数年後、士郎はルアクの町を訪れていた。
最新の資料を揃えてはみたが、過去のものとそれほど差はない。
せいぜい、紛争が終結に向かっている事が知れたぐらいだ。
いまだ武装集団はこの町を根城にしているが、それもじきに終わるだろう。
結局の所、一番の問題は人口と経済規模の不均衡であり。
長年の紛争で人が流出していけば、自然と解決するものではあった。
特別な理由さえ無ければ、士郎とて手出しするつもりは無かった。
殺すより、よそに逃がす方が平和的だ。
もしかするとそれは、殺すより難しい事なのかもしれないが。
士郎は無人の町を一人、歩く。
町の人口は二千ほど。全盛期の十分の一にも満たない。
そのため、町の中心部以外はゴーストタウンと化していた。
やがて、朽ち果てた酒場のシンボルマークを見つけ、迷わずその中に入っていく。
この町に来て、既に十日あまり。町の地図は頭に入っている。
ひどい有様の店内には、マフィア映画に出てきそうな強面の黒人男性が居座っていた。
待ち合わせの相手だ。情報屋をやっている男。
こんな外見にも拘わらず、意外とインテリだ。そうでなければ情報を商売にすることなどできないだろうから、意外と言っては失礼かもしれないが。どういう繋がりか、
「久しぶりだな、正義の味方。さっそく本題だが、探し人の隠れ家が見つかったぞ」
「仕事が早いな」
「それが売りだからな。そもそも、こんな所に来る酔狂な西洋人なんてそうはいない……簡単な仕事だった。ついでに、過去の経歴も洗い直しておいたぞ。こいつが、最新の写真だ」
写真をテーブルの上に置く情報屋。
相手に合わせて、士郎も椅子に腰を掛けた。
ちなみに、テーブルの上は掃除されていたが、士郎が座るべき椅子は全く清掃されていない。
なんというか、不要な事柄に関してはとことん雑な男だった。
写真に目を落とした士郎は、ただ一言。
「痩せたな」
「確かに。人相が変わるレベルなもんで、同一人物かどうか少し迷ったぜ」
写真に写るのは、枯れた鳥のような西洋人。国籍は確か、イギリスだったか。
背は低い。黒ずくめの服もあいまって、本当にやせ細った鳥のようにも見える。
「ウィリアム・エインズワース。数代前までは魔術師の家系だったが、今では魔術回路のほとんどを失った普通の人間……だった、はずだ」
「はず?」
「魔術を使ったとの情報がある。それも、遠く離れた所にいる人間を殺せるぐらいの規模だ」
魔術。
通常であれば、魔術の行使に魔術回路は必須。
だが、例外は往々にして存在する。
特に今回は、モノがモノだ。
魔術回路無しに大規模な魔術を発動させられたとしても、なんらおかしくない。
なにしろ、士郎が追っているものは。
アインツベルン──御三家の
「具体的には?」
「四人を殺した。離れた場所にいる連中を、公衆の面前で。同時にな」
「なんだそれ。本当にウィリアムって奴が一人でやったのか?」
「殺し方がすべて共通だった。同じ魔術だ。墜落死──おっと、建物から飛び降りたわけじゃないぞ。中には、だたっぴろい公園のど真ん中に落ちてきた奴もいる。目撃者が多かったから、火消しが大変だったらしい」
情報屋は煙草を取り出し、火を付ける。
煙草を吸いたいというよりは、喋るペースを落としたいのだろう。
あくまで、ポーズ。健康志向なのだ、この男は。
「そんな情報、こっちに流れてこなかったぞ」
「時計塔が隠蔽したんだろうさ。ま、目撃者多数の事件だ。完全には隠蔽できなかったみたいだが」
「ある程度隠蔽できてるだけでも非常識だが……にしても、墜落死か」
墜落死。
魔術での殺害方法としては変わり種だ。
そのような周りくどい事をせずとも、人は死ぬ。
「そして被害者は、ウィリアム・エインズワースの元妻と、その子供三人」
士郎は、拳をきつく握りしめた。
が、つとめて冷静に振る舞う。
怒りは力にもなるが、今は不要だ。
「目的は?」
「不明。狂人の考えることは、俺にはわからん。ウィリアムは近年、正気かどうか疑わしい状況だったらしい。あとは、人攫い稼業もしているみたいだな。人がいなくなるのが日常の町だ、具体的にどれだけやらかしているのかは不明だが……おそらくは、数十以上。生贄にでも捧げてるのかねぇ」
煙草をふかし、少しむせる。
そして、まだほとんど吸っていないにも関わらず、テーブルの上に放置されていた灰皿に突っ込んだ。
「まぁ、目的なんていいさ。時計塔のお膝元で馬鹿をやらかしたウィリアムは、魔術師達を敵に回し、この町に逃げ込んだ。そしてその隠れ家も把握済み。これだけわかれば十分だろう?」
「ああ、十分だ」
必要な情報を得た士郎は、詳細情報が書かれた紙と引き換えに金を手渡した。
そして素早く資料に目を通し、ほかに質問すべき項目がないかを確認する。
「……おい」
「どうした?」
「潜伏場所がこんな厄介だなんて、聞いてないぞ」
「言ってないからな」
士郎は息を吐き、目尻を抑える。
厄介なんてものではない。最悪だ。
ウィリアム・エインズワースの潜伏場所。
この町の外れにある、古い遺跡。元々は砦として使われていた場所。
そこは今、周辺地域を支配する武装集団の拠点となっていた。
◇◇◇
「あ、シロウだー!」
かつては酒場だった廃墟を出てしばらくすると、子供達に囲まれた。
昨日の炊き出しに並んでいた子だ。その多くは孤児。
もしかすると親は生きているのかもしれないが、生きていようが死んでいようが、たいした違いはないだろう。
この町から逃げられる者は皆逃げた。
子供達を、残したまま。
ズキリと胸に痛みを感じながら、士郎は寄り添ってくる子供達を迎え入れた。
その場にしゃがみ、一番やんちゃそうな男の子の頭をガシガシと撫でまわす。
「お前達、元気だなー。そんなに元気有り余ってるなら、次の炊き出し手伝うか?」
「いや、いいよ。俺は立派な兵士になるんだから」
「たぶん、お前がイメージしてる兵士は何か間違ってるぞ。自分の飯ぐらい自分でなんとかできなきゃ、兵士とはいえない」
兵士であれば、炊飯はむしろ日常業務だ。
いやそれ以前に、子供が兵士を目指すという時点で賛同できないが。
しかし、この子達にとって兵士は憧れなのだ。
憧れの火を消してしまえば、生きていくことすら難しくなる。
生きていけないからこそ、何かに強く惹かれるのかもしれない。
士郎には、痛いほどそれが理解できる。
「私はねー、私はねー、お医者さんになりたい!」
「医者か。いいな、ラナーがいればケガしても安心だ」
「ケガ、しちゃ駄目だよう」
「できるだけ気を付けるさ。でも、いざとなったらよろしく頼む」
「えへへ、まかせて!」
ストールで髪を隠した女の子が、満面の笑みで夢を語る。
その額には、真新しい絆創膏が貼られていた。
転んでケガをしていたため、士郎が手当したのだ。
言いつけ通り、絆創膏は毎日きちんと変えているらしい。
「お前達、移動の準備はできてるのか? もうすぐ出発だろう」
ひとしきり話し終えた士郎は、今後の話を振った。
難民の受け入れプログラム。
受け入れてもらえたからといって、生きていけるとは限らない。
けれども、この町にいても朽ちていくだけだ。
武装勢力を一掃する作戦も計画されてはいるが、成功する補償もなく。
仮に成功したとしても、その後の復興は難しい。
「俺たち、いつでも準備万端だぜ。だって、持っていく物なんて何もないもんな」
「えー、少しぐらいはあるよ」
「何持っていくんだよ。服ぐらいしかないだろ?」
「いろいろあるの!」
子供達の表情に悲壮感は無い。
それが、少しだけ嬉しくて。
そして、少し悲しいと。士郎は思った。
「また来い、シロウー」
「今度はゆっくりしていってね、シロウー」
「えー、もう帰っちゃうのかシロウー」
「つぎ来るときは料理つくって、シロウー」
「ばーばの料理、あんまりおいしくないもんなーシロウー」
「あと三日でいなくなるから、それまでになシロウー」
「……お前達、もうすぐ日没だぞ。早く帰れ」
話を終えた士郎は立ち上がると、子供達に帰宅を促した。
もう少し付き合っても良かったか、とも思う。けれども、やらなければならない事が山積みなのだ。ウィリアムが使う魔術についても調べなければならないし、武装集団をどうするかも考える必要がある。
武装集団の拠点に単身潜入し、ウィリアムを仕留める?
そんな事は不可能だ。どこのスパイ映画だ、それは。
あまり時間はかけられない。
大聖杯は既にこの世から消失したとはいえ、聖杯を作り出したアインツベルンの秘奥。繋ぐだけなら、まだ可能かもしれない。
放置すれば、かつての悲劇が再び起こりうる。
あの悪意の塊を、この世から消し去らねばならない。
それが、
子供達の姿が見えなくなってから、士郎は衛星電話を取り出した。
砂埃で電波が遮られる事はあるが、幸い今日は穏やかな天気だ。
見れば、空の端が青から黒へと変貌を始めている。日没まで、そう時間は無い。
夜になれば地上の光が失われ、満点の星に覆われる町。
幻想的で。心を奪われる。
昔の人が、星空に神秘性を見出したのも頷ける話だ。
士郎は、空の移り変わりを見上げながら。いつもの番号を入力した。
数度のコールの後、意中の人物に繋がる。
『士郎? ずいぶん久しぶりね。もう忘れられちゃったのかと思ったわ』
聞こえてきたのは、懐かしい声。
なぜだか少し、心がほっとする。
衛宮士郎の相棒にして、魔術の教師。
時計塔の誇る赤い悪魔。
遠坂凛、その人だった。
◇◇◇
「……悪かったよ。忙しかったんだ、最近は」
『ええ、私も忙しかったわよ? 誰かさんがとんでもない事をしでかしてくれちゃったから、その後始末に追われてね』
電話越しに聞こえる赤い悪魔の声は、知らぬ者が聞けばずいぶん上機嫌だと感じるだろう。
しかし、当然そんな事はない。胡散臭く感じるほどの笑みを浮かべているであろう遠坂凛の腹の底は、マグマのように煮えたぎっている。
「その件に関連する事で、聞きたい事があるんだ。こっちも、できるだけ後始末は自分で済ませたい」
「……士郎、一人で背負い込むのは止めなさい。それはあなた一人で背負い込むには大きすぎる」
「でも、背負えるだけは背負いたいんだ」
失ったものは戻らない。
だから、まだ手が届くものは救いたかった。
出来るだけ手を広げて。遠くの物まで手を伸ばし、士郎はこの世の全てをその身に背負う。
重みで押しつぶされたとしてもなお、それは変わらないのかもしれない。
二度に渡る聖杯戦争を共に戦い抜いた、
聖杯戦争。
五度目の聖杯も満たされなかった結果、六度目はたった数年で再開の兆しを見せた。
しかし、聖杯の中身は既に汚染されているのだ。
当然、アインツベルンも熟知の事。
だが、それでも彼らは止まらない。
聖杯の顕現を望まない衛宮士郎と、聖杯を渇望するアインツベルン。
両者の衝突は、避けられないものだった。
アインツベルンは、衰退の兆しを見せていた。
過去を上回る事ができず、進歩がない。
第五次で敗退した彼らに、かつての力はない。
しかし、御三家のうち遠坂は既に聖杯に見切りをつけ、間桐の当主たる臓硯は第五次最終決戦にてサーヴァントに裏切られ、姿を消している状況だ。
最後の好機と判断するのも、当然と言えよう。
手段を選ばぬアインツベルンとの戦いは拡大し、周囲を巻き込み。
争いは最後まで止まらなかった。
結果として、アインツベルンは滅亡する事となる。
しばらく思考を沈めていた士郎だったが、遠坂が口を開いたことで覚醒する。
意見が対立した時、折れるのは遠坂だ。自身の頑固さは自覚しているが、士郎自身にも手が付けられない。
赤い悪魔は呆れ声の中、多少の怒りを混ぜて続けた。
『わかったわ。言って聞く士郎じゃないってのは重々承知してる……で、聞きたい事っていうのは、エインズワースの魔術についてかしら』
「遠坂、知ってたのか。不祥事は上層部が握りつぶしたって聞いたんだが」
『握りつぶせるわけないでしょ、公衆の面前で人が死んだのよ? 時計塔のお膝元で騒ぎを起こしたわけだし。お偉いさん方は怒り心頭……っと。これは余談になるかしら』
時計塔の総本山で騒ぎを起こし続けている遠坂凛は、他人事のようにそう言った。
お偉いさんはいつも怒り心頭である。
『エインズワースの魔術は、置換。何かと何かを入れ替える性質を持つ……今回であれば、単純に場所を入れ替えれば済むわね。地上にいる人の位置を、ほんの二十メートルばかし上空に入れ替たという事でしょう』
「でも、エインズワースはもう魔術師としての力を失ったんだろう?」
『アインツベルンの技術があれば、その程度どうとでもなるわ。ホムンクルスを造って、そいつに魔術を行使させればいいんだから』
遠坂の答えは、もっともシンプルな物。
自分が持っていないのなら、他から持ってくればいい。当然だ。
「魔術を使われたときの対抗策は?」
『無いわ』
「……無いって、どういう事さ」
『単純すぎて、対策のしようが無いってこと。正確に言うと、より強い概念で塗りつぶす事は可能だけど。そこまでして対抗する必要がないわね。だって、魔術を使われる事自体がイレギュラーなんですもの』
魔術師を相手にするのに、魔術が使われる事を考えなくていい。
変わった話だ。
『エインズワースは、魔術師としては三流もいいところよ。仮に魔術回路を持っていたとしても、大がかりな儀式をおこなって、やっと一つの置換魔術を発動させられる程度のね。かつては特殊な術式で、初代の力を保持していたらしいけど。代を重ねるにつれて、その力は劣化していく一方……今のエインズワースの魔術は、とてもじゃないけど戦闘に使えるレベルじゃない。それより、エインズワースが遺産を手に入れた経緯の方を気にした方がいいんじゃないかしら? エインズワースに遺産をかっさらう力があるとは思えない。こっちはまだ、判明していないんでしょう?』
「ああ、わからないままだ」
裏で糸を引いている者がいる。
調べたいが、あまり踏み込めない領域でもある。
なぜなら、黒幕のいる可能性が最も高いのは時計塔だ。
士郎とて、現状で時計塔と事を構えたいとは思わない。
「そういえば、今回時計塔は動かないのか?」
時計塔に思考を割いたことで、ふとした疑問が浮かび上がった。
以前のアインツベルン戦では、三十名の魔術師を派遣してきたのだ。
その戦いの後始末である以上、手を出してくる可能性は高いと思えた。
『今の所、動く気配はないわね。関係の深い私が回収に動いていない以上、残っている物には価値が無いと判断したみたい。事実、めぼしいものは既に回収済みだし。むしろ、価値ある物を掘り起こしてくれれば万々歳、というのが本音じゃないかしら』
逆に言えば。
遠坂凛が動けば、時計塔が動くかもしれないという事。
『だから今回の件、私は表立って手を出しにくいのよ。手をだすなら、少し工夫をしないとね』
少し黒い発言だ。
頼もしくもあるし、不安もある。
遠坂凛は、とんでもない無茶も押し通す。
「……俺が動くのはいいのか? 元弟子だぞ」
『ああ、いいのいいの。士郎が私の思惑に逆らって動いているってのは、時計塔の上層部も把握してるから』
「ならいいが」
率直に言って、今回の件で最も危惧すべきは他者からの横やりだ。
没落した、はぐれ魔術師一人の始末。それほど難しい話ではない。
この後、置換魔術の詳細を聞き、次いで近況連絡をする。
相変わらず、遠坂凛は無茶をしているらしい。
士郎が言える立場でもないが。
ひょっとすると、類は友を呼ぶというやつなのかもしれない。
「ありがとう遠坂、参考になった。今回の件、一人でも大丈夫だ。俺の手に負えないようだったら、また連絡する」
そうして、通話を切る。
なぜだか、少し。名残惜しかった。