちょうどよかった。お前に聞きたいことがあった」
聞きたいこと? 自分で言っておいて疑問に思ってしまった。なぜなら俺は聞きたい事があるのではない。
言いたいことがあるんだ
「何かな?」
少女は俺が発するであろう言葉に耳を傾けようとしている。
「お前は、デュエルを楽しむことに疑問を思ったことは無いか?」
「何で~? 疑問になんて思うわけ無いよ」
ああ、思ったとおりだ。こいつは何も疑問に思っていない。
楽しめない奴が居たら、楽しめるように努力するのだろう。こいつはデュエルがただ楽しいものだと思っているのだ
そしてそれはきっと、こいつのパートナーも一緒だろう。ただ一つだけ、この二人の間で違うものがある。
考えていたんだ
どうして俺は最初から、こいつの言葉を受け入れたくないと思っていたのか
ちらりと腰につけてある自分のデッキケースを見てみる。その中には、『勝つため』にデッキからはずしていたカードたちも入っている。それは、俺がずっと使わなかったカードたち。
わからなかった
だけど今日、こいつとデュエルをしてみてようやくわかった気がする。
「お前は、デュエルを本当に楽しんでいるのか?」
この投げかけた言葉は、一直線に少女を貫く。少女は少し驚いて、本当に『わからない』という顔で答えた。
「楽しんでいるよ~」
きっと、これは本音なのだろう。この少女はきっと本音で楽しんでいるんだ。『自分のデュエル』を。
「お前は」
この言葉を投げるのに、ちょっとした躊躇いが生まれる。でも、これはあの時俺がやられていたことなんだ。
俺は、お前を否定したい。
「デュエルの『勝ち』をまるで意識していないだろう?」
少女は言葉に詰まっているようだ。おそらく、図星。俺がデュエルをして感じていたこと。
「勝ち負けよりも、私はデュエルを楽しみたいから」
デュエルを楽しむ、それは勝ち負けなんかより大事なこと。そう思っているんだろう。それはいい。だが、こいつはそれだけしか見ていない。
楽しむことを固定観念で捉えているんだ。誰よりも持っている自分のデュエルを、ただ貫くことが自分の楽しさだと信じている。それ以上が無いと、信じている。
「ふざけるな」
ピシリと亀裂が入る。俺たちの間の、決して交わることの無い思い。
解放されたプレッシャー。俺はこれで、自分の自由にデュエルをすることができる。だからこそ、俺は自分のデュエルを考えた。
俺のデュエルは何だ?
俺がするべきデュエルは何だ?
俺がしたいデュエルは何だ?
目を閉じた。すん、と澄んだ空気の流れが体中をめぐる。ふわりと浮かぶような感覚を感じ取った後、胸に一つの心を掴む。
わかったんだ
兄さんたちからのプレッシャーから解放されて、それでも尚、俺のデュエルは勝利を求めている。
プロデュエリストになりたい
デュエルキングになりたい
それは万丈目帝国とは関係ない、俺の憧れ、俺の目標、俺の、夢。
何でだろうな?
そんなのは決まっている。
「お前は『勝つだけ』のデュエルを否定している」
勝利することが『楽しい』からだ。
それを認めていない、考えていない、好きでない。だからこの少女は、あんな風に勝つことに非合理的なこだわりを持ってしまっているんだ。
いや、こだわりを持つだけならいいだろう。だが、それはデッキ構築の段階で留めておくべきだ。
こいつはデュエル中なのに、そのこだわりによって『勝つ』ことへの回り道をした。
ただ勝つことを求めずに、自分の中のやりたいことをして、それで負けてもいいと、それで負けても満足だと、この少女はそう思っている。
「……」
少女は黙り込んでいる。図星なのだろうか? それとも考えたことも無かったのだろうか?
「お前は『勝利』とは何か? と言ったな。勝った時心の底から嬉しくないと嫌だと言ったな。ああ、俺もそう思う。だがお前はたまたま勝ったら嬉しくて、そうでなくても楽しいデュエルをする。そう考えているんだろう?」
一番の違いは、勝つことを第一に考えているのか? それともそれ以外を第一に考えているのか? ということ。そして俺は、勝つことを第一に考えている。だから、
「俺は認めない。お前の『楽しむだけ』のデュエルを」
それは、俺にとって一番楽しいデュエルじゃないから。楽しむために、勝つための最上級の努力をしたいんだ。楽しむために、死に物狂いで勝ちに行きたいんだ。
それが、俺の答えだ
「そっか……」
少女は夜空を見上げながら、呟くように答えた。
「あなたがそう思っているのなら、私は何も言わないよ。私は私、あなたはあなた。ただそれだけ。だけど……」
呼吸音が聞こえる。少女の静かで、綺麗な呼吸音が耳に優しく沈む。月の光が、彼女を淡く照らしていて、神秘的に映る。
「あなたは、自分の大事なカードを使いたいと思っている。これも真実だよね」
ぽつんぽつんと、胸に現れる何か。それは、彼女が引きずり出した、俺の深。
彼女の言葉に疑問は無かった。ゆるぎなく、まっすぐに俺の心臓をずぶりと貫く。
たぶん、これは最初のデュエルのときに気づかれたんだろう。
そしてそれもまた、俺の真実である。
「そうだな」
『アニキー!』
と、その時に俺の腰のデッキケースから出てくる黄色。下品ではあるが、俺が昔使ってきた雑魚カード。そして、
「だから、俺はこいつを使うぞ」
「へ?」
矛盾していると思われているのだろうか? 無理も無い。だが、俺は言っている。
「俺は『勝つだけ』のデュエルも『楽しむだけ』のデュエルもごめんだ。俺様は『楽しんで勝つ』」
それが自分にとっての『勝利』の近道だとわかったんだ。
「俺ほどのデュエリストになれば、『自分の一番好きなカードを使って勝つ』ことを求めるのさ。使うだけでもなく、勝つだけでもなく、俺は両方をとってやる」
それが一番……勝ったとき一番楽しいから。『勝利』したいんだ。これが、俺にとって一番の勝利なんだ。
「そっか。それが万丈目くんのデュエルなんだね?」
「ああ」
少女は俺の言っていることを受け入れたのだろうか? それとも、納得しないままでも、それでもいいから俺の行く道に口を出さないと決めたのだろうか?
俺には、今の俺にはわからない。
「それがこの俺、万丈目サンダーのデュエルだ!」
そして、俺の宣言を聞いて、橘はふわりと笑った
【笑ったあなたとするデュエルを楽しみにしてるよ】
それは、きっとすぐに叶うと思う。