衛宮士郎が白髪になるまでのお話   作:ぽぽりんご

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プロローグ

 

 

 銃声が聞こえる。

 人気(ひとけ)のない、半ば廃墟と化した砂漠の町中。それも、夜の帳が落ち切った後だ。

 乾いた破裂音は静寂を切り裂き、遠くから敵の拠点を監視していた二人の元まで届いた。

 

「時間より早いな。誰かが先走ったか」

 

 舌打ちしつつ漏らしたのは、観測手──狙撃手のサポート役だ。

 暗視ゴーグルを調整しつつ眼下の町を見下ろし、状況の把握につとめている。

 褐色の肌には幾条もの傷が刻まれており、歴戦の兵であることを伺わせた。

 見るからに精強な肉体を持ってはいるが、若干皺が目立つその顔をみるに、その力強さを発揮できるのはそう長くはないだろう。

 待ち伏せ役に回されたのは、体力の都合か。

 

 相方の愚痴を受けて、狙撃手の男もスコープから目を離し、敵の拠点を見下ろす。

 周辺で最も高い建物の屋上に陣取った二人。彼らの目に映るのは、街灯すらない夜の町。

 本来なら、暗視スコープ無しに見通すことなどできやしない。

 だが、この狙撃手の目は特別性だった。

 彼の眼は、すべてを見通す。見通してしまう。

 彼にとっては、もしかすると不幸な事だったのかもしれないが。

 

「拠点の包囲が完了していない。一部で混乱も見られる。下手をすると、逃げられるぞ」

 

 ひとしきり辺りを見回した後、狙撃手の男性が狙撃体勢を整えながら口にする。

 包囲するという事は、戦力を分散するという事と同義だ。

 互いに連携できる距離を保たねば、存外脆い。

 一点突破されることは十分ありうる。

 

「ったく、雑な仕事しやがって。本来なら、俺たちが出る幕なんぞないはずだったってのに……敵さんが逃げてくるとしたら、ここの可能性が高い。坊主、仕事だぞ」

「坊主はよしてくれ。俺は今年で28だ」

「俺は信じねぇ。どう見てもティーンエイジャーだ」

 

 狙撃手はうんざりしたような溜息をついたが、いつもの事なので軽く流した。

 

 熟練の動きで照準の補正を手早く整える狙撃手。

 目元以外は、くすんだ白い外套に覆われている。

 だが、それでも彼の第一印象を聞いたとしたら、"若い"と答える人が多いだろう。

 

 外套の隙間から見える赤茶けた髪。

 地元の住人よりやや薄い肌の色は、東洋人のもの。

 そして、目には強い光。

 もしかすると、その目が彼の印象に強く作用しているのかもしれない。

 

 夢を追い求める、少年のような瞳。

 故郷から遠く離れた砂漠の地で、狙撃銃を構える男。

 

 

 彼の名は、衛宮士郎といった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「来たぞ、坊主」

 

 あいも変わらず坊主呼ばわりだが、士郎はもう気にしないことにした。

 間もなく、敵が射程圏内に入る。案の定、一部の敵に包囲を突破されてしまったらしい。

 

 散発的な銃撃の中を進むのは、数台の車列。

 市販の自動車に機銃を取り付けただけのものだが、その威力と機動性は脅威だ。

 

「次の十字路で、トラックが進路をふさぐ。動きが止まった所を狙え。風は無い、ベストコンディションって奴だ。ちょいとばかし暗いが、まぁ些細な問題と言える」

 

 無線連絡を受けた観測手が軽口を叩く。

 訓練の時に曲芸じみた射を見せた士郎への信頼は、存外厚い。

 

「ああ、問題ない」

 

 姿勢を安定させ、その時を待つ。

 射撃体勢に入ったとたん、じりじりと身を焼いていた緊張感が急速に冷えていくのを感じた。

 血潮は鉄で 心は硝子(ガラス)

 この体に、熱など不要。

 

 

 士郎は、初撃で撃ち抜くモノを吟味した。

 この距離でも、自動車の車体を撃ち抜く事ぐらいは可能だろう。

 だが、一撃で行動不能に陥らせるのは難しい。

 連続で射撃できるオートマチック式狙撃銃や、問答無用の破壊力を持つ対物ライフルなんて便利なものは、ここには無い。

 となれば、運転手を狙うしかない。

 

 次は、車両の選定。

 敵の動きを予測する上でもっとも流動的なのは、トラックが道を塞ぐタイミングだ。

 ベストタイミングであれば、敵は後方に戻る以外の道はない。

 つまり、いったん動きを止めざるをえない。

 が、早すぎれば路地へ逃げ込むことも可能となる。

 敵の心情的には、自分を追いかけてくる者が山のようにいる方向に逃げたくないだろう。

 

(路地に逃げ込む敵を最優先。後方へ戻ろうとした場合は、最後方の車両を狙撃し障害物とする)

 

 狙いは決まった。

 結局のところ、現状は想定内の出来事でしかない。

 当然、想定していた通りの決断を下す事となる。

 

 

 トラックが動き出す。

 同時に、周辺の建物に潜んでいた味方の幾人かが銃撃を開始した。

 それを見た観測手が舌打ちを漏らす。

 

「また早ぇ。うちはいつから早漏野郎の巣窟になったんだぁ、オイ?」

 

 文句の多い男だが、前線から外された苛立ちがあるのかもしれない。

 士郎としても、文句を言いたくなる気持ちはわかる。

 トラックの動き出し自体は問題なかったが、銃撃が早すぎた。

 本来は、敵が動きを止めてから撃つ作戦だったのだ。

 だが。

 

「問題ない」

 

 士郎は、スコープを覗き込んだ。

 どれだけ目がよかろうと、銃の狙いをつけるのであれば、銃の照準を使ったほうがいい。

 スコープ越しに捉えたのは、急ブレーキを踏みつつ車の向きを変え、路地に滑り込もうとしている車。

 

 暗闇の中、速度と向きを変えつつ走行する車の運転席を撃ち抜く。

 通常であれば、不可能な芸当だ。

 

 だが、衛宮士郎は。

 通常の枠組みには収まらない。

 

 

 息を止め、頭のスイッチを切り替える。

 この時ばかりは、意思もなく、祈りもなく。

 時すら置き去りにして。

 心を無にし、引き金を。

 

 ドン、と。

 耳をつんざく咆哮をあげ、放たれる弾丸。

 衝撃が士郎の体を叩き、それを合図に士郎の時間が再び動き始める。

 弾丸は、狙い違わず先頭車両のサイドガラスを突き破り、運転席と助手席に座る二名の命を奪った。

 

 息を吐くと同時にレバーを引き、次弾を装填。

 素早くボルトを戻してレバーを下げ、再びスコープを覗き込む。

 反動で照準がずれるが、引き金に手をかけるころには再び戦場へと照準を。

 

 先ほどの車はコントロールを失い、路地の角に突き刺さって止まっていた。

 何のつもりか、車両前方に取り付けられていた装甲板が(あだ)となり、ボンネットが完全に潰れている。

 あの車は、もう走れない。

 

 

 次いで、別の路地に入り込もうとする車へと照準を合わせる。

 未熟な運転。安定しない姿勢。これでは、予測射撃は難しい。

 運転手は、まだ十代半ばといった頃の少年だった。

 その瞳は、恐怖と狂気で彩られている。

 

 姿勢が安定した瞬間を狙い、ためらわず引き金を引く。

 恐怖も狂気も消えた。

 

 次弾を装填。

 惰性で走る車の中、助手席の男が少年を押しのけようとしている姿が目に入る。

 冷静に、冷徹に。

 三度目の弾丸で、四人目の命を奪う。

 

「マジかよ……おかしいだろ。観測手いらねぇ」

 

 絶句し動きを止めた観測手だったが、すぐに気を取り直して状況確認に戻る。

 十字路はトラックに塞がれた。路地は二台の車両に塞がれた。

 逃げるとしたら、後方に戻るしかないはずだが。

 

「連中、混乱してやがるな。あの場で戦うつもりらしいぜ」

 

 ピックアップトラックに搭載された機関銃を、周囲の建物に向けて無茶苦茶に撃ちまくる。

 牽制にはなるだろうが、車列を襲撃している者達の目的は時間稼ぎだ。

 その場に留まってくれるなら、万々歳といった所だろう。

 

「機関銃を撃ってる奴、狙えるか?」

「ああ」

 

 答えると同時に引き金を引き、銃手の頭を撃ち抜く。

 銃座の前方に防護板はあったが、滅茶苦茶に振り回すため意味はなかった。

 横を向いた瞬間を狙えば終わりだ。

 

 力を失った巨体が機関銃にのしかかり、銃口をあらぬ方向へ回転させる。

 体が痙攣しているのか、ときおり銃弾が発射され、不幸な車両はそれに巻き込まれる形となった。

 至近距離で無数の弾丸を浴びた車両が爆発、炎上。

 次いで、周囲から山のように銃弾を浴びせかけられ、機銃が搭載されていた車両が蜂の巣となる。

 これで、行動不能となった車両は四台。

 炎上した車両が邪魔となり、もはや後方へ逃げることも不可能だ。

 

 

「ここまでだ。俺たちの仕事は終了、完璧に、エレガントに」

 

 観測手が士郎の肩を叩き、手早く荷物をまとめる。

 遅まきながら、敵が車両を捨てて逃走を始めているのが見えた。

 が、これだけ時間と戦力を無駄にしたのだ。連中に逃走の目はないだろう。

 できる事と言えば、建物の中で息を殺して隠れる事ぐらいか。

 しかしそれも、食料が尽きれば終わりだ。

 無人となり食料も手に入らない区域で、かくれんぼが長続きするはずもない。

 

 

 観測手が姿を消したあと。

 しばらく時間を置いてから、ようやく士郎は銃から手を離した。

 心臓の鼓動が胸を打つ。体に血が通い、熱を感じると同時に右腕が震え始める。

 

 彼は腕を抑え、天を仰いだ。

 地平の果てがわずかに白み、この町──ルアクを照らし出す。

 夜明けまで一刻ほど。熱気が強まると共に、無風だった空間に風が吹き始めた。

 東からの乾いた風は、肌を焼く熱を持って士郎の体を通り過ぎる。

 この季節は、夜もまだ暑い。

 

「……何も変わらないな。ずっと、変わらない」

 

 けど、いつか変わると信じている。

 彼の夢見た理想郷は、いつの日か実現すると信じている。

 彼はもう、立ち止まる事ができない。

 

 

 たとえ、奇跡にすがりつく事になろうとも。

 

 

 

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