衛宮士郎が白髪になるまでのお話   作:ぽぽりんご

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第10話

 

 

 油断なく周囲に視線を走らせ、何らかの魔術をその身に纏わせるシエル。ワンアクションで行使した魔術だが、士郎では構成を欠片すらも読み取れぬ高位のもの。埋葬機関の名は、伊達ではないようだ。 魔術をあまり使わないという話だったはずだが、眉唾か。それとも、臓硯を警戒してのことか。

 

「カ、カカッ! お主が来るとは思うておらなんだわ。教会の犬どもは、ずいぶんと鼻が利くと見える」

 

 少し離れた場所に虫が寄り集まり、新たな臓硯の体が生み出される。

 不死身ではない。だが、もはや不滅に近い。

 間桐臓硯は、正真正銘の化け物だ。

 

 臓硯が手をかざすと、蟲が濁流のように押し寄せてくる。

 だがシエルは慌てず、左手に持った二本の黒鍵を投げつけた。

 地面に刺さった黒鍵は爆発し、二人に襲い来る蟲どもは、残らず消し炭と化す。

 

「ほぉ、やりおる。これでは、圧殺するまでにどれだけの蟲が犠牲になることか……儂とて無尽蔵に蟲を生み出せるわけではない。このまま戦うと、危険かもしれんの」

 

 少々不自然な語り。

 あからさまな誘いだが、士郎は攻撃を続けるべきだと判断した。

 間桐臓硯は、間違いなく攻撃されるのを嫌がっている。

 でなければ、わざわざ駆け引きなどするものか。

 

 士郎は素早く弾倉を交換し、銃を構えた。

 遠坂凛特製の弾丸は、もう尽きた。

 残っているのは、切嗣の魔術を模倣しようとし失敗した、不完全な物のみ。

 自壊の術式が込められた弾丸。魔術に反応し、周囲の魔力を糧に力を発動させる。

 失敗作だが、効果がないわけではない。一発の弾丸で、多くの蟲を殺せるだろう。

 

 引き金を引く。

 放たれた弾丸は、間桐臓硯の体に迫り──

 

 

「!?」

 

 突然、体を引っ張られた。

 同時に、弾丸が斬り裂かれる。

 

 キリキリと僅かに震える音。

 切り裂かれた弾丸。

 その欠片が地面へと落ちる。

 

 いや、切られたのは弾丸だけではない。

 先ほどまで士郎が立っていた場所。その周辺にある建物に、線が走る。

 幾重もの線。自重を支えきれなくなった建物は、轟音と共に崩壊し、あたりに砂埃をまき散らした。

 

 士郎も。

 あの場に留まっていれば、斬り刻まれていただろう。

 

「危なかったですね。一歩遅れていれば、首ちょんぱする所でした」

「あ、ありがとう……ございます」

 

 士郎を抱えて後方に跳んだのは、シエルだ。

 まさか、助けられるとは思わなかった。

 魔術師と教会は仲が悪い。

 それこそ、殺し合いに発展してもおかしくないほどに。

 

 

 礼を言った後にシエルから離れ、状況を確認する。

 臓硯の気配はない。砂埃に紛れて逃走したのだろう。

 相変わらず、逃げ足が早い。

 

 だが、一つ。

 強烈な気配が残っている。

 士郎の弾丸を防ぎ、一瞬で反撃にまで転じた者。

 

 使う武器は、おそらくワイヤー。

 弾丸が効果を発揮しなかった所から考えるに、あれを防いだのは物理的な力だ。

 見えなかったという事は、目に見えないほど速いか。目に見えないほど小さいか。おまけに、音もなく攻撃が可能。この条件に当てはまるものは、そう多く無い。

 

 

 砂煙が晴れた後に残ったのは、執事服の男。

 若く、細身の体。だが、それに似合わぬ戦慄するほどの殺気。長い黒髪をざっくり後ろでまとめ、古風な片眼鏡(モノクル)を着けている。

 

「──ウォルター・C・ドルネーズ?」

 

 ぽつりと、シエルが呟いた。

 士郎は、すぐ脇にいるシエルの顔を伺う。

 知り合いという雰囲気ではない。

 ということは、名が知れた相手……つまりは、強敵という事。

 

「知っているのか」

「ええ。吸血鬼専門の殺し屋……だった男です」

 

 吸血鬼。

 人を超えた力を持つ化け物。

 それを殺せるという事は。

 

「手強そうだな」

「そうですね。まぁ、並みの吸血鬼よりはよほど強いでしょう」

 

 相手は、動く気配を見せない。

 向こうから攻撃を仕掛けてくるつもりはないようだ。

 彼の役割は、時間稼ぎだろう。となると、待ちの姿勢は当然だ。

 

「困りました。ただの旅行中だったもので、残念ながら物騒なものは持ち歩いていないんですよ。さすがの私も、連戦を重ねた上で臓硯を殺し切るのは難しい」

「物騒……?」

 

 先ほど山のように繰り出した黒鍵は、物騒なモノに含まれないのだろうか。

 士郎は疑問に思ったが、口には出さなかった。

 

「だが、時間も無い。女の子が捕まってるんだ、助けないと」

「女の子……? ああ。私が来た時に離脱していった蟲は、そういう事ですか」

 

 シエルは僅かにうつむき、思案する。

 今後の展望。こちらと相手の手札を比べて、次の一手をどう打つべきか。

 

「衛宮君は、臓硯を殺し切る手段を持ち合わせていますか?」

「いや……って、俺のこと知ってるのか?」

「ええ、有名ですから。聖杯戦争の勝者。戦場のスナイパー。正義の味方……最後のは、よくわかりませんが」

 

 まぁどちらにしろ、と呟き。シエルは視線を敵へと向けた。

 

「臓硯の事は、後回しですかね。啖呵(たんか)を切っておいて何ですが、今すぐ追うのは無理でしょう、彼が許してくれそうにありません──安心してください、救えるものは救うのが信条です。私も好きですから。正義の味方」

 

 少しいたずらっぽく笑い。

 シエルは、士郎の目を見る。

 暖かな瞳に隠された、冷たい眼差し。

 その目は、どことなく衛宮切嗣を彷彿とさせた。

 

「私が前に出るので、衛宮君は周辺警戒をお願いします。あの臓硯が、駒一つ置いて満足するとは思えませんからね」

「ああ、わかった」

 

 士郎は、数歩後ろに下がる。

 自分が後ろに下がる事に対し、思うところが無いわけではない。以前の士郎であれば、危険な役割を率先して引き受けていた。が、互いの戦力を考えると、これがベストだろう。士郎は、接近戦が得意というわけではない。

 

 

 シエルが大地を蹴った。

 きしむような音が、その軌跡をなぞるように這い回る。

 斬り刻まれ崩壊していく建物をくぐり抜け、シエルは執事服の男への接近を試みた。

 

 またたく間に、周辺は瓦礫の山だ。人は残っていないと思いたいが──

 

 

 瞬間。

 士郎は、前方へ身を投げ出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「避けられた」

 

 魔弾の一撃。

 それは、標的の頭を掠めて飛び去った。

 弾道を曲げれば当てられないこともなかっただろう。

 だが、どういうわけか。その気にならなかった。

 

 しいて理由を挙げるとするならば。

 その弾は、外れるのが自然な気がした。

 そう表現するほか無い。

 

 ともあれ、殺気も予兆も感じさせぬ一撃だったはずだ。

 いや、仮に気配を隠そうとしていなかったとしても、離れた箇所からの狙撃。

 通常であれば、回避できるはずがない。

 

 であるならば、通常ではない事が起こったという事だろう。

 魔弾の射手は、口笛を吹いた。

 

「……死の臭いを感じ取った」

 

 彼は、ずいぶんと死に近い場所に身を置いてきたようだ。

 人間であるはずなのに。

 人を捨ててまで争いの中に身をおいた、自らの魔弾の一撃を凌ぐ。

 

 彼女は、笑みを浮かべた。

 本来なら、どうでもいい仕事だったはずなのに。

 どうでもいいからこそ、放った弾丸だったはずなのに。

 今は、とても楽しい。

 

「見事ですわ、見事ですわ。彼は生きながらにして死んでいる。であるゆえに、いまだ生き長らえている。果たしてその生に意味はあるのか……滑稽極まりない」

 

 そばかすが唯一特徴的な、平凡と言える顔だち。黒く長い髪に、黒いスーツ。

 手にしたマスケット銃が、ひどく不釣り合いな姿。

 だがその骨董品とも呼べる銃は、彼女にひどく相応しい。

 

「私は殉教者。たとえ亡霊と化しても、生きる意味を失ってたとしても、それは変わらない。ここは狩り場で、獲物もいる。ならば」

 

 呪われた我らの旗を。

 失われた我らの(しるべ)を。

 

 既に墓標にすぎないとしても。それでも掲げるのだ。

 我らは信奉者。我らは狂信者。

 たとえ時代に取り残されようとも、望まれ、恐れられる通りに振る舞おう。

 あるがままに命を奪い、あるがままに命を散らそう。

 そうして、墓標にその証を刻み込む。

 

 ここは猟場で、私は猟師。

 さぁ、狩りの始まりだ──

 

「ああ、待ち遠しいですわ。待ち遠しいですわ。その脳髄が赤く花開くのを、楽しみにしておりますのよ」

 

 さようなら、私の恋人よと。

 そう彼女は歌い上げる。

 

 

 彼女は、魔弾の射手。

 最後の大隊の亡霊。

 吸血鬼の王に殴殺された、狩人。

 

 彼女は手にしたマスケット銃をまっすぐ突き出したまま、息を吐く。

 

「さぁ、終曲まで踊り続けましょう──有象無象の区別無く。私の弾頭は許しはしないわ」

 

 鷹のような視線で、獲物を射抜いて。

 彼女──リップヴァーン・ウィンクルは、そう宣言した。

 

 

 

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