「ふわぁぁ」
きれいなお月様の輝いている夜、私は自室の椅子の上で大きなあくびをしていた。
時間が余ってるな~
最近は夜にレッド寮で食事を作ったりしていたのだが、ちょっとわけあって少しの間行っていない。
その分、夜の時間が余っていた。宿題なんかもすでに終わっていてもうやることが無い。
もう寝ちゃおうかな?
今までの生活リズムを考えると、今眠るのは少し早い。だから今まで眠らないようにしていたのだけれど。
もう少しだけ起きていようと、ついでにやることが無いので外でも見ようと、自室の窓を開けて空気を入れ替える。
ふわっと、冷たい空気が部屋の中に入ってくる。重たかったまぶたがほんの少し軽くなると、外の様子が見えてくる。
さーっ、と風に揺れる草の音。ちゃぷん、と水の上で何かが跳ねる音が、静かに耳の中に入ってきた。
そんな自然の音を楽しんでいると、その中に少し異質な音が紛れ込む。ざっざっ、と草の上を踏んでいく誰かの足音。
こんな時間に誰だろう? その方向を向いてみると、そこに見えたのは自分の友人の姿。
「明日香ちゃん?」
こんな夜中にどうしたのだろうと疑問に思う。さらに現在の暇な心境が手伝ってしまったのだろう。
私は外にいた明日香ちゃんを追いかけることにした。
「明日香ちゃ~ん」
「舞花?」
早足に歩いていく明日香ちゃんに追いついたのは、森を抜けてどこかの施設に着いたときだった。
追いかけるのに夢中だった私はそこで始めてあたりの薄暗さと気味悪さに気が付く。
「あ、明日香ちゃん……こ、こんなところにどうしたの?」
あまりあたりの状況を見ないようにして明日香ちゃんに尋ねる。
「こっちの台詞よ。何やってるの舞花?」
反対に聞き返されました。もっとも、目的が無ければこんなところにこないのが普通だ。恐らく明確な目的があるだろう明日香ちゃんにとって、私がいるというのは明らかにおかしい。
「え、えっと~、外を見たら明日香ちゃんがどこかに行くのが見えたから……」
「つけてきたと」
「はい……」
はぁ、と明日香ちゃんはため息をつくと、あきらめたかのように私から視線を外した。
私の質問に言葉で答えなかった明日香ちゃんは、目の前にある寂れた施設の門の前まで歩いていく。
数秒、その施設に目を向けた後、手に持っていた花をそっと門の前に置いた。
「ここは、特待生を集めていた寮だったの」
花を置いた明日香ちゃんが私のほうを向いて、話し始める。
「でも、この寮に所属していた生徒たちがどんどん行方不明になっていった。そして、その中には私の兄さんもいるの」
その話だけで、この場所がどうしてこうなっているのかを理解する。
そうか、そんな風に行方不明者がたくさん出るような寮だからこうして廃寮になってしまったのだろう。そして、
明日香ちゃんの目をちらっと見る。暗くてどういう目をしているのかはわからない。でも、
私は花の前にしゃがみこむ。手を合わせたりはしない。ただ行方不明になってるだけの人だから。
少しの間静寂が訪れる。音の無い世界を数秒感じると、近くからガサガサと音が聞こえた。
驚いて私と明日香ちゃんがそちらを見ると、目に入ってくるのはまた見慣れている顔だった。
「十代くん?」
「よ、よう舞花、明日香」
苦笑しながら右手を上げて挨拶をする十代くん。その後ろには隼人くんと翔くんの姿もあった。
「ど、どうしたの?こんなところで」
先ほどと同じ質問を再びぶつける。十代くんは頭の後ろをぽりぽりかきながら答えた。
「いやあ、大徳寺先生に聞いて、ここに探検に来たんだ」
ところで、さっき十代くんたちは草陰に隠れているかのようだった。それで少し気まずそうな表情をしている3人を見て、私は一つの考えに辿りつく。
「……今の話、聞いていた?」
私が口にする前に、明日香ちゃんが先にその質問を口にする。
「わるい、つい聞いちまった」
「そう、なら分かったわね? 間違ってもここで探検なんてしないことね」
盗み聞きしてしまったことを素直に白状する十代くんに、そのことをまるで意に介さないといった風に明日香ちゃんは忠告する。
それを聞いた十代くんは一瞬考えた後、ニカッと笑って答えた。
「そんなの怖くて探検なんてできないぜ」
私と明日香ちゃんは呆気にとられる。一体何を考えているんだろう、と。
「……勝手にすればいいわ」
はき捨てるように、明日香ちゃんはそう言うと踵を返して道を戻っていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。明日香ちゃん」
私は一度、チラッと十代くんの方を見る。それに気づいた十代くんは軽く笑みを返した。
それだけ確認して、私は明日香ちゃんの方に駆けていった。
少し離れた木々の間に明日香ちゃんは待っていた。その位置からはまだ、十代くんたちの様子を伺うことができる。
「本当に入っていくわ」
目線の先には廃寮に入っていく十代くんたちの姿が見えた。
怖いもの知らずのただの馬鹿。
明日香ちゃんは十代くんたちをそういう風な目で見る。正直、私にも十代くんの考えは分からなかった。でも、
チラっと見た十代くんの笑みがふと頭をよぎる。あれは、ただの好奇心で入っていくような目ではないように思えてならなかった。もっと別の何か、そんな目的があるような。
「ん……んんっ!」
考え込んで、意識を思考に埋めていた時だった。隣から聞こえるうめき声。振り向くと、黒ずくめの大男に布のような物で口を塞がれている明日香ちゃんの姿があった。
「明日香ちゃんっ!」
とっさにその大男の腕にしがみつこうとする。しかし一瞬で振り払われ、片腕を私の延髄へと振り下ろされる。
ダンッ、という鈍い音と共に延髄に衝撃が走る。体から力が抜け、地面へと倒れこんだ。
そして、だんだんと薄れていく意識の中で最後に声が聞こえる……
「貴様らには、遊城十代をおびき寄せる餌になってもらう」
side―遊城十代―
明日香の制止の言葉を振り切って、俺たちは廃寮の中へと入って行った。最後に舞花が心配そうな目で見てきたが、大丈夫と笑顔で返してやった。
危険な場所だということは確かに分かっていた。でも、ここに来たのはもう好奇心だけの問題じゃない。
明日香の兄ちゃんの手がかりを少しでも見つけてやる
話を聞いてしまって、俺が考えたのはそうだった。あんな話を聞いちまって何もしないなんてできないぜ。
「あ、アニキ……」
薄暗い中を進んでいく途中、翔がか細い声を出す。確かに薄気味悪い建物だけどそんなに怖がる必要なくないか?
「十代、これ」
隼人が壁の石版を指差して俺の名前を呼ぶ。そこに記されていたのは、まさしく闇のゲームに関することだった。
「本当にここで、闇のゲームの研究をしてたんだな」
「へー、千年アイテムって7つあったのか」
壁の石版を読んでも、他に分かりそうなものは無かった。視線を落として近くの壁を見てみる。そこには写真が壁にかかっていた。
「これは……」
中に入っている写真にはオベリスクブルーの男が写っていた。そして、その写真には手書きでこう書いてある。
『10JOIN』
10ジョイン?いや……テンジョイン、天上院?じゃあ、ひょっとしてこれが明日香の兄ちゃんか?
「きゃああああああ!!!!」
突然、奥の方から悲鳴が聞こえてくる。この声は聞き覚えがある。
「明日香の声だ!」
言うと同時に俺は走り出していた。
ある程度奥へと進むと、少し大きな場所に出る。そこに誰かが転がっている。
特徴的な桃色の髪の毛は、一瞬でそれが誰かを判別させてくれた。
「舞花っ!」
すぐに駆け寄る。上半身を持って抱き上げると、少し苦しそうにしながら舞花の目が開いた。
「舞花っ!」
「十……代くん……明日香ちゃんが……」
最後の力を振り絞るかのように弱々しく舞花は喋った。それだけ言うと、舞花は再び目を閉じる。
すぅ、すぅと、弱々しくもきちんと呼吸はしている。とりあえず気を失っているだけみたいだ。
「十代、何かを引きずった跡がこっちにあるんだな」
隼人がさらに奥に続く通路の床を指差す。舞花の言ったとおりなら明日香はこの奥にいるのか。
自分の腕の中にいる舞花を見る。何があったのかは分からないけど、とにかく危険なことになっているはずだ。そんなところに気を失っている舞花を連れてなんて行けねえ。
「翔、舞花を頼む!隼人、明日香を助けに行くぞ!」
「あ、アニキ?」
「十代、待つんだな」
舞花を翔に渡して奥の通路へとすぐに駆け出す。隼人は俺についてきて、翔は舞花をそっと床に寝かせる。
早く明日香を助けに行かないと
焦りながら通路を駆けていく。奥の奥まで休むことなく。
大きな場所に出た。まるで洞窟の中みたいに岩だらけで薄気味の悪い場所だ。
その奥に棺桶のような物がある。
「明日香!」
棺桶の中には明日香が眠っていた。早く助けないと!
駆け寄ろうと足を前に出したその時だった。
「無駄だ、その物の魂はもはや深き闇に眠っている」
声が響いた。低く、下衆な笑い声と共に。
「誰だっ!」
正面に煙が吹き上がる。声の主はその中から姿を現した。黒のコートで全身を隠した大男の姿。
「お前か!舞花と明日香に何をしたっ!!」
「我は闇のデュエリスト、タイタン。この娘を返して欲しければ、私にデュエルで勝つしかない……」
タイタンはデュエルディスクを起動させる。
闇のデュエリスト……つまり、闇のゲームをしようって事かよ。
そんなものを信じているワケじゃない。だが、明日香が捕らわれているのは事実だ。とにかくやるしかない。
「分かった、俺が勝ったら明日香を返してもらうぜ!」
「ふふふ、闇のデュエルで勝てたらな」
お互いに最初の手札5枚を引く。
こいつは一体どんなデュエルをしてくる?
「「デュエル!」」
side―橘舞花―
「んんっ」
ゆっくりと目を開ける。眼前に広がる光景は、知らない天井に暗い空間。冷たい空気が身に染みていく。
「気が付いた?」
体を起こすと、私の方に気が付いた翔くんが話しかけてくる。
「うん……」
まだ覚醒しきらない頭の中を少し整理する。私は今まで何をやっていたんだっけ?
「ああっ!」
自分の上げた大声と共に頭が覚醒する。そうだ、明日香ちゃんが攫われて、それで……
いそいで辺りを見渡す。ここは……廃寮の中。この場にいるのは私と翔くんだけ。
「十代くんは?」
「隼人君と、明日香さんを助けに行ったよ」
そっか。一瞬意識を取り戻した時のことを思い出す。あの時、十代くんに明日香ちゃんが危ない事を伝えられた。だから、十代くんはすぐに明日香ちゃんを助けに行ったんだ……
ズキン、と少し胸が痛む。ほんの少しだけ心がもやもやして、少しだけムカムカする。
十代くん、私を置いて明日香ちゃんを助けに行ったんだね
当たり前、そのはずなのに。意識を失っている私を連れて行っても足手まといにしかならない。
私を置いて明日香ちゃんを助けに行くのが、正しい判断のはずなのに、どうしてか私はそれを認めることができない。
私を優先してくれないんだね
自分の中に、こんなにもわがままな部分があったなんてと驚く。
ブンブンと首を振って頭を揺らす。思考を変えなくちゃ。今すべきことは何?
奥の通路に目を向ける。今、何が起きているのかは分からないけど、私もそっちに行こう。明日香ちゃんを助けに。
「行こう、翔くん」
奥へと駆け出す。でもそれは、明日香ちゃんを心配するという建前で、自分の中のもやもやする気持ちをごまかそうとしているだけだった。
side―遊城十代―
やっぱりあいつは闇のデュエリストなんかじゃなかった。
タイタンのイカサマを見抜き、消えたように見せかけられていた自分の体を元に戻す。体も軽くなって、いつも通りに動けるようになった。
「ぬう。仕掛けがばれてしまった以上、貴様とデュエルを続けることなど無意味なこと」
タイタンは登場したときと同じように地面から煙を出して隠れ蓑にする。そのまま俺に背を向けて逃げようとする。
「待て!!」
逃げていくタイタンを追いかける。その時、何かが起きた。
辺りにあった像が光り始める。たくさんの像が光りある形を作り上げる。
これは……さっき見た千年アイテムについていた目のようなマーク?
「な、何だ?」
地面が揺れ、煙が渦のように巻き上がる。それがそのまま回りを囲み、俺の周囲を闇に包む。
「な、何なんだ? これは?」
「お前、また性懲りも無く!」
驚いた演技をしているタイタン。そんなのにもう騙されるはず無いのにしつこい奴だ。だが、さっきまでとは空気が違うことは確かだ。これがあいつの最後の仕掛けってワケか。
『クリクリー』
声が聞こえる。デッキの中から最近何度も聞いた声がする。デュエルディスクにセットしてあるデッキを見ると、そこから何かが出てきている。
これは……羽か?
それが何かを認識した時、その羽の先からさらに何かが出てくる。こげ茶色をした毛むくじゃらのそれを、俺は見たことがあった。
「ハネクリボー!?」
あの時、遊戯さんから貰ったカードだった。
『クリー』
ハネクリボーは元気よく返事をすると俺の周りを飛び回る。それにつられて周りを見てみると、周りには黒い小さな生き物のようなものがいた。
「ぐ、ぐわぁあ」
正面には、その生き物に体中を多い尽くされているタイタンの姿。苦しそうにもがいている。
まずい、俺もああなるのか?
しかし、奴らは一向に俺を襲ってくる気配が無い。見ると、俺の横にいるハネクリボーが威嚇している。
そうか、こいつらハネクリボーが怖いのか
ハネクリボーが奴らを追い払う。それと同時に苦しんでいたタイタンの声が止んだ。
「くくく、さあデュエルの続きと行こう」
苦しんでいたはずなのに、さっきよりもはっきりとした声でタイタンは喋る。やっぱり何か仕込んでやがったな。
「何だよ、逃げるんじゃなかったのかよ」
「闇のゲームを始めた以上、もう逃げることは許されない……」
まだ闇のゲームなんて言ってやがる。種のばれた手品を続けるなんて往生際の悪い奴だな。
でもデュエル再開となっちゃ逃げるわけにもいかない。デュエルディスクを構えなおし、場を確認する。
俺の場にはダーク・カタパルターがいるだけ。でも、タイタンの場にはスカル・デーモンがいる。
お互いに伏せカードは無し。そして
十代
LP1000
タイタン
LP1400
ライフポイントは残り1000。下手したら一発で削られる。とにかく、スカル・デーモンを倒さねえと。
「行くぜ!魔法カード、死者転生を発動!手札を1枚捨てて、モンスターカード1枚を手札に戻す」
手札に加えるのはスパークマン。手札のカードとこいつで一気に逆転してやるぜ!
「スパークマンを召喚!さらに装備魔法スパークガンをスパークマンに装備する。スパークガンはモンスター1体の表示形式を変更することができるぜ!スパークガンの効果により、スカル・デーモンの表示形式を変更!」
E・HERO スパークマン
ATK1600
「スカル・デーモンの特殊能力を発動!ルーレットを回し、1か3か6が出たらこのカードを対象にする効果を無効にし破壊する」
タイタンの場に現れたルーレットが回り始める。イカサマルーレットが外れてくれなきゃ勝ち目がねえ。ここはなんとしてでも通ってくれ!
しかし、その想いとは裏腹に、ルーレットが止まった数字は『3』
「ふはははは、スカル・デーモンの効果によりスパークガンは無効となり破壊する!」
スカル・デーモンの放つ光りがスパークマンの持つスパークガンに直撃する。スパークマンは思わずガンから手を放し、スパークガンは破壊された。
「く……ターンエンドだ」
まずい、今のままじゃ何もできない。何とかこのターンを耐えねえと。
「私のターン、ドロー!スカル・デーモンの効果により500ポイントライフを支払う」
タイタン
LP1400→900
タイタンのライフが1000を切る。デーモンの強力な効果ゆえのデメリットは、ここに来て響いてくるはずだ。
「迅雷の魔王―スカル・デーモンでスパークマンを攻撃!怒髪天昇撃!!」
スカル・デーモンの口から電撃が放たれる。攻撃表示のスパークマンに電撃が直撃する。スパークマンが苦しみ、破壊される。
「う……うわぁあ!!」
さっきまでとはまったく違う。催眠術の胡散臭い衝撃じゃない。まるで本物になったかのような衝撃が体を襲う。
遊城十代
LP1000→100
体に痛みが走りひざまずく。まさか、本当に闇のゲームだとでも言うのかよ!
『クリクリー』
「そうだよな相棒、とにかく勝てばいいんだ」
横を飛んでいる相棒が俺を元気付けてくれる。けど、この状況は絶望的だ。スカル・デーモンを何とかして倒さないといけない。
「行くぜ、俺のターン……」
いつものように、勢いよくカードを引こうと右手に力を込める。しかし、右手が命令を受け付けてくれない。
それどころか咄嗟に左手で右腕を押さえてしまった。
「ぐっ……」
さっきの攻撃で右腕がとんでもなく痛え。体中に鞭を打って立っていたが、右腕の痛みに呼応するように体中からも力が抜けていく。
マズイ、さっきの攻撃が思ったよりも効いている。カードが……引けねえ
「どうした? 早くカードを引け……それともサレンダーか?」
「誰が!サレンダーなんかしてたまるかよ!」
強がりとは裏腹に、右腕を動かすことができそうに無い。
くそっ!動いてくれ!
心が叫び、想いは強くなる。負けらんねえのにこんなのってあるかよ!
勝たなきゃ明日香を助けられないんだ。だから頼む、動いてくれ!
「ちくしょう……」
動かない。痛みがただ大きくなる。ついには上がろうと踏ん張る右腕から完全に力が抜けてしまう。
駄目なのかよ……
―――だいじょうぶだよ
声が聞こえた。ハネクリボーでも、タイタンでもない。それは、学園にきてから毎日のように聞いていた声。
学園に来る前に、一緒に手をつないで走った少女の声。
その声に反応したとき、右手に痛みとは違う暖かな体温を感じる。優しくて、とても安心できる体温。 誰かが俺の手を握ってくれている。その方向を見るまでも無く、俺は彼女の名前を呼んだ。
「サンキュー、舞花」
右手の痛みを一瞬だけ忘れて
side―橘舞花―
通路の最奥まで駆け抜けると、一際大きな空間に出た。地下の洞窟をそのまま使っているかのように壁は岩だらけだ。
その中心には大きな黒い球体があった。あれは一体なんだろう?
「舞花、翔!十代が……」
私たちに気づいた隼人くんが、黒い球を指差して十代くんの名前を呼ぶ。
「隼人くん、十代くんは?」
「タイタンとデュエルしてる最中に、いきなり出てきたあの黒い奴の中に取り込まれてしまったんだな」
やっぱり、十代くんはあの中。黒い球体に近づいて手を触れてみる。バチっという音と共に手が弾かれる。
入ろうとするものは拒まれるようだ。
ズキン、と胸が痛んだ。
何故だろう?そんなわけじゃないのに、まるで拒絶されているような気持ち。
ううん、違う。私が逃げているんだ、十代くんの所に行くことから。
私は、十代くんにとってどの位の場所にいるんだろう?
今考えることじゃないはずなのに、もやもやとした気持ちが溢れ出てくるのを止めることができない。
分かっているのに。私が十代くんの1番じゃないことは分かっているのに。十代くんに誰かが1番なんて考えが無いことは分かっているのに。
どうしても想いが止まらない。胸に手を当てて、ドクン、ドクンという、十代くんの事を考えると大きくなる心臓の鼓動を感じていく。
私はどうしたいの?
自問するが、すぐさま頭を振って思考を止める。
今はそんなことを考えている場合じゃないんだ。明日香ちゃんが捕まっているのだから。
キッと目の前の黒い球体を見る。まずはここを突破する術を考えないと
『舞花』
デッキが一瞬輝く。驚かずに私は腰のデッキホルダーから1枚のカードを取り出す。
やっぱりキミなんだね。ジュニア
手に持ったジュニア・ブラック・マジシャンのカードを黒い球体の前にかざす。輝いていた光がより一層大きくなる。
発光が収まったとき、私の目の前には小さな穴ができていた。
怖がったりなんてしない。だってこの先には十代くんがいるのだから
闇の中へと入っていく。すると、小さな魔物が私の周りを取り囲む。でも一向に襲ってくる気配は無い。
『大丈夫、僕がいる』
ジュニアが杖を向けると、魔物たちは焦って逃げていく。ジュニアを怖がっているようだ。
ジュニアが周りを警戒しながら先へと進む。そしてようやく何かが見えてくる。デュエルの最中の彼の姿が。
でも、いつものような元気よくデュエルをしている姿ではなく、苦しそうに右腕を押さえていた。
十代くん、怪我してるの?
「ちくしょう……」
弱々しく十代くんが呟くと、頑張ろうとしていた右腕を下ろしてしまう。あきらめてしまうの? あの十代くんが?
「だいじょうぶだよ」
後ろから十代くんに近づいていく。弱々しく下ろされた右手をそっと掴んだ。
無理をして、動かそうと必死になっていたその手は一瞬ビクっと反応すると、静かに力を抜いた。
「サンキュー、舞花」
私の方は見ていなかった。でも十代くんは、優しく私の名前を呼んでくれる。
掴んでいる右手をゆっくりとデッキの上まで運んでいく。
「待たせたな、タイタン!行くぜ、俺たちのターン!」
2つの手が1つになる。目の錯覚だと思う。でも、私にはそう見えた。
「「ドローっ!!」」
二人の声が合致する。デッキトップがほんの少し光って見えた。
「魔法カード、強欲な壷を発動!デッキからさらにカードを2枚引くぜ!」
デッキからさらにカードを2枚引く。1枚は十代くんが相棒と呼び、大切にしているカードだ。
『クリクリー』
よく見ると、十代くんの隣にその相棒の存在がチラッと見えた。ドローした自らのカードに吸い込まれていく。
そしてもう1枚のカードを見たとき、十代くんの表情が変わる。
ひょっとして、これが逆転のカード?
「頼むぜ相棒!ハネクリボーを守備表示で召喚!!」
先ほど一瞬見えた姿が、今度はフィールド上に現れる。私の方を見たハネクリボーはパチリとウインクをした。
かっ、かわいいよ~
大事な場面だけど不意にそう思ってしまう。だって、ハネクリボーがかわいいんだもん。
「おーい、舞花!このカードのセット頼む」
「あ、ごめんね~」
呆けていた私に、十代くんが笑いかけながら手に持ったカードを見せる。さっき引いたカードをセットしてくれと言ってきた。
いつの間にか十代くんの笑みが戻っていて、いつものように楽しくデュエルをしている十代くんの姿があった。
「ターンエンドだ」
二人のターンが終わる。重なる手は再び2つになり、暖かな体温を繋いでいる。
「私のターンだ」
静かに、相手はカードを引く。余裕といったていだ。無理も無い、だって私たちのフィールドは守備モンスターのみ。対してあちらは上級モンスターであるスカル・デーモンが居るのだから。
「スカル・デーモンの効果で、私は500ポイントライフを支払う」
タイタン
LP900→400
ライフは残り僅か。それはこちらも同じだけど、相手のスカル・デーモンはこれでこのターンまでしか生き残れない。
「私はカードを1枚伏せ、手札から二重魔法(ダブル・マジック)を発動。手札の魔法カードを1枚捨て、お前の墓地の魔法カードを使用する」
手札からコストを墓地に送り、私たちの墓地からカードが1枚向こうに渡る。そのカードは……そんな!
「非常食を発動。自分フィールド上の魔法・罠カードを墓地に送ることで、1枚につき1000ポイントライフを回復する。私は今伏せたカードを墓地に送り、ライフを1000ポイント回復」
タイタン
LP400→1400
これで、ハネクリボーの効果で1ターン耐えて維持コストを支払えなくなったスカル・デーモンが破壊される、ということが無くなった。
ハネクリボーのおかげでこのターンは大丈夫だけど、でも私たちの手札にモンスターカードは無い。このままじゃ……
『クリクリー』
フィールド上のハネクリボーがクリボー語で何かを話しかけてくる。
ごめんね、私じゃ分からないよ
「大丈夫、だってよ」
十代くんが翻訳してくれる。その言葉には半分、十代くんの励ましも含まれていた。
そうだよね。だいじょうぶだよ
私たちは、楽しいデュエルをしているのだから。
「バトルだ! スカル・デーモンで、その雑魚モンスターを攻撃! 怒髪天昇撃!!」
スカル・デーモンの口から、雷撃が放たれる。真っ直ぐ、真っ直ぐにハネクリボーに向かって光が走る。
「この時を待っていたんだ。今こそ見せてやる。ハネクリボーの進化した力を!!」
『クリクリー』
十代くんの叫びに、ハネクリボーが呼応する。そして私は、言われるまでも無くセットされたカードを表にする。
「「進化する翼を発動!!」」
ハネクリボーの小さな翼が、巨大になってその翼を大きく広げる。小さな体には鎧をまとい、輝きを放っていた。
「な、なんだとお!!」
「進化する翼により、ハネクリボーは進化した! 今、ハネクリボーのレベルは10!」
広がっていたその翼を折り返し、向かってきた雷撃を翼で止める。
「ハネクリボーLV10の効果は、その身を犠牲にして、相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊し、攻撃力の合計分のダメージを相手に与える! ハネクリボー! 全エネルギーをあいつに返してやれ!!」
ハネクリボーが受け止めていた電撃を、自らの光を乗せてスカル・デーモンへと撃ち返す。輝きをまとったその雷撃が周囲を照らし、闇の世界にひびが入る
「バカな……バカなぁああ!!」
スカル・デーモンに雷が当たると、大きな衝撃が周囲を襲う。
パリィィィン!!
ひびの入っていた闇の世界が、光に照らされ破壊される。さっき見た場所と、隼人くんと翔くんが視界に映った。
タイタン
LP1400→0
「十代、舞花!」
「アニキ、舞花ちゃん!!」
ソリッドビジョンが消え、翔くんと隼人くんが私たちの下へ駆け寄ってくる。
「バカな……この私が負けるなど……」
「約束どおり明日香は返してもらうぜ!」
負けて俯いていたタイタンは、のろのろと立ち上がって私たちに背を向けた。
「その娘にかけた催眠術はじきに解ける……遊城十代!」
背を向けたまま、振り向かないで十代くんを名指す。
「いつか、キサマに復讐してやる……首を洗って待っていろ!」
それだけ告げると、煙にまぎれてタイタンは消えていった。
外へ出ると、もうすでに朝日が昇っていた。
ちゅんちゅんという小鳥のさえずりが聞こえ、朝を感じさせる。
十代くんの手は、あの空間を出たら治っていたらしい。
十代くんは、元気よく両腕を上げて体を上に伸ばしていた。、
「う……んん」
「あ、おはよう明日香ちゃん」
「……微妙に違う気がするっす」
催眠術から目を覚ました明日香ちゃんに笑顔で挨拶すると、なぜか翔くんからつっこまれた。
もう朝だからあってるんじゃないかな? 今、こんばんはって言ったら変だもん。
「私は……一体どうしたの?」
「安心しろよ明日香。お前を襲った奴は俺たちがやっつけたぜ」
十代くんの言葉を聞いて、明日香ちゃんはまだはっきりとしていない記憶をあさり始める。ピン、と思い出したようで少し驚きながらも安堵したようだ。
「それから……これ」
十代くんがどこかから1枚の写真を取り出して明日香ちゃんに渡す。その写真を見た明日香ちゃんは驚愕の表情を浮かべた。
「これ……兄さん」
「兄さんの話を聞いちまったから、少しは役に立てるかなあって」
十代くんは頭をぽりぽりとかいていた。ちょっと照れているようだ。
「それじゃあ、あなた達その為に!」
ちょうどそのタイミングで、ニワトリのコケコッコーという鳴き声が聞こえてくる。朝の、みんなの起き出す時間を告げる。
「やべえ、みんなが起き出す前に戻ろうぜ!」
「それじゃあ、明日香さん、舞花ちゃん、また後で」
十代くんたちはここから少し遠い、レッド寮に向かって駆けていった。
「……舞花、私たちも戻りましょう」
「え、あ……うん」
さっきから呆けてしまっていた私は、明日香ちゃんの声で我に返る。
私たちも寮に戻ることにした。
寮に戻ると、みんなが起きる時間までもう少し間があった。
私たちはいったん別れて自室に戻ることにした。
自分の部屋に戻ると、抑えてきた眠気がどっとでてくる。パッチリと目を覚ますために洗面所で顔を洗う。ぱしゃぱしゃと冷たい水を顔にかけると、ちょっとだけ眠気がとんだ。
さっきまでの映像が頭の中を駆け巡る。十代くんが、明日香ちゃんのために廃寮に入ったこともはっきりと思い出す。
明日香ちゃんのために……
いけないことじゃないのに、いいことなのに、十代くんにむかむかする。
それと同時に不安が巡る。十代くんは、私に同じようなことがあったら助けてくれるのかと。
十代くんは、明日香ちゃんが好きなのかなあ
ふと、頭の中をよぎった台詞が一気に自分の不安を煽る。
十代くんの1番は、ひょっとしたら明日香ちゃんなのかもしれない。ひょっとしたら、他の誰かなのかもしれない。
私じゃ、無いんだ。それは、私じゃない。
ぐるっと思考が頭の中を巡る。それを振り払うように、もう1度顔にぱしゃっと冷たい水をかけた。
悩んでも、苦しんでも、ドキドキする鼓動は変わらない。
こんなに苦しくても幸せな気持ちをくれているのは十代くん。隣で笑ってくれているだけで、私を幸せにしてくれるのは彼だ。
少なくとも、私にとっての1番は十代くんだから
とても単純で、今までの自分となんら変わりない結論。
片思い……そんなことは分かっているんだ。私は勝手に十代くんの隣で幸せになっている。
いつかこの位置を誰かにとられてしまうのかもしれない。でも、私はできうる限り彼の隣に存在したい。
だから……
朝の、朝食の時間がやってくる。
さっき別れた明日香ちゃんが、ジュンコちゃんとももえちゃんと一緒に私のところに来る。
今日のご飯はなにかなーって会話をジュンコちゃんたちがしている中、その少し後ろで明日香ちゃんが話しかけてくる。
「ねえ、舞花」
「? 何?」
「遊城十代って、おせっかいな奴ね」
小声で、でも優しくそう言った明日香ちゃんの頬は、少し朱を帯びていた。