キーンコーンカーンコーン
「はい、じゃあ今日の授業はここまでなのにゃ」
授業の終了のチャイムが鳴り響く。
今やっていた授業は錬金術の授業。担当の大徳寺先生が授業の終了を宣言すると、みんなは座りっぱなしで疲れた体を伸ばしたりした。
錬金術の授業は、実は不人気なんだよね~
この教室は大人数が入る大き目のものだけど、空席は目立つというものを上回って、埋まっている席のほうが少ないくらい。
錬金術の授業も楽しいし、大徳寺先生も良い先生なんだけどな~
とは言っても、ここの授業はデュエルに関するものがほとんどで、デュエルにほとんど関連しない錬金術の授業が不人気になってしまうのもある意味当然なのかもしれない。必修じゃないし。
「あ、みなさーん。帰る前にこのプリントを持っていって欲しいのにゃ」
「何ですか、それ?」
「今度の日曜日に、島に眠る遺跡を巡るピクニックを企画したのにゃ。希望者はこぞって参加して欲しいんだにゃ」
ピクニックか~
私は正直、遺跡に興味はあんまりない。けど、ピクニックに行くっていうのはなんだか楽しそうだよね~
「舞花、行きたそうね」
「うんっ、なんだか楽しそうだよね」
明日香ちゃんは私に話しかけた後、少し険しそうな顔でプリントを眺めていた。
ああ、そっか
遺跡。闇のデュエルに関係するものがあるかもしれない。ひょっとしたら、お兄さんの手がかりがつかめるかもしれない。
浮かれていた自分と、大切な兄弟を心配する明日香ちゃんを見比べて、気持ちが沈む。私は少し無神経だったと反省しなくてはいけない。
明日香ちゃんは目を伏せた私を見て、頭をポンと叩いた。
「そうね、楽しみよね」
「……ごめんね」
「何で謝るのよ。私は、あなたと出かけるのを楽しみにしてるのよ」
そう言って明日香ちゃんは微笑む。沈んでしまった気持ちが軽くなる。明日香ちゃんが私と出かけるのを楽しみにしてくれたのも、純粋に嬉しいくて、ついつい私も笑顔になった。
「ありがとう! 私も楽しみだよ~」
私も楽しみに日曜日を待つことにした。
日曜日を迎える。集合場所に集まっているのは、私と明日香ちゃん。それから十代くんに翔くん、隼人くん、万丈目くんというメンバーだ。
ジュンコちゃんとももえちゃんが来れなかったのがちょっと残念。
「にしても、万丈目まで来るとは思わなかったぜ」
「サンダーだ。俺だって来たくて来たんじゃない。レッドになったからには行事に参加しろと大徳寺先生に無理やり……」
「万丈目君は、天上院さんが来るといったら喜んで来たのにゃ」
「ち、違う! このメンバーじゃ女性への気遣いが出来る奴が居ないと思ったから参加したんだ!」
万丈目くんがあわてて否定した。ちなみに当の明日香ちゃんは特に会話を聞こうともせずに荷物のチェックをしていた。
それにしても、万丈目くんもそんなこと気にしなくてもいいのにね
私も明日香ちゃんもそんな風に気を使われなくても大丈夫なのに
「とにかく、全員揃ったようなので出発だにゃ~」
「おー!」
大徳寺先生が号令をかけて、みんなのピクニックが始まった。
大徳寺先生が行こうと言った遺跡は、今出発すればお昼ごろには着くくらいの場所にあるらしい。
ただ、そこまでの道は少し険しく、注意を受けたみんなはなるべく一列になって大徳寺先生の後をついて行った。
「あれ、ここどうやって進むんだ?」
前のみんなが止まったので、私も前を見てみる。目の前には流れの速い川。長々と続いているその川の様子を見る限り、どこかに渡れそうな場所は無さそうだ。
「そこに丸太があるのにゃ」
うん、無いよ~。あたりを見回した時に何か太い丸太がかかっているのを見た気がしたけれど、そんなものはきっと無い。きっとどこかに橋が架かってたりするんだよね~?
「現実を見なさい」
「無理だよっ!」
でもそんな問答をしたときにはもう遅い。男の子みんなはすでに丸太を渡って向こう岸へと行っていた。
「ほら、ゆっくり渡って」
下は見ない。下は見ない。
自分に言い聞かせながら不安定な足場を一歩一歩進んでいく。ぐらぐらとしているのは丸太なのか私の足なのか、そんなことを考えている余裕は無くちょっとずつ進む。
「もうちょっとよ」
「うんっ……わぁ!?」
もう二歩ぐらいというところで、丸の頂部から少し踏み外れる。丸からずれた足はずるりと滑って空中へと投げ出される。
「危ない!」
はしっ、と手を掴まれた。バランスの崩れた体ごと手を引っ張って岸へと上げてくれる。そのまま勢いに乗ってぽふ、と引っ張ってくれた人の体に倒れこんだ。動揺していた私は、落ち着くために大きく息を吸い込んだ。
す~、は~
あれ、この匂いは……?
「大丈夫か? 舞花」
あ、やっぱり十代くんだ。
抱きとめてくれている体から伝わってくる体温が暖かい。身長差から、私の顔は彼の胸にくっついている。とくん、とくんという心音が直接私の中に響いた。
なんだか、すっごく気持ちがいいな~
ふわふわと浮かんでいる雲の上にいるみたいで、気持ちが良くて、すぅと心が安らぐ。
あったかい
あったかい
ぽかぽか、ぽかぽかと体が温まって、そのまま目を閉じて……
「舞花、戻ってきて」
「ほぇ?」
明日香ちゃんの手が私を引き離した。そこで私はようやく、今何をしていたのかを知る。
「ええ!? 私今何してたのっ!?」
「とりあえず、匂いで誰かを判別してたっすね」
「それも的確だったんだな」
「そそそんなこと無いよっ!?」
みんながやれやれという表情で私を見ているけど、そんなみんなを確認することすら出来ないほどに私はテンパってしまっている。
「とにかく、怪我が無くて良かったな」
「え……うん……」
十代くんが私を見てそう呟いた。私はちょっと落ち着いてその言葉に頷く。と、同時に心中を巡るガッカリな気持ち。
分かってたけど
分かっていたけど、ちょっとくらい意識してほしかったなあ。
はぁ、とため息をついた。残念だけど、十代くんがそういう人だってことは分かってる。
いいよ
ちょっとずつでも進めたらいいって、私は思っているから。
いつかはちょっとぐらいこういうことに、どぎまぎしてくれたら良いなあ。
「舞花、みんな行っちゃうぜ?」
「あ、うんっ。まってよ~」
また進んでいく。先に行っているみんなを追いかけて、少し早足に歩いていった。
その後は大きな岩の段差を登っていったり、深い森の中を、草を掻き分けながら歩いて行ったりして行った。そうして二時間くらい歩いたところで、ようやく森を抜ける。
「おお、着いたのにゃ」
先頭の大徳寺先生が感嘆した。私たちも目の前の光景を見てみる。
「古代遺跡の入り口なのにゃ」
先生が指差した方向には、アーチ状に作られている石の門。遺跡というだけあって古いものなので、石には苔が生えている。
その先にも目を向けてみると、同じように苔が生えているけど、何かに使っていたと思われる施設のような場所がある。石畳が足の下に広がっていて、古代のエジプトとかの遺跡に見える。
「もっと奥まで行けば、古代のデュエル場なんかがあるのにゃ」
「デュエル場ですかっ?」
デュエルという単語にすぐさま反応してワクワクする。古代のデュエルっていったいどんなことをしていたんだろう? ルールはどんなものだったんだろう? 考えてみるだけでもワクワクするよ!
ぐ~
と、そこで私の耳にも届くくらいの大きなお腹の虫の悲鳴。
その主である十代くんが、頬をぽりぽりと掻きながらリュックを下ろした。
「それより先に、飯にしようぜ」
「賛成だな。俺はあまり疲れていないが、天上院く……女性にはきつかっただろうから休ませないとな」
万丈目くんの言葉では私は、一瞬女性カウントされていないように聞こえるんだけど……?
「万丈目君、明日香さんのことばっかりっすね」
「ななななにを言っているんだ!? 俺は女性への気遣いのできていないお前たちの代わりに、気遣いをしているに過ぎん!」
ちなみに明日香ちゃんは、地面にシートを広げてご飯の準備をしていました。
と、このままじゃみんなが座れるほどの大きさが無いので、私も持ってきていたシートを広げて人数分の座れる場所を確保。
「とにかく、ご飯にしようよ~」
未だに何かを言い合っている翔くんと万丈目くん。十代くんも隼人くんも大徳寺先生もすでにこっちにきて座っていた。
二人もようやく座って、みんなは持ってきていたお弁当を開こうとする。
「ふっふっふっ。私は購買部のトメさん特製のお弁当なんだにゃ~」
大徳寺先生が自慢げに自分のリュックを見せてくる。
「先生、もしかしてそのリュック全部お弁当ですか~?」
「その通りなんだにゃ」
「すっげえな。俺にも分けてくれよ先生!」
「嫌なのにゃ。みんなに分ける分は無いのにゃ」
「ちぇ」
物欲しそうに先生のリュックを見つめる十代くん。こんなこともあろうかと、私は自分の鞄の中からもう一つお弁当箱を取り出した。
「十代くん、私多めに作ってきたから大丈夫だよ~」
「おっ、さすが舞花!」
開いた私のお弁当箱に、十代くんがお箸を伸ばそうとする。その瞬間に聞こえてくる悲鳴。
「ああああぁぁぁぁ!!」
大徳寺先生の声がその場に響いていた。
「ど、どうしたんだよ大徳寺先生」
「なにかあったん……」
私が言葉を言い切る前に、私の膝の上に感じた暖かくてふわふわした感触。なにかと思って見ると、そこにいたのは、この場につれてきていない猫。
「ふぁ、ファラオ……?」
よく見てみると、ファラオの口の周りにはご飯粒がたくさんついていた。
「まさか、その猫が弁当を全部食べたのか?」
「そのまさかなんだにゃ~。みなさん、私にお弁当を分けて欲しいんだにゃ~……」
「嫌なのにゃ。先生に分ける弁当は無いんだにゃ」
十代くんがさっき言われたことをそっくりそのまま返した。みんなも同調するように口を尖らせて同じことを言う。
「そ、そんなこと言わないで欲しいんだにゃ~」
「さっき先生が言ったんだぜ?」
「わ……忘れて欲しいんだにゃ!」
「私も聞きましたよ? 先生が私たちに分けるお弁当は無いって」
「天上院さんまでひどいにゃ~」
「諦めが肝心っすよ、先生」
「そうなんだな」
「そんにゃ~」
みんなからことごとく断られて項垂れる先生。そんな先生を見て、みんなは悪戯っぽく笑っている。
分かるけどね、でもみんな先生のこといじめすぎだよ~
「先生、私の分けますから元気出してください~」
私のお弁当を先生に差し出すと、先生は泣きながら私の手を掴んだ。
「ありがとうなんだにゃ~!」
「まったく、舞花は……」
みんなちょっとあきれていたけど、でも本気でお弁当を分けないつもりじゃなかったみたいなので笑って先生を見ていた。
「嬉しいんだにゃ~。美味しいんだにゃ~」
先生は喜びすぎだと思う。
でも、作った身としてはこんなに喜んで食べてもらえるとすっごく嬉しい。先生の気持ちのいい食べっぷりを見て、思わずニッコリと笑ってしまった。
「橘さんはやさしいのにゃ~。私も結婚したら、こんな娘が欲しいのにゃ」
みんなに弄られていた、つい今さっきの大徳寺先生の顔が浮かんでくる。そうしたら、私は悪戯っぽく笑ってしまっていた。
「ありがとう~、お父さんっ」
「っ!?」
カチャリ、と先生の握っていた箸が地面に落ちる。先生の顔が強張っていて、なんだか怖い。
数秒、空気が凍り、静寂が流れる。
そして、それを打ち破ったのは、他ならない大徳寺先生だった。
「ご、ごめんだにゃ~。いきなりだったので、驚いてしまったのにゃ」
「なんだよ、脅かすなよ先生」
表情がいつもの大徳寺先生の笑顔に戻った。でも、私の目に焼きついてしまったさっきの顔。
その表情は、何かが違った。
大徳寺先生という人そのものが、どこか別の人間であるかのようで。
ただ、冷たくも、暖かくも感じない。何かを投げ捨てたようなそんな顔が、私の中に残ってしまった。
どうしよう
どうしよう
何かを聞くべきだろうか?
それとも、何事も無かったかのように振舞うべきなのだろうか?
視線が右往左往して、考えが纏まらないまま時間が流れる。私以外のみんなの、ご飯を食べている音が遠く感じる。
「どうしたんだよ、舞花」
心配する十代くんの声。私がその声に応えようとしたその時だった。
―にゃ~
離れたところでファラオの声が聞こえる。そして、その場所の地面からあり得ないほどの発光。
「な、何だ?」
「何が起きてるんだな!?」
みんなが慌てて立ち上がる。大地から伸びた光は一直線に天に向かって伸びていき、雷のように、轟音と共に再び大地へと降り注ぐ。
全員が、今の状況を危険だと感じて身を縮めた。
「み、みんな遺跡に向かって逃げるんだにゃ!!」
大徳寺先生の声と共に、みんなが一斉に遺跡の入り口へと向かって走る。
全員が遺跡の中に入ったと思って私は一度安堵の息をついた。しかし、
「おいっ! 何をやってるんだ十代!!」
万丈目くんが叫ぶ。その時になってようやく外を見てみると、十代くんが一人、遺跡の外で天に昇る光を凝視していた。
「俺は大丈夫だ。みんなはそこで待っててくれ!」
十代くんが駆け出す。その向かう先は、光の根源の地面。十代くんは一人でこの状況を解明しようとしているんだ。
「まって! 危ないよ十代くん!!」
気づいたとき、私は遺跡の中から飛び出していた。
十代くんが、一人で危険に飛び込もうとしている。
それは、絶対にいやだ。十代くんに何かあったら、私は絶対に嫌だ。
「待ちなさい舞花!」
「危ない! 外に出たら駄目なんだにゃ!!」
明日香ちゃんの制止の声を振り切って、駆けていく十代くんの後を走っていく。刹那
――ドォン
「きゃっ!!」
再び轟音が響く。その音に、私は恐怖して思わず悲鳴を上げる。
「舞花! 待ってろって言っただろ!」
その声に反応して、十代くんは私が後を追いかけてきたことに気づく。
「だって……」
「だってじゃない! お前が危険な目にあったらどうするんだよ!」
怒鳴りながら、十代くんは私に手を差し伸べてくれた。私はその手をとる。愛しい温かさが右手を包み込む。そこまで感じて
――ドォン
「うわああああぁぁぁぁ!!」
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
私たちを、光が包んだ。
※
目が覚めると、さっきまでと同じはずの風景に違和感を感じていた。
「ここ、どこだ?」
同じなんだ。周りにある遺跡の配置も、目の前にあるアーチ型の入り口も。ただ、それでもどうしても感じてしまう違和感。
「そうか、苔が無いんだ」
ようやく分かった。目の前にある遺跡全部が、さっきまでと違って妙に真新しいんだ。
一体どうなっているんだ?
『クリクリー』
「あ、ハネクリボー。悪いけど俺のほっぺたつねってくれよ」
『クリー』
「いってぇ!! んな本気でつねんなよ……って、ハネクリボーが俺のほっぺたつねった!?」
目の前に浮かんでいる、何度も見てきた相棒の姿が今日に限って妙にはっきりと見えている。
そして、俺の頬をつねれた。今まで見ることと話すことはできても、触ることはできなかったのに。
本当に、一体ここはどこなんだ?
「あなたたち! ここで一体何をしている?」
そこで初めて、俺たち以外の声が聞こえた。よく通る女声が聞こえた方向を見てみると、黒いローブに身を包んだ女性がいる。
「ここは神聖な場所。今すぐここから立ち去りなさい」
女は俺を突き放すように、冷たい声でこの場から遠ざかることを通告する。
と、そこで聞こえてくる他の人間の足音。音の数からして5、6人くらいの人数だろうか?
「こっちだ!」
女が俺を押して物陰へと隠してくれる。
温かい体が俺を包んだ。
やわらかい。そういえば、さっき舞花を助けてくっついた時もこんな感じだったなあ。
鼻をふうわりとつくようなな甘い香りは、さっき舞花から香ってきたもの。やわらかくて、あったかくて、そして華奢で、体にすっぽりと収まった。
とくん、とくんとした胸の鼓動が、繋がった体から伝わってきたっけ。
舞花は大丈夫なのか!?
舞花だけじゃなくて、他のみんなも。翔や隼人や明日香や万丈目や大徳寺先生は!?
「行ったようだ」
足音が遠ざかったところで、女は俺から離れた。
「早くここから離れろ。お前も他の者たちと同じように捕まりたいのか?」
「捕まった? どういうことだ!?」
女が出したのは隼人のリュック。中に入っているのは弁当とデュエルディスクだったはず。手渡された荷物の重みから、何もなくなっていないことを確認した。
そんなことより、捕まったのなら、みんなを助けないと。
「なあ、みんなの所に連れて行ってくれ。俺はみんなを助けたいんだ!」
「その必要は無いぞ」
気が付かなかった。女も気が付いていなかったようだ。いつの間にか、俺たちの目の前に来ていた一人の男。髭を生やして、いかにもリーダーという風格を出している。
「お前は墓荒らしとして処刑される。他の者と一緒に生きたまま埋葬されてな」
男が手を挙げると、周囲から槍を持った男たちが俺たちを囲う。槍の先端がギラリと光り、それがおもちゃではなく、そして動いたら殺すという殺気がちりちりと俺の身を焼いている。
「俺たちは墓荒らしなんかじゃない!」
「しかし、それが掟だ。どうしても処刑を逃れたければ、ワシと儀式をして、勝利することだ」
そう言って男が出したのは、見覚えのある束。俺たちがいつも使っている物そのものだ。
「デュエルモンスターズ!? じゃあデュエルして勝てばいいんだな」
それなら、俺にも勝機がある。みんなを助けるためにも、俺は勝つんだ。
「なら、ついて来い。儀式の場に案内する」
男がそう言って歩き出そうとする。しかし、突如何かを思い出したかのように振り返った。
「先に言っておくが、この儀式で生還したものは、今までに一人しかいない」
「そうか、じゃああんた強いんだな? なんだかワクワクしてきたぜ」
ワクワクもする。だけど、自分と、そしてみんなの命がかかったデュエルだ。緊張感で胸が揺れている。
それでも、デュエルはデュエルだ。
俺は俺のやり方、いつもどおりで、デュエルに勝たせてもらうぜ。
案内された場所は、いかにもデュエルを行うための場所のようだった。
対面して戦うために用意された二つの立ち位置。その中央は大きな穴が開いていて、深い底が見えている。
「十代くーーん!! 助けてにゃー!」
と、その穴の底から聞こえてくる声。見下ろしてみると、5つの棺が蓋を閉じられていない状態で設置されている。
翔が、隼人が、万丈目が、明日香が、大徳寺先生が、その中に納められている。
「みんな!!」
「アニキー!」
「じゅうだーい!」
「待ってろ! すぐに助けてやるからな!」
翔の声、隼人の声。万丈目と明日香は取り乱したりしていないようで、けれども身の危険を感じているように棺の中でこっちに目を向けている。
違和感を感じた。
それと同時に、何か自分の中にどうしても足りない何かを感じた。
それが何かを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「舞花……舞花はどこだ!?」
いないんだ。俺と一緒にいたはずなのに、たった一人だけ。
すぐさま応援の声が響いてくることに疑いを感じていなかった。そして、それが無いことにどうしても違和感を感じて、そして物足りなさを感じた。
けど、そんなことよりもどうして舞花がいないのかということが気になる。
「おいっ! もう一人、舞花はどこだっ!?」
「なんの事だ? お前の仲間と思われる奴らは、あそこにいる奴らだけだ」
でもいない。舞花がどこにもいない。
どくんと心臓が跳ねて、視線が右往左往する。きっとまだ捕まっていないんだと自分に言い聞かせて、なんとか落ち着こうと努める。
大丈夫。あいつは俺といたから、きっとみんなとは違う場所に行ったんだ。だから俺みたいにきっと捕まっていないだけだ、
なんとか自分の中で納得いく答えを出して、デュエルディスクを構えた。
「デュエル!」
「儀式、開始」
先行は相手に渡った。
「私のターン、カードドロー」
「おっさん、めちゃくちゃ普通にデュエルモンスターズだな?」
普通にカードドローとか言ってるし。とりあえず用語が違ったりして面倒なことになったりはしないみたいだ。
「おっさんじゃない、墓守の長だ。裏守備表示で召喚。ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー! 俺はE・HERO バブルマンを召喚!」
何もいない最初のターンで召喚されるバブルマン。このカードの効果は最初なら絶対に発動できる。
E・HERO バブルマン
ATK800
「バブルマンの効果発動! このカードが召喚に成功した時、俺のフィールドに他のカードが無い場合、デッキからカードを2枚ドローする」
2枚引いた。俺の手札に加わったのはフェザーマンとバーストレディ。これなら、次のターンには一気に攻め込めるはずだ。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
続く相手のターン。カードをドローして不敵に笑っている。
「何がおかしいんだ?」
「教えてやる。お前がバブルマンでアドバンテージを稼ごうが、無意味だということをな! 反転召喚! 墓守の番兵!」
デュエルモンスターズの裏側の柄のソリッドビジョンが反転する。槍を手に持った、少し太った墓守が目の前に現れる。
墓守の番兵
ATK1000
「リバース効果発動! 相手フィールド上のモンスター1体を手札に戻す!」
「何だって!?」
バブルマンが俺の手札に帰ってくる。そして、これで俺のフィールドのモンスターは、0。
「さらに墓守の長槍兵を召喚! 2体でダイレクトアタック!」
墓守の長槍兵
ATK1500
2体の墓守の槍が俺の体を貫く。
「ぐはっ……」
腹に走る強烈な痛み。槍で貫かれたそのままのようで、思わず一度膝をついた。
ソリッドビジョンじゃない。痛みが、本当に襲ってくる。
「こんなデュエル続けたら、体が持たないぜ……」
でも、こんなデュエルを俺は経験した事がある。
いつだったか行ったインチキな闇のデュエル。あの時も俺の体を襲ったのは本当の痛みだった。
同じだ。だからだいじょうぶだ。
十代
LP4000→1500
「うわぁ、閉まる閉まる!」
下を見てみる。みんなを納めている棺の蓋が少しだけ閉まっている。まるで俺のライフポイントに反応しているかのように。
多分、俺のライフが0になったらみんなの棺の蓋が閉まって、息をできなくするんだろう。
そんなことはさせない!!
「俺のターン、ドロー!」
俺の決意に応えるように、デッキは俺の今一番欲しいカードをくれた。
「来たぜ! 魔法カード、融合を発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合して、来いっ! E・HERO フレイム・ウイングマン!!」
マイフェイバリットヒーロー。俺の最も信頼している切り札が、俺のフィールドに現れる。
負けられないデュエルだ。だから俺は全力で行くぜ!
E・HERO フレイム・ウイングマン
ATK2100
「バトルだ! フレイム・ウイングマンで墓守の長槍兵を攻撃! フレイムシュート!!」
フレイム・ウイングマンの手から放たれた炎が、墓守の長槍兵を燃やす。一瞬の断末魔の後、墓守の長槍兵は破壊された。
墓守の長
LP4000→3400
「さらに、フレイム・ウイングマンの効果により、戦闘で破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える!」
「何!? ぐわああぁぁ!!」
フレイム・ウイングマンの炎が、今度は墓守の長を包み込む。おそらく相手は炎の熱さを体中で感じ取った。
墓守の長
LP3400→1900
何とか、フレイム・ウイングマンで状況を有利に持っていくことができた。だけど、墓守の長だって何をしてくるか分からない。ここは油断できないぜ。
「俺はさらにフレンドックを守備表示で召喚。ターンエンドだ」
「私のターン、ドロー。墓守の番兵の攻守を変更。さらに裏側守備表示で召喚し、ターンを終了する」
意外にあっさりと終わった相手のターン。万策尽きたんならいいんだけどな。
「俺のターン、バトル! フレイム・ウイングマンで墓守の番兵を攻撃!」
何事も無く破壊される墓守の番兵。その攻撃力分の1000ダメージを、相手は受けた。
墓守の長
LP1900→900
「私のターン、カードドロー! 私は強欲な壷を発動し、さらに2枚ドロー!」
目つきが変わった。墓守の長が動くのなら、このターンか!?
「行くぞ! 私は墓守の暗殺者を召喚! さらに墓守の呪術師を反転召喚して効果発動! このカードが召喚に成功した時、相手プレイヤーに500ポイントのダメージを与える!」
墓守の暗殺者
ATK1500
墓守の呪術師
ATK800
墓守の呪術師がなにやら呪文を唱え始める。俺の頭に何かキーンとしたものが響いて、頭の中をかき乱す。そして、激しい頭痛がしたと思うと、ライフが減った。
十代
LP1500→1000
「さらに私はフィールド魔法、王家の眠る谷-ネクロバレーを発動! このカードがフィールドにある限り、墓守と名の付くモンスターの攻撃力は500ポイントアップする!」
墓守の暗殺者
ATK1500→2000
墓守の呪術師
ATK800→1300
2体の攻撃力が上がる。だけどまだ俺のフレイム・ウイングマンの方が上だ。
「墓守の暗殺者で、フレイム・ウイングマンに戦闘を挑む!」
「でも俺のフレイム・ウイングマンの方が攻撃力は上だぜ?」
「墓守の暗殺者は、戦闘する相手モンスターの表示形式を変更することができる!!」
フレイム・ウイングマンの表示形式が変更される。今まで臨戦態勢をとっていたのに、膝を着いて両手を交差して、防御体勢をとった。
E・HERO フレイム・ウイングマン
DEF1200
フレイム・ウイングマンの守備力では防ぎきれない。墓守の暗殺者がフレイム・ウイングマンを切り裂いた。
「フレイム・ウイングマン!!」
「まだだ! 墓守の呪術師でフレンドックを攻撃!」
フレンドックが破壊される。だが、フレンドックは破壊されることで俺に希望を繋いでくれる。
「フレンドックの効果発動! このカードが戦闘で破壊された時、自分の墓地の融合とE・HERO1体を手札に加える!」
「王家の眠る谷で墓荒らしの所業は許さん!! ネクロバレーが存在する限り、墓地に効果のいくあらゆる効果を使うことはできず、墓地のカードを除外することもできない!!」
フレンドックの効果が無効になり、俺の手札に融合とHEROのカードを手札に加えることができなかった。
まずい。
相手フィールドには2体のモンスター。それに比べて、俺のフィールドにはもうモンスターがいない。しかもフレンドックの効果を発動することができなかったせいで、俺は次のターンへの布石を何も打てなかった。
状況は、とんでもなくまずい。
でも、俺は勝たなきゃいけない。
俺が勝たなきゃ、みんなの命が……
みんなが死んじまう。
「どうやら、もう私の勝ちのようだな。ちょうどいい。最後は新しい我らの巫女の前でお前を倒すとしよう」
長がパチンと指を鳴らすと、衛兵達がなにやら椅子を担いで現れる。その上に乗っている人物は、どういうわけか、俺の知っている人。
知っている所じゃない。いつも俺と一緒にいてくれる人。
「舞花……?」
どうして、あいつがあんなところにいるんだ!?
「お前! 舞花を返せっ!!」
長は一瞬目を見開いた。驚いているようだ。だが、その数秒後に大きな声で笑い始めた。
「はっはっはっ!!」
「何がおかしい!?」
「可笑しくもなる。お前はこの方がどういう方なのか、まるで分かっていないと見える」
どういう方? 言っている意味が分からなくて、首を傾げる。長は一体舞花を何だと思っているんだ?
「どういう意味だ?」
「教えてやる。このお方はな……に「十代くーん、暗いんだにゃー! 早く助けて欲しいんだにゃー!」」
大徳寺先生の声が長の言葉を遮った。長が何を言ったのか聞き取ることはできなかった。
一体、舞花が何だって言うんだよ。
わからない。一体どういうことなのか。わからない。
でも……
今までの思い出が、頭の中で駆け巡る。
いつも笑っている舞花が
悩んで、苦しんでいる顔をしている舞花が
悪戯っぽく、笑っている舞花が
そして、楽しそうにデュエルしている舞花が
頭の中で、はっきりと、曇り一つ無く鮮明に浮かんでくる。
――十代くん――
「そんなことはどうだっていい! 舞花は俺たちの仲間だ! 返して貰うぜ!!」
目の前がカラリと光る。鮮明に、目の前の光景が入ってくる。
絶望的だと思えて仕方が無かったこのデュエルの目の前に、はっきりとした希望が見えてくる。
絶対、勝たなきゃいけないんだ。
「俺のターン、ドロー!」
勢いよくカードを引き抜く。そこで来てくれたのは、アカデミアに来てから相棒と呼んでいるカード。
『クリー』
「よく来てくれたぜ相棒! 俺はハネクリボーを守備表示で召喚。ターンエンドだ」
ハネクリボー
DEF200
最初のターンから伏せている1枚のカード。ここまで時間差をつけているんだ。あいつはこのカードを警戒していないはず。
「ハネクリボーで1ターン生き延びるつもりか。まあいい。私のターン、墓守の暗殺者でハネクリボーを攻撃!!」
「させるか! 速攻魔法発動、進化する翼! 手札2枚を生贄に、ハネクリボーを進化させるぜ!」
「そんなことだろうと思ったわ! 手札の墓守の監視者の効果発動! 墓守の監視者は手札を捨てる効果を含む効果を無効にする!!」
進化する翼が無効になって破壊される。ハネクリボーはLV10になることができずにそのままの状態で場に残った。
「攻撃は終わっていない。墓守の暗殺者の攻撃!!」
『クリー』
ハネクリボーが破壊される。しかし、破壊された時の光の粒子が降り注いで、俺の目の前を防御してくれている。
「ハネクリボーが破壊されたことで、俺はこのターン、戦闘ダメージを受けない」
「たかが1ターン生き延びただけだ。1枚のカードを場に伏せてターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー! 強欲な壷を発動! デッキからカードをさらに2枚ドローする」
手札を見てニヤリと笑う。よし、流れは俺に来ている!
「ダーク・カタパルターを守備表示で召喚! さらに悪夢の蜃気楼を発動! カードを3枚伏せてターンエンドだ」
ダーク・カタパルター
DEF1500
ダーク・カタパルターでネクロバレーぶっ潰し、悪夢の蜃気楼で勝利を呼び込んでやるぜ。
「私のターン、ドロー!」
「スタンバイフェイズ、悪夢の蜃気楼の効果発動! 手札が4枚になるように、カードをドローするぜ」
引いたカードの中には、モンスターが3体。よし、これなら次のターン、戦えるぜ。
「いいカードを引いたようだが、そんなものは無駄だ! 墓守の呪術師を生贄に捧げ、我自身を召喚!!」
「なにっ!? 自分自身を召喚?」
確かにフィールドに墓守の長が移動する。そして長がまた不敵に笑った。
墓守の長
ATK1900→2400
「私が場にいる限り、私のフィールドはネクロバレーの効果を受けない。さらに効果により、墓地から墓守を1体特殊召喚する! 出でよ、墓守の長槍兵!!」
墓守の長槍兵
ATK1500→2000
「さらに罠カード、降霊の儀式を発動! このカードの効果により、墓地の墓守を特殊召喚する! 蘇れ、墓守の呪術師!」
墓守の呪術師が復活する。そして、また唱えた呪文により、俺のライフポイントが500削られる。
十代
LP1000→500
「さあ、これで最後だ! 墓守の暗殺者で、ダーク・カタパルターを攻撃! 効果により、表示形式を変更する」
ダーク・カタパルター
ATK1000
攻撃力の差は1000ポイント。俺のライフポイントじゃもう受けきれない。
しかし、墓守の暗殺者は俺の目の前で止まった。躊躇っているようで、なかなかダーク・カタパルターに剣を振り下ろすことができない。
「どうした!? 早く攻撃しろ!!」
「速攻魔法、非常食を発動! 俺の場の伏せカードと悪夢の蜃気楼を墓地に送って、ライフポイントを2000回復する」
十代
LP500→2500
躊躇ってくれている間に俺は非常食を使って回復することができた。そこでようやく墓守の暗殺者がダーク・カタパルターを切り裂く。
十代
LP2500→1500
「ふっ、一瞬だけ生き延びたに過ぎん。私自身で止めを刺してやる! 墓守の長でダイレクトアタック!!」
その攻撃は大丈夫だ。俺は焦らずに最後の伏せカードを発動した。
「罠発動、ドレインシールド。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分、俺のライフを回復する」
「なにぃ!?」
十代
LP1500→3900
ライフポイントが一気に回復する。けれども、これで俺のフィールドはがら空き。残りの攻撃は全部受けなきゃならない。
「墓守の長槍兵と墓守の呪術師で攻撃!!」
呪術師の呪文が俺の精神を遅い、長槍兵の槍が俺の体を貫く。内部と外部、両方からの痛みが俺を襲う。
十代
LP3900→2400→1100
くるしい……
口の中に鉄の味が広がる。体が中からも外からも痛くって、思わず手をついてしまった。
いてぇ
痛いなんてレベルじゃない。今にも意識を手放してしまいそうな痛み。口の中に広がる鉄の味を外に出して、地面に赤い染みができた。
ああ、そういえば前にもこんなことがあったっけ。
あの時も闇のデュエルをしていて、俺は体に激痛を貰っていて、
でも……
――十代くん――
ああ、同じだあの時と。だから俺は戦えるんだ。
「がんばって!!」
お前の応援が心に染みるから。お前の応援が心の底から嬉しいから。
だから、俺はこんな状況でも戦えるんだ。
※
何だろう?
意識がほんの少し覚醒し始めると、私は何かに座らされていた。
何が起きているのか分からなかった。だけど、目の前には十代くんがいて、デュエルをしていて。
でも、十代くんは苦しんでいて。
嫌だよ
笑ってデュエルをしようよ
デュエルは楽しく、ハッピーにだよ
十代くんが苦しむほどの事態が、私には分からなかった。だけど、意識が覚醒しきる前に、私の口はすでに動いていた。
「がんばって!!」
その言葉が出た瞬間に、十代くんは立ち上がった。
そして、高らかに笑い始めた。
「ははは!」
「どうした。闇のデュエルで気が狂ったか?」
「冗談。俺、今すっげえ楽しいんだぜ? だって俺はここから勝つんだからな!」
「ほう。まだ希望を捨てないとは……。その心意気だけは認めてやろう。だが、その希望も打ち砕いてやろう! 魔法カード発動! 王家の生贄!」
十代くんの相手が発動した魔法カード。確か、ネクロバレーがある時に発動できて、お互いの手札のモンスターを全て捨て去るカード。
十代くんの4枚ある手札の内の3枚が消え去る。みんなモンスターカードだったんだ。
まずいよ。これで十代くんのモンスターカードは0枚。これじゃあ戦えない。
けど、十代くんは笑っていて、次のカードで、きっと逆転できると信じきっている。
十代くんなら、それができるって、私も信じている。
「俺のターン、ドロー!!」
引いた瞬間に十代くんの表情が変わる。きっと強力なモンスターを引いたんだ。でも……
「どうやら上級モンスターを引いたようだな。だが、お前のフィールドにはそれを召喚するための生贄がいない!」
その通りだ。十代くんの場にはモンスターカードがもう無い。例えどんな強力なモンスターだとしても、召喚できなければ意味が無い。
けど……
十代くんは嬉しそうに、楽しそうに、笑っていた。
「王家の眠る谷-ネクロバレー。冥界への一切の干渉を許さない聖地。だが、聖地から冥界への干渉はできなくても、冥界からの干渉はできる!!」
「ばかなっ!?」
「俺は墓地のE・HERO ネクロダークマンの効果を発動! このカードが墓地にあるとき、一度だけE・HEROの召喚に生贄を必要としなくなる! 来いっ! E・HERO エッジマン!!」
E・HERO エッジマン
ATK2600
十代くんのフィールドに現れる黄金色のHERO。融合モンスターでない、唯一の最上級モンスター。
E・HERO エッジマンが相手モンスター1体に狙いを定めた。
「エッジマンで、墓守の呪術師を攻撃!」
エッジマンの攻撃が、墓守の呪術師を貫く。相手のLPの残りは900。そして攻撃力の差は1300。これが意味することは、デュエルの終焉。
「うわああああぁぁぁぁ!!」
墓守の長
LP900→0
「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」
十代くんがいつものポーズ。ああ、よかった。十代くんは勝ったんだって実感した。
「やったね。十代くん!」
「おうっ!」
十代くんの相手をしていたおじさんは、そんな私たちの姿を見て驚いたように、けれどもどこか嬉しそうに笑っていた。
「前にもこの儀式を勝ち抜いた奴がいる、と言ったな。だが、あやつは儀式に勝ち抜くのが精一杯で、デュエルを楽しむ余裕など無かった。お前は立派なデュエリストだな」
おじさんは首から提げていたネックレス?を取ると、それを十代くんに手渡した。
「それは闇のアイテムだ。お前がいつか、闇のデュエルを戦わざるを得なくなったとき、それがきっと力を貸してくれるだろう」
「ありがとう……。でもこれ、半分か?」
確かに、十代くんの首にかけられたそのネックレスについているアイテムは、真ん中から割れていて半分しかないようだ。
「もう半分は、儀式を勝ち抜いたもう一人に渡してある。おそらくは、いずれ会うことになるだろう」
そして、おじさんはちらりとだけ私を見た。
「そして、一つだけ忠告しておこう」
そう言って、おじさんは十代くんの耳元で、小さな声でそっと何かを伝えていた。
「それで、どうやって帰ればいいんだ?」
「そんなこと俺が知るわけ無いだろ!」
なぜか十代くんは万丈目くんに、この場所からの出方を聞いていた。万丈目くんは当たり前のように分からないので、十代くんを怒鳴りつけている。
「お前たち! 何をしている!?」
おじさんが叫ぶ。見るとたくさんの人が、私たちに向けて槍を構えている。
「王家の墓を荒らすものには死を!!」
「この者達は掟に従い、儀式を勝ち抜いたのだ。これを処罰することは許さんぞ!」
おじさんの言うことも聞かずに、槍が迫ってくる。その内の一本が十代くんに迫る。
「十代くんっ!!」
咄嗟に間に入り込もうとする。そして、
――ガキィン!
金属の触れ合う音。それはもちろん、私や十代くんが刺された音じゃない。
「大丈夫?」
間に入ったもう一人の人。黒いローブをはためかせていたが、今の衝撃で切れたのか、ぱさりとそれが落ちる。
中にいたのは綺麗な女の人。
「お前だったのか?」
「十代くん、こんな綺麗な人といつの間にお知り合いになったのかな~?」
そんなことを聞く状況じゃないのは分かっているけど、状況なんてどうでもいいからこの質問に答えて欲しい。
「ま……舞花。何かお前、目が笑ってないぞ?」
「そんなことはどうでもいいから。十代くん~?」
「そんな状況じゃないだろ!?」
「私は墓守の暗殺者。そんなことはいいから私の頼みを聞いて」
綺麗なお姉さんにもどうでもいいと言われました。しょうがないから帰ってから聞くことにしよう~。
「元の世界に返ったら、そのアイテムの半身を持っている人に伝えて。サラはいつまでも、あなたをお慕いしていますと……」
「必ず伝えますっ!!」
「反応早っ!?」
そんな重要なことは絶対に伝えなきゃいけない。私はこの人の想いを必ずその人に伝えると心に誓った。
だって、目を見たら分かってしまったから。
どれだけ純粋で、どれだけその人のことを想っているのか。
レイちゃんじゃないけど、この人も恋する乙女だと思ったから。
だから、私はこの人の想いを必ず伝えよう。
世界が違って、もしも会えないとしても。
せめて、せめて、想いだけでも、気持ちだけでもただ伝わることが、きっと重要だと想ったから。
「早く行きなさい。ここは私が食い止めるから」
「でも、どうやって帰ればいいんだ!?」
「それは、あなたの……いえ、貴方たちのパートナーが教えてくれるわ」
『クリー』
『こっちだよ』
デッキケースから現れた2体の精霊。十代くんのハネクリボーと、私のジュニアが私たちの行くべき方向へと案内してくれる。
……あれ、精霊がいる人ってもう一人いなかったっけ?
『万丈目のアニキ~! オイラも案内するよ~ん!』
「出てくるな! 天上院君の前で、お前のような下品な精霊を晒せるか!!」
うん。きっと私たちだけだね~。きっとそうだよね~。
ハネクリボーとジュニアに付いていって、アーチ型の門の前まで行き着く。すると、突如門の周辺がけたたましく光りだした。
それは、あの時と同じ発光。
天に昇る光が、私たちを包んでいく。
その光が私たちの視界を真っ白に染めて
私たちは、意識を手放した。
「う……ん……?」
目を覚ました。周囲を見回して見ると、私のいる場所は最初にいた場所。苔が生えて、崩れ落ちていてるアーチ型の門が視界に入った。
そっか、戻ってきたんだ。
それからみんながいるのかを確認する。
明日香ちゃん、翔くん、隼人くん、万丈目くん、大徳寺先生、みんないる。
って、あれ? 十代くんは?
――くー――
耳元で聞こえてくる誰かの寝息。それは私が座っている下から聞こえていた。
あれ……ひょっとして……?
「十代くん!?」
私の下でぐっすりと眠っているのは十代くんだった。
というかみんな寝てしまっているようだった。
ひょっとして、夢を見ていたのかな~?
けれども、十代くんの首にかかっているものを見たら、それは違うと理解した。
そっか、夢じゃなかったんだね。
「くー」
十代くんの静かな寝息がやさしく耳に沈む。密着している私に、あたたかい体温が伝わってきてドキドキする。
ちょっとだけなら、いいよね?
みんなが起きるまで……いいや、みんなが起きても、寝てるふりをしたらばれないよね。
こっそりと、私は十代くんにくっついたまま、目を閉じた。
※
一つだけ忠告しておこう
あの時、耳元でささやいた言葉。それは、一体どういう意味だったのだろう?
あの時聞けなかった言葉は、一体何と言っていたのだろう?
分からない
舞花は俺の大切な仲間で、
俺の大切な友達だ。
だから、仮に舞花が何であろうと、特に問題は無いと思っていた。
だけど、あの言葉は、そんな俺の気持ちを打ち破るかのように、
心を、切り裂いていった。
――近いうちに、彼女とは別れの時が来る。彼女と深く関わらんほうが身のためだぞ――
これで、にじファン様で連載していた部分の掲載は終了です~。
続きは……いつだろ? 相も変わらず無計画に書けた時に掲載しますとしか言えないですからね(^-^;)
なるべく早く頑張ります!