「ね、ね~」
少々緊張した声。少しだけ震えを帯びた声で私は喋った。
「十代くんは、明日香ちゃんが好きなの?」
怖がりながら言葉を発する。後ろを向いていた十代くんは、振り向いて優しく微笑んだ。
十代くんが私の頭の後ろに手をつけ、後頭部を少し撫でる。
「何言ってんだよ、舞花。俺が好きなのは」
後ろの手に力が入る。ゆっくりと私の顔が十代くんの顔に近づいていく。
って、えぇ!?
「じゅ、十代くん……」
少しずつ、十代くんの顔が視界を埋め尽くしていく。十代くんの唇がもう少しで……
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「舞花、早く起きなさい!!」
「ふぇ?」
目の前にあったのは明日香ちゃんの顔でした。
今のって、ひょっとして……夢?
「明日香ちゃんっ!何で起こすの~」
夢だったけど、でももう少しだったのに~
顔が真っ赤なのは自分の体温で分かる。起きたばっかりなのに心臓は大きく鼓動していた。
「何があったのか知らないけど、大変よ舞花」
明日香ちゃんの顔を見ると、明らかに困惑している表情。そういえば、いつも明日香ちゃんは起こしになんてこない。それに今はまだ早朝で起きる時間でもない。一体どうしたんだろう?
「十代と翔君が退学になるかもしれないわ」
そんなことより、もう1度寝たらさっきの夢の続きが見れないかな~……って、え?
今明日香ちゃんが発した言葉の意味を捉えるまで時間がかかる。それを理解した瞬間、体中がさーっと冷えた。
「ど、どういうこと?」
「詳しくは分からないわ。今から校長先生の所に行こうと思うの。舞花もついてきて」
「う、うん」
急いでパジャマを脱いで、制服に着替える。時間が無いので髪の毛をまとめることなく下ろしたままにした。
「それじゃあ、行こう」
いつもと違って纏まっていない髪の毛が、ふわふわしているような気がした。
「失礼します」
挨拶をして校長室の中に入る。中には校長先生と、見覚えのある体の大きなレッド生徒。隼人くんだ。
「俺もあの中に居ました。だ、だから、俺が十代とタッグを組みます」
「ちょ、ちょっと待って!?」
校長先生に進言している隼人くんの言葉を遮る。なぜか隼人くんは私の顔を見て?マークを浮かべていた。
「タッグってどういうことですか?」
校長先生に向かって質問する。私はまだ状況がよく分かっていないのだ。
「ふむ。実は昨日の夜、遊城十代君と丸藤翔君の二人が立ち入り禁止とされている場所に入ったという報告が入ってね。本来なら即退学なのだが、初犯ということもあって、制裁タッグデュエルに勝利したら無罪放免にするということだ」
「それっておかしいですよ」
私からの否定に校長先生が少し驚く。校長先生の言葉を待つ前に言葉を続けた。
「私と明日香ちゃん、それから隼人くんもあの場所に居ました。それなのに2人だけ制裁を受けるなんておかしいです」
だからさっき隼人くんも進言していたのだろう。校長先生はふむ、と一息をつき、言葉を出す。
「なるほど。しかし、その報告を受けていない以上、我々は君達を罰することはできない。庇っている可能性もあるからね」
「でも……」
「前田君にも言おうとしたが、タッグパートナーを変更することも認められない。これらは全て査問委員会で決まってしまったことだからね」
言おうとしていたことも先回りされる。現在、私たちにはどうすることもできないことが突きつけられる。
「舞花、どうしようもないわ」
明日香ちゃんが首を横に振る。校長先生もそれに同意するように頷いた。
「失礼……しました」
情けない声が出る。十代くんたちのことが心配で。ぶんと一回首を振る。
こんなことぐらい十代くんたちならきっと簡単にくぐり抜ける。そう信じよう。
校長先生の申し訳なさそうな顔を最後に、私たちは外へ出た。
「僕なんかじゃ駄目だあー!!絶対負けて退学になっちゃうぅー!!」
どうなっているか様子を見にみんなでレッド寮を訪れる。部屋の扉を開いた瞬間、隼人くんにむかって翔くんが泣きながら抱きついてきた。
「隼人くん、僕と変わってくれよおー!!」
「そう思ったんだけど、査問委員会で決まったことは変えられないんだなあ」
その言葉を聞いて余計に泣き喚く翔くん。
……なんかすでに心配になって来ました。翔くん、ちょっと情けなさ過ぎるよ~
「よう明日香。と……、誰だ?」
「えぇっ!?」
なぜか私の顔を見て十代くんは首を傾げる。
ちょ、ちょっと待ってよ。私の顔忘れちゃったの!?
「その声とリアクション……舞花か!」
「判断基準そこなのっ!?」
私の識別は十代くん的には顔じゃなかったようです。
「だっていつもと髪型が違うだろ」
「へ?」
そう言われて咄嗟に自分の頭を触る。いつもあるはずのポニーテールの結び目が無い。
そっか。私慌ててたから髪の毛結んでないんだ。しかも急いでたからほとんど鏡も見てなくて…
わわわわわわわ!!
いそいで明日香ちゃんの後ろに隠れる。何事かと明日香ちゃんが私の方に振り返った。
「あ、明日香ちゃん。私寝癖とかついてない?」
かーっと顔が熱くなる。十代くんの前に出るのに私はまったく容姿を整えずに来ていたことに気がついた。
明日香ちゃんはクスっと笑って私の前からどく。って、ちょっと明日香ちゃん!
「大丈夫よ。ちゃんと整ってるわ」
「ほ、ほんと~?」
ぺたぺたと自分の髪の毛を触る。確かに普段から寝癖とかはあまり無いけど不安なものは不安だよ。
「それより、お前ら何しに来たんだ?」
十代くんは弄っていたカードの束を置く。別の束をデッキとして自分のホルダーにしまっていた。
「だって、制裁タッグデュエルやるって聞いたから」
いまだに自分の頭の上に手を置いておずおずと話す。どこも跳ねたりしてないよね。大丈夫だよね。
「ああ、面白そうだよな!」
いつものようにニカッと笑いかけてくる。
いつものように、次にあるデュエルを楽しみにしている十代くんの姿は私を安心させた。
きっと、これなら大丈夫だよね
ホッと胸をなでおろす。心配が晴れてちょっと胸が軽くなった。
「アニキぃー。何でそんなに余裕なの?タッグデュエルなんてやったことあるの?」
「無い」
ついさっきまで騒いでいた翔くんの質問を十代くんはばっさりと否定する。
タッグデュエルやったこと無いんだね。
「無いから面白いんじゃねえか。お前も俺の弟分なら、弱気になんてなるなよ」
「そんなあー」
ずっと自信のなさそうな翔くんが嘆く。
本当は翔くんの反応の方が普通なのかもしれないけどね。
「まだお前のデッキの特性、何にもしらないからな。まずは腕試しにデュエルと行こうじゃねえか」
外へ出てレッド寮のそばにある崖の下まで行く。デュエルをする前だからとても楽しそうにしている十代くんと、対照的にとても不安そうな表情を浮かべている翔くんが向かい合う。
「じゃあ、やろうぜ。デュエル!」
「…デュエル」
……もう少し元気だそうよ翔くん。
「俺のターン、ドロー! 俺はフェザーマンを攻撃表示で召喚! カードを1枚伏せてターンエンドだ」
E・HERO フェザーマン
ATK1000
羽を生やしたHERO、フェザーマンがフィールドに降り立つ。その後ろに十代くんの伏せたカードが表示された。
「僕のターン、ドロー」
翔くんがカードを引いた後に少し固まる。どうしたんだろうと少しの間見ていると、顔がにやけていた。
げ、元気になったんだ。よかった~
私はちょっと引きつった笑いを浮かべた。
「パトロイドを召喚! バトルだ! 行け、パトロイド! シグナルアターック!!」
召喚されたのはパトカーをモチーフにしたモンスター。パトロイドが頭上(?)のランプを点灯させながらフェザーマンに向かって突進していく。
え、攻撃?
ちょっと疑問に思いながら続きを見ると、十代くんが動いた。
「トラップ発動! 攻撃の無力化!」
リバースカードを発動させると、フェザーマンの前方に渦ができる。パトロイドはその渦に阻まれフェザーマンの前で立ち止まった。
「ああ、いきなりやられちゃったんだな」
「う~ん……」
隼人くんの言葉に、少し首を捻る。フィールドは動いていないから、そこまで問題じゃないと思うけど……
「あー、せっかく一発かっこいいところを見せようと思ったのに……」
翔くんは落ち込んで地面に絵を書き始めていた。って、翔くん落ち込むの早すぎるよ!
「翔、お前ひょっとしてモンスターの攻撃力しか見てないんじゃないか?」
「そんなこと無いよ!」
少し怒った声で否定する。それは自分でもちゃんと分かっているのかもしれない。
「パトロイドは相手のフィールドを確認する特殊効果がある。その効果を使えば、俺が攻撃の無力化を張っていることを確認できたはずだぜ」
そう、さっき私もそれを思った。でも、確かにそれはミスだけど、攻撃の無力化ならここで使わせてしまったほうがいいからどっちにしろ関係ないとおもう。
「やめてよ! アニキだからってお説教は無しだよ!!」
翔くんが、叫ぶ。でもおかしい。その声は十代くんに向かっているはずなのに、どこか別の場所に向かって放たれているような気がした。
「どうしたんだ翔。いつものお前らしくないな?」
「あ、ごめん。アニキ、僕変だよな。せっかくアニキがアドバイスしてくれているのに」
翔くんの目線が十代くんに戻る。でも、またさっきのように不安げな表情を浮かべていた。
「いや、ちょっとお説教くさかったかもな。デュエリストに上下無しだ。アドバイス無しでバンバン本気出すぜ!」
ターンが十代くんに移る。カードを勢いよく引き抜き、手札を確認していた。
「スパークマンを召喚。バトルだ! パトロイドに攻撃! スパークフラッシュ!」
E・HERO スパークマン
ATK1600
スパークマンが手に電撃を集め、それを槍状に形作る。スパークマンがその槍を投げ、パトロイドの胸(?)を貫いた。一瞬、パトロイドの体中に電撃が走り、パトロイドはその場で爆発した。
翔
LP4000→3600
「続けてフェザーマンで攻撃! フェザーブレイク!!」
さらにフェザーマンが翔くんにダイレクトアタックを決める。翔くんはその場に倒れこんだ。
翔
LP3600→2600
十代くんはカードを1枚伏せてターンを終了した。翔くんはむくっと起き上がると少し乾いた笑いを浮かべる。
「とほほ、ひどいよアニキ。いきなり本気出すなんて」
「早くも戦意喪失なの? がんばって、翔くん」
明日香ちゃんが呟く。翔くんの目からは闘志が消えうせていた。
翔くんはデュエルを楽しいと思っていないのだろうか?
疑問が胸の中で渦巻いた。
「きばれー! 翔!! そんなんで落ち込んでたら1年留年の俺なんてもっとかっこ悪いぞ!!」
隼人くんが必死になって翔くんを励ます。それに便乗して私も声を張り上げた。
「がんばってっ! 翔くん。デュエルは楽しくやるんだよ~」
多少張りあがってない気がするけど気にしないでください。
「よーっし」
翔くんの元気がまた出てくる。目には闘志が戻ってきていて、体はさっきよりもシャッキリしている。やる気が出たみたいだ。
「僕のターン! 手札から強欲な壷を発動!! デッキからカードを2枚ドローする」
強欲な壷を使って翔くんはカードを2枚引く。そこで
翔くんは止まった。
今度は翔くんは無表情で動きを止める。手に持ったカードをじっと見つめたまま何かを考え込んでいた。
どうしたんだろう?
考えてみても分かるはずがない。翔くんの次の動きを待つ。
「僕は……手札から融合を発動! 手札のスチームロイドとジャイロイドを融合してスチームジャイロイドを特殊召喚!!」
一度首をぶんと振って、翔くんはさっきまで見ていたカードを手札に移して別のカード、融合を表にする。手札から2枚のモンスターが融合する。混じりあう渦の中から出てきたのは機関車。ジャイロイドのプロペラのように体についているものを回転させていた。
スチームジャイロイド
ATK2200
「バトルだ! スチームジャイロイドでフェザーマンを攻撃! ハリケーンスモーク!!」
煙突から発した煙を回転させる。竜巻状になった煙は一直線にフェザーマンに向かっていき、貫いた。
十代
LP4000→2800
「へへっ」
ダメージを受けて、十代くんは笑う。いつものように、デュエルを楽しんでいる目。十代くんはいつもどおりだ。
「やっと楽しくなってきたぜ、翔! 行くぜ、俺のターン! 手札から魔法カード融合を発動!!」
十代くんの場に居るスパークマンと、手札にあったクレイマンが融合する。空に暗雲が広がり、雷が鳴る。ソリッドビジョンの演出だけど。フィールドにいつか見た雷の巨人、サンダージャイアントが現れた。
E・HERO サンダージャイアント
ATK2400
「サンダージャイアントの効果発動! もともとの攻撃力がこのカードよりも低いモンスター1体を破壊する! 行け、ヴェイパースパーク!!」
サンダージャイアントの放つ雷がスチームジャイロイドを破壊する。さらに、十代くんは手札のカードに手をかけた。
「さらにバーストレディを召喚! バトル! サンダージャイアントとバーストレディでダイレクトアタック!!」
E・HERO バーストレディ
ATK1200
サンダージャイアントとバーストレディが翔くんに攻撃を仕掛ける。電撃と炎、二つの攻撃が翔くんの体に迫る。
一瞬の爆発。翔くんはその場で膝を折った。
翔
LP2600→0
「やっぱ僕、駄目だ。タッグデュエルに勝つなんて無理だよ」
最初まで元に戻る。弱々しく、不安げな表情を翔くんは浮かべていた。
「何言ってんだよ。途中までは紙一重の戦いだっただろ?」
「そうだよ。翔くん、もうちょっと自信持とうよ~」
デュエルが終わった二人のところまで駆け寄る。やっぱりまとめていないと髪の毛がふわふわしている気がする。
「そういえば、さっきカード引いたとき止まってたよな? 手札見せてくれよ」
「あ……」
翔くんが一瞬制止のために動こうとしていたけど、十代くんはそれよりも早く翔くんの手札を手に取る。ぱらぱらと見ると、1枚のカードに目が止まった。
これって、どういうこと?
「何でパワーボンドのカードを使わなかったんだ? これがあればスチームジャイロイドは攻撃力4400の強力モンスターになっていたじゃないか」
しかも翔くんのライフは2600だった。パワーボンドのダメージを受けてもまだライフは残る。使わない手はないといった状況だったのに。
翔くんは十代くんが広げていたカードをパシッと取り返す。予想だにしなかった行動に私も十代くんも目を丸くした。
「やっちゃ駄目なんだ。このカードはお兄さんに封印されているカードなんだ!!」
取り返したカードを胸に持ってくる。翔くんの辛そうな顔が目に突き刺さる。
「やっぱり、僕がアニキのパートナーなんて、無理なんだよー!!」
翔くんが走っていく。私たちは誰も負うことができずに、その場で立ち止まっていた。
翔くん……
なにがあったかは分からないけれど、翔くんは何かに苦しんでいる。そしてそれはデュエルというものの楽しささえも封印しているように思えた。
ぎゅっと両手を重ねて目を閉じる。翔くんとお兄さんに何があったんだろう? 私はそれが気になっていて、何よりも
デュエルを楽しんで欲しいって、私は思うから
「みんな、ちょっと追いかけてくるよ」
誰かの返事を待ったりせずに、私はすぐに走り出した。
「翔くん!!」
岸壁をなぞった先、港に向かう道の途中でようやく翔くんに追いついた。翔くんは私の声を聞いて一瞬振り返ったけど、すぐさま再び走り出した。
も~、追いつかないよ~
「わわっ!!」
無我夢中で走っていたせいか、足元まで気が回らずに出っ張っていた石に足を引っ掛ける。勢いよく走っていた私がバランスを取り直せるはずもなく、その場にバタンと転んだ。
膝が痛いよ~
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
勢いよく転んだせいか、その音と私の悲鳴が翔くんに聞こえていたらしく、翔くんは引き返して私のところまで駆け寄ってきた。
「いたいけどだいじょうぶ~」
「それってあんまり大丈夫じゃないんじゃ……」
うん、痛い。痛いけどとりあえず翔くんに追いついたから良かったことにしよう。
駆け寄ってきた翔くんが逃げないように腕を掴んだ。
「あ……」
「翔くん、何があったの? お兄さんと」
核心にいきなり触れる。それが触れてもいいものなのかそれも分からずに。翔くんは一瞬ハッとなってからすぐに首を振った。
「舞花ちゃんには関係ないよ」
関係は確かにない。それは自分でも分かってる。
「でも、笑ってデュエルをしていない人を見過ごしたくなんてないよ。デュエルは楽しく、ハッピーにやるんだよ」
私の言葉に、翔くんはグッと拳を作る。表情がゆがみ、怒りがこみ上げてきているようだ。
「楽しくデュエルなんて、アニキや舞花ちゃんみたいに強い人が言えることなんだよ。僕みたいな駄目な奴はそんなことできないんだ」
――お前みたいな弱い奴とデュエルしてもつまんねーんだよ――
「うぅっ」
咄嗟に頭を押さえ込む。何か……誰かの声が頭の中に響いてきた。今までに聞いた記憶のない誰かの声がはっきりと私を責めていた。よく分からないけど今はこんな声に惑わされている時じゃない。
頭を押さえ込みながら翔くんの目を見る。翔くんは傷ついていて、苦しんでいる。そんな目をしていた。
「デュエルは誰だって楽しんでできるんだよ。強いとか弱いとかそんなの関係ないよっ!……そんなの関係あっちゃだめだよ」
一瞬何かが頭をよぎり、最後の言葉が弱々しくなる。でも、私はデュエルをこうだと思っている。
強い人も弱い人も全部ひっくるめて正面で戦っている人と笑い合えるのがデュエルのはずだよ。私はそう思ってる。私はそうだと信じてる。
「だから翔くん。何があったの? どうしてお兄さんにパワーボンドのカードを封印されているの? どうしてそんなに苦しそうにデュエルをするの?」
踏み込みすぎているかもしれない。他人の心の中に土足のままで。私は万丈目くんのときのことを思い出していた。だから、なにも聞かないまま、なにも分かっていないままこの手を放したくない。
翔くんは苦々しい表情になる。私に言うか迷っているようだ。目を閉じて少しの間考え込む。
音が消え、海岸に打ち付けられるバシャーという波の音だけが聞こえる。3度、4度その音を耳に入れた後、翔くんは口を開いた。
「小さい頃、僕はいじめっ子のゴリ助を見返すためにデュエルを挑んだんだ」
目を閉じたまま、その当時のことを鮮明に思い出そうとしているようだった。
「少し危ないところだったけど、最後に僕はパワーボンドを引いた。それで融合モンスターを出せば勝てる。僕は調子に乗ってゴリ助と無茶な約束をしたんだ。裸で逆立ちして校庭を一周してみせるって」
それは確かに無茶な約束だねと少し呆れる。それに今の翔くんからその光景が容易に想像できた。
「でも、僕がパワーボンドを使う寸前、お兄さんがそのデュエルを止めた。レアカードをゴリ助に渡して納得させて」
どうして、という疑問は不思議と浮かんでこなかった。なんとなくだけど、次の展開が予想できたから。
「お兄さんは、ゴリ助の伏せカードを見せた。それは六亡星の呪縛のカードだった。僕はパワーボンドを使っていたら負けていたんだ。お兄さんは僕にこう言ったよ。『お前がデュエリストとして相応しい実力を持つまで、そのカードは封印する』って」
「翔くん……」
私も目を閉じて想像する。その場面を、そして翔くんがどうして苦しんでいるのかその理由を。
翔くんのお兄さんの姿は分からないけど、優しくて、本当に翔くんのことを考えてくれる良いお兄さんだというのはよく分かった。きっと強くて、頼りがいのある人なんだろうな。
ピン、と1本の筋が通る。自分の中で、翔くんの考えていることがなんとなく分かってきた。
掴んでいた腕を放し、今度は翔くんの手を両手で握り締める。弱々しく力を抜いていたその手は、さっきパワーボンドを握っていた右手。
「翔くんは、お兄さんが大好きなんだね」
「……うん」
それがまず最初に分かったこと。翔くんは十代くん達に向ける好意よりも大きく、お兄さんのことを想っていると思った。
だから、今苦しんでいることがなんとなく分かってくる。
「翔くんは、大好きなお兄さんからもらったカードを使いたいんだよね」
自分の1番大好きなカードを使って戦うこと。私にとっては、それは1番楽しいデュエルの仕方。でも、誰だって自分の1番好きなカードを使いたいって想っているはず。
何故だろう? 別に翔くんはパワーボンドがお兄さんからもらったカードなんて聞いていないのに、それを確信している自分がいた。
翔くんは目をパチクリさせた後、ほんの少し暖かい笑みを漏らして頷いた。
「うん。僕はこのカードを使いたい。だからこのデュエルアカデミアに入ったんだ。このカードを使いこなせるデュエリストになるために」
弱々しさが抜け、面持ちがキリッとなる。少しだけ迷いの晴れた表情。まだ迷っている部分は、不安な部分はあるかもしれないけど、それでも翔くんは笑った。
「戻ろうよ。翔くんがそのカードを使いこなせるようになるために……
楽しくデュエルをするために」
パッと手を放す。私も笑顔で話していた。
戻ろうとする。その私たちの前に一人の青年が姿を現した。
「カイザー……さん?」
デュエルアカデミアの帝王と呼ばれる、学園最強のデュエリスト。オベリスクブルーの丸藤亮先輩。その人だった。
待って、丸藤?
「じゃあ、翔くんのお兄さんって…」
「お兄さん」
隣にいる翔くんに聞こうとする前に、目の前にいるカイザーさんを翔くんがお兄さんと呼ぶ。
これで確信した。翔くんのお兄さんがカイザーさんだって。
「翔、お前はどうすればそのパワーボンドを使いこなせるようになれると思う?」
立っている高さは同じはずなのに、まるで何メートルも上の高さから見下ろされているような感覚がした。翔くんに対して突き放すように言葉を投げかける。
「それは……」
何かを言おうとして口ごもる。威圧感に耐えることができずに翔くんは顔を背けた。
「分からないか。なら、お前はそのカードを使いこなせるようにはなれない」
「ちょ、ちょっとまってください。どうしてですか?」
カイザーさんの顔を文字通り見上げる。にらまれるかと思ったけどそんなことはなく、ただ真っ直ぐに見つめられた。
「翔のデュエルを見て、何も思わなかったのか?」
さっきのデュエルを回想する。違和感は無かったわけじゃない。実は思っていたことがあった。
押し黙ると、カイザーさんは私の表情を見て話す。
「分かっている様だな」
多分というか確信に近い。そして翔くんはたぶん分かってない。それを分からせるにはどうすればいいんだろうか?
「カイザー!!」
カイザーさんの後ろから声がした。いつも聞いている声と、いつも見ている赤い制服。赤い制服は他の人と同じもののはずなのに、私にだけは違って見えて、彼のだけは別物に見えていた。
十代くんがそこにいた。
そして、私の中で1つの考えが浮かぶ。それはまったく持って確実性がなく、曖昧でどうにもならないものだけど、何故だかだいじょうぶだと思えた。
「カイザーさん、十代くんとデュエルしてください」
頭を下げる。今日に限って結んでいない髪の毛はふわっと広がった。
カイザーさんのデュエルをみて、何か気づいてくれるかもしれない。でも、私じゃカイザーさんの全力のデュエルに応えることはできない。手加減しているデュエルを見せていたって意味がない。
十代くんも、カイザーさんも、正直意味が分からないという表情をしていた。当たり前だけど。私が勝手に考えていることなのだから。
「何だかよくわかんねえけど、カイザー! 俺とデュエルだ!」
でも、十代くんは何かを感じてくれたのかもしれない。私に続いて十代くんも頼み込んでくれる。私の方を向いた目は、私を信じてくれると言っていた。
「ふ、君とデュエルか……。いいだろう」
カイザーさんが受ける、そのデュエルを。これで、翔くんが何かを感じてくれればいいんだけど。
移動した先は港。大きな灯台がよく見える。
カイザーさんと十代くんが向き合い、デュエルディスクを構えた。
これは大事なデュエル。翔くんが一歩前に進むための大事なデュエル。
「くーっ、学園最強のカイザーと戦えるなんてワクワクするぜ!!」
いつもの十代くんがデュエルディスクを構えていた。何も説明していないけど、何かあるのは分かっているはず。でも十代くんは、いつもの調子でデュエルをはじめる。
よかった。変に緊張したりして実力が出せなかったらどうしようかと思ってた。
いつもの十代くんとそしてカイザーさんとのデュエル。そこから翔くんが自分に必要なものを感じ取ってくれればいいんだけど。
「「デュエル」」
始まる。先攻は十代くん。勢いよくカードを引いて手札を確認した。
「いくぜ! 俺はフェザーマンを召喚!!」
すでにおなじみになりつつある十代くんのモンスター。白い翼を広げてフェザーマンがフィールドに降り立つ。
E・HERO フェザーマン
ATK1000
「さらにカードを1枚伏せてターンを終了するぜ」
ターンが移る。学園最強のデュエリストのターンが始まる。圧倒的ともいえる威圧感。これがカイザーだと納得させる。
「俺のターン、ドロー。俺はサイバードラゴンを攻撃表示で召喚する」
カイザーさんが出したのは機械でできた竜。あれ、このカードってレベル5だよね?
サイバードラゴン
ATK2100
「レベル5のモンスターを生贄無しで召喚した!?」
十代くんも私と同じことを思ったらしく、驚く。カイザーさんは飄々とした表情で答えた。
「サイバードラゴンは君の場にモンスターがいて、俺の場にモンスターがいない時生贄無しで召喚することができる。さらに俺は手札から魔法カードサイクロンを発動。君の場の伏せカードを破壊する」
手札の魔法カードから発した竜巻が、十代くんの伏せカードを破壊する。これで十代くんは攻撃を受けるしかない。
「バトル。サイバードラゴンでフェザーマンを攻撃。エヴォリューションバースト!」
サイバードラゴンの口からエネルギー波が放たれる。フェザーマンはひとたまりもなく破壊されてしまった。
十代
LP4000→2900
「俺は手札から魔法カード、タイムカプセルを発動。デッキからカードを1枚選び、カプセルの中に入れる。2ターン後にこのカードを破壊し、カプセルに入れたカードを手札に加える」
カプセルがフィールド上に現れ、1枚のカードを取り込んでふたを閉じる。何が入っているのか。私がデュエルを頼んだ意図をカイザーさんが分かっていれば、あのカードはきっと……
「ターンエンド」
これがカイザーと呼ばれるデュエリストの1ターン目。レベル5のモンスターをだして攻防を固め、さらに次の布石まで打ってくる。すごい、何も考えずに私もデュエルしたい!!
「さあ、いくぜ! 俺のターン、ドロー!手札から魔法カード、融合を発動! 手札のクレイマンとスパークマンを融合してサンダージャイアントを召喚!!」
E・HERO サンダージャイアント
ATK2400
「サンダージャイアントの効果発動! このカードよりも元々の攻撃力が低いモンスター1体を破壊する! ヴェイパースパーク!!」
サンダージャイアントの効果により、サイバードラゴンは破壊される。伏せカードはなし。これで実質、カイザーさんのフィールドはがら空き。
「よし、がら空きの本陣突破だ! バトル、サンダージャイアントで、プレイヤーにダイレクトアタック!!」
サンダージャイアントの雷が、滞りなくカイザーさんのライフを削る。そのカイザーさんは表情一つ変えることなくフィールドを見つめていた。
カイザー
LP4000→1600
「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターン、効果によりサイバードラゴンを召喚。さらに手札から死者蘇生を発動。墓地のサイバードラゴンを特殊召喚」
流れるように、場にサイバードラゴンのカードが2枚並ぶ。でもその攻撃力ではサンダージャイアントを倒すことはできない。
ということは、まだ何かある。カイザーさんは手札のカードに手をかける。
「この2体を融合。サイバーツインドラゴンを融合召喚」
上方に渦が現れ、2体のサイバードラゴンがその中に吸い込まれる。二つのドラゴンが混ざり合い、姿を変えてフィールドに出てくる。
サイバードラゴンの首が二つ生えた機械の竜が現れた。
サイバーツインドラゴン
ATK2800
「サイバーツインドラゴンは、一回のバトルフェイズ中に2度の攻撃をすることができる」
ということは、2回目の攻撃は十代くんへのダイレクトアタックになる。それをくらえば十代くんのライフは一気に0。
「アニキ……」
翔くんが十代くんを心配して呟く。でも、私は心配していない。十代くんの表情を見れば分かる。まだまだ何か企んでいるというその表情に、恐らくカイザーさんも気づいていた。
「バトル、サイバーツインドラゴンでサンダージャイアントを攻撃。エヴォリューションツインバースト!」
1発目の攻撃。エネルギー波は容赦なくサンダージャイアントを貫く。そして、もう1発の攻撃が十代くんへと迫っていく。十代くんは1度ニヤリと笑って伏せカードを開けた。
「トラップ発動! ヒーロー見参!! 相手は俺の手札を1枚ランダムに選び、それがモンスターカードだった場合フィールド上に特殊召喚する! 俺の手札は1枚! よって手札のフレンドックを守備表示で特殊召喚!!」
私とのデュエルで見た機械でできた犬が十代くんの目の前に現れる。十代くんに向かっていたエネルギー波はフレンドッグにあたり、十代くんへのダメージを遮った。
十代
LP2900→2500
「フレンドッグの効果発動! このカードが戦闘で破壊されたとき、墓地にあるE・HERO1体と融合のカードを手札に加えるぜ! 俺は墓地のクレイマンと融合を手札に加える」
やられそうな状況から、一気に次の布石まで打った。E・HEROの融合先は網目状。次にモンスターを引ければ融合できる可能性は高い。
さすが十代くん。すごいよ!
「俺のターン、ドロー! バブルマンを守備表示で召喚! さらにモンスター効果を発動! バブルマンが召喚されたとき、フィールド上に他のカードがない場合、デッキからカードを2枚ドローする!」
この状況で恐らく最もいいモンスター、バブルマン。その効果によってデッキからカードを2枚引く。
『クリクリー』
十代くんの肩の辺りに見える、十代くんが相棒とよぶ存在。
今のドローでハネクリボーを引いたのかな? ということはもう1枚のカードは進化する翼なのかもしれない。ハネクリボーLV10なら十代くんは一気に逆転勝利できる。でも、このターンはバブルマンを召喚してしまっている。次のターン、ハネクリボーを出すまで、十代くんは耐えられるの?
「手札から融合を発動! 場のバブルマンと手札のクレイマンを融合! マッドボールマンを守備表示で召喚!」
E・HERO マッドボールマン
DEF3000
守備力3000のマッドボールマン。サイバーツインドラゴンがいくら2回攻撃ができるといっても攻撃力が劣ってちゃ意味がない。
これで1ターン耐えれば、十代くんはハネクリボーを出せる。これで
「次のターン、タイムカプセルが発動する」
翔くんがポツリと呟く。タイムカプセルの2ターン目、つまり、次のターンにサーチしたカードが手札に入る。
そしてそのカードはおそらく、あのカードだ。
「俺のターンだ。この瞬間、タイムカプセルの効果発動。タイムカプセルを破壊し、中のカードを手札に加える」
手札にタイムカプセルによって収められていたカードが手札に加わった。
「十代、このデュエルもそろそろ大詰めかな」
ここで初めて、カイザーさんは十代くんの名前を呼んだ。認めたということかもしれない。十代くんのその力を。
「ああ、どうなるかワクワクするぜ」
「そうだろう。君は君の持てる力を全て出し切っている。俺もそんな君に対して全力を出し切ることができた。俺は君のデュエルに敬意を示す」
その言葉は十代くんには向かっていなかった。その言葉はきっと翔くんに向けた言葉。そして翔くんに足りないものに気づいて欲しいという心。
翔くんのデュエルは独りよがりだ
翔くんのデュエルは相手を見ずに、自分の強力なカードだけを過信して相手を蔑ろにしている。そして、さっき聞いた過去のことから、相手を馬鹿にさえしていた。
そうじゃないんだよ。相手を見て、相手と一緒に真剣に、そして楽しくデュエルをする。バカにせず、決して侮らない。それがデュエルなんだ。
「そうか、僕はあの時、相手をまったく見ていなかった……」
翔くんは呟いて、目線をデュエルに戻す。すこしずつ、このデュエルを通して何かが分かってきたのかもしれない。
デュエルのほうは、カイザーさんが手札に加えたカードから、オーラのような何かを感じる。力強く、圧力さえも感じさせるカード。
「いくぞ! 俺は手札から融合解除を発動! サイバーツインドラゴンの融合を解除」
サイバードラゴンが再びフィールドに2体並ぶ。解除した理由、それはきっと最強の、このデュエルを終わらせるのに相応しいカードを呼ぶため。
「いくぞ! 手札から魔法カードパワーボンドを発動!! 場のサイバードラゴン2体と、手札のサイバードラゴンを融合!」
サイバードラゴン3体が一瞬消える。暗黒の空間の中に取り込まれた3体のサイバードラゴン。刹那、その暗黒に光が差す。
大きな力が、圧倒的なパワーが、その中から現れる。サイバードラゴンの首を3つ持つ、強大な力をもつドラゴンがフィールド上に現れた。
サイバーエンドドラゴン
ATK4000
「パワーボンドで融合したモンスターの攻撃力は2倍になる」
サイバーエンドドラゴン
ATK4000→8000
攻撃力……8000! 今までにそんな数字は見たことがない。私は興奮と感動に包まれる。
すごい、これがカイザーさんの力。私も……私も戦ってみたい!!
「サイバーエンドドラゴンは貫通効果を持つ」
攻撃力8000の貫通攻撃。強すぎる。これをくらったら十代くんのライフが0になる。
「十代くん! このターンを耐えればパワーボンドのリスクダメージで十代くんの勝ちだよっ!!」
分かっているはずだ。十代くんもそんなことは分かっているはず、でもそれを言わずにはいられなかった。
「そんなことは問題じゃない」
翔くんが呟く。考え込んでいた翔くんは分かったようで、目を輝かせて、カイザーさんの方を見ながら声を出した。
「お兄さんが、舞花ちゃんが言いたかったのは……相手をリスペクトしろということ!」
リスペクト、それは尊敬すること。
相手の力を認め、それを打ち破るために尽力すること。それが、デュエリストにとって必要なこと。
「いくぞ! サイバーエンドドラゴンで、マッドボールマンを攻撃! エターナルエヴォリューションバースト!!」
堅固なマッドボールマンの守備力をものともせずに貫いていく。マッドボールマンの壁がまるでなかったかのように威力は衰えず、十代くんの体を包み込んだ。
十代
LP2500→0
「アニキ!」
「十代くん!」
ソリッドビジョンが消えると同時に、私と翔くんが十代くんに駆け寄る。十代くんは私たちではなく最初にカイザーさんの方を見た。
「楽しい…デュエルだったぜ」
「ああ」
小さな返事をして、カイザーさんを背を向けた。一瞬こちらを振り返り、翔くんの顔を確認する。
だいじょうぶですよ
カイザーさんの伝えたかったことは、翔くんにきちんと伝わりましたから。
カイザーさんは翔くんの顔をみて、満足そうな表情を浮かべて再び背を向ける。大丈夫だと分かったようだ。
私は歩いていくカイザーさんに駆け寄る。追い抜かして前まで行き、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いや、俺のほうこそ礼を言おう」
やさしく、カイザーさんはありがとうと一言言う。
本当に、いい兄弟なんだな~
去っていくカイザーさんを見送り、十代くん達の方まで戻る。
ぐ~
二人のおなかから大きな悲鳴が聞こえた。
「って、もう寮の食堂しまってるぞ」
時間がいつの間にか遅くなっていて、夕食の時間はすでに過ぎていた。集団生活の規則として、遅れたらもうご飯は残っていない。
「それじゃあ、久しぶりに私が作るね~」
そろそろまたレッド寮で食事をつくろうって思っていたから、この機会にまたやろう。それと、私も夕食に遅刻しているから食べるものがない。
「じゃあ、早く行こうよ」
先にレッド寮に向かって歩き始める。十代くんはふと気が付いたように私の後姿を眺めた。
「舞花ー、よく見たらここ、はねてるぞ」
十代くんが私の後頭部の髪の毛を触る。感触的に、確かにそこが跳ねていると分かった。
って、いうことは……
私、1日中寝癖つけて外出てたっていうこと?
かーっと顔が熱くなる。体中の体温が一気に顔に集まったみたいだ。
えええええええええ!!!
すっごく恥ずかしいよ~~
「~~~~~」
「おい、舞花どこに行くんだよ!?」
寮に帰って、髪の毛を整えて、顔の熱が引いたら作りに行きます。
あとでそうメールしておくことにした。